
鈴木勝吾&平野良がW主演を務める「ミュージカル『憂国のモリアーティ』」(以下モリミュ)が新キャストを迎え、2025年5月に「ミュージカル『憂国のモリアーティ』大英帝国の醜聞 Reprise(リプリーズ)」を上演する。本作は2020年に上演された「Op.2 -大英帝国の醜聞-」の再構成に挑む作品だ。
主演2人以外は新キャストが集う新たなモリミュカンパニー。今回は初日まで2週間を切った稽古場へ潜入。すでにセットが組まれた稽古場で、静かに、しかし、たしかな熱量が交錯する稽古の様子をレポートする。
取材日は、5月4日にモリミュカンパニーが出演した「Hibiya Festival 2025」のリハーサルからスタート。歌唱指導の水野里香氏を中心に、イベントで披露する4曲を丁寧に確認していった。
当日は屋外スペースでの歌唱となる。そのため、キャスト陣は水野からの「“日比谷サイズ”を意識して」というアドバイスのもと、各々がハンドマイクに見立てたペットボトルやスマホを手に持ちながら、歌声を合わせていった。稽古場には、劇場で聴き慣れたマイクを通した歌声ではなく、ピアノとバイオリンとのセッションで生まれていく生声が響き、なんとも贅沢な空間が広がる。
2019年の初演からカンパニーを支える鈴木勝吾(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ役)と平野良(シャーロック・ホームズ役)は、すでに楽曲が魂にまで染み込んでいるのだろう。2人が声を重ねた瞬間、稽古場には19世紀末の大英帝国の霧がかった空気が稽古場に立ち込める。これは2人が積み重ねてきたモリミュとの歴史があってこその光景だった。


新キャスト陣の歌声も、もちろん負けず劣らず魅力的だ。どのキャストも「ここは遅れがちだから気をつけて」「入りを気持ち高く」といった水野氏からのオーダーに次々と応え、きれいに音が揃うと歌い終わりに「いいじゃん」と互いに笑顔を見せる。その表情から、日々の充実した稽古の様子が見て取れた。
最後に通してメドレーを披露すると、制作陣からは自然と拍手がこぼれ、たしかな手応えが稽古場に漂う。新体制による“聴かせるモリミュ”が出来上がりつつあることを肌で感じた。
休憩を挟んで、次は公演の稽古へ。この日はシャーロック・ホームズとワトソン(橋本真一)が住む部屋へ、シャーロックの兄、マイクロフト・ホームズ(伊藤裕一)が訪れるシーンの確認と殺陣返し(※殺陣の振りを確認する稽古)から稽古が進んでいった。シャーロックとワトソン、そしてミス・ハドソン(能條愛未)を中心としたコミカルなやり取りと、ホームズ兄弟の緊迫感に満ちたアクションとの対比がおもしろいシーンだ。

作品初参加となる橋本や能條は、演出・脚本の西森英行氏からシャーロックとの関わり方について細かなフィードバックを受け、芝居を調整していく。伊藤もマイクロフトのセリフの温度について、西森と和やかに談笑しながら調整点を確認。役作りという意味ではすでに確立した軸を持つ平野を中心に、このキャストだからこそのチーム・ホームズが構築されていった。

続くシーンでは、仮面をつけ男性に変装したアイリーン・アドラー(彩凪翔)が登場。彩凪はアイリーンを彷彿とさせる青いロングスカートに身を包みながらも、さすがの身のこなしで男性としてシャーロックたちと対峙する。稽古も佳境とあって、次のシーンへのきっかけとなるアイリーンのセリフとスタッフ陣との連携など、完成を目指しての細かなチューニングが各分野のプロフェッショナルたちのもと組み上げられていく。

一方、コミカルさを表現するピアノ(境田桃子)とバイオリン(林周雅)の音色について、「ちょっと“笑ってください”感が強くて、そのあとセリフ言うの恥ずかしいかも」と平野が西森に相談する場面も。こういったやり取りがあるのも、生演奏と芝居のセッションが楽しめるモリミュならではだろう。
一通りホームズ陣営の稽古が終わると、入れ替わりでロンドンを歩く人々と、新たな依頼を受けるモリアーティ陣営のシーンの稽古へ。鈴木を中心としたモリアーティ陣営の稽古は順調で、小道具を出すタイミングや配置といった細かな部分をつめていく。

印象的だったのは、稽古の合間の時間。ちょっとした待ち時間が発生すると、廣瀬智紀(アルバート役)や百名ヒロキ(ルイス役)のふとした言葉に笑い声があがり、そこに佐々木崇(モラン役)や横山賀三(フレッド役)が加わり、さらに賑やかに。鈴木はそんな会話に耳を傾けながら、ときどき話に参加したり、静かに微笑んだりと自然体な姿を見せる。ときにはふらりと歌をくちずさみながら平野のもとへ談笑しにいくことも。


ホームズ陣営の稽古を見たとき同様、新たに生まれつつあるモリアーティ兄弟、そしてモリアーティ陣営の居心地のよさそうな自然体な絆を感じることができ、公演への期待はますます高まる一方だ。

今回の取材で、とくに印象に残ったのが、じっくりと作られていくアンサンブルのシーン。かねてより鈴木や平野は、ロンドンに息づく人々を演じるアンサンブルが本作の主役だと語っている。振付の広崎うらん氏を中心に、「このシーンでの人々の身分は?」「どんな背景や思いを持ってこの場所を歩いている人なのか?」とアンサンブル全員が自問自答しながらひとつのシーンを作り込んでいく光景は、まさにアンサンブルが主役の世界観を体現していた。

5月4日の「Hibiya Festival 2025」では、爽やかな風が吹き抜ける青空の下、モリミュの新たなハーモニーをお披露目。多くのファンが駆けつけ、さらに通行人も足を止めてその歌声に聴き入っていた。幸運にも会場へ足を運べたファンは、改めてモリミュが再び動き始めたことを実感できたのではないだろうか。
本作は犯罪卿と名探偵を軸に、それぞれが抱く信念がときにすれ違い、ときに絡み合っていくさまを、緊張感ある駆け引きとともに描いていく。稽古場ではキャストもスタッフもそれぞれの信念を携え、モリミュの完成を目指していた。やがて舞台上に立ち上がるその物語は、観客の胸に、どんな信念の灯をともすのだろうか。「ミュージカル『憂国のモリアーティ』大英帝国の醜聞 Reprise(リプリーズ)」、開演の汽笛が待たれる。