蜷川幸雄一周忌追悼公演「NINAGAWA・マクベス」
市村正親 インタビュー

 

ichimura

ニナガワが魂を込めた最高傑作に再び挑む市村正親
世界公演と日本凱旋公演で伝説的舞台が蘇る

昨年5月12日に逝去して早一年――。

日本が世界に誇る演出家・蜷川幸雄の一周忌法要、およびメモリアルプレート除幕式が、晩年の蜷川が芸術監督を務めた彩の国さいたま芸術劇場で厳かに執り行われた。
この一週間後には、ニナガワが魂を込めた最高傑作と名高い『NINAGAWA・マクベス』の稽古が始まるという。2015年公演と同じく、主演のマクベスは市村正親、マクベス夫人は田中裕子。

日本国内公演と合わせ、香港、イギリス、シンガポールの海外にも行く。海外公演は蜷川の生前からのオファーであり、追悼公演として上演したいとの熱望を受けて決定した。
そもそも“世界のNINAGAWA”と称されるきっかけとなったのが『NINAGAWA・マクベス』である。世界が待ち望んでいる。台詞と人物設定はシェイクスピアそのままに、時代を日本の安土桃山時代に移し替え、血塗られた野望と運命の悲劇を鮮烈に描き出す。

 

蜷川が選んだ舞台装置は巨大な仏壇。マクベスを追い詰めるバーナムの森は桜。絢爛豪華なセットや衣装は完全なる日本文化の結晶であり、これはもう、蜷川という日本の演出家と市村ら日本の俳優が産み出した日本のマクベスだ。
法要を終えた直後、決意も新たな市村にインタビューが叶った。

 

11

――蜷川幸雄さんの一周忌法要を終えられた心境と、また、来週から始まるお稽古に向けてのいまのお気持ちとは?

先ほど法要の祭壇に向かい、いよいよ稽古が始まります、海外公演に一緒に行けないのは残念ですが、蜷川さんの魂をしっかり心の中に焼き付けて行ってきます、とご報告しました。メモリアルプレートの除幕式では“ニーナ”の顔が出て来た時、(額板の)グリーンのいい色合いの中に真っ赤な月があって、そこにいる顔は、ちょうど2015年のNINAGAWA・マクベスをやっていた時のお写真なんですよ。懐かしいと言いますか……。稽古場の前の壁に掛けられたのは非常にうれしいですね。常に蜷川さんと共に稽古ができる、そんな気がしています。数多くの名作を遺した蜷川さんのNINAGAWA・マクベスが背負えるということは、僕にとって俳優冥利に尽きるし、うかつなものは見せられない。とにかく、最後のシンガポールの大千秋楽までケガのないように。そこがまず大事ですね

 

――“NINAGAWA”とお名前を冠にした本作の魅力を、改めて聞かせてください。


5

この作品が世界で初演されたのは1980年と聞いていますが、30年以上も前に、翻訳の小田島(雄志)さん、舞台美術の妹尾(河童)さん、照明の吉井(澄雄)さん、主演の平(幹二朗)さんらが最初に作ったNINAGAWA・マクベスというのは本当にすごいな!と思います。いまやってもまったく古くない。逆に、30年以上前に日本のスタイルで作ったものが、いまの時代には新鮮な感じさえします。稽古場の通路には、当時のロンドン公演のカーテンコールを受けて上を向く蜷川さんのお写真もあり、若々しいその顔を見て、うわー、やっぱり、誇らしいなあと思いました。メモリアルプレートには「疾走するジジイであり続けたい」と書かれていますが、その言葉はいまの僕もまったくその通りで、疾走し続けています。現在、『紳士のための愛と殺人の手引き』の全国公演をするかたわら、マクベスの台本を持ち歩いて8割くらい思い出したかな。早く稽古でみんなと合わせたい!と思っているところです。セリフの一言一言にニーナの思いが込められている気がするんですよ。普通、シェイクスピアの本はとても厚いんですが、これは半分くらい。無駄なものがぜんぶ処理されている。俳優にとっては有難いですよね。でもね、初演の時は僕なりに結構苦労しましたよ。本番の最後のほうで蜷川さんに“よくやった”と言ってもらえた。その気持ちをしっかり持ちつつ、もっとできたんじゃないかって自分でいっぱい思う部分もありますから、そこに再挑戦するのが楽しみです

 

――蜷川さんと同時代を生きられた演劇人としての喜びとは?
4

一番うれしかったのは、「リチャード三世」(1999)を僕でやろうと思ってくれたこと。リチャードって俳優のみんながやりたがる役なんですよ。みんな、やりたい。そこを、蜷川さんが僕をチョイスしてくれたことが本当にうれしかったし、その後すぐ、「ハムレットをやりたくなった」(2001)と。蜷川さんにそう言わせた市村正親って俳優はたいしたもんだよね(笑)。リチャードは50歳、ハムレットは53歳の時ですよ。53歳でハムレットってやれなくないけど、いいのかな? ほかに若い俳優もいるんじゃない? と思いました。でも、「お前でやりたいんだ」と蜷川さんはおっしゃってくれた。で、なぜ僕か?と聞いたら、「セリフで勝負したいんだ」と。これまた俳優にはうれしいじゃないですか! 鉄条網と揺れる灯りだけのセットの中でハムレットができるなんて、市村正親というのはたいした役者だと自分でも思うし(笑)、その次は「ペリクリーズ」(2003)。蜷川さんは稽古場でこんなことを言いました、「お前ね、眼が光るから目の見えない役にするんだ。芝居に手も使うから手も使わせない。ただ琵琶を弾け」と。なんにもさせない。「それでどれだけのことをやるか見せてくれ」と言うんです。挑戦的な演出家さんです、そういうところが楽しいんです。だから、「ペリクリーズ」の後はしばらくご縁がありませんでした。大変なんですよ、蜷川さんの演出は体力が相当ないと受けられない。そうしたら2015年に「NINAGAWA・マクベス」です。運命的なものを感じましたね

 

――前回2015年を思い出されるとどうでしたか?
6

かつらに、和装で、演出は完全な和もの。初め、僕に、萬屋錦之介さんが“降りて”きました。僕は21~24歳で西村晃さんの付き人をしていて、当時、萬屋さんの『反逆児』を撮影の袖からずうっと見ていたんです。それで、NINAGAWA・マクベスをやる最初、錦兄(きんにい)だったらどんな風にセリフを言うかな? と、ふと思った。派手な着物も『反逆児』で錦兄が着ていた歌舞伎っぽいものに似ている。最初のイメージは錦兄だったんです。そんな風にイメージできる俳優さんってあまりいないですよね。若いうちに苦労しておいてよかったなと思いました

 

――12年間の思いが込められた舞台になるのですね。
2

いい舞台になりますよ。さっき、ペリクリーズ以来12年ぶりに彩の国の舞台に立ちましたが、やっぱりいい小屋だなあ、ここでまたやれるんだと思うと、いまからドキドキします。再演のいい点は、セリフがどんどん体に入って来るから、自分の気持ちでしゃべれること。前回は覚えたものを必死に言うだけだったけど、こんどは違うから、蜷川さん、「おお、俺がいなくてもそこまでできるんだ」って、「俺がいないほうがいいの? 」なんて言うんじゃないかって(笑)。そうじゃないですよ、蜷川さんがいたからですよ!と答えたいですね

 

――2015年の台本には蜷川さんにサインしてもらったとのことですが。

8

そうそう、いまの公演の旅にも持って行っています。これこれ(と、見せてくれる)。千秋楽の一週間ほど前だったかな。“ニーナ、記念にサインして”と言ったら書いてくれました。その時はもう手がちょっと震えていたけれど、「市ちゃん、頑張った」と自分の字でしっかり書いてくれた。2人で出た新聞記事も貼りつけているんですよ。見てときどき思い出しますね。ダメ出しがね~、いっぱいあるの(笑)。“ニーナ”で書き込んでいるのが蜷川さんの言葉ですね。“もっと動揺して”“ダイナミックに”“切りすぎない”“引かずに前へ前へ、状況としてつかまえる”とか、書き留めていますね。今回もこの本を使います。ニーナからのダメ出しを見て、ああ、ここで言われたなと思い出しながら……。当時、蜷川さんがもっと元気だったらもっと言っていたと思うんです。だから、もっと言ってただろうな、と想像しながらやろうと思います。僕も暴走しますよ!(※キャストページには各人の顔写真も貼られていた!「顔と名前が一致するように」という市村本人のナイスアイデアである!)

 

――暴走、疾走のスタミナ源、健康法などあれば聞かせてください。
9

うれしいことに胃が半分になったので、食事を減らしています。すると尿酸値も下がるし糖尿も減る。だいたい人間は食べすぎなんだね、ちょっとでいいの(笑)。それと、前回のNINAGAWA・マクベスでひざをやっちゃったもんだから(右ひざ半月板損傷)、手術してからは不必要なジャンプなどしない。筋トレと、マグマヨガに行くんです。溶岩の中で1時間ほどやると汗を1リットはかきますよ。舞台の本番前に必ず行きますね。体温が一度上がり、すると免疫力も上がって、非常に強い体になれる。悪いものを溜めないようにデトックスしているのがいいのかな。あとは、ほどよき赤ワインと白ワイン。舞台の後は気持ちを覚醒させたいから、グラス3~4杯」(ボトル2/3本ほど)と適度なおかずをいただきます

 

――世界への意気込みはいかがですか?
7

日本で作ったNINAGAWA・マクベスを、香港であれ、ロンドンであれ、見に来られないならこっちから行くぞ、と、それくらいの余裕で行きたいと思います。蜷川さんの名前は特にロンドンで有名ですからね、NINAGAWA・マクベスの期待値はかなり高いと思うし、観客もいっぱい入るから気持ちいい状況でできると思います。多少セリフを間違えても日本語だからわからない、字幕さえ合っていれば(笑)。僕、明るいでしょ(笑)。「市ちゃん、明るいよな!」と、蜷川さんもこの明るさが好きだったなあ。マクベスだけど日本の話になっているし、俺の後ろにはニーナがいる、錦兄も付いているぞ、と。見せてやるぞ、という感じだね。蜷川さんは世界でやる人だけど、僕自身は世界でやろうとは思っていないんですよ。ときどき、ブロードウェイを目指さないの? なんて魔女が囁いたりするけれど(笑)、僕は日本でやるんだって言うんです

 

――NINAGAWA・マクベスにまだ出会えていない人々、若い人々にメッセージをお願いいたします。

3

NINAGAWA・マクベスは田中裕子さんあってのものでもあるんです。僕と田中さんで演じる夫婦愛を、夫婦はどうあるべきかも含めて、この夫婦愛を激しくお見せしたいと思います。バーナムの桜の森もとても素晴らしい、美しい。ニナガワ魂がふんだんに織り込まれていますから、まだ見たことのない若い世代の方々にも、しっかり堪能してもらえればと思います

 

【プロフィール】

市村正親
■イチムラ マサチカ 劇団四季退団後も様々な作品に意欲的に挑戦。蜷川幸雄演出作品は『リチャード三世』『ペリクリーズ』、ほか『ラ・カージュ・オ・フォール』『モーツァルト!』『ミス・サイゴン』『屋根の上のバイオリン弾き』など多数出演、読売演劇大賞最優秀男優賞、紀伊國屋演劇賞個人賞受など賞歴も多数。07年春の紫綬褒章を受章。

 

【公演情報】

ninagawa

NINAGAWA・マクベス

日程・会場:
2017/7/13(木)~29(土) 埼玉・彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2017/8/4(金)~6(日) 佐賀・鳥栖市民文化会館 大ホール

作:ウィリアム・シェイクスピア

演出:蜷川幸雄

翻訳:小田島雄志

出演:
マクベス/市村正親
マクベス夫人/田中裕子
バンクォー/辻萬長
マクダフ/大石継太
ダンカン王/瑳川哲朗

詳しいチケット情報は下記ボタンにて!