左:矢崎広 右:石丸幹二
チャールズ・チャップリンの傑作映画『ライムライト』(1952年)を舞台化する、という大きな挑戦であった初演が大盛況で幕を閉じたのは2015年。それから4年のときを経て、音楽劇『ライムライト』が新キャストを迎え再演する。
初演に引き続き主人公カルヴェロ役で出演する石丸幹二と、今作からの出演となるヒロイン・テリーに思いを寄せる作曲家ネヴィル役の矢崎広に話を聞いた。
――おふたりはミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』ぶりの共演だそうですね。
石丸「そうなんです。何年ぶりかな」
矢崎「初演(’16年)ぶりなので。3年ですね」
石丸「矢崎くんは活躍していますね。どんどん男ぶりが上がって」
矢崎「ありがとうございます!」
石丸「『スカーレット・ピンパーネル』のときの彼は(そういう役柄だったので)稽古場でも舞台上でもどちらかというとキャッチャー的な感じでいたのですが、僕は「でも本当はそうじゃないだろう?」と思っていました」
矢崎「(笑)。いやいやいや」
石丸「きっと彼には他の面があるので、それをいつか見てみたいなと思っていたんですよ」
――今回のネヴィル役では見られそうですか?
石丸「今回はピッチャー的な役ですからね。彼らしさが出てくると思いますし、どんなお芝居をするのかも楽しみ。期待が高いです」
矢崎「本当ですか。どうしよう。緊張しちゃいます」
――矢崎さんから見た石丸さんの印象は?
矢崎「もともと僕は石丸さんのことを尊敬していたので」
石丸「え、そうなんですか?」
矢崎「そうなんです。しかも『スカーレット・ピンパーネル』では兄のように慕うという役柄でしたけど、殺陣もあり歌もあり芝居もありという本当に詰め込まれている作品で、その真ん中にいらっしゃる石丸さんを見ていて、スッと役の気持ちと重なりました。その印象のままなので、今も弟分のような気持ちでいます」
――そういう意味では今作はちょっとまた違うポジションになりますね。
石丸「私はおじいさんですからね」
矢崎「(笑)」
――同じ女性を愛する役ですし。
石丸「ただその三角関係も、「正三角形」というよりは「二等辺三角形」で、私だけ遠いんですよ。矢崎くんの演じるネヴィルとテリー(実咲凜音)はとても近い関係性で、カルヴェロは、ふたりを見ながら、「やっぱりつりあうのはこういう人たちだよ」「一番ふさわしい愛のカタチはこれだね」と認めざるを得ないところにいる。だからピカピカしてるネヴィルとテリーの関係性に、矢崎くんの持っている良さがカチッとハマってさらに光るんじゃないかなと楽しみにしています」
矢崎「ありがとうございます!」
――チャップリンの映画『ライムライト』を音楽劇にするということは難しいことだと思いますし、大変だったのではないかと思いますが、初演はいかがでしたか。
石丸「大きなプレッシャーがありましたね。それはチャップリンの映画は“完成形”として世の中に知られているので、それを演劇にするということが、今までほぼなかったんですよ。ましてやチャップリンの最後のヒット作である、ご本人が素のままで出演している作品。世界中で『ライムライト』を観ている人たちには必ず想いがあって、そこに打って出るわけですから」――そうですよね。
石丸「ただ、初演の稽古中にチャップリンの息子さんとお会いする機会があって、『どうか私の父であるチャップリンの真似をしないでください。あなたがカルヴェロとしてそこにいて、演じてくれたらいいから』って言ってくださって」
矢崎「……すごい」
石丸「『彼のように見えなくちゃいけない』という使命のようなものを持っていたのですが、それは捨てて、らしくいればいいと。その“心”があればいいということが、ひとつの大きな支えになりました」
――すごいエピソードですね。
石丸「それともうひとつ、脚本には、『ライムライト』の原案である『フットライト』(チャップリンが書いた小説)のエピソードも盛り込んであるんです。なので、映画とは違うところから光を当てた演劇版の『ライムライト』がこれです、ということが許された。そこがスタートでした」
矢崎「へえ! すごい!」
石丸「だから、不安はありましたけど『俺たちしかできないんだから胸を張って舞台に立とうね』ってみんなで臨んだのを覚えています」
矢崎「最初そのお話を聞いて、そこに再演から入って追いつくのは大変だろうなと思いました。でも役者としてはまず『この作品ができる』という喜びを感じてやったほうがいいんだろうなって。だってチャップリンの映画で、しかも舞台人のストーリーですから。今の僕のモチベーションはそこですね。『この作品に入れた』ということを誇りにできるように、自信を持って臨みたいです」
――石丸さんはご自身もチャップリンのファンでいらっしゃいますし、映画『ライムライト』がベスト・ワンだとうかがいました。
石丸「そうですね。演じたからなおさらそうなったんですけどね。この作品は、扱っているテーマが誰にでも共感できるものだと思います。ベースは愛ですし、バトンを渡す次世代の人たちの幸せを願うような話ですから。自分は枯れ果てても、というところに美しさを感じました」
――矢崎さんも映画をご覧になったそうですね。
矢崎「はい。初めてチャップリンの芝居を意識して観たのですが、引き込まれました。目の芝居がすごかった。喜劇の天才って言われてる方ですし、チャップリンの芝居ってどこか大げさなイメージがあったんですよ。でもそうじゃなかったですね。特にこの作品では哀愁の出し方がすごくて。ストーリーとしても、チャップリンの人生とも重なるような場面もたくさんありましたし」
石丸「多分、重ねてるんだと思うよ」
――そうやってチャップリンが自分の人生を重ねているお話だと思うと、私は、石丸さん演じるカルヴェロの身を引く姿がどうしても切なく感じてしまいます。
石丸「でもただ身を引いているんじゃないんですよ。時代に自分が乗れなくなったことがわかって、引く。本当は引きたくないんだけど、引かざるを得なくなって引く。これは老いに向き合うってことなんだろうなって。すごくリアルなことですよね」
――演じていてどんな気持ちになる役なんですか?
石丸「カルヴェロは『本当の自分はこうじゃない』と思っているのに、本当はそうだったと自覚する。それは老化もそうだし、カルヴェロの場合はコメディのセンスもそうで。昔は大ウケだったのに、今はお客さんが別のところに意識がいっちゃってる。自分のスタイルは古い、けれどもそれしかできないというジレンマ。『これが正しいのに』と思い続けている彼。初演では、この悲しみや地団駄を踏むような思いを出していけたらと思っていました」
――そこに希望はあるんでしょうか。
石丸「現実を認めたことで、テリーとネヴィルの背中を押すことができるようになりますから。これが大事なポイントだと思って、演じていました。作品の真ん中あたりでそういうシーンがくるのですが、そこでカチャッと自分のギアを変えていましたね」
――そこは今回も変わらぬ部分になりそうですね
石丸「そうですね。でもテリーとネヴィルを演じるふたりが変わるので、出方が全く違ってくると思うんですよ。現場でどう感じるか、それを探ろうと思います」
――矢崎さんは、ご自身の演じるネヴィルという役にはどういうものが必要になってくると思いますか?
矢崎「ネヴィルとテリーの関係性って、実はそれだけでもう物語になっているんですよね。売れない作曲家時代によく通っていた文房具店の女の子がテリーで。次に会うときは、自分が作曲を任されたバレエの作品にヒロインとして彼女が現れる。もうこれでいいじゃん!ってくらいの(笑)」
石丸「ドラマチックだよね」
矢崎「だけどそこにカルヴェロの物語が入ってくるのがこの作品で。ある意味、ふたりの物語にもう一人いる、という感じなんですよね。だから、僕は新しい風を吹き込んでいいポジションだと思っています」
石丸「期待してます!」
矢崎「石丸さんが『二等辺三角形』とおっしゃっていましたが、今作で新たに僕らが演じることで三角形のカタチも変わっていくと思うので。それが見えてきたらひとつ演じやすくなるんじゃないかなと思っています」
――音楽は、チャップリン作曲の楽曲が6曲あって、それ以外は荻野清子さんが作られた曲ですね。
石丸「最後に歌うチャップリンの曲は、この作品のためにつくられた曲ではないんです。『You are the song』という曲なのですが、彼が亡くなったので世に出なかった映画のために彼が書いた曲で、初演のときに、それを使っていいよということになって」
矢崎「ええ! すごい」
石丸「だからこれは世界でここでしか聴けないんですよ。でもあの曲がないとこの作品が締まらないと思えるような曲になっています」
――矢崎さんは石丸さんと一緒に歌う楽曲もありますが。
矢崎「光栄でしかないです。石丸さんと歌うなんて!」
――緊張する感じなんですか?
矢崎「まあ、緊張してても仕方ないので、舞台に立ったときは……」
石丸「楽しくね」
矢崎「はい、この瞬間を幸せに思いながらやってるという感じです」
――冒頭で「憧れていた」とおっしゃっていましたが詳しく聞かせてください。
矢崎「僕は『ノートルダムの鐘』が大好きで、そこで石丸さんが(カジモドの吹き替えとして)歌っていらして。だから、本当にちっちゃい頃から聴いてるんですよ、石丸さんの歌を。僕の“歌が好き”だとか、そういうベースを作ってくれた方の一人です。なので、今回また共演できることが嬉しくて。学べることも多い現場になると思いますので、自分の成長にもつなげたいし、楽しみたいです」
石丸「僕にも彼の魅力を語らせてもらいたい」
矢崎「ははは!」
石丸「『スカーレット・ピンパーネル』のときにね、(矢崎演じるアルマンと、その姉で安蘭けい演じるマルグリットが)姉弟で馬車に乗って逃げるシーンがあるんです。そのシーンはふたりしか出ていなくて、心理的に切迫したなかで会話が繰り広げられるんですけれども、毎回芝居が違っておもしろかったです。僕は次に出るので袖でいつも見ているんだけれども、必死な芝居をふたりで楽しみながらやっていて、いい役者だなと思っていました」
矢崎「いや、それはもう安蘭さんがいたからです!」
石丸「見せ場のひとつになっていましたよ。僕はその芝居があったから、彼とまた一緒にやりたいなと思ったんですよ」
矢崎「嬉しいです!」
石丸「今回はそういう激しいシーンはないと思うけど」
矢崎「いや、チャンスがあれば!!!」
二人「(笑)」
――では最後に、お稽古が始まる前ではありますが「ここを楽しみにしてほしい」というところを教えてください。
矢崎「映画のファンの方にも観てほしいですし、何も知らない方が観ても楽しめる作品だと思います。今の時代だからこそ共感できるものもあるし、挫折を味わった方、これからどうしようと思っている方に、いろんな方向でがんばる気持ちを届けられる作品になりそうです。だから昔の作品だとか、堅い作品だと思わずに。ぜひ観に来ていただければ!」
石丸「今年チャップリンが生誕130年ということで、その記念すべき年にこの作品が上演できることがとても嬉しいです。チャップリンはこの映画の中で名言を多く残しているんですね。それも、夢夢しいことではなくて、現実的な名言ばかり。そういうものを劇中でキャッチして、日常に付け足してくださると、人生の色どりが増えるんじゃないかなと思います。ぜひ劇場でピックアップしてください!」
インタビュー・文/中川實穗
★石丸幹二さん
スタイリング:Shinichi Mikawa
メイク:中島康平(UNVICIOUS)
★矢崎広さん
スタイリング:津野真吾(impiger)
衣装協力:suzuki takayuki
ヘアメイク:谷口祐人