左:杉山すぴ豊 右:下浦貴敬
DCコミックス「バットマン」を原作に、ワーナー・ブラザース ジャパンが製作した異色の日本制作のアニメーション映画『ニンジャバットマン』。バットマンが日本の戦国時代にタイムスリップして宿敵ジョーカーと戦いを繰り広げるという、予想のつかないストーリーで多くのファンを魅了した。そんな作品を、2.5次元舞台でヒット作を連発するOffice ENDLESSと、DCコミックス、ワーナー・ブラザースにより舞台化、「ニンジャバットマン ザ・ショー」が上演されることが決定した。今回はプロデュースを手がけるOffice ENDLESS代表取締役社長の下浦貴敬氏と映画評論家でアメキャラ系ライターの杉山すぴ豊氏に、舞台化への経緯やバットマンの魅力について、たっぷり語ってもらった。
ニンジャバットマン舞台化の経緯
下浦「ことの始まりは「ニンジャバットマンって知ってます?」って話が来たんです。作品の魅力に「面白い、やろうよ!」って思って…やるとしたら通常の舞台興行じゃなくて、今までにやったことのないようなスタイルでやろうって話をしました。そこからワーナー・ブラザースさんと色々と話をして、ようやくここまで来れた感じです。」
杉山「脚本はどうするのかな?とか思ってたんですが、そこはどうするんでしょうか?」
下浦「今回はいわゆる2時間の演劇ではなくて1時間程度のショーパッケージにしようと思っているんです。脚本の部分もかなり簡略化したりすることになると思います。その分、アクションやダンス、映像といった部分で組み立てていく。なので、「ニンジャバットマン ザ・ショー」というタイトルになっているんです。」
杉山「そういうことなんですね。ニンジャバットマン自体が、ある意味バットマンの二次創作のような面もあるじゃないですか。そのニンジャバットマンを更に2.5次元にしていく感じでしょうか? 既存のストーリーを使うというよりも、新たな世界を作っていくような。」
下浦「そうですね。ニンジャバットマンっていうタイトルを初めて聞いた時、良い意味で異色感というか(笑)。それゆえにキャッチ―さがあったと思うんです。ニンジャバットマンのストーリーにすごく惹かれたところもあります。これをショーにすることで、もっと身近にフラットに足を運んでもらえるものにできればと思っています。誰もが知っているシリーズだから、この作品を通じて演劇を観る習慣のない人にも、生身の人間が演じるパフォーマンスに触れる機会になればいいなという思いが企画の根底としてあります。」
杉山「なぜショー形式にしようと思ったのでしょうか?」
下浦「今回の劇場はいわゆる小劇場なんです。最後列からも役者の表情が見えるような距離感。生身の人間がやるパフォーマンスという部分にフォーカスをあてたいという思いがあったので、そういう空間でやりたかった。ご飯を食べるついでにふらっと観にこれるような、映画館に行くのと同じ感覚で演劇やショーに触れ合ってもらえるというのが目指すところですね。家族連れで来てもらうのも嬉しいし、カップルが「こんなのやってるよ?」ってふらりと立ち寄る、みたいな、そんな感じで観に来てもらえると嬉しいですね。」
杉山「原作となるアニメーション映画は最後…かなりすごい展開になるじゃないですか(笑)」
下浦「そうなんですよね、どうしようかと悩んでいます(笑)。でも過去には生身の人間と映像と特殊造形を使ってお客さんに満足いくものを届けることができた経験もあるので、演劇においてできないことはあまりない、と考えていますね(笑)。(ニンジャバットマンの)あの奇想天外な展開をどう表現するのかも、考えはありますよ。」
杉山「でも、バットマンそのものよりも、ニンジャバットマンの方が舞台化しやすかった、っていうのはなんとなくわかる感じがするんですよね。英断もあったと思います。そもそも、最初に原作となるアニメーション映画『ニンジャバットマン』をOKするところから英断だったと思います(笑)」
下浦「演出としても単なるアクションじゃなくて、パルクールのパフォーマーにもアタックしているのは、そういう要素を距離感で体感することで、絶対的にお客さんにも感じる部分があるから。映画やアニメにはない要素として、そこを捉えている部分はあります。日本古来の古典の文化に加えて、ダンスなど現代のカルチャーをうまくミックスしていきたいですね。今まで見たことのない新しい見せ方を考えています。」
杉山「アニメでは声優陣が豪華でしたが、舞台のキャストはどのように考えていますか?」
下浦「2.5次元で活躍している役者にも声をかけつつ、パフォーマンスに長けているサーカスのような場で活躍している人などにも声をかけています。ただ舞台化するというだけではなし得ないことを、ショー形式だからこそできる冒険もしてみたいですからね。バットマンが好きなファンの皆さんはもちろん、バットマンについての知識が無くても楽しめる時間、空間にしていきたいですね。」
杉山「きっと、映画『ダークナイト』の公開が2008年で、そのころに10歳くらいの子どもだった子たちが今ちょうど20歳前後。そういう役者さんたちがやってくるだろうから、そこはいいですよね。」
下浦「まさに、そうなんです!」杉山「バットマンとは何か、みたいなことを共有できているから、そこもいいですよね。バットマンってゴッサム・シティという箱庭の中で、ジョーカーなどのヴィランがいて、その中で掛け合いというか、そういうのがあるのがバットマンの魅力。バットマンに地球を守ってもらおうとかは思わないし(笑)、ゴッサム・シティの中でやっている群像劇というか、寓話というか。その独特の世界観が、バットマンなんです。だからこそ、舞台に向いていると思うんですよ。もし自分が役者だったら、バットマンやヴィランを演じてみたいな、と思いますね(笑)。何か役者として演じ甲斐のあるキャラクターだと思うんですよね。そういう不思議な楽しさがあります。」
下浦「僕らが生まれる前から愛されている作品であり、ヒーローである。昔から“今回はこういう感じなんだ”って観てきたもの。これだけファンがいるシリーズですから、今回こういうショーという形で新たに関わっていくということは、プレッシャーもありますし、悩みももちろんあるけれど、出来上がってくるものへの期待値も大きいんですよ。キャスト、スタッフにも信頼できる人たちを集めてきています。挑戦できることが多いので、個人的にもワクワクしています。」
多彩で魅力的なキャラクター
杉山「アニメを見たときに、歴代のロビンが出てきていて、そこがとても2.5次元的だな、って思ったんですよ。それにバットマンって大人で、一番感情移入できないキャラクターなんですよね。007シリーズとかもそうですが、主人公が暗くて完璧すぎるから、意外にヴィランやロビンなどの周辺キャラクターに気持ちが入っちゃったりするんです。そういう意味で、ロビン機軸でやるのもいいんじゃないかな?って思っていたこともあったんですよ。アニメや2.5次元なら。そういう意味でも舞台化にはすごく合うんじゃないかと。ニンジャバットマンは、ブルース・ウェインのままのシーンはほとんどないですからね。」
下浦「ほぼないですね。だからこそ、キャスティングも顔だけじゃなくて肉体で魅せることのできる俳優で考えています。肉体表現もかなり大切な要素ですから。」
杉山「そもそもバットマンがガジェットのないところで戦うようなお話ですからね。ストーリーそのものが、そもそも舞台っぽい。まさかタイムスリップものだとも思わなかったんですよ、当初アニメ化を聞いたとき。日本にはバットマンが居た、みたいな話かと思ったんですけどね。それが、信長がジョーカーで、秀吉はサルだからゴリラ・クロッドって(笑)」
下浦「その辺りがもしかしたらもう少し掘れるところだな、って思います」杉山「上杉謙信は女性説があるから、ポイズン・アイビーがなっていたり、そういうトンデモ説を意識していそうだったりとか、歴史好きが気になっちゃうポイントが多いんですよね。ハーレイ・クインを森蘭丸にするとかね。すげーな、って(笑)。コスプレとかでも、ニンジャバットマンは結構人気なんですよ。そうなると、ジョーカー役のキャスティングって結構重要になりそうですね。」
下浦「去年からの流れもあるので、ジョーカーに注目が集まりがちですし。」
杉山「ハーレイやキャットウーマンもどう出るのか楽しみです。今、ハーレイがちょっと人気ですし。けっこうアクロバットなアクションをさせるおつもりですか?」
下浦「そうですね。派手なアクションは考えています。映像と合わせた独自の演出で見せていくつもりです。新宿のど真ん中にあってアクセスのよい場所でもありますから、普段あまり舞台や2.5次元作品を観ないという人、ファミリー層などにもふらっと観に来れるようなものにしたいんですね。そういう意味で、普段2.5次元の作品をプロデュースしたりしている僕としても、いつもと違う感じになっていますね。かなり新たな試みではあると思います。今、舞台装置や衣装のプランニングをしているんですが、日本ならではの部分ということで歌舞伎や能の要素を演出プランに組み込むアイデアを出したり、そういう要素を持ち込むことで、アニメを見ている方にも新たな発見をしてもらえるんじゃないかな。」
子どもたちへも海外へもアプローチできるショーに
杉山「ニンジャバットマンは海外の反響も大きかったですね。日本製作のアニメなので絵がきれいだったことも評価されていますしね。独特の色彩感があって、海外の人が好きな日本の世界観っていう感じがしますよね。そして最後はロボット戦になってしまう。舞台ではそういう感じにはしないのかもしれませんが。」
下浦「最後をどうするかは今まさに考えているところですが、最終的には人間同士、生身のドラマになるような作りにしたいですね。」
杉山「ヒーローものの舞台化って、結局ブロードウェイの『スパイダーマン』も終わってしまって、誰もがやろうと思ってもなかなかできないコンテンツでもあるんですよね。」
下浦「逆に言うと、日本で小劇場という規模で始めることで、未来へコンパクトな基準で持って行けたり、海外や本国アメリカでも上演できたりという形になっていけばいいな、という気持ちもあります。」
杉山「そういう意味では、とても舞台向き、2.5次元向きですよね。個人的な意見ですがスーパーマンとかワンダーウーマンってそんなに舞台向きじゃない気がしていて。彼らは強いから、それに匹敵する敵を作るのが難しいんですよ。でもバットマンはほどよくて、結局のところゴッサム・シティという箱庭の中で変な人同士が戦っているんで(笑)。だからこそドラマになるというか。ちょっと神話的。敵キャラも立ってるし。それにこういう格好の人が飛んだり跳ねたりしているだけでも、子どもは十分に楽しめるものになりそうですよね。アニメや2.5次元って日本が誇るコンテンツだし、日本から製作していく意味というものも十分にあると思いますね。オフブロードウェイなんかには、すぐに持って行けそうな感じですね。」
下浦「そういうパッケージ感は意識していますね。小劇場の息遣い、ならではの没入感は大事にしています。これが2000人キャパとかの会場になると、また違ってくる。舞台という空間でしかできないこともあると思うんですよ。その舞台での武器が、今回のような空間で言えば没入感なんですね。最前列のお客さんであれば、本当に手が届きそうな距離でバットマンが、ジョーカーが動いているわけです。それは映画でも、アニメでも体験できない空間です。現実の人間とつながっている空間として感じられる場所というのが、強みなんだろうと思っています。なので、ビジュアルの再現についても、ちょうどいい中間層を狙っていくつもりです。わかりやすく言えば、ピンクの髪の毛とかで日本人が演じるわけですから、お客さんも舞台の嘘を共有してくれないと作れないんですよ。お客さんの想像力も非常に重要なんですね。そういう部分をうまく使っていきたいな、と考えています。まだどのようになるか分からないですが、会場に入るところの雰囲気づくりからうまくそれができればいいですね。観終わった後に、あの装飾はこういう意味だったのかな?って思ってもらえるような空間づくりにしたいです。」
杉山「歌舞伎の黒子もいないことになっていますからね。それと一緒ですよね。」下浦「それが日本の古くからの文化なんですよ。そういうところが、ワイヤーで吊ってキャストを飛ばして、ワイヤーを後から消す、みたいな映画などの見せ方とはちょっと違うところですね。そんな特別な空間だからこそ、一度見た後に、友達を連れてきたくなる、恋人を、子どもを連れてきたくなるような。そういう身近な形になるといいのかな、と。今回の60分前後のショーで何かテーマを乗せるかといえば、正直言うと、無くていいと思っていて。乱暴な言い方ですけどね。楽しんでもらえることがすべてだと思っているから、こういう高尚なテーマを掲げているんです、みたいなことは考えていないですね。それよりは、本当に生の演劇、生の舞台を初めて観てくれるきっかけというのが大きいですね。僕らが面白いものを作れば、それを体感した観客が発信したくなるものだと思いますしね。それに応えられるよう、長い期間で公演するというのもやってみたかったことなんですよ。面白かった、また来よう!を叶えられる場所でありたいです。」
杉山「映画『ダークナイト』シリーズ以降、バットマンといえば正義と悪、みたいな構図が際立っていますけど、本来はヒーローものだったよね?っていう部分がちょっと置き去りになっている感じがしているんですよね。だからこそベン・アフレック版のバットマンは少し明るくなったんじゃないかな。そもそも、子どもがおもちゃを欲しがるようなバットマンにならなくなっちゃっていましたから(笑)。そういうヒーローとしてのケレン味みたいなものを、原作となる映画『ニンジャバットマン』で表現したかったんじゃないかな。エンターテインメントとしてのヒーローのバットマンにしたかったんじゃないかと思うんです。だから、おっしゃる通り、バットマンカッコいいじゃん!っていうお土産でいいんですよね。」
下浦「今回の企画も、ショーという言い方じゃなく、いろいろ選択肢はあったと思うんです。例えば『バットマン・ザ・ステージ』とかね。でも割と初期の段階からショーで行きたいというイメージがありました。ハードルがなるべく高くなく、フラッと立ち寄れる。そういうスタイルにしたかったし、ここからまた未来が見えたらいいなと思います。」
杉山「アメコミってそもそも、ひとつのことだけが決まっていて、いろんな時代の解釈で映画になろうがゲームになろうがアニメになろうが、いろいろな解釈があっていい。今回のニンジャバットマンがバットマンらしいかどうか…ジョーカーはたぶん、ジョーカーらしいんだと思いますけど(笑)、それを止めるのがバットマンだから。そこを押さえていればいいんだと思うんですよ。」下浦「そこの解釈は、日本でやる方が自由かもしれないな。」
杉山「権利元もそのあたりの解釈よりもデザインとかに厳しいところがあるらしいんですよね。ジョーカーの口はこうでなければならない、とか。」
下浦「デザインも今まさに進行中ですが…なかなか大変です。やりがいを感じますね(笑)。キャラクターの数はある程度絞ることになると思います。時間内に起承転結をつけておさめていくことを考えると、なるべく簡略化しないと。子どもにも、海外の方にも観ていただきたいから、なるべくシンプルに。でもちゃんとキャラクターが立っているので、十分勝負できる、むしろより伝わるんじゃないかなとは感じています。クライマックスのココが見せたくて、みたいなところもありますしね。」
杉山「バットマンって普通の人が出てこないですからね(笑)。バットマン側につく人ってだいたいメンヘラ。メンヘラ対サイコパスの戦いですから。ちょっとヘンな人たちばっかりですよ(笑)」
下浦「そういう多様な切り口があるから、可能性もあると思っています。」
杉山「今後バットマンの歴史を語るときに、日本で下浦っていう男が舞台化した、っていうのがウィキ(Wikipedia)に書かれますよね(笑)。(バットマンを日本で舞台化した)初めての人物としてサーガに刻まれるわけですよ。それはすごいことですよ。」
下浦「…そうか。そんなふうには思っていなかったけど、そうなのか(笑)。またプレッシャーが…(笑)。でも、プレッシャーを楽しんで、やっていきます。」
杉山「本当、素晴らしいことですよ。楽しみだなぁ。」(注:今回の舞台には「ニンジャバットマン」のアニメーション制作スタッフは参加しない予定になっております)
撮影/tomo(BREW STUDIO, Inc.) スタチュー協力/プライム1スタジオ
インタビュー・文/宮崎 新之