【連載】『わかる!ユーモア』/第二回『ショート動画は見下されるように作られているのか!?』大北栄人(アー)

2024.06.30

表紙イラスト:クリハラタカシ 文中イラスト:大北栄人

 

私達はユーモアがわからない人々です。「おもしろい」の1語でfunnyとinteresting2つの意味を表すような文化ですから「おもしろい」を語る言葉を持っていません。

この記事はそんな「笑いを言語化する」シリーズです。大北はwebのライターであり、アー(明日のアー)という演劇のコントとしてまだ見ぬユーモアを探求するのを主な活動としています。ユーモアとは「くだらなさ」と同じような意味で使ってます。

イヌイットの「雪」の言葉の数のように、言葉が多いとそれに詳しい文化になりますよね。

前回は「おもしろい」と「バズ」の関係について疑問を持ち、縦型(ショート)動画の世界に乗り出しました。どうして粗品はYouTuberを悪く言うのか? YouTuberには再生数とれてお客さんもたくさんいますよね。どうして私は1万RTされるおもしろツイートがおもしろいと思えないのか。これも同じ問題だと思うんですよね。

 

はたしてバズはおもしろくないのか? 今回も縦型動画試作の結果を交えてバズとおもしろについての考察です。

 

縦型動画を40本くらい作ってTikTokらで公開し、その数字の結果を報告するイベントを開催してました。左が筆者。右がAR三兄弟の川田十夢さん。2024/6/1神保町PARAにて。

 

「作品ではない別のなにか」というムード

 

「今、縦型動画を作ってるんですよ」という話をするとみんな一様に「それはまずい」「大丈夫か」と言わんばかりに顔を曇らせます。もしくは「バズるのは簡単なんですよ」とその方法を教えてくれたりします。そこに漂っているのは「なんとなく下に見ている」雰囲気です。

実際TikTokの中にも「こうすればバズる」というノウハウは動画としてたくさん出回ってきます。全員が「バズるかどうか」の話をしていて誰も「おもしろいかどうか」の話はしていないような状態です。そんなNetflixってないですよね。そんな週刊少年ジャンプもないです。コンテンツのプラットフォームとしてものすごく変な状態にあります。

人気ばかり気にしてるジャンプの世界を図示してみました

 

バズりテクニックは意味あるのか?

 

私もせっかくやるのだから何本もそういうのを見たり人から話を聞いたりして勉強しました。バズるためにテクニックとして噂されているのはどうやらこの辺りでした。有益ですよ(TikTokだと「後で見返せるようにいいねと保存をお薦めします」と言います)。

 

・ハッシュタグをいくつかつけるがつけすぎない

・流行りの音楽を使用する

・視聴者数の多い平日の夕方に投稿する

・印象的な場面を早めに持ってくる

・2秒に1回はカットを変える

・視点を変えさせないために画面内に見せたいものを置く場所を決める

・いいねやコメントの書き込みに誘導してエンゲージメント率を上げる

・自分が志向するジャンルをリサーチしてヒット作をパクる

 

最後はもう身も蓋もないですよね。でもこれが基本姿勢のようです。バズればいい。かくいう私達も少しでもバズらせるために、出演者がTikTokの公開時間に合わせて視聴していいね!をしてくれて動画を保存してコメントして…はたしてこれに効果はあるのか…と悩みながらやるおまじないみたいなものでした。アルゴリズムのお地蔵さんに信心深く水をかけては磨いている気分でした。

で、どうなの? 実際そういう小技は効果あんの? と気になりますよね。

これらの小技はあくまでもスタートラインでした。守ると400再生くらいされるようになりますが、バズる要素はまた別にあるなという実感がします。これらは無視しても問題なさそうなんですが、守ったほうが伸びるよと言われたらつい守ってしまうのが人間ですよね。葬儀場でもお骨とか拾って帰りますしね。

お骨を拾う人の頭の中

 

このノウハウに意味がそこまでないものの、ノウハウ動画は「バズらせるのはかんたんです!」と豪語するものばかりです。これらをやってもバズらない自分は……と自尊心を傷つける日々でした。

じゃあ実際何がバズる要素なの? というとそれは動画の内容においてで各ジャンルによることでしょう。私達の動画でいうと「新しい理不尽」でした。

 

みんな見下されるために作っていたのか…!!

 

私はTikTokを始める前に「人は理不尽が見たい」のではないかという仮説を立てて始めました。往年の名ドラマ『おしん』でいうと子供なのに住み込みで働いているおしんちゃんがいびられてるようなコンテンツをTikTokではみんな見てるなと思ったんです。理不尽さです。Breaking Downにしろ急に暴力をちらつかせたりみんな理不尽ですよね。

ブレイキングダウンも広い意味での理不尽だと思うんです。

 

なので私達は『本当にあったひどい話』というシリーズを始めました。自分たちがやりたいことは別にあるんだから、バズればなんでもいいとばかりに理不尽をコンテンツにすることにしたんです。

ところが実際にやってみて驚いたのは、すでにそういったことをしてる人たちは何組かいてるということでした。実話系のショートドラマでいじめられたり怒ったり、理不尽なことを描くクリエイターです。

そこで思い出しました。映像制作をされてる方に話を聞いたときに「TikTokはみんな見下されるように作ってますよね」と言われていたんです。たしかに。私も「まー、ウケたらそれでいいや」でした。きっとみんなそうです。

私達が下に見ていたものはそれ自体も下に見られるように作られているのではないでしょうか。あそこでなにが行われているのかというと見下され合戦とも言えるんじゃないでしょうか。それは自己表現とはまた別の世界です。

宮崎駿もTikTok作ってたら見下されるような君どうを作ってたのでは…

 

となるとそこには多くの理不尽があふれているわけで、私達においてはただの理不尽ではバズりませんでした。じゃあなにがバズったの? というと、私達においてバズる要素は「新しい理不尽」でした。この動画を見てください。

 

 

この動画で描かれているのは「優先エレベーターの前でベビーカーで待っていても誰も降りてくれなくて乗れない」という理不尽です。これはまだ他のコンテンツで見たことがありません。手つかずのまま世の中にあったんです。

40本作って新しい理不尽の30万再生が1本、1~2万再生が数本あるくらいであとは500~1000です。理不尽だけではだめだった。新しい理不尽であればバズった。私はこの現象は日本語の「おもしろい」のせいではないかなと考えます。

 

「おもしろい」とは新規領域の情報を得た喜びのことである

 

前回私は「『おもしろい』という語に2つの意味を表してしまっている日本文化は(笑える方の)おもしろさについて解像度が低い」としました。でもどうして「笑える」と「興味深い」をいっしょにしてしまったんでしょう? 何か共通する別のことを表してるんではないでしょうか?

前回の記事を書いたあとで気づきました。日本語の「おもしろい」は「新規領域の情報を得たときの喜び」と考えると納得がいくんです。

日本語の「おもしろい」とは新規情報を得たときの脳の喜びでは?

 

おもしろさのうちの「funny(笑える)」について、ユーモアの説明を過去に記事にしています。かんたんに言うと、ユーモア(くだらなさ)とは「情報が期待よりも低い価値だったときに感じる喜び」です。ちょっと想像すると「間違った情報」は何度もつかまされつづけると慣れてきます。新規領域のユーモアが一番喜びが大きいわけです。だから純粋なユーモアのファンはベタを嫌い、すぐ新しいことをし始めます。

ボーナスが棒にナスだったとき、初回はその落差で「くだらない(笑)!」と脳が喜んだとしても、繰り返されると喜びはなくなります。

 

一方「interesting」の方を考えてみましょう。新規領域の情報を得て、たとえばそれが脳の別の情報と結びついて「だからあれとあれがこうなってるんだ!」となると「興味深い」という喜びがやってきます。どちらも新規領域の情報を入れるときの喜びと言えますよね。(この辺は語源など一切考慮していないですから、信憑性は低いと思ってください)

すなわち手つかずの理不尽、新規領域の理不尽はおもしろい理不尽だったんです。こうした手つかずの理不尽をたくさん並べればバズのヒットメーカーとなれたはずでしょう。

 

荒れるコメント欄

 

だけども、現在私達はヒットメーカーではありません。そうしようという気にはならなかったんです。新しい理不尽はコメント欄が紛糾しました。

「こいつら肌が汚い」であるような、画面内の悪役に対しての呪いの言葉のようなものが書かれ始めました。

やる気をなくしコメントの返信にどんどん気遣いがなくなっていきました

 

SNSにおける政治的な投稿もそうで、理不尽コンテンツの宿命ですがめちゃくちゃに治安が悪いんですよね。そうです、これは人の感情を焚き付けて再生数を稼ぐアテンション・エコノミーそのものです。世の中に憎悪を振りまいていることに他ならない。

一体どういうことでしょう。私たちは笑ってほしかっただけなのに。一体なんでこんなことに? 分かってはいたものの、実際そうなってみると頭を抱えました。

 

やりたかったことは新規領域のユーモア

 

私がやりたいこととは新規領域のユーモアを提示することです。それは舞台においてもそうで新規領域のユーモアがずらっと並べられるとそれはそれはめくるめく脳の喜びがあります。今年は10月26日からやります。さてその私達が見つけてきた新しいユーモアの一つに「悪人はコメディになり得るんじゃないか?」というものがあります。

小さい頃はたくさん悪人を見てきたじゃないですか。子供は箸の持ち方より前にバイキンマンという悪役を知ってますよね。子供向けアニメには明確な悪役が存在します。

この悪役、悪人というものは今考えるとすごい変なやつなんじゃないか。たとえばジャイアンが「お前の物はおれの物」って言うじゃないですか。これ例えば市役所生活課の窓口とかで言われたらひどすぎて笑ってしまいませんかね。

市役所の窓口でジャイアンみたいなこと言われたらコメディ的です

 

現代に悪役を置いてみるとそれだけでコメディになるんじゃないか。それはまだだれもやっていません。新規領域のユーモアです。であるならやる意味がある。でもこれは「辛(から)いギャグ※」だったのではないかと思い当たりました。

※『時効警察』やシティボーイズLIVEの作家を務めた三木聡は大人向けのギャグを「辛いギャグ」と呼んでいました。子供が好まないという意味でなんとなくイメージがつきますね。

 

辛いギャグとはなにか

 

どういうこと? と思われるでしょうから具体例を見ていきましょう。このひどい話シリーズを作り始めてすぐに撮ったものにこういうのがやりたかったんだというものがあります。それはこんな話です。

コンビニのコーヒーマシンでMを買ったが店員にLを入れろと勧められ、断るも、ぜひ、どうしても、と言うのでLを入れたら警察を呼ばれ逮捕された」というものです。

 

 

どうでしょうか。このあらすじだけで私はこみあげてくるおかしみがあります。それを言葉にすると「そんなやつはいないだろ」です。これが辛いギャグの正体でもあります。この「そんなやつはいない」とは社会の規範そのものです。「人間って大体こういうときこうするよな~」という社会の規範が分からないとギャグにならないんです。

「人間って大体こう」という規範を知らないと悪人はコメディにならない。『じみへん』などの中崎タツヤのマンガは少年誌には載らないですよね

 

沢木耕太郎も『深夜特急』で一回社会人をやったからこそ海外旅行がおもしろくなったと言ってますよね。それです。「日本の人は大体こんな感じ」という規範が出来上がると海外はその規範を超えてくるので面白く感じます。

そう考えるとこの悪人のギャグは辛いギャグと言えます。「そんなやつはいないだろ」と自分で思える人しか笑えないわけです。一体TikTokを見てる中高生にどれくらい刺さるんでしょうか? その上、辛いギャグだけではありません。ひどい話に対して「これはフィクション」と他人事にできる客観性も必要になります。これもある程度物語を摂取してきた人でないと難しいかもしれません。

ボトムアップ型コンテンツの世界では100人に配って反応の良いものだけを残して今度は400人に…という世界ですから。はたしてそんなものがバズるんでしょうか?

結果はこのコンビニコーヒーに関しては通常400程度のところが2000程度でした。M-1グランプリでいう一回戦突破といった数でしょうか。少しは評価されましたが、一段階、といったところでした。

 

ユーモアがバズの足を引っ張っているのでは?

 

でも一段階上にいったからいいじゃないの? 新しい理不尽に、新しいユーモアが乗っかってたらさらに一段階上に行くのでは? と思われるかもしれません。でもやっぱりそうはいかないなというのが実感としてあるんですね。

 

@buzzdrama0617 これの正解教えてください…。#ショートドラマ #理不尽#理不尽シリーズ #うざい先輩 #うざい上司 ♬ 2:23 AM – しゃろう

シンプルに理不尽を描いて再生数も獲得している例

 

すでにあるTikTokの理不尽コンテンツはもっともっと再生数が多いですから。そして新規領域のユーモアはありません。そうなんです。私はここで「新規領域のユーモアがあると伸びない」という結論を導きかけていることに気づきました。

こういうものをイメージしてたんですが…

 

私達の正露丸糖衣A錠型の動画は理不尽の中に新規領域のユーモアをくるんでましたから。これがすべてウケない可能性がある。まさか、人々は糖衣錠でなくて、飴を望んでいる…!?

……と書いてみて、そりゃ当たり前だろ、という気もします。アルゴリズムの世界なんだから、人間の快楽に流れそうです。だって何してもいいってなったら気持ちいい方向に動きますよね。

そうなんです。スマートフォンで見るんだから何してもいい。私達の目論見に立ちはだかったのは実は「スマートフォン使用時における体の自由さ」なんじゃないか。

そんな確信を私達の再生数報告会で発表していたところwebのライターさんが言ってました。

「それこそ粗品YouTuberおもんないやろ問題がそうなんですが、そもそも今、おもしろいものが受け入れられないらしいですよ」と。

 

えっ!? 大事な話ですが続きます!