
初演から10年を越え、今なお愛され続ける「薄ミュ」シリーズ。最新作となるミュージカル『薄桜鬼 真改』藤堂平助 篇が、6月20日(金)から上演される。シリーズ出演7年目の樋口裕太が挑む念願の「真改 藤堂篇」だ。
本番まで10日を切ったこの日、稽古場への取材を敢行。新たにカンパニーに加わる雪村千鶴役の岡田真祐子、千姫役の斉藤瑞季以外は、「薄ミュ」カンパニーとしていくつもの桜の季節を過ごしてきた面々とあって、稽古場には醸成された仕事人の空気が漂う。そんな中、キャスト陣がそれぞれの誠を胸に、作品を磨き上げていく稽古の様子をお届けする。
稽古前に実施したインタビューで、樋口は稽古について「びっくりするほど順調」と語っていた。その言葉通り、自身の出番を待つキャスト陣の表情からは焦りは感じられない。腰に帯を巻き、それぞれの武器を手にとり稽古開始を待つ時間は不思議なほどに穏やか。歴戦の猛者たちが“戦”を前に英気を養っているような静けさに感じられた。
すでに稽古場にはセットが組まれ、衣裳も到着。稽古開始前には、実際に身に着けたい衣裳や小物があれば使ってもよいとキャスト陣に伝えられ、稽古もいよいよ大詰めといった雰囲気が漂う。
取材日は初の通し稽古を控えたタイミングということで、まずは殺陣返し(※殺陣の振りを確認する稽古)からスタート。全体が見渡せる位置で殺陣の六本木康弘氏が見守る中、クライマックスで死闘を繰り広げる藤堂平助(樋口裕太)を中心に、殺陣の動きを確認していく。

「薄ミュ」シリーズは殺陣が見どころのひとつ。まさに怒涛という言葉がふさわしい圧倒的な手数をこなしながら、歌やダンスといったミュージカル要素も入り、あらゆる身体表現によって武士や鬼の生き様を体現する。音楽にあわせて殺陣をするという形とはまた違い、殺陣をしながら同時進行で歌唱表現もしていく。以前のインタビューで、山南敬助役の輝馬は「歌と殺陣とが同時進行でこなせることを求められる稀有な作品」だと語っていたが、殺陣返しの稽古を見ていて、改めて本作の手数の多さに驚かされた。


アンサンブルが次々と藤堂に斬りかかるシーンでは、わずかなタイミングのズレが命取りとなってしまう。誰がどのタイミングで藤堂のどこに斬りかかり、またどこを斬られて倒れるのか。作品全体の中で見れば数秒というシーンかもしれないが、一太刀ずつに意味を乗せていく作業が丁寧に繰り返された。中でも活躍していたのは、「薄ミュ」ファンには“坂本くん”の愛称でおなじみのアンサンブル・坂本和基。六本木氏と連携を取りながら、坂本は自身の出番をこなすとさっと客席側に立って殺陣の動きを確認し、細かな調整の指示を出す。そして自分の番にはまたステージ上に戻り、刀を振るう。まさに縁の下の力持ちとして存在感を放っていた。
樋口は続けざまに、風間千景(佐々木喜英)、天霧九寿(横山真史)、不知火匡(末野卓磨)ら鬼陣営や、山南敬助(輝馬)との殺陣返しへ。真面目に動きを確認しながらも、樋口の根っからの明るさとサービス精神が随所に光り、彼の発言で稽古場に笑いが起きることもしばしば。例えば、一瞬動きが止まった横山に「真史~しっかりしてくれよ!」といたずらっぽく声をかけたり、不意に佐々木と距離を詰めて驚かせたり。輝馬と対峙するシーンでは、合間に談笑する姿も見られ、リラックスと緊張感が同居するなんとも心地よい雰囲気が生まれていた。その根底には、ここまで積み重ねてきたものへの絶対的な自信が横たわっているのだろう。
ほかにも、2人での共闘ゆえによりシビアなタイミングが求められる原田左之助(川上将大)と永倉新八(小池亮介)、アクロバティックな戦いで魅せる山崎烝(田口司)、序盤に描かれるメインテーマ「春夏秋冬」の殺陣返しがテンポよく進んでいった。


シーンごとの殺陣の確認が終わると、メインテーマ「春夏秋冬」の本作アレンジ版にあわせて、動きを確認する作業へ。イントロが鳴り、新選組隊士たちが「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」と腹からの声を発すると、これまで観てきたいくつもの桜吹雪の光景が脳裏をよぎり高揚感に包まれる。藤堂の葛藤や覚悟が浮かび上がるソロパートや千姫(斉藤瑞季)の堂々たる力強い歌声、千鶴(岡田真祐子)の鈴のような声色が魅力的な歌唱パートなど、本作ならではの見どころも盛り沢山。音楽にあわせて歌いきったキャスト陣の表情や、力強く頷く脚本・演出の毛利亘宏氏の背中から、彼らも手応えを感じていることが窺えた。


稽古は休む間もなく続き、スペシャルカーテンコールで披露される特別楽曲の確認も行われた。沖田総司役の北村健人と斎藤一役の大海将一郎が移動でお見合い状態となると、視線は大海へ……。「みんな、まず僕見るのやめて!」と叫ぶ大海を、北村がいたずらっ子のような笑みを浮かべて見ていたり。「薄ミュ」カンパニーの大黒柱である近藤勇役の井俣太良が立ち位置に迷っていると、輝馬から「ちなみに今、井俣さん迷子です」と声があがって笑いが起きたり。全体に和やかな空気で進んでいたのが印象的だ。


「休憩前にもう1曲確認を」と流れ始めたのは、なんとバースデーソング! 取材日は千鶴役の岡田の誕生日ということで、サプライズでのお祝いとなった。音楽が流れた瞬間、隠してあったバースデーボードが登場。千鶴の父・雪村綱道役の川本裕之が急いで落ちてしまった風船を飾りつける姿が、まるで本物の父娘のようで微笑ましい。祝福の拍手に包まれ、思わず涙をこぼす岡田をニコニコと見守るキャスト・スタッフ陣一同を見て、樋口がインタビューで語った“絆”に思いを馳せた。
稽古場の2階には、前作の「真改 土方篇」に続きカンパニーを見守る朱き「誠」の旗が掲げられている。「真改 土方篇」上演の際、旧前川邸(新選組屯所)を訪れた土方歳三役の久保田秀敏が、旧前川邸を管理する方に託されたもの。今作では樋口が旧前川邸を訪れ、こうして再び誠の旗を託してもらったのだそう。いくつもの季節を越えてきた「薄ミュ」が、固く結ばれた絆のもとみせてくれる桜吹雪は、我々の心にどんな風を吹き込むのか。“沙羅雙樹”が咲く6月、またひとつ、熱き誠の物語が幕を開ける。
取材・撮影/双海しお