
松木いっかが描く架空戦記漫画『日本三國』を原作とした舞台『日本三國』が、7月25日に東京・シアターHで開幕。文明が崩壊した近未来の日本を舞台に、日本再統一を目指す青年・三角青輝の活躍を描く物語だ。
脚本・演出は西田大輔が手掛け、主演は橋本祥平。橋本が“手練れ”と評する実力派俳優が集結し、“芝居合戦”が繰り広げられる。
初日まで10日を切ったこの日、完成形が見えつつある稽古場の様子を取材した。
脚本・演出 西田大輔の情熱が燃える、秒単位の緻密な調整
稽古場に入ると、先日公開されたテーマ曲「これから」にあわせたオープニングシーンの最終調整が行われていた。西田氏が手掛ける作品は、各登場人物の関係性や心情を乗せたイメージシーンを組み込んだドラマチックなオープニングも見どころのひとつ。壮大な物語の幕開けを予感させる楽曲「これから」の歌詞や、それを受けとる登場人物の心情を、西田氏は細かな所作や導線に落とし込んでいく。
とくに丁寧に確認していたのが、オープニング中に組み込まれた殺陣シーン。限られた秒数に、驚くほど多くの手数が詰め込まれていた。今回のセットは階段がメインとなっており、キャスト陣はそこを足場に縦横無尽に武器を振るう。その難易度の高さは言うまでもないだろう。誰かが半拍でもズレれば全体の流れが止まってしまう。そんな緊張感の中、西田氏が「安全第一で、集中して」と何度も声をかけていた姿が印象的だ。

一通り導線を決めては動き、違和感があれば都度、西田氏がすっとステージへ寄っていく。「ここからこっちに動いて、このスペースを導線にしようと思うけど、どう? 動きにくくない?」といった調子で意見交換を織り交ぜながら微調整を繰り返していった。約30分の細かな調整を経て、オープニングの殺陣パートを音に乗せて最終確認してみる。すると西田氏は、満面の笑顔で開口一番「すごくかっこいい! びっくりするくらいかっこいいよ。本当にすごい」とキャスト陣に笑顔で拍手を送る。それに力強く頷いて応えるカンパニーの姿には、乱世を生きる登場人物たちの覚悟が重なるようだった。


続くパートでは、主人公・三角青輝(橋本祥平)とその妻・東町小紀(田野優花)が登場。物語序盤での2人の身に降りかかる悲劇を象徴するようなイメージシーンとあって、橋本はほんの数歩で青輝の劇的な感情の変化を表現しなければならない。西田氏は楽曲にあわせた動きをつけながら、青輝の置かれている状況を、1音ごとの粒度で説明する。橋本は西田氏からの説明を咀嚼するように一歩ずつ踏みしめながら動きを確認し、芝居へと落とし込んでいった。楽曲中のワンシーンなのでセリフはない。しかし、橋本の視線ひとつで、青輝の背負ったものが浮かび上がってくる。彼が相当な覚悟を持ってこの役に臨んできたことが窺えた。

楽曲ラストの立ち位置にも、西田氏のこだわりが随所に光る。全体としては背筋が伸びるような緊張感が漂いつつも、キャストの移動に頭を悩ませる西田氏に、輪島桜虎役の佐藤日向が「足なら自信あります! 必要があれば走ります!」と手を挙げる場面も。そういった役者からの提案も柔軟に受け入れながら、オープニングは最終形へ。ここにヘアメイクと衣裳と照明が入ったとき、どんな絵が立ち上がるのか。楽しみでならない。
休憩を挟んで、翌日の衣裳付き通し稽古に向けての最終調整が続いていく。冒頭を通す前に、西田氏は「通すこと、繋ぐことが大事なんじゃなくて、どういう心情でこの物語をやるかということが大事なんだ」と、キャスト陣の顔を見渡しながら語りかける。また、最終調整の際に変更があったシーンに触れ、「(変更があったことで)そのシーンで新たな感情が生まれることもあると思う。そういう意味でも集中してやりましょう」と一言。それを受けてキャストは各々の方法で集中力を高め、全員総出で始まる最初のシーンへと移動する。その際のなんともいえない静けさは、まるで嵐の前の静けさのようだ。
本作は近未来を舞台とした架空の戦記とあって、時代背景や文化など作品独自の設定が多い。西田氏の脚本・演出は、その説明にあたるシーンを単なるナレーションで済まさず、大胆に再構成している。それによって登場人物全員が、自らを主人公としてその時代に生きていることを感じさせてくれた。冒頭のシーンは、原作未読の観客が作品の設定を理解するためのシーンであると同時に、「この漫画をどう舞台化するのだろう?」と感じている原作ファンに「こうくるか!」と驚きをもたらしてくれるはずだ。
“芝居合戦”に挑む者たちが魅せる、言葉と感情の応酬
青輝と阿佐馬芳経(赤澤 燈)の出会いと、2人が辺境将軍・龍門光英(松田賢二)の仕官となるための採用試験「登龍門」に挑むシーンも、見応えがあった。橋本が演じる青輝は武力は持たぬが、智に長けていて弁が立つ青年。橋本がとうとうと長台詞で説き伏せる場面もあれば、赤澤が殺陣で芳経の掴みどころのない身軽さを体現する。対照的な2人の存在が、場を鮮やかに引き締めていく。

「登龍門」では、龍門光英役の松田賢二と賀来泰明役の平野 良が登場するだけで空気を変える。そこで生まれる応酬には、これまで以上に緊張感が漂う。これこそまさに、橋本が公式コメントで触れていた“芝居合戦”の意味するところなのだろう。今回見学できていないシーンには、青輝にとっては宿敵といえる平 殿器(宮下雄也)とのひりつくやり取りや、北の国・聖夷と青輝たち大和との戦も待っている。以前のインタビューで松田は「言葉に大きな意味がある物語だからこそ、言葉じゃない部分に命を注ぎ込みたい」と語っていた。きっとその意味を体感できる作品になるに違いない。


稽古も終盤。それぞれの表情には悩みや戸惑いはなく、「やるべきことをやるだけ」というシンプルな決意が浮かんでいた。


大和軍側は、平 殿継役の松原 大と田中暖真(Wキャスト)の子役2人が「どうだっけ?」と確認し合うと、横から平 殿器役の宮下がさりげなく資料を見せてあげる、さりげない親子の交流が垣間見えた。ほかにも、賀来役の平野と長嶺士遼役の宇野結也が演出の意図をすり合わせる場面や、芳経役の赤澤と菅生 強役の山本一慶が殺陣の導線を微調整する姿など、それぞれがチームとしての信頼関係を深めているのが伝わってくる。


対する聖夷軍は、桜虎役の佐藤を筆頭に、閉伊弥々吉役の吉満寛人、長尾武兎惇役の安藤夢叶、九羅亜輝威役の青柳塁斗が登場シーンを共にすることが多く、自然と4人で集まって打ち合わせをする姿も見られた。彼らが大和軍にどう挑んでいくのか――。演技力に定評のあるキャストが揃うからこそ、彼らの登場シーンにも期待が高まる。
本番は目前。信念を持って自らの道を切り拓き進む者たちの戦記が、まもなく幕を開ける。
取材・撮影/双海しお