柚希礼音インタビュー|ミュージカル「イフ/ゼン」

ピューリッツァー賞とトニー賞を受賞したミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」のクリエイティブチームが制作し、大ヒットとなったブロードウェイミュージカル「イフ/ゼン」が、柚希礼音の主演で日本初上演されることになった。ブロードウェイではイディナ・メンゼルの主演で、2014年のトニー賞ミュージカル主演女優賞、オリジナル楽曲賞にもノミネート。38歳の主人公・エリザベスの選択により枝分かれした2つの人生が交互に描かれ、仕事や結婚など人生の大きな岐路の中で“自分らしく生きるとは何か”を問いかけていき、多くの共感を呼んだ作品となっている。等身大の女性の役に挑む柚希礼音に話を聞いた。

――今回の作品は、1人の女性の2つの人生という構造のお話ですが、作品にはどういう印象をお持ちですか。

結構な胸に突き刺さり系のお話です。演出・訳詞の小林香さんも同年代で、香さんは書きながら何年か前に自分がよく感じていたことだとおっしゃっていました。私も台本を読みながら…その1行で自分がふと止まってしまうくらい、自分に突き刺さるものが多いストーリーです。こっちを選んだらこうだった、というお話なんですが、選んでいないこともいっぱいあって、たまたま電話に出なかったことで大きく人生が変わった、とか…現実にもよくあることがいっぱいある。どの年代の方が観ても共感できると思いますし、自分に置き換えてくださることがいっぱいあるんじゃないかと思います。

――現代の女性という役柄は珍しいですよね。

そうなんです! 現代劇でこういう役をしたことがないので、最初は丸裸にされたような感じでした。ニューヨークの今の人で、等身大に近い年代の女性を演じたことが今まで無いので、今まで見せてこなかったような“わたし自身”をいっぱい使わないといけないんじゃないかと思います。恋愛の部分も、同時進行ではないけれど、こっちの人生ではこう、という感じで素敵な方々と恋愛していくので、きっとみなさんも「私はこのタイプがいいな」とか思いながら観てくださるんじゃないかな。エリザベスは笑ったり泣いたり落ち込んだり、いろんな表情を見せるので、この人が“生きている”という感じになれたらいいなと思います。

――エリザベスはどういう女性だと思いますか?

リズもベスもエリザベスの愛称で、演じるのは一人のエリザベスという人物なので2役というわけではないんですけど、選択によってリズの進む道とベスの進む道に分かれていくんです。大学院まで出て結婚してアリゾナ州のフェニックスに12年住んでいたのに、自分が“生かせなかった”というか…、なので離婚して、ニューヨークに戻ってきて再スタート、というところで物語が始まります。だから、私っていつも選択を間違えるんだ、という考え方。でも、ウジウジしているワケじゃないんですよ。ニューヨークで生きる38歳だから、もうちょっと大人っぽくやろう、っていう話を香さんとしました。地に足がついていて、「もう恋愛なんてするもんか」っていうくらいに(笑)。だから、運命を感じて話しかけてくれる相手がいても、恋愛へのハードルがより高くなっていて、そういう部分もリアルです。逆に、自分がちょっと好きになりかけたとき、「もしあなたがそこまでじゃなかったら先に言っておきたいんだけど、これってものすごく大変なことなのよ」ってなっている感じもすごく分かる。そういう部分を、わかるわ~と共感してもらえるように演じたいですね。

――お話を聞いていると、柚希さんご自身も、私もあの時こうしていたら…と考えたのではないかと思いますが、いかがですか?

やっぱりまずは、宝塚に入っていなかったら、というのは大きなところですよね。全く人生が違っただろうな、と思います。高校2年生の時に、アメリカン・バレエ・シアターの願書を取り寄せて書いていたので、途中で諦めていたとしても、とにかくアメリカに行ってバレエをしていたとは思います。でも、縮こまって生きていたのが、宝塚というものに出会って、ようやく背筋が伸ばせることができたので、本当に宝塚に入れて良かったなと思っています。

――宝塚を辞めてからの選択ではいかがですか?

宝塚を辞めてからも、すべて自分で選択しているので「あの役をやっておけば…」と、何年も引きずった選択もあります。お話を頂いた時は、できない、って思ったんですよね。舞台って何年も前にお話しが来るから、宝塚を辞めたばかりの自分じゃその役はできない気がして。でも2年くらい経つと、できたんじゃないか、挑戦したかった、って思えるようになった。だから、「もっと強く言ってくれていたら」なんて、今でもマネージャーさんに言ったりもします(笑)

――役にもタイミングや縁がありますよね。続いて、楽曲についての印象もお聞かせください。

どの曲も、すごく好きです。切なく、悲しく、寂しい曲ほど、ちょっとポップにしてあったり、すごくパワーを感じる曲もあったり。あとは、ちょっと公園を感じるような楽曲もあって、本当にニューヨーク、って感じがします。以前、「お気に召すまま」でトム・キットさんの楽曲は経験していて、その時もシアタークリエだったので少し運命も感じていますね。今回、こんなにたくさん歌えるのが本当にありがたいし、これだけこの曲たちが好きなんだから、大好きだ、気持ちいいな、幸せだな、と思いながら歌えるようになるといいなと思います。

――小林香さんの演出はいかがですか。

時々、すごく大切な言葉をくださる方です。私、こう見えて結構、心臓が小さくて、「本当に、歌いながら反省していくのやめてもらえませんか」なんて言われたり、「ちょっとでもいいところがあったら、お伝えしてあげて。案外マイナス志向だから」と、周りの方に言ってくださったり(笑)。私のことを良く分かってくださっている方ですね。ちょっとでもよくなったことをほめつつ、育てようとしてくださっています。

――歌いながら反省しちゃうんですか?

何度も稽古したのに、また出来なかった…って歌っている途中に反省しちゃうんですよ。途中で気持ちを入れ替えるんですけど、このミュージカルは1曲1曲が長いから、歌っているうちに、思うように声が出ないな、とかしょんぼりしてくる。そしたら、香さんが「そういうの本当にやめてもらっていいですか」って(笑)。ハッタリとかはあんまりないですね。いざ本番になったらそういう部分もあるかも知れないですけど。今までは、そうならないように何とか稽古を積んで挑もう、っていう感じでした。でも先日、「ビリー・エリオット」でご一緒した方々の歌を聞いて、ちょっと考えが変わったんです。もちろん根本があるからですけど、みなさん本当に楽しそうで、とうこさん(安蘭けい)なんか「あー気持ちよかった!」って感じでオケ合わせから帰って来られるんですよ。歌っている本人たちが楽しんでいて、最終的には“上手く歌おう”とはされていない感じがしたんです。だからこんなに観ていて楽しいんだ、と思ったので、自分もそう思っていただけるように稽古して、いざやるときは「あぁ楽しかった」と思えるようになりたいですね。

――「ビリー・エリオット」はコロナ禍の中上演されることになりましたが、どのような想いがありますか。

忘れられない公演になりました。お客様もみなさんマスクで、客席で声を出すなどの反応ができない中で、何とか拍手で想いを返そうとしてくださっていることもすごく感じました。スタッフも出演者も、絶対に最後までやるんだ、という気持ちで、その徹底ぶりもすごかったです。そして、舞台を上演することの貴重さや、なぜ私たちは舞台をやっているのか、お客様に何を感じていただきたいのかを考えました。必要じゃないかもしれないけれど、やっぱり必要と思えること。本当に、いろいろなことを考える日々でした。

――今はニューヨークのブロードウェイも厳しい状況にありますが、以前に滞在された経験もあるニューヨークが舞台の作品という部分についてはどう感じていらっしゃいますか。

そんなこと考えもしなかった(笑)。確かにそうですね。ニューヨークで関わった方々はとても大人っぽくて、お姉ちゃんのように感じていた方も「あなたの方が年上だからね?」なんて言われましたし(笑)。あとニューヨークの地下鉄って、乗っている最中に行先の終点を変えたりするんです。それを知らなくて、習い事に行きたかったのに全然違うところに行っちゃったりして…アナウンスもすごく小さくて、英語が分かる現地の人でも良く分からないんですよ。今回の台本にもそういうニュアンスのエピソードがあるんですけど、日本の感覚だとその面白さが分からないかも知れません。ニューヨークの人たちは、本当に目的があってシャキシャキ動いている感じなので、ちょっとでも遅れたら歩けなくなっちゃう。一度、ちょっと考え事をして立ち止まったら、他のみんながどんどん先に行ってしまって…その風景が忘れられないですね。観光で行くと本当に楽しい街ですけど、住んでこの街の中でやっていくとなるとすごく気合が必要。ほんのちょっとですが、そういう経験したことが生きてくればいいなと思います。

――この作品に出会って、選択の時にどういうところを意識して選ぶようになりましたか?

今までの人生で自分で選んで後悔したことや、選ばなくて起こったこと、そして今回のコロナ禍でいろいろあったこと…全部ひっくるめて、今はもうちょっと自分がしたいことをしよう、と思えるようになりました。宝塚のトップになって、100周年のあたりの頃は、本当にやるべきことが自分にとって多すぎて、ありがたいことなんですが、休みの日でダラダラ寝たいけれどすべきことがたくさんあって。そういう経験もさせていただいたからこそ、今は、なるべくシンプルに、関わる人たちもシンプルに、と思っています。この作品でも、どちらの人生でも主な登場人物は一緒で、きっとみんなの人生でもきっとそう。その時は出逢わなくても、後々の人生でやっぱり出逢うらしいから。出逢った方々を大切に、シンプルに、丁寧に、生きていきたいと思います。

――先ほど、やっておけばよかった役への後悔のお話もありましたが、いろいろな理由付けをしてしまって本当の気持ちに気付けないことってあるかも知れませんね。

その頃は、ファンの方が見たいかどうか、ということを結構、重要視していたんです。そうじゃなくて、自分がやりたいかどうか、をシンプルに考えて選べるようになりましたね。「マタ・ハリ」など、やや露出の多い役なども経験して、ファンの方が女性っぽいものが嫌なわけではないということにもようやく気付けました。その役に真っ向で挑んでいって、その姿をちゃんとファンの方は見てくださるんだと今は思えています。舞台がとにかく好きなんですけど、以前はどこかにカッコいい要素が無いとダメだと決めつけていたんです。最近は人間味がある方が素敵だな、と思えてきました。私って、大きく見せようとか、いいように見えないものかと思いがち。でも、それよりも役に没頭していて、それが本当に胸に来る、というものを観ていると、どうして私はこうできないのか、と…。

――という感じに反省しちゃうんですね(笑)。意外に自信がないタイプなんですか?

自信はずっと無い。でも、これが今の自分だ、と思えるようになればいいんだと思います。「あんなふうにならなきゃ、お客様の前に立てない!」って思いすぎていたんですね。最大限に努力して、心をこめて“楽しんで”歌うこと。今日こそは、と挑みまくっている舞台なんて、ただの自己満足なんだぞ、と教えていただきましたし、自分でもそうだなと思います。そう思えたタイミングで、この作品に出会えたことがすごくありがたいですね。

――まさに柚希さんにとっても分岐点となる作品になりそうですね。楽しみにしています。

そうですね。等身大の自分が生き生きとしているよう、稽古して挑んでいきます。ここ1年ほどはダブルキャストが多かったので、ひとりで演じることも久しぶり。ドキドキしていますが、大好きだなと思える役に出会えたので、楽しんでいる姿を見ていただきたいです!

 

取材・文/宮崎新之