市川猿之助、『二人を観る会』を通じて中村壱太郎に伝えたいこと

市川猿之助と中村壱太郎、ひと回り以上も歳の離れた二人が『種蒔三番叟』と『お祭り』を踊る『二人を観る会』で共演する。この会に向けて記者懇親会に臨んだ猿之助からは、次世代を担う壱太郎への思い、そしてこれからの歌舞伎に対する思いが語られた。

脈々と受け継がれる二人ゆかりの演目を

ーー今回『二人を観る会』で上演される演目についてお聞かせください。

猿之助「今回はまず素踊りで『種蒔三番叟』をご覧いただきます。この演目を私が初めてやらせていただいたのは、いまの藤間のご宗家(八世藤間勘十郎)との明治座での舞踊公演でした。私の曽祖父の初代猿翁と宗家のおじいさまでいらっしゃる六世勘十郎さんとが若い頃にやった白黒の映像がNHKに残っておりまして、それをひ孫と孫でやったら面白いだろうということで上演したものです。非常によく仕上がったのでその後も春秋座などでやっております。いつもは宗家が踊っています千歳(せんざい)を今回は壱太郎くんが演じることとなります」

ーー『お祭り』のほうはいかがでしょうか。

猿之助「『お祭り』も、私の伯父の(二代目)猿翁と、壱太郎くんのおじいさまである(四代目坂田)藤十郎のおじさまが上演されている映像がありまして、二人のゆかりの演目ですのでこれをやろうと。こちらは衣装つきでご覧いただきます。二演目とも非常にシンプルな、本当に二人だけで踊るものですので、踊り手の技量が非常によくわかります。初めての方も、よく舞台をご覧になっている方も楽しめると思います。僕の芝居はどうしても派手なイメージがありますので、今回は逆にシンプルなものをお見せしようと。2つとも清元で、ちょっとしゃれたもの、変化球でお届けできればと思っています」

猿之助と壱太郎の共通点は「社会性」?

ーー壱太郎さんにはどんな印象をお持ちですか?

猿之助「彼は慶應の後輩でもありまして。僕は文学部ですけれども、彼は慶應の中でいちばん頭がいいと言われている環境情報学部の出身なんですよ。そんな共通点の他に、歌舞伎役者としても僕に近いタイプです。なんて言うのかな、社会の中でちゃんと暮らしていける役者だと思います(笑)。つまり、日本の物価はいまどうなのか、今日の為替で1ドルがいくらなのか、世界でどことどこが戦っているのか、どういう状況にあるのか、そういうことがわかるタイプの人間。壱太郎くんはコーヒー屋でバイトをしたり、自分から進んで歌舞伎以外の生活を送るようにもしていますし、一般常識がちゃんとある人なんです。もしかしたら、昔の役者の定義からいうと僕ら二人はつまらない役者ということになるかもしれませんけど、社会からみたらまっとうな二人がやる、まっとうな会。面白みはないかもしれないけれど(笑)、それを見ていただきたいと思います」

ーー公演では2つの演目の間に座談会の時間もあるようですが、共通点のある”まっとうな”二人の座談会はどんなテーマになりそうですか?

猿之助「たぶん、壱くんが一人でしゃべって終わるんじゃないかな。とても弁が立つ人だから。僕なんかは舞台に出た瞬間にお客様のその日の雰囲気でしゃべることをばっと考えたりするけれども、彼はすごく考えるし下調べをする人なので、彼がたくさん質問を考えて流れを決めてくれると思います。どういう話になるのか僕も楽しみですね。どうしても昨今はコロナの話題に触れざるを得なくて、演劇界が大変だとかいう話になってしまいますけど、そんな話ばかりだと疲れるでしょう。そこは軽く触れるだけで、明るい希望を語りたいですね。彼の学生生活はどうだったのかとか、コーヒー屋のバイトで学んだコーヒーの淹れ方とかを聞きたいですね(笑)」

二人のテンションがぶつかって生まれるもの

ーー壱太郎さんとは一回り以上歳が離れていらっしゃいますが、ずいぶん接点がおありのようですね。

猿之助「1月も4月も、楽屋が同じ部屋だったんですよ。部が違うので会うことはなかったんですが、時々『お先に失礼します』なんて彼から置き手紙がしてあったりしてね。それから、僕は彼のおじいさんである藤十郎のおじさまから非常にお世話になっているので、同じ役をやるときに『お兄さんはうちの祖父からどういうことを教わりましたか?』なんて聞いてくれたりして。他にも自分の会をやるときの手続きだとか、芸の上での相談もよくしてくれるんです。そうやって非常に親しくしてもらっています。先日、ふと南座で彼らがやっていた若手公演を見に行ったんですよ。今は楽屋には行けないのでそのまま帰ってきたらすぐに電話をくれてね。『見に来てくださってありがとうございます。何か気づいた点はありますか?』と。研究熱心でね。本当すごいんですよ、毎回自分で映像を撮って研究していますからね。1回目の欠点を2回目にすぐ直してくる、頭がいいなと思いますね」

ーー今回の会では直接教えることがたくさんありそうですね。

猿之助「言葉ではなく、一緒に舞台に立ってなにか感じてもらえたら。舞台への向き合い方とか、身体からはっするものを。僕と彼とではまた持ち味が違いますから、呼吸を肌で感じてくれたらなとは思っていますね」

ーー今回の公演でご自身、そして壱太郎さんのこういうところを見てほしいという部分はありますか?

猿之助「二人の共通はやっぱりお芝居が好きだということ。僕は彼の若さの中に自分の面影を見るんです。二人とも、舞台で興奮しがちなんですよね。テンションが上がってしまって、10やればいいところを20も30もやる。そんな、テンション高い二人が組んだらどうなるのかを見てほしいですね。二人で暴れまわるのか、ぶつけてみたら意外とおとなしくなってしまうのか。彼はおそらく、そういう面を自分では欠点だと思っているんです。だから自制する彼を邪魔して、興奮させるよう仕向けたい。シンプルだけれど熱っぽい舞台になると思います」

バトンタッチを見据えて「芸の終活」に

ーー先ほど「明るい希望を語りたい」というお話がありましたが、ご自身の今後の展望がありましたらお聞かせください。

猿之助「気づけば僕は、かつて上の世代の勘三郎さんや三津五郎さんがずっとされていたように、毎月のように歌舞伎座に出演している。そんな中で5月には『弁天娘女男白波』の主役を尾上右近くんがやっていたりして、次の世代も成長してきている。いつまでも若いつもりでいたけれど、世代交代というのを否が応でも感じるわけです。そんな中で、もちろん自分自身がいつまでも役者としてやっていきたいというのはありますけれども、元気なうちに次の人にバトンを渡さないとという気持ちも出てきましたね。一番いいときって絶対に人に渡したくないけれども、いいときに渡しておかないと、歳をとってからの芸は真似されても困っちゃうから。たとえば『本当はここで座るけど、僕は膝が痛いから座らないよ』という教え方じゃなく、実際に座るのを教えたいじゃないですか。そういう意味でいうと、僕はそろそろ芸の上での終活に入らなきゃいけないのかなと。芸の上での終活は、10年20年かかると思うんですよね。だから今から始めないと悔いが残る。引退じゃなくて、自分も頑張りながらバトンタッチしていく。非常に難しいことですが、そうやって生きていきたいですね」

取材・文:釣木文恵