ミュージカル『Little Women ─若草物語─』通し稽古レポート

南北戦争時代のアメリカ北部で、愛し合い助け合いながら、それぞれの人生を歩んでいく四姉妹を描いた、ルイ―ザ・メイ・オルコットの不朽の名作「若草物語」のミュージカル化である、『Little Women─若草物語─』(演出:小林香)。残暑厳しい8月下旬、都内稽古場では日比谷のシアタークリエで9月3日に迎える初日に向けて、遂に本番と同じ休憩を挟んだ通し稽古が行われた。

 

この日は原作者オルコット自身が投影されている、主人公で「マーチ家唯一の息子」と称される、次女・ジョー役の朝夏まなとのみが衣裳をつけての通し稽古となり、この時代のアメリカ女性の衣裳姿が、スラリと手足の長い朝夏にピッタリ!宝塚歌劇団時代に同じ南北戦争を背景に、アメリカ南部を描いたこちらも不朽の名作『風と共に去りぬ』でスカーレット・オハラを演じている朝夏からは、新鮮さと共にどこか懐かしさも立ち上り「綺麗!」「すごく似合う!」という声があちこちからあがった。開始の時刻が近づき、稽古場の空気がキュッと引き締まる。演出の小林香が中央で見つめる中、通し稽古がスタート。冒頭から、近年ますますミュージカル作品での進境著しいLE VELVETSの宮原浩暢演じるベア教授が登場。「若草物語」をよく知る人ほど、ベア教授の出番はかなり後半なのでは?と思っていることだろうから、この展開は嬉しい驚きに違いない。結婚して妻となり、やがて母となって家庭を守ることが当然だった時代に、ジョーが小説家として世に出ることを志し、何度出版社にはねつけられてもへこたれない姿を、まずベア教授との会話で示すことで、このミュージカルの現代性に通じる女性像を的確に表していく巧みな滑り出しだ。朝夏と宮原の個性的なやりとりもテンポ良く、ジョーの小説が劇中劇になっていく展開も楽しい。

 

ベア教授から自分の小説への賞賛を得られず、憤慨しながらもその評価が正しいのでは?と惑うジョーが歌う「Better」から、物語は四姉妹が揃うコンコードのマーチ家へと遡っていくミュージカルならではの展開が鮮やか。稽古場に作られたセットの、あくまでも稽古場だから、代替えとして仮に使われている道具での転換も含めた巧みな流麗さに、すべてが本番用に創り込まれ、照明も入った舞台での絵姿がどんなに美しいものになるだろう、と想像力をかきたてられる中、姉妹たちが登場してくる。幸せな結婚を夢見て、家計を助ける為に家庭教師をしていることを苦痛にも思っている美しい長女メグ役の彩乃かなみ、内気で大人しくだからこそ勇敢で家族思いの三女ベス役の井上小百合、おしゃれが大好きで、お姉さまのお下がりを着て学校に行くことを「レディとしての屈辱」だと思っている末っ子の四女エイミー役の下村実生。それぞれが訴える短い台詞、更に立ち居振る舞いだけでちゃんと役柄の個性と関係性がわかり心躍る。戦地に赴いている父親が不在のクリスマス、プレゼントもクリスマスツリーもないクリスマスを嘆く姉妹たちを、ジョーが鼓舞し、作家になって皆の望みを叶える!そして私達はいつまでも変わらない四姉妹でいよう!と固い約束を交わすまでが快調に進み、四姉妹の賑やかな明るさが弾ける。そこに姉妹たちが変わらずに慕うお母様役の香寿たつきが登場。彼女がこの家の要であることが、一目で分かる香寿の宝塚歌劇団で朝夏と同じく男役トップスターを務めた人の持つオーラ、凜とした立ち姿と優しさが浮かび上がる賢夫人ぶりが際立つ。そこから、原作を上手くアレンジして、のちにマーチ家のかけがえのない隣人になる、ローレンス役の村井國夫、ローリー役の林翔太との一幕があって、おそらく「若草物語」で最も有名な、父親からの手紙を読む母親を四姉妹が囲む絵のようなシーンへ。「僕のリトル・ウィメン」と姉妹たちを父親が呼ぶ、「幼いながらも単なる少女ではなく一人の立派な女性」として育って欲しいという、父の願いと母の愛に包まれた四姉妹が美しい。更に一人残った香寿が歌う「Here Alone」が、ジョー視点の原作世界では描かれない、お母様の抱える不安や、苦悩をミュージカルナンバーとして届けてくれるのに、ハッとさせられ、香寿の表現力豊かな歌声と共に、ミュージカル『Little Women ─若草物語─』の豊かさを示してくれる。

 

こののち、ジョーに男勝りの夢をみるのではなく、立派なレディになることを望み、あくまでも本名の「ジョセフィーン」と呼ぶマーチおば様役の久野綾希子、ローリーの家庭教師で、メグと恋に落ちるジョン・ブルック役の川久保拓司と、10人のキャストが次々に揃い、物語は進んでいく。何より驚くのは、原作でも特に印象的な、舞踏会への招待を巡ってジョーとエイミーの気持ちがすれ違い、大バトルに発展する場面。ピアノを弾くことが自己表現の手段のベスとローレンス氏が結ぶ友愛。ジョーとローリーが互いに相手に期待するもの。メグとジョンの恋。そしてマーチ家に立ちはだかる様々な困難が、実に巧みにコラージュされていて、「若草物語」と「続・若草物語」にまたがる展開を、1幕と2幕に偏ることなくつなげてくれることだ。この効果が、原作の読者ならわかっている展開に、新しい風をもたらして、新たなミュージカル作品としての興趣を最後まで離さない。特に、姉妹の絆を強く信じるが故の寂寥感に苦しむジョーを奮い立たせるのが常に「書く」ことであり、その原動力になるのがやはり家族への愛であるという根幹が実に見事で、これは是非本番の舞台を観て確かめて欲しいが、その心の移り変わりがミュージカルナンバーで綴られる様が圧巻。朝夏のまさに適役なだけではない、新境地の輝きが眩しい。

 

ジョンを愛したことで「少女から女性へ」と変貌していくメグの彩乃に、元宝塚歌劇団娘役トップスターの出自を感じさせるひたむきさと気品とがあり、そのメグと一目で恋に落ちることに説得力があるジョンの川久保とのロマンス美しい。ベスの井上のひたむきで真摯な演じぶりには涙を誘われずにはいられないし、あくまでも天真爛漫で、どんなにワガママを言っても全く嫌味にならないエイミーの下村の愛らしさは、観ていて思わず笑顔になり、随所に見せるダンスのキレも鮮やか。更に、一見偏屈だが、深い愛情が根底にあることが感じられる村井と久野が、その佇まいだけで「ザ・ミュージカル!」の香りも放つのが貴重だし、中でも驚かされたのはローリーの林の実によく通る、しっかりしたミュージカル唱法の確かさで、これは本番にますます注目の聞きものだった。聞きものと言えば2幕で、お母様の香寿の「Days of Plenty」と、ベア教授の宮原の「How I Am」それぞれのソロは、必聴のショーストップもので、是非楽しみにして欲しい等、強力なカンパニーのもと、家族の絆、誰かを愛することの尊さが、ミュージカルのエンターテインメントを通して描かれているのが嬉しく、無事に通し稽古が滞りなく終了した時の、朝夏の如何にもホッとしたのと同時に、エネルギーに満ちている笑顔に充実感が感じられた。

 

そんな稽古場で全体を統括している演出の小林が、転換や早替わりが上手く進んだ時、またキャストたちのパフォーマンスに対して、率先して温かな拍手を贈っていたのが印象的で、舞台で全貌を表わすだろう松井るみの装置と共に、2005年にブロードウェイで初演されたこのミュージカル『Little Women─若草物語─』が、2019年東京での上演に、新たな感動を呼び起こして生まれ出ることが確信できる、開幕を心待ちにする気持ちが膨らむ通し稽古になっていた。