ミュージカル界の“生ける伝説”アンドリュー・ロイド=ウェバーが、自身最大のヒット作『オペラ座の怪人』の後日譚として生み出した『ラブ・ネバー・ダイ』。オペラ座からファントムが謎の失踪を遂げて10年後、舞台をニューヨークのコニーアイランドに移して物語は展開する。2014年、2019年に行われた日本公演は常に完売を記録。待望の再再演が、2025年1月に日生劇場で幕を開ける。今回も日本ミュージカル界を代表する豪華キャストが集結。壮大な音楽と絢爛豪華な舞台セットと衣裳に彩られたドラマティックな世界で繰り広げられる、ファントムとクリスティーヌの愛を見届けたい。初演からクリスティーヌを演じる平原綾香さんに、今作への深い思いを語っていただきました。
――2014年の日本初演、2019年の再演に続き、3回目のクリスティーヌ役を演じる心境から伺えますでしょうか?
出演のお話をいただいたときは、「やるー! やりたい!」と思いました。再演が終わって何か月後かに、『ラブ・ネバー・ダイ』のサントラを聴いていたら、初演と再演では感じられなかったクリスティーヌの本当の思いみたいなものが理解できて、涙が止まらなくなったんですね。でも、もう公演は終わっていたので、時すでに遅しで。「この思いをどうやったら昇華できるんだろう」と思っていたので、この3回目のお話をいただいて、この思いをまた歌に乗せて歌えることが、とにかく嬉しいです。
――平原さんは、クリスティーヌの本当の思いをどのように理解されたのでしょうか?
『オペラ座の怪人』で、ファントムはクリスティーヌの歌声に惚れて、本当に大事に大事に育てて。ファントムがクリスティーヌを愛しているようだけど、実は、クリスティーヌのほうがその倍、ファントムのことを愛しているなと。今まで、ラウルと結婚して幸せに生きるとか、自分はひとりでも歌っていけるとか、思っていたけれどそうではなかったと気づいてしまった。ファントムは彼女にとって音楽そのもの、愛そのもので、何をしたってもう離れられない運命なんだっていうことを、彼女も最後に理解する。彼女にとって歌は命で人生だから、そこにファントム無しでは何も意味をなさない。ダメなのに好きになってしまうとか、人を愛するということもそうかもしれないですけど、抗えない何かがあるんでしょうね。もしかしたら、クリスティーヌに共感できない人がいるかもしれないし、メグ・ジリーに共感する人もいるだろうし、ファントムに共感する人もいるだろうし…。不思議な作品なんですよね。言葉にできないものを歌にする。そこが、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』の魅力のひとつかもしれないです。
――今回、演じられるクリスティーヌは、今までとは変わってくるでしょうか?
私だったら、絶対に体験したくないことをクリスティーヌはやっているので、20代30代よりも40代の今のほうが、この作品をもっと深く感じて演じられるかもしれないと、自分でも期待しています。
――平原さんが思われる、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』のアンドリュー・ロイド=ウェバーの楽曲の魅力をお話いただけますか?
彼こそファントムというか、音の魔術師のようでもあり魔法使いでもあるし。でも、自分のセンスに甘んじることなく、とことんこだわる人だと思うんです。『オペラ座の怪人』の楽曲の秘話を読むと、『オール・アイ・アスク・オブ・ユー』の歌詞は、作詞家を代えて初期段階とまったく違うものになっているんですね。それぐらい練りに練られているんです。センスがあるのに妥協しないアーティストとミュージシャンが混在している方だと思います。アーティストは、自分の音楽をお客さんに「聴いてくれ!」っていう感じがするんですけど、ミュージシャンは、お客さんの期待に応えようとするようなイメージがあるので、その両方を兼ね備えている。そこに才能を感じます。だから歌っていて楽しいですし、胸がえぐられるような切なさがある。チャイコフスキーやベートーヴェンのようなクラシックの大作曲家と同列の作曲家だと思います。生きている大作曲家の歌を歌わせていただくなんて、最高ですね。
――クリスティーヌはオペラの歌姫。オペラ歌唱を独学で学ばれたと伺って驚きました。平原さんのような素晴らしい歌声の持ち主でも、ご苦労はあったのでしょうか?
もちろんです。『ラブ・ネバー・ダイ』に出演するまでは、ポップスしか歌ってこなかったので、まず歌わないということから始めました。歌わないというのは、一回のどをある意味ゼロに戻すというか、オペラが歌いやすい状態にするために、声帯を出来るだけ休ませてから臨みました。それから、オペラの発声をYouTubeで見よう見まねで覚えていったのですが、しばらくして自分のコンサートに戻ったときに、自分の歌が歌えなくなったんです。全部オペラを歌っているみたいになって、平原綾香を失うかと思って怖かったですけど、それを何度か行き来しているうちに、どっちにも行けるようになりました。先生に習うのではなくて自分で見たり聞いたり研究したりすることが、私にはすごく合っていたと思います。きっと方法を教えられたら、無理して逆にのどを壊していたかもしれない。今回も自分の声帯と向き合いながら、歌いたいと思います。
――特にお好きなナンバー、お好きなシーンがあれば教えてください。
もちろん『愛は死なず』は特別ですけど、クリスティーヌのひざにもたれる息子のグスタフに歌う子守歌『心で見つめて』は大好きです。お母さんって、こんな感じなのかなって(笑)、素敵なシーンです。この2曲は15周年アルバム『Dear Music 〜15th Anniversary Album〜』にも収録しました。本当に、見せどころがたくさんある楽曲たちなので、楽しみですね。オーケストレーションが素晴らしいので、歌うとすごく気持ちがいいんですよ。一生残る楽曲ばかり。それを今、私たちは歌い継いでいるんじゃないかなって思います。
――シンガーソングライターとして活動されている平原さんにとって、ミュージカルというのはどんな場なのでしょうか?
これはいつも言っているのですが。平原綾香だと作詞作曲もするし、それをリリースして、コンサートで歌う。それまでに、すごくやることも考えることも多くて、もうなんか悶々と作品を生む苦しみを味わうわけです。ミュージカルというのは、もう素晴らしい楽曲があって、歌詞があって、教えてくれる演出家の人がいて。外国作品だったら、一回とことんやっている作品があるわけですから、ある意味それが参考になりますし。すぐ頑張るモードに行ける。頑張ることが好きな私としては、ミュージカルで楽曲をどう歌うか、自分でひも解いていくのはワクワクすることです。どんなに大変な作品でも、私にとっては癒しなんです。今回ならば、平原綾香というひとりの歌手ではなく、クリスティーヌとして生きるために頑張る。それが幸せなんです。そうすると、自分で全部決められて好きなクリエイティブができる平原綾香のときの現場の幸せも、改めて感じるんですよね。
――最後に、読者へメッセージをお願いいたします。
ミュージカルデビュー10周年を迎えて、やっと平原綾香はミュージカルもやっているんだと、認識していただけるようになったと思ってもいいんでしょうか? まだ、知らない人にもお伝えできたらいいなというのが、2025年の目標でもあります。実は、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』は本当に様々な意見がある作品でもあるんですけれど、私は大好きなんですね。ですから、この作品の良さというものを、初演、再演以上にお伝えしたい。お客様に共感してもらえるような、一生愛していこうと思ってもらえるような作品にするために、自分の命を砕かないように気をつけながら(笑)、頑張って努力していこうと思います。
取材・文:井ノ口裕子
撮影:岩村美佳