ミュージカル「サンセット大通り」音楽監督・塩田明弘 インタビュー

日本では3度目の上演となるアンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカル「サンセット大通り」。大女優ノーマを安蘭けいと濱田めぐみのダブルキャスト、脚本家のジョーを松下優也と平方元基のダブルキャストで上演される本作は、ロイド=ウェバーの魅力的な音楽も注目ポイントとなる。そこで今回は、音楽監督を務める塩田明弘に、楽曲の面白さなど話を聞いてきた。


――今回で日本では3度目の上演となりますが、音楽面ではどのような変更があるのでしょうか。

まず、スコアが変わったんです。細かい修正が入った譜面がロイド=ウェバー・カンパニーから届きました。それに伴って、楽器の編成も変わっています。最近ではオーケストラの人数が減らされることもあるんですが、今回はホルン、トロンボーン、ギター、エレキベースと、4人もプレイヤーが増えています。より壮大なアレンジになっていて、より心情や時代背景を深く表現できるようになったのではないかと思います。

 

――譜面が新しくなったことで変化していることは?

新しいアレンジメントになったことで、登場人物の…特にノーマの心情表現にはより深みが出ていますね。情景描写もさらに強烈に見えるようにアレンジが加えられているところもあります。より立体的になっていて、ニューアレンジと言っていいかもしれない。例えば、ジョーを含め映画界での成功を夢見ている人々が歌う「Let‘s Have Lunch」はリズムが際立って、躍動感がある仕上がりになっています。様々な人物が入れ替わりながら歌いますが、人によってリズムが変わって性質が変わっていくのが顕著に感じられますね。豪華な舞台セットなどに頼らなくても、音楽だけでも充分に満足できるアレンジになっていると思います。目を閉じていても、物語が手に取るようにわかるようなね。


――アンドリュー・ロイド=ウェバーの音楽にはどのような魅力がありますか

彼は“現代のモーツァルト”と呼ばれていますが、僕は“現代のヴェルディ”であるとも思っています。というのも、「アイーダ」や「椿姫」「リゴレット」など、ヴェルディ作品は音の跳躍や進行を譜面通りに忠実に表現すれば、すべて表現できるんですね。音符そのものが音楽になっていて、おとだけで心情や情景描写など、作品のすべてが飛び出してくる。それは、ロイド=ウェバーも同じで、特にこの「サンセット大通り」はその筆頭と言える作品。彼の円熟期にかけての大作だと思います。


――「サンセット大通り」には、どんな楽曲的な特徴がありますか

美しいバラードの「With One Look」、哀愁を帯びた「Surrender」、ドラマティックな「As If We Never Said Goodbye」など、ノーマの感情を共有して映し出すような、ミュージカルならではのナンバーがたくさん書かれていることがひとつの特徴ですね。僕が大好きなのは序曲で、オーバーチェアの冒頭、不安を掻き立てるような印象的な音からスタートします「ジーザス・クライスト・スーパースター」にも似ていて、どちらも重低音からスタートするんですね。今回で足されたホルンやバストロンボーンは中低音が重視されていて、その特徴がより分かるようになると思います。ロイド=ウェバーは重低音が大好きなんだよ(笑)。それで、この序曲にマックスが歌う「The Greatest Star Of All」の旋律を使っているのがすごく面白い。すごく巧みだなと思いますね。普通ならノーマかジョーの曲じゃないかと思ってしまうけど、マックスの曲なんですよね。影のようにいつもノーマに付き従っているマックスがどのような役割を果たすのか…それがわかる序曲を得意な重低音で作り上げている。ゾクゾクしますよ。クラシカルで、深い趣があって…憂いに満ちています。――序曲から、音楽でいろいろなことが語られているんですね。その他にも音楽的な面白さとしてはどのようなところがあるんでしょうか

序曲の後にジョーが出てきて歌う「Let’s Have Lunch」は、作品の時代背景を感じさせるようなジャズアレンジのナンバー。不穏な序曲から、いきなりジャズになるんです(笑)。スリリングで、重厚で、優美で、甘美で、官能的で、ロマンティックで…っていうバラエティに富んだ音楽とは別に茶目っ気のあるリズムを持ってきています。変拍子はロイド=ウェバーの大きな特徴で、一般的には偶数のリズムが心地よいと感じるものです。でも、ロイド=ウェバーは奇数の変拍子にしちゃう。変拍子は恐怖感があったり、神秘的なところを見せたり、自分に対する心の動きをうまく出すんです。これまた彼の得意とする不協和音と相まって、不安定な心理や満たされない感覚を醸し出しています。ジョーの歌う「Sunset Boulevard」も変拍子で、何とも言えない不安な感じがよく出ています。これがもし偶数拍子だと何かのんきになっちゃいますからね(笑)。でも演者にとってはなかなか難しいでしょうね。でも一瞬ノッキングするようなこの音の感じが、面白さなんじゃないでしょうか。


――その他にも今回ならではの特徴はありますか?

今回は会場が国際フォーラムになりますが、あそこはやっぱりサウンドがいいんですよ。前回までは舞台裏でモニターを見ながら演奏していましたが、今回はオケビが舞台前面にくることになります。明らかに音が変わると思いますよ。というのも、モニターを通してだと約束事が多くなるというか、安全パイとして合図を作らないといけない。でもオケピが前にあることで、演奏者と役者がお互いの呼吸を直で感じられるんです。マイクを通した電気的な音を聞くよりも、生の響きが聞こえることで、歌う方も声を出しやすくなると思いますよ。オーケストラの倍音に人間の声が乗るんです。オーケストラの豊かな音を感じると、「もっとこうしよう」と音の響きに合わせて芝居がリンクしていく。それを自由奔放にできるんです。わざわざ話さなくても、お互いにせめぎ合いをしてね。譜面やキャストの違いはありますが、そこが一番の変化かもしれませんね。やっぱり生の演奏の臨場感、高揚感は全然違うと思いますから。オケピが前にあると指揮者の指が邪魔、なんて言われることもありますけど(笑)、美術の一環として見るのも面白いと思いますよ。譜面台とかを街並みの一環として見るようなね。

 

――今回はノーマとジョーで2つの組み合わせがありますが、それによって物語の印象に違いもありそうですね

指揮者が変わると音楽も変わるのと同じで、演者が変われば芝居も変わります。人間とは主観の生き物ですから、人が変われば別のノーマとジョーになる。セリフや動き、間も変わるだろうし。上演時間は同じでもね(笑)。基本的に、歌のテンポは変えないようにしているんですよ。その中でどの方向性で行くかは、それぞれの個性を尊重してリスペクトしながら進めています。お互いに芝居の交流をしながら変わっていくので、とても面白いです。背景は一緒だとしても、出てくるエネルギーや情感はぜんぜん違うものだと思うので、まったく違う作品のように見えるかもしれませんね。違う作品ってちょっと変な言い方かもしれないけど、とっても素晴らしいこと。お互いに切磋琢磨して刺激し合って、より成長し合ってできるのはダブルキャストの面白さだよね。ノーマ役の安蘭さんと濱田さんは、実生活でどう生きてきたかが全然違いますよね。だからノーマの強さ、弱さ、プライド、劣等感など、それぞれ少しずつ違うはずです。そして、お2人とも年齢を重ねて、以前よりもノーマに近づいています。きっとさらに顕著に違いが出てくるのではないでしょうか。それはジョー役でも同じで、平方くんは再演からの続投で演技を再構築していくだろうし、松下くんはまっさらなスタートで新しい息吹を吹き込んでくれるはず。音楽の使い方、間奏の使い方もそれぞれに違いがあるんですよ。声を発していない場面でも、動きや目の使い方で心情が分かります。このノーマは、このジョーはどんな心情で動いているのか、ぜひ感じていただきたいですね。同じ具材、同じフライパンを使っても切り方や調理法を変えれば味わいも変わる。それぞれのノーマやジョーがどんな味わいとなるのか、ぜひ楽しみにしていただければと思います。

 

取材・文・撮影/宮崎新之