
2024年4月、約80席の劇場で初めて上演された『弁論』。こたけ正義感がたった一人でステージに立ち、60分間ぶっ続けで漫談をするライブだ。その第4回が、11月28日(金)に京都・ロームシアター京都サウスホールで、12月5日(金)には東京・有楽町よみうりホールで開催される。開催のたびに大きな話題を呼び、わずか1年半で1100席のホールにまでたどり着いたこのライブについて、詳しく聞いた。
袴田事件を漫談にするのは、賭けだった
──まず、最初に『弁論』を始めたきっかけから教えてください。
僕はこれまでフリップネタや、それを応用した映像ネタをやってきました。そのネタで『R-1グランプリ』や『ABCお笑いグランプリ』の決勝にも進出できましたが、これらのネタはあまり本質的ではないな、という感覚が自分の中にずっとあったんです。
──本質的、というと?
打ち上げ花火のようにその瞬間はウケるけれど、後に残らない。積み重なっていく芸ではない。これでは長く続かない、もっと意味のある芸を身につけたいと、漫談に取り組もうと決めて。『R-1グランプリ』準決勝の裏で、その年に優勝することになる街裏ぴんくさんに相談していました。実際、それをきっかけにぴんくさんとの漫談ライブもスタートさせました。
──そんな思いが。
そんな中で作家さんから「60分間、一度もはけず(舞台を降りず)にしゃべり続ける漫談ライブをやってみたら?」と提案されたんですよ。これ、2丁拳銃さんとかダイタクさんとか、漫才師でやっている方はいらっしゃるんです。その漫談版をやろうと。最初はフルマラソンに挑戦するような、過酷なことにチャレンジする感覚で始めました。でもいざやってみたら、60分という尺自体が面白いフォーマットだなと思えたんです。
──ご自分に合っていた。
ですかね。やってみたら60分で全体を構成してオチに持っていくこと自体に満足感があったし、お客さんの反応もすごくよくて。ちょうどその前後から、海外のスタンダップコメディをたくさん観るようになったんです。このフォーマットこそが世界ではスタンダードだと気づいたので、じゃあこのまま続けてみようと。

──『弁論』は、その年の8月に第2回、12月に第3回とハイペースで開催されてきましたが、特に実際の冤罪事件である袴田事件を題材にとった第3回公演は、ライブはもちろん、その後YouTubeで期間限定無料公開された際にも大きな話題を呼びました。こたけさんは東京弁護士会の広報として再審判決の現場にいて、その経験をもとに60分間語られましたよね。
第3回は、テーマを設定した段階で相当賭けだなと思いました。でもどうしてもやってみたくなった。無罪判決が出て1〜2ヶ月後、マネージャーに無理を言って急に開催を決めました。
──どうしてそんなにもやりたくなったんでしょう?
実は最初に袴田事件の広報活動を依頼されたときも、受けるか迷ったんです。これまで、自分はあくまでもお笑い芸人なんだというスタンスで活動してきて、真面目な仕事をなるべくやらないようにしてきたので。ただ、やはりあの事件は学生時代から映画で観たり、友達と話したりしていて関心があったし、すごく熱心にオファーをいただいたこともあって、「今のタイミングならこういう仕事をやっても許されるかな」とお受けしたんです。
──許されるかな、ですか?
お笑い芸人を始めた頃は、芸人の仲間に入れてもらえるかどうかの勝負だったので。弁護士という肩書きがあると、どうしても「別ジャンルの人」と思われがちなんですよね。僕は、弁護士という立場を利用してタレントになりたい人だとは思われたくなかった。でもネタを頑張って、賞レースにも出て、一応芸人とは認めてもらえているかなという自負がようやくできたのかもしれないです。
──そのタイミングで受けた仕事が、『弁論』につながったわけですね。
広報の仕事をする中で、弁護団のある先生が、当時の警察の主張があまりにも無茶苦茶すぎるから「ちょっと笑っちゃう」と話されたんですよ。「もうこれ、ネタにしてくださいよ」とも。その言葉がずっと引っかかっていて。怒られる可能性もあるけど、これをきっかけに事件を知ってもらえるという免罪符もあると、実験的にやってみたんです。
──それが見事に当たったわけですね。普段お笑いを観ていない人からもたくさんの反響があったと思います。
社会問題に関心の高い人が観てくださるんじゃないかという予感は最初からありました。でも、逆にお笑い界隈の人がすごくたくさん褒めてくれて。新しいエンタメとしてちゃんと受け止めてもらえたのが嬉しく、かつ驚きでした。
──海外のスタンダップコメディは政治批判や社会的な内容を織り込んでいる印象がありますが、それに触発されたということも?
確かにそういうイメージありますよね。でも実際にいろんなスタンダップコメディを見て、それ嘘や、って思ったんですよ。全然そんなことない。政治や社会に触れたとしても、それはただの題材であって、ただみんな面白いことを言いたいだけでやってるんです。僕も同じ。だから第3回での発言はすごく注意してました。同じ考えの人が集まっている集会なら、敵を強く批判すればそれだけでウケる。でも僕はそれがしたいわけじゃない。真面目なことを言っている部分も、そこに自分の意見がゼロではないけれど、あくまでも全てオチのためのフリであるという構造はかなり意識していました。
──ところで、漫談には街裏ぴんくさんのように全て架空の漫談もあれば、永田敬介さんのように実体験を話すものもありますよね。方向性については迷いはありませんでしたか?
両方やっていて、最近は、実体験は『弁論』に、フィクションを織り交ぜたものは短いネタにと棲み分けをしています。日本のお笑いファンの好みでもあるんですが、やっぱり飛躍するネタの方がウケやすいし、賞レースでも勝ちやすい。でも本当の話は4、5分で大きく飛躍させるのが難しいので。実際の定義はわからないけど、僕はスタンダップコメディと漫談をそうやって区分けしています。スタンダップでは、自分のことを話す方がお客さんの反応もいい。まさに、永田さんと街裏さんの違いですよね。街裏さんは漫談。僕は永田さんが日本人で一番スタンダップコメディをやっている人だと思っています。だから、『弁論』では永田さんのようなネタをすることを理想に掲げています。

ようやく芸の“積み重ね”がスタートした
──こたけさんはR-1グランプリで知名度が上がり、YouTubeの『逆転裁判』実況でも注目を集め、そして『弁論』で評価され、ここ数年でどんどん活動の場と内容が広がっていますね。テレビに出演したかと思えば、一方で東洋館の寄席にも出ていらっしゃる。
東洋館では15分ネタをやっていますし、先日はスタンダップの劇場であるTokyo Comedy Barで40分くらいしゃべりました。芸歴を重ねて、最近ようやくネタの方向性が定まってきた感覚があります。これまでずっと、形が定まらないままにひたすらネタを作り続けてきたのが悩みだったし、苦しかった。1ヶ月やったらもう使えないようなネタばかり作ってきた。でも今は、このスタイルが合っているなと思いながらやれている。ついこの前、Comedy Bar用にここ1年半で作ったネタを見返したら、今やってもいいものばかりで、選び放題で。それがすごく嬉しかったですね。ようやく積み重ねがスタートしました。
──第4回の『弁論』はどんなものになりそうですか?
言えないです。……本当に何もできてないから(笑)。ただ、このスタイルに自信を持ってやれるようになってきたなっていう感覚があって。1年くらい前に東洋館に立ち始めた頃は、15分ですら果てしなく感じた。でも今は15分くらいならいくらでもやり切れる。60分パフォーマンスすることへの不安はなくなっているので、余裕を持って臨めるなと思っています。
──今後、『弁論』はどうなっていくんでしょうか。
もう、ひたすら拡大路線です。いつかは武道館、そしてドームを目指します。ピン芸人のドーム公演は渡辺直美さんに先を越されましたけど、そこまで目指すつもりでいます。海外のスタンダップコメディアンって超スーパースターで、何十億も稼いでるんですよ。日本のお笑い界もそれ全然目指せるけどな、って思うんです。だからもっと、長い漫談をやる人が増えてほしい。
──60分漫談といえばこたけ正義感、と独占するのではなく。
そうです。お笑いファンはみんな漫才が好きで、漫才師はリスペクトされますよね。ピン芸人も、このジャンルなら同じことが起こりうると思っていて。だからいろんな芸人に声をかけて漫談に初挑戦してもらったり、漫談をしている人には「60分やってください」とお願いしたりしているんです。XXCLUBの大島育宙さんにトライしてもらったら、スタンダップコメディとしてすごい完成度だったので、さらにそそのかして続けてもらおうとしています。漫才師であるまんじゅう大帝国の竹内(一希)君は、毎月漫談ライブをやっているんですよ。だから説得して、10月に60分漫談をやってくれることになりました。この形式自体が流行って、大きなショーをできる人が何人も出てくるのが、僕の最終的な理想なんです。

インタビュー・文/釣木文恵
写真/ローチケ演劇部