舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1がまもなく開幕する。2008年より『週刊少年チャンピオン』(秋田書店刊)にて連載中の渡辺航によるロードレース漫画を原作として、2012年から始まった舞台シリーズの最新作。自転車競技を「ハンドルと役者のマイム」で再現させた西田シャトナーの革命的手法と、レースシーンで役者たちが見せる「本気の走り」が好評を博す人気作だ。
昨年にはシリーズ10周年を迎え、これまでのシリーズで手嶋純太を演じていた鯨井康介が演出を務める舞台『弱虫ペダル』The Cadence!を上演。今作は主人公・小野田坂道が総北高校自転車競技部の一員として初めて挑むインターハイの1日目を描く。猛暑に負けない熱気あふれる稽古を取材した。
7月下旬、都内スタジオ。稽古場の扉を開けると、そこには本気でロードレースを走る選手たちの姿があった。
稽古場には本番同様のセットが組まれており、舞台袖には各学校のユニフォームを掛けたハンガーラックが見える。舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1の稽古場は「初通し」の真っ最中。ローチケ取材班が訪れた時はインターハイレース1日目最初の勝負、スプリント対決のクライマックスシーンだった。
舞台『弱虫ペダル』(=以下、通称の「ペダステ」呼び)特有のスロープ(=傾斜の舞台装置)をパズルライダーと呼ばれるポジションのキャストたちがゆっくりと動かす。その手前で佇んでいるのは泉田塔一郎役の青柳塁斗。ライバル校である王者・箱根学園(ハコガク)メンバーの中では唯一今作から登場するキャラクターで、キャスト発表時から注目を集めていた。
2年生で強豪・箱根学園のレギュラーとなった泉田は、無駄なく鍛え上げられた筋肉が特徴のひとつ。「ペダステ」ならではの“筋肉”表現は本番を楽しみにするとして、この稽古段階でも目を奪われるのは圧倒的なフィジカルの説得力だ。元々身体能力を誇る青柳、彼が泉田を演じるとなると筋肉がここまで顕現するのかと驚かされる。泉田の登場を心待ちにしていた観客の期待をも上回ることだろう。
続いて泉田と同じくスプリント対決に参戦していた総北高校自転車競技部の3年生・田所迅と1年生・鳴子章吉が登場して、総北メンバーたちと合流するシーン。田所を演じる滝川広大と鳴子役の北乃颯希の荒い呼吸と流れ落ちる汗に、どれほど本気で走った直後なのかがヒシヒシと伝わってくる。生身の役者が全力でやるからこそ感じ取れる熱量だ。
舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1で描かれるのはインターハイの初日。平地のスプリント対決、登り坂のクライマー対決、そして1日目のゴールを争うエース対決と、大きく分けて3つの勝負が展開する。
スプリント対決に続きクライマー対決……となる筈だが、ストーリーはスムーズには運ばない。主人公・小野田坂道が落車に巻き込まれてチームとはぐれ、最下位になってしまうのだ。
このトラブルにショックを受けるのが、クライマーとして数々のリザルト(=レース結果)を競い合ってきた総北高校の巻島裕介と箱根学園の東堂尽八。回想シーンでは、高校最後のインターハイで勝負することを心待ちにしてきたふたりの心情が胸に迫る。
巻島裕介役の山本涼介と東堂尽八役のフクシノブキは前作からの続投。ふたりだけでなくほとんどのキャストが前作から継続しており、自信と余裕、その上でさらなる高みを目指す向上心が走りや芝居の細部から垣間見えた。
一方、落車した小野田坂道はサポートの総北部員たちからの励ましを受けてチーム合流を目指す。だが最下位からトップを走るチームの元へ向かうには、100人の選手を抜き去る必要がある。この場面を舞台でどう表現するのか?前回公演(舞台『弱虫ペダル』インターハイ篇The First Result)でも話題を呼んだ「100人抜き」シーンは、今作でも最高の仕上がり。
悲惨な状況にもかかわらず、諦めることなくひたすらにペダルを漕いでいく小野田の真っ直ぐさ、己を鼓舞するために歌う「恋のヒメヒメぺったんこ」のリズムが明るく前向きな空気を作り出す。
様々なキャラクターが様々な手法によって小野田に抜き去られていくのだが、その選手たちを全員で演じ分ける。メインで演じているキャラクターの時は見られない表情で、楽しそうにレースを体現する彼らにも注目だ。グッズのフラッグや拍手、声援で小野田を応援できる場面も今作の楽しみどころ。
前作が初舞台にして初主演だった島村龍乃介は、仕草も佇まいも小野田坂道そのもの。何より素直に小野田というキャラクターを好演している。孤独な少年だった主人公が自信を持ち、その資質を存分に生かして輝く姿が今作の軸だと伝わってくる。袖に入った一瞬、島村を迎えたチームのメンバーたちが島村の肩や背中を叩いて無言のエールを送っていた。
この一体感あふれる明るい空気を一変させる存在が、京都伏見高校の御堂筋翔。歴代演じてきた俳優も凄み漂う怪演を見せて話題をさらってきたが、新井將もまた御堂筋の不気味さと不屈さを迸らせる。アグレッシヴな御堂筋だ。
ダークホースの存在を見せつつ、レース展開はクライマー対決、エース対決へと続いていく。
とにかく怒涛のレース展開。しかしどの対決も色が違い、飽きさせない。ヒリヒリした勝負の緊迫感、ワクワクする彼らの過去と現在。シリアスとユーモアの要素がどちらも200%の出力で迫ってくる。
キャストは動きっぱなし、走りっぱなしだ。中腰の姿勢で足使いによってペダルを回し続け、時にアクションめいた動きを挟みながら方向転換を重ね、正面を切り替えるカメラワークなる動きでレースの臨場感を表現していく。スロープを駆け上がり、駆け下り、次の瞬間には後方の段に登りセリフを放つ。時には歌唱も加わる。
映像やギミックは一切使用されない。まさに体力勝負の舞台。肉体の限界に挑む役者の姿が見どころのひとつであることは間違いない。
その後ろからチームワークがにじみ出るところも「ペダステ」の魅力だろう。走り抜いたメンバーが袖に入ると、スタッフが両手にうちわを持って駆けつけキャストを仰ぐ。酸素ボンベも欠かせない。彼らがステージに戻った後はスタッフが床にこぼれ落ちた汗をモップで拭う。本物のレースさながらの真剣度で皆がステージに向き合っている。
クライマー対決では、袖にいるメンバーもハンドルを掲げてチームメイトを応援。演出の鯨井康介が、セリフの間に「そうだよな!」「登れ登れ!」と合いの手を入れたことをキッカケにしてメンバーたちも袖から大きな声援を送り、稽古場は大いに盛り上がった。
そして「インターハイ1日目、最後のゴール争い」に向かう総北の金城真護(川崎優作)と今泉俊輔(砂川脩弥)、箱根学園の福富寿一(高崎俊吾)と荒北靖友(相澤莉多)。今泉はスタイリッシュに、荒北は野獣らしい荒々しさでエースを運ぶ。それを追いかける御堂筋は全日優勝を狙い、単騎で主将対決に割って入っていく。
前作でダイジェスト的に描かれた金城と福富の因縁も、このレースの中であらためてやり取りされる。一段上がったキャストたちが演じる彼らの場面は、大きな感動を巻き起こすに違いない。
彼らがゴールを迎えると見守っていたスタッフ、キャストから自然に拍手が起こり、全力疾走した選手たちへの称賛と労りが稽古場を包んだ。
ラストの表彰式シーンにも伏線の数々。箱根学園には新開隼人(百成瑛)、真波山岳(中島拓人)が隠し玉として控えている。総北と箱根学園のぶつかり合いに京都伏見の不確定要素が加わり、予測がつかないレースが今後も繰り広げられる。
原作やこれまでの「ペダステ」シリーズで結果を知る人も「この先が見たい!」という想いが沸き起こるのではないだろうか。
この日、稽古場には金城真護役を演じた郷本直也が訪れていた。これまでにも「ペダステ」OBが何人も稽古場を訪問。これは演出の鯨井康介やレース演出協力の河原田巧也の存在、そして「ペダステ」が脈々と受け継いできた熱い何かがあるからだろう。
長く続いてきたシリーズ作品の確かな土台と、爛々と意気込む若手俳優陣がそれに挑んでいく姿。今の「ペダステ」にしかない熱さを是非劇場で感じて欲しい。
※高崎俊吾の「高崎」は「はしごだか」と「たつさき」が正式表記
※川崎優作の「崎」は「たつさき」が正式表記
文/片桐ユウ