「が~まるちょば シネマティック・コメディー ジャパンツアー 2023」取材会 オフィシャルインタビュー


言葉で限定されないからこそ、僕の動きを見て、見ている側が経験から答えを導き出していく

パントマイム・アーティストとして活動するが~まるちょばが、2023年6月3日(土)~4日(日)に東京・よみうり大手町ホール公演よりスタートする「が~まるちょば シネマティック・コメディー ジャパンツアー 2023」。待望の新作の上演を1か月先に控えオフィシャルインタビューが到着した。

 

――2021年初頭から2022年秋にかけて渡って行っていた前回公演「PLEASE PLEASE MIME」は、コロナ禍ではありましたが、期間中に国際的な大会でのピクトグラムの披露やメディアへの出演がありました。公演回数を重ねていくなかで、変化はありましたか?

「PLEASE PLEASE MIME」自体が、コロナ禍になってからスタートしたものだから比較にはならない部分はあるけど、ピクトグラムを大きな大会で披露したり、メディアに出たりしたことで、知ってもらった人は多かっただろうなという感覚はあった。普段とは違う分野でのクリエイターとして見てもらったことで、パントマイムをやるが~まるちょばに興味を持って、舞台公演に足を運んでくれたのかなと。

 

――久しぶりの新作公演は、コロナ禍での規制が緩和されてからの公演になりますね。

昔はお客さんと絡む作品も作っていたけど、コロナ禍ではできなかった。でも、今回は意外と絡んでもいいのかな?っていう考えはあります。舞台公演は、舞台上に作った世界を見てもらうものなので、お客さんとの距離があろうがなかろうが、作る世界は全く変わらない。ただ、コロナ禍のときは、客席で作られた空気は違ったんだろうなっていう感覚はあります。お客さん同士で伝わるものもあるし、見る側が作る空気もあったりするから。だから、お客さんの縛りが緩くなったことが凄く嬉しくて。公演のタイミングでは、また状況が変わっているかもしれないけれど、気持ちとしてはものすごく絡みたいし、近付きたい!って思ってます。

 

――各地で「猛烈・炸裂・ドッカンコメディー!!」も行っていますが、舞台作品との違いを改めて教えてください。

簡単に言うと、「猛烈・炸裂・ドッカンコメディー!!」のパフォーマンスの主は僕なんですよ。舞台上の娯楽を僕がやっているものというか。「シネマティック・コメディー ジャパンツアー 2023」のような舞台公演の形で行っているものは、僕が演じるキャラクターを見てもらうものだから、僕が演じてるんだけれど僕じゃないものをお客さんに見せているんです。そして、そういう人がやるから面白いものを演出して、ストーリーとして紡いでいる。前者は、目の前の舞台にいるが~まるちょばがパントマイムを舞台でやっている、後者は、舞台上に違う世界を作り出している、という明確な違いがあります。

 

――“パントマイム”という共通点はあるけれど、全然違いますね。

表現が全然違うんですよ。だからといって構えて見る必要はないし、目の前で行われていることを純粋に楽しんでもらえればいいんだけど、そういった形の舞台公演を見たことがない人は意外と多いと思うんです。パフォーマーとして僕がやっている場合は、僕自身を喜んでもらっているけれど、舞台公演は僕自身を喜ぶというよりは、作品に心を持っていかれるじゃないけど、そういう喜び方、楽しみ方になるし、喋らないけれど役者として舞台の上に立っている。舞台の上には僕しか見えていないけれど、僕が演じるキャラクターには、その場所にいろんな物があり、人がいて、僕はそれを見ている人に感じさせなければいけないし、そこにあると思って演じている。そして、お客さんは、見えないものを想像して見ているという。

 

――言葉がないからこそ、動かされるポイントが人によって異なるし、経験してきたことによって見方が変わる、何を想像するかは見た人次第。そこがHIRO-PONさんが求めてらっしゃるパントマイムの可能性みたいなところを一つでもあるのかなと。

では、普通のお芝居と何が違うのかというと、普通のお芝居は言葉で限定するんだよね、多分。僕の舞台公演は、言葉で限定されない。お客さんに委ねているわけではないんだけれど、見えるものがお客さんによって違う。それは限定していないから。限定されない表現だからね。僕は何も言っていないわけで、僕の動きを見て、見ている側が経験から答えを導き出して、見ているだけの話なんだよね。

 

――確かに。作品を作っていくうえで、決まり事みたいなものはあったりするんでしょうか?

まずは、僕の物差しに引っかかるもの。これは、パントマイムにしたら面白いと僕が思うかどうかが大前提で、僕の物差しで面白いと思ったものなら何でもいいし、限定はしない。喋っちゃいけないとは思うけれど、それ以外はそんなにないかな。ただ、作っている段階で、これは喋った方が面白いと思ったら削除していくし、喋らないからこそ面白いものを作らないといけない。お芝居の場合はしゃべってなんぼだと思うけど、僕の作る作品はそれとは真逆で、喋らないからこそ面白いものをアンテナにひっかけていく。もちろん、僕がしゃべっていなくても、見ている人は想像の中でキャラクターに喋らせているだろうし、そこに人はいないけれど、相手がいたら会話もある。前回公演「PLEASE PLEASE MIME」の長編「指環」の場合は、舞台上には主人公しか見えてはいないけれど、主人公は子どもやお巡りさん、居酒屋のマスターと会話を交わしていて、見ている人が想像の中で喋らせている。どんな声なのか、どんな声色なのか、どんな内容なのかは、僕の中にはあっても、実際に声に出しているわけではないから、お客さんの中にも声や声色、内容はある。

 

 

――今回、長編も新作になると伺っていますが、新作はどれぐらいぶりになりますか?

前にやっていた「指環」はずいぶん前に作ったものだから、30分以上の新作を作るのは、ものすごい久しぶりかもしれないね。だから、忘れている部分やすごく苦労しているところはある。面白くしたい時って、発明しなきゃいけなかったりするんですよ。どうしたらこのシーンは面白くなるだろう?って悩むんだけど、その答えは僕の経験の中になかったりするから、新たに発明するしかない。もしかしたら僕の知らないところで、そういうことがなされていたりするかもしれないけれど、そういったことを見つけながら、ストーリーを紡いでいくのがすごく大変。だから、本番直前までが制作期間なんです。あと意外と一人で表現するための悩みもあります。ただ、「シネマティック・コメディー」と名前を付けたこともあって、見た人がちゃんと気持ちを持って帰ってもらえたらいいなと思って作ってる。「あー、面白かったね」以上のものは、作りたいし、笑いだけじゃないものになると思います。

 

――6月3日(土)、4日(日)の公演はワールドプレミアということで、新作をいち早く楽しめる貴重な機会にもなりますよね。最後に、楽しみにされている方へのメッセージをお願いいたします。

コロナ禍において「衣食住、生活にエンターテイメントはそんなに関係ない」みたいな話が出ましたが、エンターテイメントはいまも昔もなくなることはなかったし、人生を豊かにするものだと思っています。エンターテイメントという一つのくくりがあったとしても、僕の表現方法は多分、唯一無二だと思うので、ぜひ興味を持って見に来てもらえたらなと思っています。今回の舞台作品を通じて、エンターテイメントは自分の人生を豊かにしてくれると思ってもらえたら嬉しいですし、言葉を使わない舞台芸術だけれど、言葉を使わないからこそ見てくださる人たちが来てくださったら、心が絶対動くので。今回の公演を通じて、エンターテイメントっていうものを、楽しんでもらえたら嬉しいです。そうしたら、昨日とまた違う明日が多分来ると思うので、ぜひ舞台に足を運んでその目で確かめてもらいたい。言葉を使わないで、言葉で説明できないものをやりますから。

 

取材・文=長澤香奈
写真=源 賀津己