作・演出:福原充則×尾上右近インタビュー|ミュージカル『衛生』

写真左より 福原充則・尾上右近

福原充則による異色ミュージカル『衛生』で尾上右近が衝撃レベルの悪役に挑戦

これまでにない、画期的かつ衝撃的な内容のミュージカルが誕生する。古田新太、尾上右近が親子役でダブル主演を務めるミュージカル『衛生』は、福原充則が作・演出を手がけ、音楽はいきものがかりの水野良樹と益田トッシュが担当する、“悪者ばかりが登場する、モラルなし、節操なし、搾取と暴走と汗が炸裂する欲望の物語”となる。キャストは古田と右近のほかにも、咲妃みゆ、石田明、ともさかりえ、六角精児ら演技派かつ魅力的なクセモノたちが勢揃いすることになった。
物語の始まりは昭和33年、まだ水洗トイレが普及する前の時代。し尿の汲み取り業者“諸星衛生”は社長の良夫と息子の大を中心に、利益を出すためなら手段は問わない方針で、地元の政治家も巻き込みつつ経営拡大を狙っていた。その後も、四方八方から恨みを買いながら成り上がっていく諸星親子。だが、やがて彼らに復讐を誓う者たちが集結し始めて……。
諸星親子を始め、登場してくるのはすべて強烈なほどにクセの強い人々。善人不在のストーリーの着地点は果たして……?ひねりにひねった、設定、展開、言葉のチョイス、音楽のセンス等、見どころ満載の痛快爽快エンターテインメントに期待は高まる。作・演出の福原充則と、悪の限りを尽くす諸星家の息子を演じる尾上右近に、作品への想いを語ってもらった。

 

――まず、福原さんが今作に参加することになったのは、どんないきさつからだったのでしょうか。

福原 6年前に古田さんとご一緒した舞台作品で、僕は脚本のみの担当だったんですが、古田さんが機会を見つけて僕に演出もさせてみたいと思ってくれた、みたいなことがそもそものきっかけでした。当時はもちろん、新型コロナウィルスなんてまったくない時代で。「やりたいこと、ないか」と古田さんに聞かれて、「人間の業を肯定するような話がやりたいですね」と答えました。

 

――今回、右近さんをキャスティングした理由、狙いとしては。

福原 僕はオファーする時はいつも片思いの相手にラブレターを書く気持ちでいるんです。それも中学生くらいの、相手のことを深く知らないのに好きになって出すラブレター。だから、いち客、いちファンとして好きという理由で、人となりまでは深く知らないままアタックしました。僕の中では、役者さんって2つのタイプに分かれるんです。舞台上から何か情報をたくさん発してお客さんを突き刺すようなタイプと、お客さんから何かを吸い取って本人がぶわんって膨張するようなタイプ。つまり、太陽みたいな人と、ブラックホールみたいな人。それで言うと、右近さんって後者のイメージがあって。そこが好きです。

右近 へえー!

福原 何度も舞台を観ていて、とても清潔感があるし、きれいで可愛らしかったり、美しいなと感じたりもしていたんですが、なんだか僕は「何か吸い取られている!」みたいな気持ちになることがあって。今の言い方だとネガティブに聞こえるかもしれませんが。だけどこれって、カッコイイじゃないですか。客の生き血を吸って生きる妖怪役者、みたいな(笑)。

右近 ハハハ!いいですねえ。

福原 そんなカッコよさを感じていたので。それに、吸い取ってもらえるというのは、イコール、こっちの毒を抜いてもらっている気にもなるし。

 

――観ているだけで、デトックス効果が?(笑)

福原 気持ちを分かってくれる気がするんです。繋がっている、というかね。一方的に球がバーンと来て自分を突き抜けていく……、って、それもそれで素晴らしい表現なんですけど、そうではなくて。こっちが受け手になるだけじゃなくて、その瞬間、お互いが繋がっている感じがするんです。まあ、これは別に客としての僕の勘違いでもいいんですよ、そして勘違いなんですよ(笑)。もちろん、ひとりひとりの、個人のことまで認識しているわけでもないですし、だいたい僕が客席に座ってることだって知らないわけですし。だから、あくまで僕の幻想。でも、その幻想を信じられるかどうかが、そもそも演劇なわけで。

右近 ああ~、そうですよね。

 

――ちなみに、右近さんの舞台をご覧になったというのは、歌舞伎ですか?

福原 歌舞伎です。だから相当な思い込みですよね。イヤホンガイドとかつけながら「俺の気持ち、わかってくれてる!」って思うわけだから。ストーリーだって説明されないとわからないくせに、そう感じちゃったんです。

 

――そう言われて、右近さんはどう思われましたか? 

右近 正直めちゃくちゃうれしいです、吸い取っている感覚はもちろん自分ではないですけれども(笑)。でも僕もお客さんがその場にいてくださるからこそ、できることが圧倒的にぐんと広がるタイプの役者なんじゃないかと、自分でも思うんですよね。そういう意味では、お客様側にも届いていたんだなと、今福原さんのお話を伺っていてうれしく思いました。特に舞踊や歌舞伎の場合は、やはりイヤホンガイドをつけないとわからなかったり、セリフにしても細かい言葉までは伝わらなかったりして、理解することが難しい部分もありますが、それを超越する念みたいなものが届けばいいと思っているところもあるんです。ニュアンスなのか、勝手な思い込みなのかは、わからないですけど。でも確かに「届け!」って思いを込めながら歌舞伎の舞台に出ているという感覚はめちゃくちゃあるので、それを受け止めてくださったのかもしれませんね。

 

――その想いが伝わって、来たオファーがこの衝撃的な内容の作品だったわけですが。

右近 いやあ、これも僕としては正直言ってめちゃくちゃうれしかったです。だって、自分がこれまで思い描いていたような舞台のチャンスだったので。僕はずっと、具体的にこういう物語というわけではないですけれども、心が痛むような、病むような、嫌な気持ちになるような、でもつい夢中で見てしまうような。自分よりひどいものを見て安心してもらえるような、でもそのあとには反省する気持ちもほんのりやってくるような。そういう舞台を、やってみたかったんです。歌舞伎役者に対して皆様が抱いてくださる美しいイメージを、あえてぶち壊してみたいなと思ってはいたのですが、だけどたとえば既にあるお役のキャラクターをぶち壊しに行ったら大変なことになりますから、それはできない。だからそういう作品、お役で、表現を通じてぶち壊せるような機会に、自分が20代のうちに出会えたらうれしいなってずっと思っていたんです。ある意味では僕も、宛先のない手紙を出していたのかもしれないですね。と、今お話を伺っていて思いました(笑)。

福原 ハハハ。

右近 だから、最初にこの企画の話を聞き、台本を読ませていただいた時には「うーわっ、これだ!」ってなったんです。「僕が前から言ってた感じのヤツ!」、というのが第一印象でしたね。こういうチャンスに恵まれたことに、喜びを感じました。

 

――今回はミュージカルということですので、どんな楽曲が揃うのかということにも興味津々です。

福原 いきものがかりの水野(良樹)さんと、(益田)トッシュさんに、分けて書いていただいていますが、今のところ、出来上がってきている曲はみんな素晴らしいです! 

 

――作詞は全曲、福原さんが手がけられたとか。

福原 はい、書きました。でもとにかく曲がいいので、とても楽しめると思いますよ。ぜひ期待していただきたいです。

 

――ジャンル的にはどういう音楽ですか。

福原 打ち合わせの段階では、ブラックミュージックを下敷きにやりたいなというのは話していたんですが、そこから派生してポップだったり、ミュージカル調のものもあれば、ソウルやゴスペル、テクノポップもあればレゲエもある感じです。

 

――盛りだくさんですね!右近さんは過去にミュージカルにも出られていますが、今回の音楽に関しての想いはいかがですか。

右近 今回のミュージカル『衛生』の音源をいただいて聴いてみると、やはり美しいとは言いがたい言葉の羅列がありました(笑)。だけど、すごくアップテンポだったり、メロディアスだったりする曲に、それらの言葉がのることによってかなり気分の高揚感はありましたし、とてもカッコよかったです。また言葉の威力というものを引っ張っていくのがミュージカルの魅力ですので、やはりミュージカル『衛生』においての歌の存在はめちゃくちゃ大きいと思います。ミュージカルにおける歌の意義についても今回はちょっと変わった角度から感じていただけるんじゃないでしょうか。

 

――大物の悪をカッコよく描くというのも、今回のテーマなんでしょうか。

福原 いや、大物でも小物でもいいんですけど、とにかく昔は悪者ってもっとカッコよかったなって思うんですよ。そういう、カッコよくて悪い人を描きたいんです。とはいえ、今回は平塚という小さな町の規模でのお話なので、そこをどんなに牛耳ろうが、小悪党は小悪党なんですよね。そんな小悪党に搾取される哀しみみたいなものをこっそり描くというか、お客さんには気づかれないようにはしたいんですけど、まあ、いたたまれない気持ちになる人はいるかもしれません(笑)。やっぱり、これはいつも思うんですけど、悪者にはデカい存在でいてほしいんですよ。

右近 うんうん、わかる気がします。

福原 自分も庶民として、どこかで負けているように思うんです。悪者が作るシステムにはどうしても敵わないから、せめてその相手が超がつくくらいの悪い人間であれば仕方ないなとあきらめられるけれど、しょうもないヤツに搾取されるとなると、自分はさらにその下ってことになってしまう。たとえば、甲子園の地方予選の一回戦で負けた相手には優勝してほしいじゃないですか。それだと、もしかしたら自分たちは準優勝だった可能性もあるなって幻想が持てるんで。自分を負かした相手にその直後の二回戦で負けられちゃうと、結構きついですよね。最近の世の中には、まるでそういう空気を感じるので。そういう意味では、甲子園まできっちり行ってくれる悪いヤツを描きたい、ということです。

 

――福原さんの作品には、いつも具体的な地名が出てきますよね。今回は、なぜ平塚を舞台にされたんですか。

福原 僕、実は伊勢原出身なんです。今回は初めて伊勢原の地名も劇中に出しているんですが、その伊勢原から見た平塚って、ちょっとガラが悪く見えるんですよね。

右近 そうなんですか。

福原 伊勢原は小田急線で、平塚はJR東海道線が通っていて。

 

――距離的にはすごく近いんだけれど、電車では遠回りしないと行けない土地ですね。

福原 そうなんですよ(笑)。これまでも、いろいろと具体的な地名を出してきました。昔、やっていたアルバイトの関係で全国のお客さんを相手にするにあたって、本当はよく知らない町のことも含めて日本各地のことを調べていた時期があったので、そのおかげで細かい街の情報に意外と詳しかったりするんです。

 

――そして今回、右近さんの父親役が古田さんですが、どんな印象をお持ちですか。

右近 僕が歌舞伎以外の舞台に興味を持ち、観させていただくようになって「本当にすごいな……!」って思った役者さんが古田新太さんだったんです。その先輩と舞台を共にできるということは夢のようにうれしいことですし、しかも親子という設定!でも親子とはいえ、過ごしてきた時代は違うし、環境と境遇も微妙に違っていく、その中で悪としては親父を越していく瞬間もあって。そんな中でも最終的には悪という絆によって、この親子が繋がっていることもまた面白いですよね。悪の種類の違いみたいなものも、僕も精一杯表現したいなと思っています。

 

――既に、お会いになられたんですか。

右近 スチール撮影の時に、初めてお会いしました。その時は、それほど深いお話が出来る時間はなかったんですけど。でももうやっぱり、大きさと奥行きがある方で……。

福原 ああ、でもあの時は午前中でしたよね。午前中の古田さんは、だいぶおとなしいので(笑)。

右近 僕はなにしろ初めましてですから、どの時間帯の古田さんが一番オーソドックスなのかは存じ上げないのでこれから把握していくことになると思うんですけど(笑)。第一印象では、やっぱり安心感がありました。

福原 古田さんって、なんか不思議な人ですよね。別に何もつくろいませんよ、というテイでいて徹底的に自分のことを隠しているようにも見えますし。ドアを開けっぱなしで、最初の部屋だけは見せてくれていて、奥の間は完全に隠しているようにも思える。だから今回は、果たしてどのくらい奥まで見せてもらえるのかなと、楽しみにしています。

 

――ご自分の書かれた台本を、演じる側の役者さんたちに期待することは。

福原 今回に限らずですが、全役者さんに対して台本を信用しないでほしいと思っています。僕自身も、稽古中は自分が書いた台本だと思わないようにしていますしね。「なんだ、この台本?何が書いてあるんだ、このシーン?」と言いながら演出するタイプなので。「ここ、どういうことですか、誰か説明できます?」って聞いちゃいますし。

 

――自分が書いたものなのに(笑)。

福原 稽古場でしか、芝居は面白くならないと思っているので。今回も、みんなでさんざんこねくりまわせればなと思っています。

 

――右近さんがこの台本を読んで改めて思った、福原作品の魅力とはどういうところでしたか。

右近 僕としてはやはり、表面的な話ですが美しいものに触れる機会が多かったので、逆に闇の部分、ブラックな部分を全面的にえぐり出しているような今回の脚本は、自分が関わらせてもらう舞台の脚本として初めて読ませていただくレベルですごく衝撃は受けました。でも、ハートはすごく感じられましたし、お客様に対して純粋に楽しんでほしいという想いが根本にあることも伝わりました。悪をエンタメとして描いているところもすごく面白かったです。あと、女性が演じるお役のセリフがすごいんですよ。こんな言葉を実際に言う女性がいたら相当理解に苦しむなと思いながら読んでいました(笑)。

福原 ふふふ。

右近 それを言わせる福原さんが、やはり面白いですよね(笑)。でも、こんな人いないだろ、とは思わないんです。実在感はあった上での、信じられないようなセリフなので。

 

――もしも女形として言うことになったら、面白い経験になりそうですか?

右近 めちゃめちゃ面白いんじゃないですか?(笑)僕が演じる大にも「へえ、そうとらえるんだ」と思えるセリフがあるんです。ひねって物事を考えるところは、ある意味アイデア力にも見えるし、それこそカッコいいし、ちょっと憧れてしまいます。絶対ダメだろって思いながらもね(笑)。いや、ホントに悪に対する自覚のなさが半端ない人間なんですよ。そんな悪者を演じられることは、今からとても楽しみです。

 

――その悪っぷりを、歌舞伎の演目や役でたとえるとしたら?

右近 歌舞伎では、あそこまで徹底した悪というお役どころは少ないんですよ。仕方なくそうなってしまったけれども実は理由があって、という人物のほうが多いので。でも、お役のテイストは全然違いますが『天下茶屋(敵討天下茶屋聚)』というお芝居に出てくる安達元右衛門は、歌舞伎の中では珍しく徹底した敵役といえますね。もともとの主人が敵討ちを果たそうと思っていた相手方の家に家来として入っていて、その手先となって元主人を惨殺するんです。それをまた格好つけてやるような小悪党なんですけどね。

 

――悪役を演じるにあたっての面白さについては、いかがですか。

右近 ヒール役を演じる楽しさを本当に味わえるのはこれからだと思いますが、ただ何よりも自分がヒール役に憧れていましたので、その存在に自分がなれるなんて、楽しみで、うれしいです。

 

――はじけるくらいに大胆に演じられたら、ファンの方は衝撃を受けるかもしれませんね。

右近 ビックリすると思いますね。どちらかというと優等生みたいな一面を応援してくれている方々もいらっしゃいますから、いい意味で裏切らせていただけたらうれしいです。

福原 うーん、でもきっと優等生なだけじゃないということはもうバレてるんじゃないかな(笑)。

右近 いえいえ、結構な大多数が優等生だと思っていると、私は認識していますよ(笑)。

 

――では、最後に改めて意気込みのメッセージをいただけますか。

福原 稽古場では役者さんにたくさん面白いことをしてもらって、自分は最初のお客さんとして一番楽しもうと思っています。でもそれを自分だけの楽しみで終わらせずに、劇場に来ていただいたお客さんにもいかに同じように楽しんでもらえるか、が考えどころ。これから精一杯、頭を悩ませたいなと思います。

右近 やはり、こういう時期にお芝居をさせていただくこと自体にも意味が付いてきてしまうかもしれませんが。それを忘れるくらい、思い切り楽しんでいただける時間を提供できるよう勤めたいと思っております。

 

尾上右近 ヘアメイク 晋一朗(IKEDAYA TOKYO)/スタイリスト 三島和也(Tatanca)
取材・文/田中里津子
写真/ローソンチケット