今から約90年前、1927年に公開されたフリッツ・ラング監督による無声映画『メトロポリス』。人型のアンドロイドが登場したり、バベルの塔のごとき高層ビル群を巨大な機械が支えていたりと、まるで現代を予言したかのような魅力的な映像が続くSF映画の原点ともいわれる作品だ。大多数の作家、芸術家にも影響を与えたこの傑作が、大胆にも舞台化されることになった。
映画と、その後出版された同名小説をもとに、『メトロポリス』の壮大な世界観をこの現代日本に降臨させようと目論んでいるのは、演出家にして舞台美術も手掛け、自ら俳優としても出演する串田和美。音楽劇に歌舞伎にと幅広くジャンルを越えて活躍する串田が、90年前に描かれた“2026年の世界”をいかに舞台上に表現するかが、実に楽しみなところ。巨大都市メトロポリスの高層ビルで優雅に暮らす支配者層と、地下で過酷な労働を強いられる労働者層。その身分差を越えて生まれた交流を軸にしつつ、ゆがんだ階級社会の行く先に待つものは破滅か、それとも希望の光か……?
労働者階級の娘で、のちに彼女そっくりのアンドロイドも作られることになる<マリア>には、串田作品に数多く出演する松たか子が扮し、支配者の息子でマリアと心を通わす青年<フレーダー>を、その抜群の身体能力と演技力であらゆる役柄を演じ切ってきた森山未來が演じるほか、飴屋法水、佐野岳ら、出演陣には個性派、実力派がズラリと顔を揃えているのも大きな魅力だ。舞台での共演は2006年の『メタルマクベス』以来だという、松と森山に串田版『メトロポリス』への想いを語ってもらった。
――おふたりの舞台共演はちょうど10年前の『メタルマクベス』以来になるんですね。
松 もう、そんな前になるんだね。
森山 今回、松さんはあれでしょ、金ピカの像みたいになるんでしょ。
松 あのアンドロイドのシーンはどうなるのか、今はまだ稽古前でわからないので本当に不安です(笑)。だけどこうして串田さん演出の舞台で未來と再会するなんて、なんだか怖い。特に現時点では台本もまだないので、よけい怖いんですけどね。もともと自分はあまりしないことですけど、自分が理解できるように作品を引き寄せるとか、そういうことは今回しちゃいけない気がするんです。とにかくこういう作品があり、こういうメンバーでやるんだということを受け止めていかないと。自分の得意なことやできることだけではなく、さまざまなことをやらなければいけなくなりそうなので、そういう場に未來と一緒にいられるというのはすごく心強いです。むしろ、私が足を引っ張らないようにしなければと思いますね。
森山 ふふふ。
――松さんとしては、ここ数年の森山さんのご活躍をどうご覧になっていたんですか。
松 まずはとにかく生きててくれてよかった、という感じなんですけど(笑)。だけどいろいろなことを経験して顔がどんどんシャープに、キツくなるわけでなく、どこか優しい顔つきに変化してきたようにも思えるのが素敵だなと思いますね。
――森山さんは、改めて松さんのことをどういう女優さんだと思われているんですか。
森山 今更、僕が語ることもないですけどね。
松 語ったこともないじゃない(笑)。
森山 姉弟みたい、なんていうのもちょっと憚られますけど。いや、本当に大好きです。力強いというか、空間をひとりで持って行ってしまう力を持ってはる女優さんなので。ただ、踊りのことだけ、ちょいちょい僕に聞いてきますよね。
松 アハハハ、そうなんです。だけどいつも未來は私に厳しくて「こんなもんなのか? それでいいのか?」みたいな態度でくるので。だから私にとっては「いかんいかん、そうか、もっとがんばらなきゃ」と思わせてくれる存在ですね。何か言われるたび「あ、私、調子に乗ってたかな?」って気がひきしまるというか。
森山 そんなことはないでしょ(笑)。
松 お客様がいる分だけ観られるポイントが違うように「そこを観ているの?」って部分の感想を言われると「あ、そういう角度で観る人がいるんだな」って改めて気づけるんです。また、わかっているつもりでも自分のやることに没頭しすぎて余裕がなくなってくるあたりに、だいたい観に来てくれるし。
森山 いやあ、誰もが「松さんがいい、いい」って言うから、俺くらいはちょっと意見を言ってもいいでしょ(笑)。
――逆はどうなんですか。松さんは森山さんの舞台を観て。
松 私は「スゴイ、スゴイ!」っていつも言っているよね?
森山 だけど「すごいねえ! がんばってね、じゃあね」とだけ言って、いつもすぐ消えちゃう(笑)。
松 いや本当に素直にすごいなって思っているんですよ。身体能力のことなんてもう言われ飽きているかもしれないけど、でもやっぱりそれは他の人にないものだから、「すごい!」って言われ続けてほしくて。
森山 ま、今回のお芝居ではたぶん松さんはすごく象徴的な位置の人物になるというか、君臨する存在になったりするはずなので、そこを信頼して僕はただ暴れまわればいいのかなと思っていますけど。まだちょっと稽古場がどんな感じになるのか、どういう作り方をするのかが見えないからなあ。たぶんみんなで動いて作っていく感じになるんだろうとは思うけど、あまり頭でっかちになることなく、柔らかく、串田さんが見たいもの、見たくないものを提示できればいいのかなと思いますね。だってとにかく『メトロポリス』って、映画だとものすごい人数の群衆がぶわーっと動いたりしてて。
松 ねえ、すごいよね。
森山 ああいう“規模”で見せる手段もあるけど、実際のところはこの座組ですから。ここにダンサーさんが何人か加わったとしても、せいぜいキャストは20人くらいなわけで。となると、そのまま群像として見せるのではないだろうし。串田さんからもいろいろと話は聞くんですが、今の時点ではまだ全然要領を得なくて(笑)。楽しみですけどね、そうやって具象的なものでは見せないスタイルで、あの『メトロポリス』を表現する、ということは。串田さんって、今の演劇界の中でも結構チャレンジしている人だと思うんですよ。そういう方と、どうディスカッションしながら作品を作ることになるのかも面白そうですし。
――松さんも串田さんから、何かヒントを聞いていたりするんですか?
松 いえ、まったく何も聞いていないです。私にむしろ決めさせるような勢いで「どうしようかねー?」って顔をしてくるので、その瞬間にもう目をそらして、知らんぷりしています。
森山 アハハハ!
松 それにしても未來が串田さんの作品に出るのが初めて、というのも意外だよね。
――森山さんの目には串田さんの作品世界はどう映っているんでしょうか。
森山 串田さんは、ご自身が台本も書けば美術も手掛けるじゃないですか。だからなのか、いわゆる平面的な演劇部分だけではない違う視点で、ものを作っていそうだとは以前から思っていました。そうやっていろいろな切り口から作品を構築する目線に自分ものっかれるというのは、とても楽しみなんです。
――現時点で確実なことはわからないとは思うのですが、一番聞いておきたいのは今回、松さんは歌うのか、森山さんは踊るのか、ということなのですが?
森山 これ、歌うシーンってあったっけ?
松 でも出演者にミュージシャンが参加しているとなると……。
森山 そうか。じゃ、たぶん歌うんでしょう(笑)。
――そういう意味では振付を手がけるのは山田うんさん、ですから。たぶん、踊ることにもなりそうですね。
森山 そう、うんさんなんですよね。うんさんの振付って、かなり身体に負担というか負荷をかける動きをするみたいな印象だったので、串田さんとの相性も果たしてどんな感じになるのか、ちょっと面白いことになりそう。
松 これはまだ私の勝手な想像ですけど、今回は今までの串田さんのお芝居に出させてもらった経験とは違う感触に挑戦しないといけないかな、という思いもあるんです。この作品はおとぎ話ではないし、かといってメッセージだけが残ればいいかというとそうでもないし。そのために私だったり未來だったり、飴屋さんとかが参加するんだと思うので。
森山 かなり覚悟しないと。
松 なんだか、鳥肌たっちゃうな。
――松さんは二役ということになるんですか。
松 そうなるんですかね、はい。
森山 でもあれって人格が変わるというわけではないし、どっちか本物かわからないからこそこっちも惑わされるわけですし。マリアという存在と、それとまったく同じようなものをアンドロイドとして作る、ということですからね。だけど直接的な大きさや、群衆で表現しないとなると、とにかく主題的なところを信じて動くことになるんでしょうね。象徴的な言葉が途中で出てきて「頭脳と手を仲介するのは心でなくてはならない」という。きっと、そういう主題的な部分をしっかりと表現することができたら、この作品の肝は伝わるんじゃないかと思うんです。でも本当に、いくらテクノロジーが進化していっても、使う人との距離感が全然保てなかったらそれは破たんしていくばかり。その距離感というものをどういう風に自分たちで考えるかということがたぶんずっとつきつけられている問題なんだと思いますね。
――映画版の『メトロポリス』は1926年に撮影されて、その100年後、つまり2026年の世界が描かれています。今年は2016年なので、今からちょうど10年後が舞台設定になっているんですよね。
松 今の人は、なんだかもうみんな疲れちゃっててあまりこの先の未来のことなんて想像すらしていない気もするけど(笑)。想像し尽くしちゃったのかな。そういう意味でも、当時この映画を作った人たちの想像力のたくましさというものには敬意を表したいです。よくこんなにすごいものを作ったなと思うし。今回、そのパワーだけは借りてやりたいですね。
森山 テクノロジーのことにしても、1920年代当時の最高級のテクノロジーを使ってあの映像を作っていたんだと思いますから。今だったらもちろん映画だけじゃなく舞台上でもいろいろな技術は発達していますけど。この主題とどういう風に対峙するかにもよりますが、でも結局これだけ濃い、力強い人たちが集まっているので、テクノロジーのこととか、頭と手、身体というものが今回の出演者やスタッフたちとでどう成立させるのか。まあ、そこが一番出せたらいいんだろうな。
松 もちろん大変面白いものになるよう頑張る覚悟はしているので、とにかく大勢の方に観に来ていただきたいです。私たちもどのくらい派手な舞台になるのか、そうではないのかまだわからないけど。ある意味、串田さんはその全部の要素を取り入れたものを作るんじゃないかとも思うので、想像力で、今そこにある現実と、両方を受け止めてもらいたい。すごく舞台的なものができそうな、まさに演劇的な人たちが集まった気もしますしね。
森山 実験的なこともできそうだし、ちゃんと、悪い意味じゃなくステレオタイプというかしっかりと押し出す見せ方もできる人たちが集まっているから。うまいこと、お客さんを巻き込みつつ、何か交流したり、遊んでもらえたらいいなあと思いますね。
取材・文:田中里津子
撮影:宮川舞子
【公演情報】
シアターコクーン・オンレパートリー2016
メトロポリス
日程:2016/11/7(月)~30(水)
会場:東京・Bunkamuraシアターコクーン
★プレリクエスト抽選先行受付決定!
8/19(金)12:00~8/22(月)23:59