ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』観劇レポート

ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』が東京建物 Brillia HALLにて開幕した。
本作は福山庸治の「モーツァルトが実は女性だった!」という大胆な着想で描かれた同名コミックスを原作としたミュージカル。日本のオリジナルミュージカルを牽引してきた音楽座ミュージカルの代表作の一つで、1991年の初演以降、幾度となく再演されてきた人気作だ。初演から30年経つ本年、東宝製作により新たな『マドモアゼル・モーツァルト』が誕生。音楽座の名作で昨年上演された『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』に続き、小林香が演出を手掛ける。

心の赴くままにハープシコード(ピアノの前身となる鍵盤楽器)を奏で、音楽と戯れる少女・エリーザ。まだ女性が音楽家としての道が閉ざされていた時代、娘の稀有な音楽の才能に気付いた父・レオポルトは、この才能を開花させるべくエリーザを男として育て、「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」という天才作曲家へと導いていく。
かくして時代の寵児として宮廷でもてはやされるほどまで成長したモーツァルトだったが、性別を偽るがゆえに様々な騒動に直面し、周囲の人間の人生をも巻き込んでいってしまうことに――。
誰もが一度は耳にしたことのあるモーツァルトの美しいメロディー、そして現代の稀代のアーティスト・小室哲哉が本作のために作曲したナンバーを含む多彩な音楽に乗せ、物語はドラマティックに展開していく。

モーツァルト(エリーザ)を演じるのは、元宝塚歌劇団花組トップスターの明日海りお。男性として生きる女性を演じる姿は、男役とはまた違った軽やかさと美しさがあり目を奪われる。エネルギーがあり余っているかのような天真爛漫な少女時代のエリーザから、女性たちにモテモテで追いかけられる“青年”モーツァルトまで、一人の人物を幅広い表現で活き活きと演じる。



そんなモーツァルト(エリーザ)と出会い、ライバル視しながらも心惹かれていく宮廷作曲家・サリエリを演じる平方元基は、「自分は男性に恋をしているのか?それともモーツァルトは女性なのか……?」と戸惑い葛藤する姿が印象的。恋人であるカテリーナ(石田ニコル)とのシーンでは、色気のある大人の男の雰囲気も漂わせる。


モーツァルトの妻・コンスタンツェを演じる華優希は、本作が宝塚退団後初の舞台となる。女性とは知らずモーツァルト(エリーザ)と結婚することになったコンスタンツェの悲喜こもごもを、その持ち前の演技力で緩急しっかりと演じ切り、芯のある舞台人としての姿を発揮。包み込むようなあたたかな魅力が役柄ともマッチしており、かつて花組時代にトップとして組んだ明日海りおとも阿吽の呼吸で魅せる。モーツァルトの弟子・フランツ(鈴木勝吾)との恋模様では純真さが滲み、思わず応援したくなる女性像を好演している。



父・レオポルト(戸井勝海)の死をきっかけに、自分を創った持ち主はもういない、これからは女性としての自分を取り戻して生きていこうと、華やかなドレスと鬘を纏い、女性としての歓びを謳歌するエリーザ。男装から解き放たれた姿は輝きに満ち、ボリュームのある華美なドレスを着る明日海の姿も実に新鮮だ。

そんなエリーザの姿を見たサリエリは一目で虜となり、エリーザもまたサリエリに今までにない感情の芽生えを感じ……と書くと安易な展開が予想されそうだが、モーツァルト(エリーザ)とサリエリの関係の行方も、本作では注目したいポイントのひとつである。

全編に渡り登場人物の心情に寄り添うように舞台を彩る“精霊”たちの、美しい佇まいや多種多様な身体表現が作品の幻想的な世界観を支えており、こちらも本作の見どころになっている。

物語の終盤、古屋敬多演じるシカネーダー(劇場の支配人であり、マルチな才能の持ち主)が華々しく登場すると、劇場の空気はガラリと一変。劇中でいちばん“小室節”を感じるダンサブルなナンバー「NEW WAVE」に乗せ、「新しい時代のオペラを作ろう!」とモーツァルトを誘い、劇場全体をパワフルに席巻していく。古屋がキレのいいダンスで魅了すると、そこに融合するかのように一緒に踊り出す明日海モーツァルト。二人の放つグルーヴが、まさに音楽の新時代の到来を告げているかのような、新たな幕開けを感じさせる場面になっている。



命を削りながら作曲に向き合い、情熱の限り音楽家として人生をまっとうしていく――、明日海が演じるモーツァルトは、男性/女性という概念を超え、稀有な才能を授けられた人間だからこそ持つ歓びや苦しみ、壮絶さを色濃く体現し、その迫真の姿には胸を打たれずにはいられない。

作品全体を通して印象深く残ったのは、思いもよらない運命に翻弄され葛藤しながらも、互いを認め合い、相手の人生を尊重し二人にしか分かち合えない関係性を築いていくモーツァルトとコンスタンツェの姿だ。戦友のような二人のシスターフッドが眩く、それぞれが自分の人生に意味を見出していく姿に、きっと多くの勇気を貰えるはずだ。

 

取材・文・写真/古内かほ