2023年、PARCO劇場50周年の記念すべき年に、ハイバイ主宰の岩井秀人の最高傑作『おとこたち』がミュージカルとなって上演されることが決定した。2014年にハイバイの劇団公演として初演され、NHKのクローズアップ現代「男はつらいよ2014」でも取り上げられるなど話題を呼んだ本作。4人の「おとこたち」の22歳から85歳になるまでの人生に起こるさまざまな出来事、愛、不倫、老い、病、死、暴力など、現代のおとこたちなら誰にでも起こりそうな重たい問題を描いている。今回の公演では、ミュージシャン前野健太とタッグを組み、ユースケ・サンタマリア、藤井隆、吉原光夫、橋本さとしら豪華キャストが出演する。今回は、ユースケ・サンタマリアと作・演出の岩井秀人に公演への思いを聞いた。
――まず、岩井さんにお伺いしたいのですが、今回、「おとこたち」をミュージカル化しようと思われたきっかけは何かあったのでしょうか?
岩井 ストレートプレイでもミュージカルでも、きちんとドラマが描けていればそれは素晴らしい作品になると思うのですが、その感動や衝撃を受けた時の“マックス値”や“飛距離”みたいなものは、ミュージカルの方が圧倒的にある気がしていたので、「いつかミュージカルをやってみたい」と思っていました。ただ、自分は渋めの題材で渋めの台本で芝居をやり続けてきたので、そうしたきっかけが今まであまりなかったんです。それから、ミュージカルというと『ミス・サイゴン』だったり『レ・ミゼラブル』だったり、社会的なテーマが織り込まれていないと難しいのかなと思っていたこともあって、なかなか踏み出せないでいたのもありました。そんな時に、今回も出演してくれる吉原さんや櫻子ちゃんが出演していた『FUN HOMEファン・ホーム』というミュージカルを観て考えが変わりました。ミュージカルにする必然性は、話が小さければ小さいほどあると思ったんです。ミュージカルでは、心の中で起きた葛藤を歌で届けられるということを考えると、別に大きな歴史や社会的事象を描かなくても、1家族やカップルの中だけに起きたことでも広げられるんだと思い、それなら僕もミュージカルができるのではないかと。ただ、僕は慎重なので、安定した台本でやりたかった。それで、何回か再演をしていて、歌にしたら面白いというイメージがあった『おとこたち』を選びました。
ユースケ (岩井にとって)『FUN HOMEファン・ホーム』が大きいんだね。今回、二人とも出演者でいますからね。どれだけその舞台に引っ張られてるんだって(笑)
岩井 大きかったです。あとは歌の置かれ方。吉原さんと櫻子ちゃんは、いわゆるミュージカルの歌い方ももちろんできますが、セリフから段々と気持ちを伴って音楽になっていくという歌い方ができる。それが今回、出演してもらいたいと思った理由でもあります。
――ユースケさんは、本作のオファーを受けてどのように感じていますか?
ユースケ 岩井くんがミュージカルをやると。それで、『帝国劇場をぶっ潰す』と言うから。
岩井 言ってないでしょ(笑)
ユースケ そんなこと言うなよと思いましたけど。でも、僕に声をかけてくれたということは、彼の中では僕の何かを見て、やれると思うから呼んでくれたと思っています。以前に「その族の名は『家族』」という舞台を一緒にやったことがあるのですが、その時の彼の演出の仕方や、舞台に込める熱、物語の内容全てが好印象だったんです。僕、物事をすぐ忘れてしまうんですが、あの時のことはよく覚えているんですよ。なので、またあの感じが味わえるのかなと思うと楽しみです。それに、今回は出演者がすごく少ない。僕は少人数の作品はこれまであまりやっていないので、それもいいなと思いましたし、PARCO劇場も好きなので。タイミングがうまく合いました。
――岩井さんはユースケさんのどんなところに期待していますか?
ユースケ 熱意あるお手紙をいただきましたが、いまいちピンときてないので、僕も聞きたい。
岩井 例えば、テレビのバラエティ番組で面白いことを言っているときに、(ユースケは)テレビの視聴者だけでなく、スタジオにいる人たちにも同時に何かをやっている感じがするんです。それがすごく演劇的なことだと感じたんですよ。『空気を読む』というとあまりいい言葉ではないのかもしれませんが、そういう感覚です。すごいスピードでそれを感じ取って、バーっと出す。本人は、あまりロジカルに意識はしていないのかもしれませんが、そうした特殊な能力を持った人だと思ったので、「その族の名は『家族』」の時にオファーさせていただきました。
そうした思いがあったので、「その族の名は『家族』」の時は、前説をお願いしたんですよ。公演は、東日本大震災があった年で、まだ舞台を上演することにもナイーブな時期でした。その時に、ユースケさんは前説で言わなければいけないことはもちろん言ってくれた上で、『揺れが起きたらじっと座って係員の指示に従ってください。係員が声をかけたら6つのドアから出ていっていいですが、その6つのドアのうち3つは偽物です』と言ったんです。
ユースケ 不謹慎だったよね。
岩井 『自粛しろ』という空気がある、ものすごく繊細な時期に、地震をいじった人を初めて見ました。しかも、お客さんもちゃんと笑っていた。それを見て、本当にすごいと。
ユースケ 結局、みんな笑っちゃうんだよね。
岩井 そうなんでしょうね。それから、今回は山田という役を演じてもらうんですが、山田はすごく中途半端で、人生との距離が取れない人物です。大きな物語にも飲み込まれたりしないし、他の人の話をただ見て、それを語るしかできない、人生に対してすごく無力な役なんです。その役をやっていただきたいという思いがあったのと、ユースケさんの音楽との距離や世界との距離がすごく適切な気がしたので、今回、お願いしました。
――音楽を前野さんに依頼したのは、どんな思いからですか?
岩井 日本のオリジナルミュージカルってそれほど多くはないと思います。『世界は一人』でマエケンにお願いした時に、マエケンの歌は“日本”や“東京”がいい意味で染み付いていると思いました。どこか懐かしい感じがあるんですよ。それから、どんな歌詞でもすぐに音楽にしてしまえるすごい能力を持っているので、それもありました。
――今回はどんなところを意識して、前野さんと音楽を制作していきたいとお考えですか?
岩井 マエケンと一緒に、演者さんを一人ひとりスタジオに呼んで、マネージャーさんにも退席してもらって、僕とマエケンの3人で話をするんです。ある程度の下地となる音楽は作っておいて、こんな感じですとお渡しして、聴いて歌ってもらう。吉原さんや(橋本)さとしさんはミュージカル畑の方なので、こういう曲を聴いたらこんな旋律だという経験がものすごい量、蓄積されているので、すぐに自分でその中から選び取ることができます。なので、歌のメロディーがその人から生まれたものになる。稽古場でもメロディーはどんどん変わっていきますが、そうしている中でマエケンがこういう形だと固めていくという作業をしています。
ユースケ 今日は僕が呼び出されて、その帰りに取材を受けてるんですよ(笑)
――では、今日、ユースケさんの楽曲が形になってきたのですね。
岩井 実は、ユースケさんは極端に歌が少なくて、ラップパートなんです。ただ、ラップとはいっても、きれいにリズムに乗っているラップではなく、ミュージカルで話していたのがいつの間にか音楽になるというのと同じで、話しているうちにリズムをとっていくというような、すごく難しい音楽をやってもらおうと思っています。それこそが(ユースケが演じる)山田のポジションを表す音楽だと思います。他の登場人物たちは、大きな葛藤を抱えたり、大きな裏切りに遭ったりしているので、音楽になりやすいんです。ですが、山田の人生にはそうした大きなドラマは起きないから、漂うしかない。メロディーがないからどうしても言葉を並べているだけになってしまう。それを僕は今、“ラップ”と表現しましたが。
ユースケ 以前から(岩井は)『ラップ、ラップ』って言ってました。なので、どこか節々でラップパートが入るのかと思っていたら、僕のところはほぼラップでした。ラップはいいんだけど、歌わせてほしい。歌い上げるところはどこかないのかと。そうしたら1箇所だけありますって(笑)。僕は別にラップが得意なわけではないんですよ。やったこともないんですから(笑)。なので、新しいものを生み出すつもりでやろうと思います。
――そうした楽曲の歌詞はすでに出来上がっているんですか?
岩井 ある意味、歌詞もまだ決まってないんですよ。特にユースケさんの歌は。例えば、山田が『森田が不倫をしていました』ということを語る時、適切な言葉を選ぶことができるのは何年も前に僕が書いた台本ではなく、その場に立っているユースケさんだと僕は思うんです。もちろん、稽古で違うと思ったらそれは指摘しますが、その場の判断というレベルの話でいえば、ユースケさんが優先されるものだと考えています。それから、歌を歌う人の体感が優先。なので、それは皆さん、感じたように変えてくれています。
ユースケ そういって、前回(「その族の名は『家族』」)は歌がなかったのに、千穐楽までダメ出ししてましたからね(笑)。公演が終わるまで彼の演出は終わらないんです。今回は、それに加えて歌もあるわけだから、ますます終わらないんだろうなと思います。それこそ終わりのない稽古ですよ。でも、そういうものだと思います。岩井くんの舞台は、完成形を目指しているわけではない。その時、そのシチュエーションでのベストを感覚で探っていくものだと思うので。
――初日と千穐楽ではだいぶ違うものになっているかもしれませんね。
ユースケ よく『どの舞台も同じものはない』と言いますが、本当の意味で違うと思いますよ(笑)。全部の公演が。『ここでこんなに泣いてなかったよね?』とか、とてつもなく違う部分がちょこちょこあると思います。
――楽しみにしています! では最後に、この作品では、登場人物たちの人生が描かれていますが、ユースケさんにとって「人生の幸せ」とは?
ユースケ 僕も山田と似たようなものだと思います。僕は自己肯定感がものすごく低いですし、『自分なんか』と考えがちなので、山田にはすごくシンパシーを感じます。本当は、小さなことにも一つひとつ感動したり、幸せを感じられたらいいんだろうけど、意識していないとそこまで思えないですよね。自分は幸せなのか不幸なのかと考えることはありますが、それくらいかな。僕は今、50歳を過ぎましたが、この年齢になったらもっと達観していると思ってましたが、全然変わらないですね(笑)。30代前半くらいから全く変わってないし、自分はまだまだ子どもだなって思うし、きっとそう思ったまま天に召されるんだろうと思います。質問の答えになっているかわかりませんが(笑)。まあ、普段からあまり幸せが何かとか、自分が幸せだなとかあまり考えていないので…。もちろん、何かに幸せを感じることはあります。例えば、深夜2時くらいに撮影していて、『照明直すのをお待ちください』と言われて、寒い中、泥まみれで壁に寄りかかって待っている時に、『何やってるんだろう』と思いながらも『こんな仕事できる人はあまりいないよな』とか『特殊な仕事しているな』と思う。それは僕にとって幸せなのかもしれません。
取材・文:嶋田真己
ヘアメイク(ユースケ・サンタマリア):池田真希
スタイリスト(ユースケ・サンタマリア):藤本大輔(tas)
衣裳協力(ユースケ・サンタマリア):ATON(ATON AOYAMA/03-6427-6335)
ヘアメイク(岩井秀人):須賀元子
スタイリスト(岩井秀人):藤谷香子
衣裳協力(岩井秀人):Phablic×Kazui