ミュージカル『スリル・ミー』 田代万里生×新納慎也 インタビュー

“私”と“彼”、たった二人の俳優と1台のピアノだけで繰り広げられる究極のミュージカル『スリル・ミー』が、更なる進化を遂げ、約2年ぶりに上演される。
本作品は実際に起きた殺人事件をもとにアメリカで製作され、2005年、ニューヨーク・オフ・ブロードウェイで開幕以降、世界中で上演され続けている人気作だ。
日本では2011年に初演を迎え、幕を開けるやいなやたちまち話題となり、以来、実力派キャストによりさまざまなペアで再演を重ねてきた。
日本初演から記念すべき10周年となる今回は、田代万里生×新納慎也、成河×福士誠治、松岡広大×山崎大輝の3組での上演となる。
まずは、“伝説の初演”ペアである田代万里生と新納慎也に、再び本作へ挑む心境を語ってもらった。

 

――お二人の共演は2012年以来、約10年ぶりとなります。久々に共演するとわかったときのお気持ちは?

田代:なんだかんだで毎年『スリル・ミー』の話はしてたよね。例えば、僕が韓国に行ったときにお土産で……。

新納:作品名が描いてあるエアーポッズのカバーをお土産に買ってきてくれて、自宅のポストに入れてくれたんだよね。

田代:「自宅のポストに入れておきます!」って連絡して(笑)。僕らが出ていないときもこの作品は上演されていたから、話題にはしていたし、ずっと頭の中にはあったよね。

新納:僕が再演のお話を聞いたのは2年前だったんですが、最初は冗談なのかと思いました。19歳の役なのに、「その頃いくつだと思ってるんですか?」って(笑)。年齢的なこともあって、卒業したつもりでいたので、お話をいただいたときはびっくりしましたね。

――初演時の印象に残っているエピソードをお聞かせください。

新納:初演の頃はサンプルがなかったので、とにかく台本を読んで音楽を聴いて、二人であーでもないこーでもない、ってものすごい話し合ったよね。

田代:僕は当時、デビューしてまだ2年ぐらいでキャリアがなかったので、何もわからない状態の中、新納さんがいっぱいアドバイスしてくださって、それがすごくありがたくて。

新納:もうね、なんてこの人は純粋なんだろう、っていうくらい、スポンジのように吸収していって。その短い期間でぶわ~~っと成長していったので、「すごいな、このピュアな人…!」って感心しましたね。それから10年近く経って、今や万里生はスターになって (笑)。初演時は、同じ劇空間の中で同じ価値観を共有しましょうよ、っていう話し合いを繰り返していたので、そこは崩さないほうがいいところだったりするんでしょうけれど、お互い10年の経験を経て、若い頃とは違う考え方もきっと出てくると思うのでたのしみですね。

田代:初演のときは、僕らの組と松下(洸平)くんと柿澤(勇人)くんのペアがあったんですが、最初の一か月間、僕らの組しか稽古しなかったんですよ。僕たち二人の稽古を、僕らが一回形にするまで柿澤くんたちが見ている、という状態が一か月弱あって。僕らだけをまず見て、演出の栗山(民也)さんが作ってくださったんです。それがすごく印象に残っていますね。そこからまた、松下くんたちが全然違ったアプローチで取り組んでいって。年齢層も個性も違うから、言われるダメ出しも変わりますし、ペアによってまったく違うのがこの作品のおもしろいところですよね。

新納:何か月もかけて、歌詞や歌いやすさとか、そういうところから作っていったから思い入れがあるよね。

田代:頷き方ひとつ取っても、僕たちのニュアンスやエッセンスが台本に入っているんです。初演から10年経つのに、ほぼ演出は変わっていないし、僕らが貰った第一稿の台本もほとんど変わっていないので、すごいことだなと思いますね。


――田代さんは、2014年に伊礼彼方さん演じる「彼」とペアを組んでいましたが、相手が変わるとやはり違うものですか?

田代:全然違いますね。新納さんと伊礼さんは年代も個性も身体性も全部違いますから。例えば、伊礼さんと共演したときは、肩を組んだり、スキンシップがすごく多かったけど、新納さんは全然触ってくれないんです。そうなると、「私」の「触ってください」という台詞の意味がまったく違うものになるんです。伊礼さんの場合だと、「いつも触ってくれているから今日も」になるけれど、新納さんだと「一回でいいから触ってよ」っていうニュアンスになる。

新納:それは栗山さんの演出でもあるんです。彼は一歩歩くなら、確実に何か目的があって歩いている、手を動かしたり、ポケットから手を出すときは、絶対に「何か」ある。だから、最初はロボットみたいにガチガチになっちゃって。木の板の舞台で、革靴履いているのに、「彼はさ、足音はしない男なんだよ」って言われたときは、「どうしろって言うの!?」って思いましたよ(笑)。「彼」という人間は、自分を崇拝していて、己を突き詰めていく人間だから、迷ったりしない。でも、それがどんどん崩れていくのがおもしろいんですよね。

――「私」と「彼」、もし逆を演じることになったら?

新納:僕、「私」やりたい、ってずっと言ってたんです。でも、「何をおっしゃってるの?」って、みんな苦笑いでしたけど(笑)。

田代:「私」役は、物語に起伏があるけれど、「彼」役は終わり方が辛いですよね。

新納:結局これは「私」から見た物語だから、彼自身の「真実」が何もないんですよ。心情を吐露するような場面もないので、すごく消化不良の役なんですよね。でも、「私」はきれいに着地して、さわやかにカーテンコールに出ていける。


――劇場で拝見したときも、実際に「彼」は「私」をどう思っていたのか、というのが気になりました。

田代:利用していたのか、それとも本当に愛していたのか。

新納:僕は愛してましたよ、「究極の愛」を描いた作品ですから(笑)。「彼」は「恋愛とはこういうものだ」とか、「好きだったらこうでしょ?」っていう一般的な定義が一切当てはまらない、超越した考えの持ち主なので、あれはあれで彼なりの愛し方なんです。だから、「私」に対して100%愛情表現はしている。僕らのペアの場合、それは「私」も理解していたはずだと前回のときも思っていましたし。その絶妙なバランスで成り立っていた二人の関係性が、何か一つ歯車が狂っていってしまって……という切ない物語ですよね。


――「私」は「彼」に対して、愛なのか執着なのか……。

田代:執着だと思ったことは一度もないですね(キッパリ)。

新納:怖い!だいたい執着する人はそういうこと言うよね(笑)

一同:(笑)

田代:純粋に「究極の愛」、それしかないと思って演じていましたね。最後のところで栗山さんに言われた言葉が、「透明になっていく」でした。この作品は、「上手く見せてやろう」とか、欲を出してやろうと作為的になったら、一瞬でつまらなくなると思う。お客さんを騙してやろうと考えた瞬間に、ホラーミュージカルになってしまうから。

新納:この作品に出てから、例えばニュースでストーカー事件などを見ると、少し同情してしまうところがあって。残虐な事件にも、「これにはきっと、背景に深い物語があって、悲しい理由があるんだろうな」と思うようになりました。それがいいことかはわからないですけどね。


――『スリル・ミー』の楽曲は、歌う側からみてどんな魅力や難しさがありますか?

田代:よくできているし、雰囲気では歌えない曲ですね。他の作品だと、オーケストラやバンドがいて、比較的オンビートの中で歌うので乗っかりやすいんです。でも、この作品はピアノ1台で、常に音楽が揺れている。その揺れている中で、歌が引っ張っていかないといけない。歌によって、ピアノが変化していくんです。ずっと炎が揺らいでいる、という状態を、自分たちで自家発電していかなきゃいけないんですよね。メロディーだけだと単調に思えるところが、水面下でどんどん変化していって、リズムは淡々としているけれど台詞の中では想いが揺れていく、というのを表現するのはすごく難しいです。だから、ある程度の技術がないと、すごく単調になってしまう。それをしっかり捉えたうえで、役として発散できたら、初めて作品が完成するのかな、って思います。

新納:ラテンの陽気なリズムで、ものすごいことを歌っている曲とかもあるんですよ。それがすっごく気持ち悪くて、不気味なんですよね。あと、楽曲は多いのに、終わったあとにストレートプレイを観たような気分になるのは、それだけ楽曲がうまく物語に馴染んでいるということなんだと思いますね。

――最後に、約10年待ちわびていたお客様にメッセージをお願いします!

新納:初演のメンバーは、「すごかったらしい!」ってどんどん美化されていくんですよね。初演は100人規模の劇場だったので、観れなかった方がたくさんいたんです。もう答え合わせすることはないだろうし、このまま美化されていったらよろしい!と思っていたんですけど、まさか答え合わせができる日がやってきてしまうという……。この美化されたものをなんとかして乗り越えないとな、というプレッシャーがあるので、どうか優しい目で観ていただけるとうれしいです(笑)。

田代:今回新納さんとまた組めるのがすごくうれしくて、断らないでいてくれたことに感謝しています。この作品は、「待ってたよ」という台詞から始まり、「僕がどれだけ成長したか見せてあげるよ」っていう台詞があるんですが、新納さんと出会ってから10年間、ずっと一緒にいたわけではないけど、お互いにアンテナを張って繋がっていたという関係性が、それぞれの役に滲みでていたらいいなと思いますね。他の人には理解できない、二人の阿吽の呼吸があると思うので、今の僕たちだからできる『スリル・ミー』をぜひたのしみにしていただきたいですね。

 

インタビュー・文・写真/古内かほ