アダムの『雨に唄えば』はこれがラストチャンス? 今年は14tの雨が降る!!

観れば誰もが幸せな気分に浸れること間違いなしのミュージカル、LION presents『SINGIN’ IN THE RAIIN~雨に唄えば~』が3年ぶりに降臨する! マシュー・ボーンの『スワン・レイク』や映画『リトル・ダンサー』などへの出演で幅広く知られるアダム・クーパーが、主人公のドン・ロックウッドに扮して世界的ダンサーからミュージカル・スターへと華麗なる進化を遂げたことでも知られるこの作品。2014年、2017年の日本公演時にも大きな話題となった、アダムがどしゃ降りの雨の中で軽やかに歌い踊る姿は是非とも目に焼き付けておきたい必見の名場面だ。この3月中旬、都内とロンドンをSkype中継で繋いで取材会が行われ、アダムがこの作品に対して抱いている想いや、今回の東京公演への意気込みなどを語ってくれた。


――3年ぶりの今回、アダムさんで観られるのはラストチャンスの『雨に唄えば』になるとも謳われています。現時点では、どんな想いでこの舞台に取り組もうと思われていますでしょうか。

「僕自身は今、すごくワクワクしています。日本は大好きですし、この作品は僕の人生にとってかなり大きなものですし。また今回は、フレッシュなカンパニーと一緒にこの作品を起ち上げることができますしね。まあ、今回が本当にラストチャンスになるのかどうかは僕自身もわからないですけれども、とにかくお客様に楽しんでいただければ幸いと思っています。」


――今回は、イギリスの名門劇場サドラーズ・ウェルズと日本の東急シアターオーブのみで上演されるスペシャル公演とのことですが。特に工夫される部分や、進化しそうな点はありますか。

「基本的にはこれから稽古が始まる段階なので僕自身はまだすべて把握できていませんが、変更点などはあると思います。今回の振付家であるアンドリュー・ライトも、振付に関して変化を加えたいと言っていましたしね。とはいっても、これまで同様のエネルギーと構成で、みなさまにお届けできればと思っています。ただし今回は新たなキャストが入ってくることで、新鮮な気持ちで役に取り組むことにもなりますから、前回と同様でありながらもより良いものにはしたいですね。」


――3年ぶりにドン・ロックウッドを演じるわけですが。このドンという役は、この3年間ずっとご自分の中にいたのでしょうか。

「ドンは僕の人生の中でかなり大きな一部分を担っている役で、常に心のどこかをウロウロしているような感じがありましたね。何度も演じている役でもあるので、音楽を聴くだけで、役が自分の中で目覚めるような感覚があるんです。再び演じるにあたっては、今回のカンパニーが新しくなったことで変わることもあると思いますし、新たなインスピレーションを使って、この3年の間の自分自身の経験も活かしつつ、今の時代のことなども考えた上で、新鮮な気持ちでドン・ロックウッドに取り組んでいけたらなと考えています。」


――こういった、世界的にも傑作と呼ばれるミュージカルを演じることにプレッシャーはおありですか。

「この作品に出るようになってからもう9年くらい経ちますが、もちろん映画でジーン・ケリーが演じていたこの役はとても有名ですから、初めて演じた時にはやはりプレッシャーを感じました。でも、既に何度も回数を重ねてきていますので、この公演そのものは自分たちのバージョンだなと今では感じています。何万人ものお客様にご観劇いただき、そのお客様たちは映画のバージョンではなく、僕たちの舞台のバージョンを観に来てくださっている、ナマのエネルギーを受け取りに来てくださっていることを感じますので、そこは映画とは違う演劇ならではの喜びだと思っています。」


――改めて、『雨に唄えば』という作品の魅力を語っていただけますか。

「この作品の大きな魅力は、もちろん素晴らしいダンスや音楽でもありますが、一番は喜びのエネルギーを提供しているところだと思います。物語としてはアメリカの映画史においてとても大きな分岐点でもある、サイレント映画がトーキー映画に進化し移っていく時代を描いているんですが、作品としてはかなり大きな喜びを提供しているものだと思うんですよね。そして、そういう作品こそが今の時代に必要なんじゃないのかなとも思います。たった2時間半ほどの上演時間ですけれども、その間だけでも人生とはより良いものなんだということをお客様に感じていただければうれしいです。」


――そもそも、原作の映画にはどういう形で出会われましたか。何か思い出はありますか。

「僕が初めてこの映画を観たのは、8歳か9歳くらいの時だったと思います。兄と僕は、古いハリウッド映画を観るのが好きだったんですね。初めて観た時には、この作品が持つエネルギーと、そしてジーン・ケリーのことがすごく好きだなと思ったことを覚えています。特に『ブロードウェイ・メロディ』というナンバーの中でシド・チャリスとデュエットするところ、そしてやはり『シンギング・イン・ザ・レイン』というナンバーは、映画史の中でもかなりアイコニックな瞬間なので、いつか自分もこういうことができるようになっていたらいいなとは思っていましたけれども、まさか本当に自分がやれることになるなんてね。」


――どしゃ降りのシーンで、今年は14tもの雨が降るそうですが。アダムさんがキックすると前方のお客さんにバシャッと水がかかったりするのをアダムさんがいつも楽しげにやっているので、観ていてつい笑ってしまいます。

「僕自身も、あのくだりは本当に大好きです。この場面には、喜びを感じるポイントが二つあって、ひとつめがドン・ロックウッドという登場人物が人生の旅路の中で、恋に落ち、それがうまくいっている瞬間であるという、そういった喜び。二つめは、僕自身がお客様との繋がりをすごく感じられる場面だということですね。前列のお客様がちっちゃい傘とかレインコートを着て、水を浴びてキャーって言っているのを見つけると本当に可愛らしいなと思いますし、僕自身もすごく楽しい気持ちになります。このユニークで、かつ喜びに浸れる時間は僕も大事に思っていまして、今はとても難しい時代ではありますが、その現実を少し忘れてここで楽しい時間を過ごしていただければと思っています。」


――最近の作品とは少し違う、このようなクラシックなミュージカル作品の良さはどういうところだと思われますか。

「このようなクラシックなミュージカルは、作品が作られた当時のことを考えると現実逃避するための手段でもあったんじゃないのかなと思うんですよね。というのは、この作品が作られたのは第二次世界大戦の後なので、特に世界が喜びを必要としていた、そんな時代でしたから。最近のミュージカル作品というのは結構ハードなトピックが選ばれていて、そういう作品ももちろんとても魅力的だと思うんですけれども、こういったクラシックなスタイルのミュージカルの場合は、これは実際に観に来たお客様に僕自身も言われたことでもありますが、観た後に気分がとても良くなったり、自分自身のことについてや人生について、より楽観的に考えられるようになれるみたいなんです。そんなことも、この作品の大きな魅力だと僕は思っています。」


――お客様との繋がりをとても大事にされているとのことでしたが、日本のオーディエンスと海外のオーディエンスでは反応が違ったりしますか。

「個人的な話になりますが、日本のお客様はずっと僕の作品についてきてくださっている印象があって、客席に「あ、この人の顔、見たことがある」という方がいらっしゃったりするんですよ。ですから、僕個人にとっては日本でパフォーマンスをするということは、お友達のためにパフォーマンスをしているような気持ちになるんですよね。その点、ロンドンでやる時はちょっと違って国際的で、いろいろな国のお客様が集まって観劇されているので、定期的にいらっしゃる方というよりは毎回違う方々のためにパフォーマンスをしている感覚なんです。そういう意味では日本では家族、ファミリーのためにパフォーマンスをしている感じなので、やはり僕にとっては特別な公演ですね。」


――ドン・ロックウッドの役を演じるにあたって、どんなことを大切にされていますか。

「ドン・ロックウッドの役というのは、僕にとっては特別な意味を持っています。そもそも僕は、こういう役がやりたくて仕事をやってきたというところがありますしね。僕自身、最初はタップから始めて、そのあとバレエ、コンテンポラリーダンスとやってきましたけど、その間もずっとこういう役がやりたいと思っていました。それもあってドンを演じるたびに、自分はすごく恵まれているんだという感謝の気持ちを忘れないようにしながら、この役に挑んでいます。」


――たとえばドンのセリフや行動で、アダムさんが個人的に共感したり自分と似ているところがあるなと思われるところはありますか。

「この役を演じるにあたり、僕自身が引き出したいと思っているのはドン自身の脆さであったり、無防備なところなんですね。これは、すべてのパフォーマーが体験することでもあると思うんですよ、舞台に立つ時はやはりどこか無防備になって自分自身をさらさなくてはならないので。捉え方次第で、ドン・ロックウッドというのは常に自信満々なキャラクターに見えかねないと思いますが。でも、この作品の中での彼自身も、サイレントからトーキーに移行する難しい時代の中で役者として認められたいという気持ちもあったでしょうし、不安でもあったでしょうし。そういうところには、僕自身もすごく共感します。歌やダンスが中心で、お芝居もやったことはありましたが、初めてこの作品に参加した当時はまだ、ここまでスケールの大きい作品に出たことはなかったので。自分はこの役をちゃんとできるのだろうか、大丈夫だろうかという不安が僕自身にもありましたから、そういうドンの不安さとか無防備さ、脆さというところにはすごく共感を持って演じています。」


――現在、世界的にもさまざまな公演が中止になっていたりしてエンターテインメントの意味が問われている中で、アダムさんが思うエンターテインメントの役割とは。また、ご自身がエンターテインメントに救われたエピソードがあれば教えていただけますか。

「演劇というものには、人を癒す力、人々に喜びや幸せを与える力があると僕は感じています。まさに、今の時代にこそ大事なものなんじゃないのかなとも思いますね。困難な状況をほんのひと時忘れることが出来ますし、2、3時間だけスイッチを消すこともできますし。その時間だけでも人が喜びを感じられる、そういう時間が必要になることもあると僕は思うんです。僕個人の体験としては、この『シンギング・イン・ザ・レイン』はロンドンで1年半くらい公演をしていたのですが、その間に残念ながら僕の父ががんで亡くなってしまって。でもそんな苦しい時にも劇場に行くことで、親しいパフォーマーやお客様たちに支えていただき、それが僕自身にとってはとても大きな救いになりました。この作品を演じている最中は、悲しいこともイヤなこともすべてスイッチオフして、その瞬間だけに生きることができた。これこそ演劇ならではの特別なことなんじゃないのかなとも思いますね。」

取材・文/田中里津子
アダム・クーパー氏写真 撮影:野津千明
舞台写真 撮影:阿部章仁