PARCO presents ピナ・バウシュ『春の祭典』│サロモン・バウシュ インタビュー

©Uwe Schinke

9月11日(水)より東京国際フォーラム ホールCにて、PARCO presents ピナ・バウシュ『春の祭典』が上演される。

これまで世界各国の著名劇場で上演を重ね、そのたびに称賛を浴びてきたピナ・バウシュ版『春の祭典』が日本で上演されるのは18年ぶり。2022年5月に来日公演が予定されていたがコロナ禍の影響で延期となり、このたびようやく実現することとなる。初演の振付・演出をそのままに、本プロジェクトのため、アフリカ13カ国からさまざまなルーツを持つダンサーたちが集結。豊穣を願うための生贄に選ばれた女性が踊り続けるさまを鮮烈に描き出す。

さらに今回の来日公演では、生前のピナ・バウシュがコレオグラファーとして最初期に創作し、自ら踊った貴重なソロ作品『PHILIPS 836 887 DSY』(出演:エヴァ・パジェ)と、ピナと深い親交を持っていた“アフリカン・コンテンポラリーダンスの母”であるジェルメーヌ・アコニーが振付・出演する『オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ』も同時上演。珠玉のトリプル・ビルとなっている。

そんな貴重な来日公演に際して、ピナの息子であり、「ピナ・バウシュ・ファンデーション」の創設者であるサロモン・バウシュにインタビューを実施。『春の祭典』について語ってもらった。


■『春の祭典』は本来の人間が持つ強烈な感情を素直に表現した作品

Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


――ようやく日本での『春の祭典』の上演が実現しますね。現在の率直な心境をお聞かせください。

2022年は来日する直前に上演中止が決まったので、とても悲しかったのを覚えています。これはいわば悲願のプロジェクト。ようやく実現できることを本当に嬉しく思っています。日本のお客様はピナの作品をとても気に入ってくださっていますし、ピナ自身も日本との強い絆を感じていたようです。なので『春の祭典』を日本で上演することは、私たちにとって大きな意味を持つのです。コロナ禍によって、ダンサーたちは身につけた踊りを自身の変化とともに成長させることができました。むしろこの期間がプラスに働いているんです。そういった美しい作品を日本のみなさんと共有できる日が待ち遠しいです。


――『春の祭典』は約半世紀も前に誕生した作品です。この作品が時代を超えて人々を魅了する理由はどこにあると感じていますか?

50年近くも前につくられた作品だということに対して、「信じられない」といった言葉を耳にしたことがあります。いまつくられた作品ではないのかと。本作が内包する今日性というものは、おそらく私たち人間の誰もが心の奥底に抱えている根源的な何かと共鳴するのではないでしょうか。『春の祭典』は本来の人間が持つ強烈な感情を素直に表現した作品でもありますからね。だからこそ、これだけ世界中で愛され続けてきたのだと思います。もちろん、素晴らしい振付がタイムレスなものであることも大きいです。


――出演するダンサーはアフリカ13カ国から集まった方々ですが、オーディションはどのようなものだったのでしょうか?

私はオーディション現場に立ち会ったわけではないので、お答えするのは難しいですね。ただ分かっているのは、コートジボワールのアビジャンをはじめ、オーディションツアーを実施し、その過程で行われるワークショップがダンサーを選考するためだけのものではなかったということ。そこでの経験をそれぞれのダンサーに持ち帰ってもらうことを目指していました。その後、選ばれた方々にはセネガルに集まっていただき、さらにワークショップを開催しました。

Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


――ワークショップではダンサーたちのどこに注目していたと聞いていますか?

それぞれのダンサーの個性がどのようなものであるのか。それを見ていく機会ですね。どれだけユニークなムーブメントができるのかもそうですが、彼ら彼女らが新しいことに対してどれだけ心を開いていけるのかも重要です。体験したことのない状況下で、自分を解き放つことができるのかどうか。そしてもちろん、この作品にコミットする意欲があるのかどうか。こういったポイントを重視していたわけです。この作品には、それらすべてを含めたダンサーの個性が必要不可欠なんです。


――やはりキャスティングというものが非常に重要だったわけですね。

そのとおりです。参加者の中には、最初のうちは戸惑ってしまったり思うように動けなかったりして、自信を持つことができなかった人たちもいた。でもワークショップをとおして、新しい、あるいは本当の自分を発見して、それが思いもよらぬ美しいダンス表現につながっていく方々もいました。このプロセスがとても大切なんです。ピナは他者の中に秘められた可能性を見抜くことに長けていました。本人がまだ気づいていない潜在的な力を見つけては、それを引き出していたんです。私たちは選ぶ側に立っているので、心の目を開き、感覚を研ぎ澄ませて、ダンサーである彼ら彼女らの人生に関わってきました。

Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


――選ばれたダンサーたちは出自だけでなく、ダンサーとしてのルーツもさまざまだそうですね。このルーツの違いが作品に与える魅力としてはどのようなものがあると感じていますか?

メンバーの一人ひとりが新しい要素を作品にもたらしてくれるので、そこがまず魅力のポイントでしょう。それに人間というのは変わり続けるものですし、私たちを取り巻く環境だって変化し続けます。なので、作品は絶えず新しいものへと変化し続けるわけです。本番ではさまざまな要素が舞台上で瞬間的に統合されていきます。これは舞台芸術全般にいえることではありますが、じつに力強く面白い瞬間ですね。『春の祭典』をパリ・オペラ座バレエ団が上演したときは、ほとんど同じような舞踊の教育を受けてきた人々が集まっていましたし、民族的にもそれほど大きな違いはありませんでした。ですが今回は、ルーツやバックグラウンドが本当にさまざまです。クラシックバレエをやっている人がいれば、ストリート系のダンサーもいますし、もちろんコンテンポラリーダンサーもいる。それにアフリカの伝統舞踊をやってきた人々も。この“違い”が舞台上で共存することも面白さのひとつなのではないでしょうか。


――ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団のメンバーがリハーサルの指導を行ったと聞いています。どのようなものでしたか?

ここで改めて、『春の祭典』のプロジェクトのプロセスについてお話ししたいと思います。私たちは数年前から、これまでのピナの作品を新しい世代の人々に継承するための活動を行っています。彼女の作品のレガシーを、ヴッパタール舞踊団の新しい世代のメンバーのみならず、世界中のダンサーやカンパニーにお伝えしなくてはならないと考えているからです。通常ですと、かつてこの作品にダンサーとして参加した方たちを、各地のカンパニーに送り込んでは教えるという手法を取ってきました。昔から活躍しているメンバーたちは、私たちのアーカイブ活動にも協力的で、非常に重要な存在です。舞踊団のメンバーが新しい世代のメンバーに『春の祭典』について教えることは、それほど難しいものではないでしょう。しかし、今作に関してはまったく状況が違います。ルーツが異なる人々に、そのすべてを教えなければならないわけですから。3週間ほどの濃密な時間をかけてリハーサルを行いました。

Ulli Weiss ©Pina Bausch Foundation


――アフリカという文化的な背景がまったく異なる人々がピナ氏の作品を踊るのには、かなりの困難があったのではないかと思います。そのあたりはいかがでしたか?

私はダンサーでも振付家でもないことを前提としつつ、実際に目の当たりにしたこと、耳にしたことをベースにお答えしますね。まず、『春の祭典』に関わるダンサーは誰もが大変だと思います。それぞれに優れた身体言語を持っていたとしても、それとはまた別の次元の言語を獲得しなければならないからです。たとえば、クラシックバレエのダンサーたちは、いままで使ったことのない筋肉を使わなければならないため苦労すると聞いたことがあります。クラシックバレエの場合、まるで重さがないかのような、飛んでいるかのような動きを求められることが多いですよね。けれども『春の祭典』に必要なのは、その真逆のムーブメント。重力に従って大地に根差したような動きが多く必要になってきます。


――まさに真逆ですね。

ですからバレエダンサーにとってこういった振付はとても難しいもののようですが、アフリカの伝統舞踊を経験している方々にとっては、そこまで難しくないようです。さらにいえば、脚の先まで伸ばす動きはバレエダンサーが得意とするところですが、今作のメンバーにとってはあまり慣れていない身体の使い方らしく、とても大変なようです。それからバレエダンサーの場合、“落ちる”、あるいは“倒れる”という動きをする際、自ら身体をコントロールする習慣があるため、この作品で求められる“すべてを手放して重力に身を任せて落ちる”という動きが大変なのだそうです。

Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


――アフリカの伝統舞踊がルーツにある方々にとってはその逆なわけですね。

そうです。もちろんメンバーは一人ひとり違いますから、一概にはいえません。『春の祭典』を踊るうえでの困難は、一人ひとり違うはずだとも思います。本作ではダンサーの動きと感情というものが密接に関係し合っているので、一連の動きをやることによって、ダンサーの内側には強烈な感情が湧き上がります。それを何度も繰り返し、すべてのパフォーマンスで同じような感情の状態に到達しなければなりません。これがかなりハードなようです。しかしこれを経ることにより、“大地への崇拝と犠牲”というテーマを儀式の一環として表現することができるわけなのです。

 

取材・文/折田侑駿

 

■ピナ・バウシュ 「春の祭典」 リハーサル メイキング映像
セネガルのエコール・デ・サーブルで、ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団メンバーの指導のもと行われたリハーサルを追った映像