
演出家・上田一豪が主宰する劇団TipTapの代表作のひとつであるミュージカル「Play a Life」の上演10周年記念公演が行われることになった。2015年に小劇場で初演を迎え、その後は再演や地方公演、ラジオドラマ化やテレビのミュージカルドラマ化など、さまざまな形で制作されてきた本作。その10年のあゆみを、オリジナルキャストによる「初演キャスト特別公演」、10年の中で作品を繋いできた数多くの過去キャストによる「10周年記念特別コンサート」、新たに魅力的なキャストを迎え上演する「10周年記念キャスト公演」といった特別公演でお届けする。そんな「10周年記念キャスト公演」に矢崎広、黒川桃花とともに出演することになった、妃海風。彼女は多くの人に愛される本作にどのように挑むのか。話を聞いた。
――10周年記念公演への出演となりますが、率直にどのようなお気持ちですか。
めちゃくちゃ嬉しかったです!「Play a Life」は以前に拝見したことがあるのですが、その時は何も情報を入れていない状態で観ました。それで、本当に心が動いて…感動して涙しました。そんな作品に出演させていただける喜びが大きかったです。劇団TipTap作品には「Bye Bye My Last Cut」に出させていただきましたが、役者人生のなかでとても思い出に残る作品になったので、またご一緒できるという喜びもありました。今、家で譜面や台本を読んでいる時間にも、嬉しさがこみあげてきている感じです。
――観劇した際は、どんなところに感動されましたか。
物語をなぞると、すごく悲しさを覚えるような内容ではありますが、私はすごくあったかくなりました。今ある状況とか、身近にあるもの、両親や私の周りにいてくれる方々を大切に思いたい。そんな気持ちになりました。お話の展開と音楽、伝えていただけるメッセージを捉えると、今を大切に生きたいし、関わった人たちを大切に思いたくなりました。
――この作品が10年間愛されてきた理由はどんなところにあると思いましたか。
たった少しの上演時間で心がたくさん動いていくのですが、その動き方が何か大きな出来事があってガンガンと動くのではなくて、人間の奥底にあるあったかい何かが“ぐわっ”と押しあがってくるような感覚なんですね。キャストさんが変われば、また違うものに見えたりもして、また違うメンバーで観たいなと思いますし、いろんな方に歌い継いで、演じられていくのを、これからもずっと観ていたいという気持ちにさせてくれるからじゃないでしょうか。こんな作品、なかなか生まれないと思いますね。
「Bye Bye My Last Cut」の時にも感じたことなのですが、心があったかくなって、人間に生まれてきてよかった、という感覚になれます。そして、今をこんなふうに生きて、こういう感情になっていいんだ、という気持ちになれますね。それに、とても人間的なのに、どこかロマンチックなところがすごく素敵です。だから、(作・演出の上田)一豪さんはロマンチストな方と思っています。それを伝えたら一豪さんは「(描いているのは)夢や理想だから、現実はそんなことない」なんておっしゃっていましたけど、夢だけを描いていたら、ただのロマンチック・ラブストーリーになっちゃうと思うので、そこに、生きていく中で感じるいろいろなこと、人生ってそうじゃないでしょ、ということがしっかりある。だからこそ、そういうあたたかさとロマンがあって、何度も見たくなるし、何度も言葉を拾いたくなるのだと思います。
――今、まさに台本を読まれているそうですが、今回読み込んでみて改めて気付いたことなどはありますか。
初めて作品を観たときとは環境も、自分が生きている状況も変わっているので、捉え方はまったく違いますね。あったかくなる気持ちは同じなのですけど、キャッチするものが全然違いました。読むタイミング、観るタイミングですごく左右されるのではないかと思います。
初めて観たときは、この夫婦素敵だな、という印象だったのですが、今はその時よりも、いい意味で”寂しさ”を感じていますね。自分に置き換えたり、状況をより深く感じて読んだりしているからかもしれないですけど、すごく寂しさを感じています。それは私が演じる妻だけでなく、キャスト3人がそれぞれに生きていく上での寂しさを抱えていて、そういう寂しさがあるからこそ、やっぱり人って誰かと共有したいのだと思うし、誰かと共存することで生まれるあったかさを感じています。
私は哲学書などを読むのも好きで、そういう本を読んで考えている時間がすごく好きで、この台本ってもはや哲学書のような気がしています。簡単な言葉で書かれているけれど、難しい感じもするし、どういう意味なんだろう?って考えることも多くて。一周回ってシンプルに書かれているのかも?と噛み砕きながら考える時間がすごく好きです。
「Play a Life」の台本は劇団TipTapのサイトや上演劇場で販売されていて、観劇した後に台本を読んでみて、この文章が役者さんによってこう表現されて、それを私はこう感じ取ったんだ、って振り返るのがとても楽しいですね。宝塚歌劇も昔のパンフレットには台本がついていたのですが、それも読むのが好きでした。この作品は、お芝居としてだけじゃなく、そういう哲学書のような感覚でも楽しめます。このセリフは人によって感じ方が違うだろうな、って思うシンプルな言葉がいっぱいあるので…。朝6時に、台本を読んで考える時間が、今は大好きです。
――朝に読むのがお好きなんですか?
私は割と、朝派なんですよ。朝のスカッとした、なにもない新鮮な時間がいいですよね。起きたてのまっさらな状態で考えるのが好きですね。
――役どころについて、今はどのような印象をお持ちですか。
私もこの役のような状況だったら、と空想して生きてみることを、最近よくしています。そういう想像をすればするほど、愛おしい気持ちがありながらも、より虚しくて…。私のことを想うよりも、夫である彼に自立して生きてほしいとも思ったりもします。でも、一緒に居たいと思うこともあって、ずっと揺れた状態になりますね。彼女の置かれた状況を想うと、悲しくなって…涙してしまいます。
でも、夫の暮らしがそれはそれで成立しているのだな、というのもすごくわかります。自分の心がそれで保たれるのであれば、それはそれでその人の人生。でも妻の立場からすると、あの状態で5年間も生活しているのは、すごく孤独を感じます。あの感情を、リアルに落とし込もうとすると、感情がもう、いっぱいいっぱいです。私には、耐えられないくらい、寂しい。
――上田さんは、「あの物語は、妻がその寂しさにもはや慣れてしまった、というところからスタートしている」とおっしゃっていたそうです。
そうなんです。だから、よっぽど訓練が必要です。やっぱり人間って、他人がいることで存在がちゃんと認識されるのだなと思います。まさにそういうナンバーがあって、それはこの5年分の孤独をしっかり持ったうえじゃないと表現できないから。この蓄積されている虚しさ、寂しさをしっかりと経験しなければと思って、今は過ごしています。友達がいること、誰かがいること、そこに自分が生きていること、そういうことを今あらためて実感していますね。
先日、電車に1人で乗っていて、改めて感じたことがありました。私は電車に乗っているけど、周りの人たちは私を認識していなくて、その人たちの人生には登場しない人物で。認識されていない自分って、いったい何なんだろう。その感覚を究極に追い詰めていくと、怖いくらいに恐ろしい孤独が降り注いできました。この寂しい気持ちを大切に、本番まで生きていこうと思っています。
それに、この作品って、キャストの組み合わせによって作品のカラーが全然変わってきます。この3人で稽古を重ねていったときに、どんな作品になっていくのか、私自身も楽しみにしています。
――妃海さんから見た上田さんってどんな人ですか?
「Bye Bye My Last Cut」の時は、稽古場の雰囲気を一番に良くしてくださったのが一豪さんでした。雰囲気を明るくしてくださるし、演者にも、小道具や照明にも、作品作りでも、すべてにおいて1つ1つに愛情をもっていて…愛ある旗を振って、先頭を切ってくださっていました。ついて行くというか、一緒に行くぞ、という気持ちになれて、本当に楽しかったです。ちょっと安っぽく聞こえてしまうかもしれないのですが、学校の文化祭のような、いいものを作るために手探りで時間も考えずに一生懸命にモノづくりをしている時間でした。無理強いなんかもなくて、みんなの気持ちを聞きながら作ってくださいましたね。本当に出会えてよかったと感じています。劇団がファミリーのような感じで、そこに加わらせていただけているのが本当に嬉しいですね。
――演出面などで、上田さんらしさを感じるポイントは?
演出なのか、発する言葉なのか、うまく伝えられないのですが、一豪さんって全編通して、心にストンと、真っすぐに入ってきます。それで、スッと入ってきたものが体の中にジュワーっと溶け広がっていくような感じが、私はすごく好きです。その一連の流れが、素晴らしいですよね。
――作中では、登場人物の関係性においてカギとなる映画作品が登場します。妃海さんは、影響を受けた映画はありますか。
たくさんありますが、結局、一番王道なのは「サウンド・オブ・ミュージック」ですね。まっすぐに生きていこう、いろいろあるけど山を越えていこう、ってちゃんと正しく生きていこうという気持ちになれる作品です。それに、あの清らかな歌!それでいてあの飾らない感じ…ジュリー・アンドリュースさん、本当にありがとう、ってなります。疲れたときには見返したりしますね。
でも疲れているときって、「サウンド・オブ・ミュージック」みたいにまっすぐで清らかな作品を観たくなる時もあれば、逆にググっと入り込むような作品を観たくなる時もあります。映画ではなくてドラマなのですが真田広之さんの「高校教師」がすごく好きで。心にずしんと、どんどん深みにはまっていくような作品も好きですね。深みにはまったまま、しっかりもう一晩を過ごしたい、みたいな感じです。
手元にディスクで持っている作品は数本ですが、最近はサブスクで気軽に映画が観られるようになりましたよね。最近、改めて映画っていいなとハマっています。
――本作が10周年ということで、妃海さんの10年前はどのような時間を過ごされていましたか? ちょうど宝塚歌劇団で星組トップ娘役になられる直前からお披露目のころかと思いますが、いかがでしたでしょうか。
もうそれは、トップになりたい、トップになるぞ!とギラギラしていました。夢に向かってがむしゃらでしたね。もうすべてを捨てて…いや、捨ててないですけど(笑)、目標以外は見ずに突き進むというか。体力もものすごくありましたから。顧みずにトップに向かってとにかく進んでいた時間でした。もう、魂だけで生きていたような気がします。
それから実際にトップになって、すごく嬉しかったですけど、結局やっていることは一緒だな、とも思いました。今までにいただいた役、下級生の時の小さな役でも、結局はがむしゃらに頑張っていて、それはトップという注目していただける立場に変わっただけで、役に向かうエネルギーの注ぎ方は同じなのだな、と。そこに大きな違いはなかったように思います。
――この10年はトップ就任、退団、芸能活動再開と怒涛の時間だったと思います。この10年で、ご自身のどんなところが変わったと思いますか。
私、結構心が動きやすいタイプだと思います。人よりも少しだけ、感じ取るというか、いろいろ考えて思っていて、それは変わらずキャッチしていきたいと思います。お芝居って、表現をしていく中で自分の中でどうしようもない感情になったりすることもあって、家に帰ってからいろいろと考えてしまうことがよくあります。そこから、改めて表現としてこう変換すればいいんだ、と感じ取ったことの活用法に繋げられることがありますね。自分の中で見ないようにしてきた感情も使っていいんだ、否定しなくてもいいんだ、というのは年を重ねるたびに思い始めています。そこに気付いてからは、より楽しくなりました。その気持ちの変化はこの10年で大きく変わったところかもしれません。
――10年後はどのようになっていたいか、ビジョンをお聞かせください。
10年前にもあったギラギラ、メラメラした気持ちは多分消えないと思います。10年後もギラギラしている自分でありたいし、挑戦している自分でありたい。それで、欲を言えば「妃海風(ひなみ ふう)」という名前をたくさんの方にも、読んでいただける名前にしたいです。宝塚の中でも、最初なかなか読みにくく、それがだんだん、読んでいただける名前になって、今度はみなさんに読んでいただけるようにしたいです。そのためにも可能性を自分で狭めることなく、いろいろなことに挑戦をして、自分自身にも挑戦して、多くの方に知っていただきたいです。
――やってみたい役や挑戦してみたい役はありますか?
そういう意味では、それこそ犯罪に手を染めるような、夢の世界にない役には憧れます。犯罪を擁護するわけでは、もちろんないですけど、その行動にもきっと理由があるし、それを見たときに腑に落ちるようなお芝居をされている方がすごく好きです。リアルで日常に近いお芝居だと、より面白く感じます。そういう役もやってみたいです。お化粧もしないでね。そうなった時の私って、きっと見たことないですし、自分自身もどうなるのか興味がありますね。
本当の自分って、自分自身でもよくわからないですし、人間って考えていることがいっぱいあるじゃないですか。そういう意味では、自分に近い役柄はなんだろう?って思いますね。きらびやかで華やかな世界も好きですけど、それこそ「高校教師」をひとりで観ているような内向きの自分でいることも、ものすごく自然体です。
――今回の公演でもどのようなお姿を見せてくださるか、楽しみです。最後に、公演を楽しみにしていらっしゃるみなさんにメッセージをお願いします。
今、お稽古や台本を読む中で、本当に毎日勝手に涙がこぼれています。それは悲しいことだけじゃなくて、心が奮えてあったかくなったり、寂しい気持ちになったりして、涙があふれてくるという経験をしています。観ていただければ、心が動く瞬間が絶対に、たくさんあります。一緒にそんな気持ちになっていただきたいです。ぜひご覧ください。
インタビュー・文/宮崎新之