2016年に東京で開幕し、京都や横浜など全国5都市で公演を重ねてきた劇団四季のミュージカル「ノートルダムの鐘」が大阪四季劇場に初登場する。同作はフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの代表作で映画やディズニーアニメーションにもなった「ノートルダム・ド・パリ」に発想を得た作品。15世紀末のパリを舞台に、ノートルダム大聖堂の鐘楼に住む孤独な青年カジモドが、ジプシーの娘エスメラルダと出会い、人生が変わっていく。ディズニー版の大団円の物語とはまた違い、本作は原作のユゴーの描くシリアス性を重視しているのもポイントだ。カジモドとエスメラルダを演じてきた寺元健一郎、宮田愛が大阪四季劇場で開かれた取材会で、深化する役柄や作品への思いを語った。
――まず、お二人が演じられている役どころについて教えてください
寺元 僕が演じるカジモドはノートルダム大聖堂に住み、鐘を突いている孤独な青年です。大助祭のフロローに育てられ、彼以外とはコミュニケーションを取らずひたすら大聖堂で鐘を突き続けている。生まれながらに体に障害を持っているんですが、純粋で優しい心を持った人物。ジプシーのエスメラルダと出会って色んな運命が動き始め物語が進んでいきます。
宮田 私が演じるエスメラルダは自由を愛し自由を求めるジプシーの女性で、権力に屈せず、何事にも偏見を持たずに自分の意思を伝えられる人。弱い立場の人にもすごく寄り添える優しさとしなやかさがあり、女性の強さと優しさを併せ持つ女性です。でもそこに惹かれ、翻弄されてしまう人もいるから、混乱を招くきっかけとなってしまうことがある。また、彼女の情熱的な踊りにも皆、魅了されていきます。
――作品の魅力や見どころは何でしょうか
寺元 やっぱりあのアラン・メンケンさん作曲の楽曲や、今、劇団四季で上演している「ゴースト&レディ」を手掛けているスコット・シュワルツさんの美しい演出です。また、ショーとしてすごく楽しいんですけれど、同時に人間というものについて普段、なかなか感じられないことに気づく素敵な体験ができる作品だと思いますね。
宮田 演出や音楽、ストーリーと全部なんですけど、聖歌隊のクワイヤが16名いて、その大合唱とアラン・メンケンの荘厳な音楽が迫力を持って物語を運んでいってくれます。また、ディズニーミュージカルといったら、きらびやかなイリュージョンを期待される方もいらっしゃるかもしれませんが、より物を使わずというか、物を削ぎ落として、人の力で動かすことで見ている方の想像力をかき立たせるような演出です。
特にオープニングは、私たち俳優がノートルダム大聖堂にお祈りしに来た会衆の一人のように、物語がこれから始まり、語り継いでいきましょうという感じになっていて、緞帳がないんです。舞台上が大聖堂みたいで、お客様もある意味、会衆の一人として物語にどんどん運ばれていくような感覚になるはずです。ノートルダム大聖堂といえばバラ窓ですが、そのバラ窓も再現され、本物のように感じさせてくれます。
また、人間の光と闇を正面から描いた作品なので、人間の内面にすごくフォーカスが当てられています。欲望や葛藤、信仰の中で何を自分が選択していくのか。自分らしさや自分と他者の関係は?など、問いかけるメッセージがすごく多いんです。答えを渡す作品ではないんですが、何かしらを受け取ってもらえたり、考えさせられるきっかけになったり、必ず深い時間になる作品だと思います。
――アラン・メンケンの音楽の魅力を具体的に教えてください
寺元 メロディーラインがものすごく美しくて、ミュージカルをやっている人は皆、歌いたくなるような世界感です。そのぶん音域が広く、難しい曲がいっぱいあるんです。特にカジモドは顔を歪めて歌ったりするので、より負荷がかかるんですけど、それに立ち向かっていくだけの価値のある、やりがいを持って歌い語っていくべきことだと突っ走っています。
宮田 物語の世界観を全部教えてくれるぐらいのダイナミックさと繊細さがある楽曲です。特に私がタンバリンを使って歌う楽曲は、すごく魅惑的な音楽で、太鼓の力強い音がずっと鳴り響いているんですよ。あれを聞くと、ジプシーで泥臭く生きてきた人の力強さをすごく感じて興奮しますし、ジプシーの生き様を音楽でどんどんともらえるみたいな感じです。そこへ誘ってくれるのがメンケンさんの音楽ですね。
寺元 クワイヤの方が歌う音楽のうねりや大きい流れが舞台上にあって、一つの大きな川を作っていて、僕らはその中でずっと動いていける。音楽の力をすごく感じる瞬間です。クワイヤの方が柱になってくれて、大聖堂そのものみたいに根幹になっていると感じます。
――本作はこれまでに全国 5都市で上演されましたが、大阪では初となります
寺元 以前、京都公演に出た時に、京都という街がすごく祈りを感じる場所で、この作品のテーマでもある祈りと繋がりがあるような気がしたんです。今、「ゴースト&レディ」の公演で大阪にいるんですけど、街を歩いているとやっぱり祈りがあった場所なんだなと感じます。今回大阪で初めてこの作品を上演できて、僕自身どんなことが起きるのかすごくワクワクしています。自分とは違う他者を受け入れるという平和のメッセージが強い作品なので、今の世界情勢を見ていると、やる意義をすごく感じています。
宮田 権力争いや差別があっても、愛や希望を求める人間の姿を描き、私たちも本当にこの作品が大好きです。稽古はまだ始まってはいないんですが、皆、すごく熱意を持って準備しているんですね。作品のテーマである人間の光と闇を自分の中でも見つめ直して、役に移行して、それを最終的に稽古で人間と人間同士のぶつかり合いで、どんどん熱いものを作っていきたいと思います。
――お二人が「ノートルダムの鐘」を初めて演じられた時から、どんな部分が役として深まってきましたか
寺元 僕が初めてカジモドを演じたのは2019年ですが、自分の登場シーンまで10分間ぐらいあって、死ぬって思ったんですよ(笑)。ものすごく緊張して。とにかくがむしゃらにやって、公演を重ねていくにつれ、いい意味で必要な力をどこで使うかというのを少しずつ少しずつ体にも頭にも入れていって、それがどんどん澄んだ空気のようにクリアになっていくような作業を今も続けています。ちょっとずつ削られていくというか、余計な力をそぎ落とした先に何があるのかなっていう時間も突き詰めていきたいなと思っています。
宮田 すごい!でもなんか似ている気がしますね。もう10年前になるんですよ、初演は。私たちももっと若かった(笑)。
寺元 そうですね(笑)。
宮田 私は初演の2016年の時は、本当にがむしゃらに役に向き合ってやっていました。エスメラルダの強さや、翻弄して利用させなきゃみたいなところに、ものすごくエネルギーを抽出していた部分があったんです。でも年月を経て、色んな経験を経て、作品を全体的に見た時に、その強さの中に何があるんだろうと。弱さや葛藤、人間の揺らぎみたいなものを、作品と役を通してもっとフォーカスを当てたら、おのずと強さというものが出てくるんだと思いますし、そこを深掘りしてやっていきたいなと。それが変化ですね。私は2016年~2019年に演じて、 1回ちょっと時間が空いているんですよね。今回はもう一度再挑戦という気持ちもあります。
寺元 僕の場合は、身体表現として体を歪めて、ずっと体を傾けているので、シンプルに体力勝負みたいなところがありますね。今の段階から下半身を中心に筋トレを始めて、ずっと膝を曲げ続けています。顔もずっと歪めているので、神経もちょっとくるところがあるんですが、ケアしながらやっていきたいですね。それと同時に精神面でも日々役と向き合い続ける生活がこれから始まるなと思っています。
宮田 ジプシーとして疎外されたりして、その痛みやどんな困難を乗り越えてここまで生きてきたんだろうと、調べることはできるんです。自分で想像して、エスメラルダの見た景色を作っていくのがすごく難しかったところでもあるんですが、彼女が見た景色を追い求めていくことがやりがいでもあり、やっていかなきゃいけないことだと思っています。
――カジモドは精神的にも難しい役だと思うのですが、どういう風に作っていかれるのですか
寺元 舞台のラストは言えないんですけど、ラストはああいう形で迎えるので、それに対して自分なりに使えるものを全部使って、キャラクターに体を全部捧げています。一方でカジモドをやっていない時間はすごく大事だなと思っていて。公演が終わって、次の舞台が始まるまでの時間の過ごし方も、その時の自分の体や心が求めていることに気づいて、それをすることを心がけています。
――気持ちを引きずることはないですか
寺元 もうヘトヘトの状態から戻して、またいい状態に持っていけるようにするには、何が一番いいかなっていうのを探しながらやっていますね。
――宮田さんは初演からどのように役作りをされましたか
宮田 エスメラルダも壮絶な人生を歩んでいくことにはなるんですが、私もイメージしすぎて引きずる時もちょっとあったんです。でも先ほど言ったように、これから物語を語り継いでいくよという始まりなので、世の中に対するメッセージを私が今、エスメラルダとして、体を貸して語っているというところに身を置くと少し楽になるというか。自分自身をワッと出そうとすると、引きずっちゃうところもあるので、ある意味、私の体を貸して彼女の生き様を語り、作っていると意識を変えると少し楽になってきました。
――カジモド、大助祭のフロロー、エスメラルダとの関係性についてはどう思いますか
寺元 カジモドは自分が生まれた瞬間から会話をしてきたのはフロローだけで、喋り方をはじめ、全てを教えてもらってきた人なので、普通のお父さんと子どもという関係とはちょっと違うかもしれない。フロローとカジモドにしかない特殊な関係性があると思っていて、それがエスメラルダと出会って、共感し合い、初めて外の世界に出ることで、自分の全てだった人から植え付けられてきた価値観に葛藤し、自分で選択して行動を取っていく。エスメラルダとは初めて会った瞬間から、きっと僕らには理解できないような何か繋がるものがあると思っていて。彼女のおかげで幸せな体験をし、そのエスメラルダを守りたいというのは必然で宿命だと思います。カジモドが最後に取る行動は人間としてすごいことで、深い深い愛になっていると思います。
宮田 エスメラルダは、初めは自分のせいで、彼を傷つけてしまったので、ある意味、申し訳なさから入っているんですけど、カジモドの純粋さみたいなところにものすごく心を打たれて、ホッとする部分もあるんです。やっぱり孤独に一人で生きてきた人だから、彼のことを深掘りしなくても気持ちが分かるというか。深い恋愛感情とはまた違う、絆みたいなものが生まれていると思いますね。
フロローは正しさと秩序の中で生きてきたのに、自分を保つためにエスメラルダを排除しようとする。恋愛感情のどうにもならないモヤモヤがモンスターに変わっていくところは人間味もあり、皆さんだったらどうしますか?と問いたいですね。
――先ほど、「今の時代だからこそ作品をやる意義がある」とおっしゃっていましたが、最後にその思いをもう少し聞かせてください
寺元 自分がカジモドを初めて演じたのは2019年ですが、コロナ禍になり、色んなことがあるたびに、ユゴーさんの15世紀末のパリの話ではあるけれど、人間同士が起こす出来事はとても普遍的だと。光と闇の2色ということではなくて、言葉にできないようなグラデーションがあるのが人間で世界なのかもしれない。それを舞台上で届け続けることに意義を感じています。
宮田 グラデーションは、揺らぎみたいな言葉に表せない感情だと思うんです。今の世界的情勢もありますけど、普通に生きている中でも、色々と報われない気持ちや怒りがある。そんな日常に転がっている感情にものすごく共感できる部分がたくさんあると思うんですよね。浮世離れした話というよりは、自分に置き換えたり、考えるきっかけになったりする作品なので、そこを見ていただきたいですね。

インタビュー・文/米満ゆう子
