脚本家、エッセイスト、そして直木賞作家として名を馳せた向田邦子は、没後36年がたった今も多くの人のこころを掴んで離さない。向田は生涯をかけて“家族”を描いたが、いわゆる“ホームドラマ”とは異なる、家族の内にある秘密、なぞ、嘘・・・という暗部に視点を定め、生々しい感情が交錯する“家族劇”を確立。のこされた小説、エッセイと共に語り継がれている。
ふたり芝居「家族熱」は、1978年に放送された連続ドラマ(浅丘ルリ子&三浦友和/TBS)を原作とし、2016年の2作のふたり芝居「乳房」(伊集院静原作 内野聖陽×波瑠)「檀」(沢木耕太郎原作 中井貴一×宮本信子)で評判を得た合津直枝が脚色し、演出を担当する。
原作のドラマから3年後という設定に翻案。歳の近い義理の母と息子が、“家族”という制約から解放され、秘めた思いを吐露することで、激しく揺れる心情をきめ細かく描き出す。
美しい義母・朋子には、舞台「人間風車」(作: 後藤ひろひと 演出: 河原雅彦)での好演も記憶に新しく、2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」への出演も決定、NHK土曜ドラマ「トットてれび」(2016)では黒柳徹子の親友・向田邦子役を演じて絶賛され、いまや「向田邦子の伝道師」とも言われるミムラ。
父を憎み、朋子と実母の間で揺れるエリート医師・杉男には、主演したNHKのBS時代劇「立花登青春手控え」シリーズをはじめ、「管理人」(作:ハロルド・ピンター 演出:森新太郎)など舞台での躍進も目覚ましく、2018年2月には蜷川幸雄三回忌追悼公演「ムサシ」も控える溝端淳平。
女として男として、義理の母子が出会いなおした瞬間(とき)―。
【あらすじ】
母と呼んだが、母ではない…。
黒沼杉男は、祖父の墓で義理の母・朋子と再会する。
朋子は、杉男が小学生の頃、実母と入れ替わりに父のもとに嫁いできた美しいひと。ひとまわりしか歳の違わない育ての母・朋子は、3年前、家族が別れたはずの前妻と通じていることを知ってしまう。後妻として幼い子どもたちを育て、舅姑の世話をし、尽くしてきた朋子にとっては、耐え難い裏切りだった。
「母さんは家を出た方がいい」長男・杉男のすすめで、朋子は黒沼家を出たのだ。
そして、3年後の再会。
ふたりは初めて互いの、ほんとうの気持ちを知ることになる。
母として女として、息子として男として・・・揺れるふたりの、甘く危険な再会―。
【コメント】
力感に溢れた名作 <山田太一(新潮文庫『家族熱』解説 より)>
黒沼家は、熱を出してしまった。「熱を出した」一家の物語は、やたらに何処にでもあるというものではない。しかし、平穏な家庭も立入れば痛さをこらえて辛うじて「平熱」を保っているにすぎないのであり、かかえている悲しみや恨みややりきれなさは、それほど黒沼家と遠いものではない。ただその多くは見えにくいだけであり、黒沼家の物語は「傷口がひらいた」がゆえに、見えやすい形で、私たちの前に展開する。そのような構造を持つからこそ、私たちはこの「何処にでもあるとはいえない物語」の細部で、やたらに思い当ることにぶつかってしまうのである。
「13年、かかったんだ」
「何が?」
「前の奥さんの、ごはん茶碗、コーヒーカップ、おしょう油つぎ、お取皿。少しずつ取りかえたわ。女ってケチね。高いの割る時はちょっともったいないなんて、迷ったりして」
「アンタ、わざと割ったの、おっかない」
こうした科白の楽しさは、ほとんど全篇に散りばめられていて、今更向田さんの才能の豊かさに感嘆しないわけにはいかない。もはや新しい作品を読むことは出来ないのだから、私たちは残してくれたものをくりかえし読んで、見落としていた‘きらめき’に気づくしかない。そして、『家族熱』はそうした期待にも充分応えてくれる力感に溢れた名作である。
今もなお愛され続けている向田邦子さんの作品をやらせてもらうことを、大変ありがたく思っております。僕が生まれるよりもずっと前に旅立たれたとは思えないほど、向田作品は色褪せない。それどころか今の時代の方がマッチしていると思えるぐらいです。「家族熱」は義理の母と息子、いろんな柵や苦難に縛られてきた二人がまた違う形で再会する話です。家族とのつながりとはどういうものなのか?血のつながりと心のつながりは天秤にかけられるのか?そんな普段誰もが感じているであろうことが文学的に、叙情的に描かれています。向田作品は初めてで、まだまだ勉強中ですが、大の向田邦子ファンのミムラさん、演出の合津さんにも沢山教わりながら、向田邦子作品世界にドップリはまって行けたらと思います。
昔、たった数秒(!)、向田邦子さんとお話したことがある。親しい女性誌編集者から「働く女性への応援コメントを向田邦子さんからもらってこられない?」という誘いに乗ったのだ。「わたくし、そのようなことはしませんの。ごめんください」向田さんはぴしゃりと言って電話は切れた。前年に直木賞を受賞され、のちに台湾で急逝されるその年の冬のことだ。以来、向田さんは眼前に屹立する。
「家族熱」は、美しい後妻が家族に加わったことで、平熱を保てなくなった家族の物語だ。「いちばん大事なことは口にしない」という向田さんのサムライのような美学に満ちた物語である。母を女として愛していた…息子を男として愛していた…ほんとうの気持ちに蓋をして、家庭の平和を保っている登場人物たち。一筋縄ではいかない。
向田さんから応援コメントはいただけなかったけれど、今、きびしく叱咤激励されている。熱烈な向田ファンのミムラさんと 遠い憧れだったという溝端くんと三人で挑む。向田作品を語り継ぐ喜びと責任を胸に、“家族”というルールからはみ出しそうではみ出せない、女と男のギリギリのこころを探り当てたい。
○映画「幻の光」(企画/プロデュース)ヴェネチア映画祭 金のオゼッラ賞、藤本賞
○映画「落下する夕方」(監督/脚本/プロデュース)ベルリン映画祭出品、新藤兼人賞銀賞
○NHK連続ドラマ「書店員ミチルの身の上話」全10話(演出/脚本/プロデュース)
○ふたり芝居「乳房」=伊集院静原作 内野聖陽、波瑠出演(企画/台本/演出)
○ふたり芝居「檀」=沢木耕太郎原作 中井貴一、宮本信子出演(企画/台本/演出)
○ふたり芝居「悪人」=吉田修一原作 中村蒼、美波出演(企画/台本/演出)
チケット一般発売:2018年3月18日(日)10:00~ <予定>
【公演概要】
ふたり芝居「家族熱」
日程:2018/5/29(火)~6/5(火)
劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト
原作:向田邦子
企画・台本・演出:合津直枝
出演:
ミムラ 溝端淳平
[地方公演]
6月9日(土) 水戸芸術館ACM劇場
6月11日(月) 近鉄アート館 <予定>
6月12日(火) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール