ブロードウェイ・ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』来日公演が、7月5日から23日まで東京・東急シアターオーブにて上演される。
本作は、『ロミオとジュリエット』を下敷きに、レナード・バーンスタインが作曲、スティーブン・ソンドハイムが作詞を手掛け、1957年にブロードウェイで初演されて以来、世界中で上演が重ねられているミュージカルの金字塔。1961年の映画から60年の時を経て、2021年にスティーヴン・スピルバーグ監督が新たに映画化するなど、今なお幅広く愛されている。
ミュージカルでトニー役を、映画でトニーの吹替を担当し、今回の来日公演ではオフィシャルサポーターを務める宮野真守が出席した取材会の様子をお届けする。
実際に演じて、すべてが一体となったエンタメだと知った
――宮野さんは2019年には日本キャスト版『ウエスト・サイド・ストーリー』Season1にトニー役として出演し、2021年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ウエスト・サイド・ストーリー』でもトニー役で日本語の吹き替えを担当されました。実際に演じて感じるこの作品の魅力をお聞かせください。
「今や客観的な視点を持つのがある意味難しいのですが、『ウエスト・サイド・ストーリー』Season1の稽古に入るときに、海外スタッフも含めた演出陣がすごく丁寧に、作品の歴史や当時の情勢などを教えてくれるということから始めてくださいました。若い頃に映画で観たときは、1950年代に置き換えた『ロミオとジュリエット』のような悲劇という印象が強かったのですが、実はとんでもなくエネルギーに満ち溢れていた時代のお話だったんだということがわかって。この作品の時代は、“生きる”ということにも今とは違う難しさがあったんですよね。戦争があって、技術も医療もまだ発達していない中で、彼らは必死に生きていた。そんな彼らの“命の輝き”を感じました。自分を主張するのがすごく難しい時代なので、反抗するのも命がけです。それでも何者かになりたいっていうエネルギーがあった。そしてこの作品はミュージカルなので、そんな彼らの感情を音楽が物語ってくれるんです。歌にダンス、そして演出と、すべてが連動している。稽古の中で、その素晴らしさをどんどん知っていきました。もちろん、『ウエスト・サイド・ストーリー』が持つ伝統を守っていくのは非常に難しかったです。動きも音のタイミングに合わせたりとか、音楽の間に台詞を入れ込んでいくとか。激しいシーンでもそうですから。だけどだからこそ、すべてが一体となったエンタメなんだというのを知りました。その面白さを感じましたね」
――お好きなシーンやナンバーはありますか?
「序盤の『Something’s Coming』から『Tonight』までの流れは、トニーの心情がうねるようにつながっているのですごく印象的でした。『Something’s Coming』はジェットコースターみたいな感覚です。楽しみだけど怖い、この先どうなるかわからないけど乗らずにはいられない、みたいな、そういうドキドキ感とトニーの覚悟が音楽にあらわれている。そこからトニーは体育館でマリアを見つけるんですよね。ここは一番ポエティックでいてほしいと言われたシーンです。二人だけの空間に音がピーンと鳴って、言葉を交わして、一瞬で恋に落ちて、キスをしてしまうという。電撃的な恋の始まりです。それからトニーは心を奪われてしまって、うわごとのように「マリア、マリア」と言いながら歌い歩くという(『Maria』)。そうやって呪文のように名前を呼んでいたら、バルコニーの上にマリアが召喚されて(笑)。そのあとに歌う『Tonight』はとても美しい曲。初めてのデュエット曲だけど、エクスタシーも感じるような。そういう『Something’s Coming』から『Tonight』までの流れはとても秀逸だし、演じていて緊張感もありました」
――今回の来日公演の振付を手掛けるフリオ・モンへさんは、『ウエスト・サイド・ストーリー』Season1でも振付を手掛けていらっしゃいますが、なにか思い出はありますか?
「あります。劇場入りしたとき、特殊な劇場だったこともあって、みんながいろんなことに面食らったし、迷うことがたくさんあったんです。僕も悩んでいたら、フリオがお芝居を見て、『大丈夫だから、そのまま信じてがんばって』と言ってくれたんですよ。自分が今どういうふうに見えているのかっていう一番客観視できなかったところを、フリオが側に来て『大丈夫だよ』と言ってくれた。すごくうれしかったですね」
――フリオさんの振付はどうでしたか?
「フリオは、この作品が長く大事にしてきたものを“再現する“体現する”ってことをすごく大切にしていたように思います。そういう中で僕らも、“『ウエスト・サイド・ストーリー』をやる者として大事にしなければいけないこと”を教えてもらったと思います」
トニーの踏み出す勇気は、今を生きる私たちにも響くもの
――宮野さんが、今回の来日公演で楽しみにされているのはどんなことですか?
「まず『ウエスト・サイド・ストーリー』は僕にとって特別な作品なので、オフィシャルサポーターを務められることがすごく光栄で嬉しいです。そして今回の来日版は、スピルバーグ監督の映画を受けての演出になると聞いているのですが、僕はそのスピルバーグ監督の映画で(宮野はトニーの吹替を担当)、また衝撃を受けたんです。そこには、映画だからこそ描ける登場人物の姿もあったし、楽曲の使い方も舞台とは違っていた。それによって見えてくる景色があって、感じ方や受け取り方が変わることが非常に面白くて。作品の新たな発見がたくさんできたんですよ。当然、舞台にそれをそのまま持ってくるということではないと思いますが、そういう映画を受けての作品になるということなので、僕も非常に楽しみにしています。それと先日、ナビ番組をやらせていただいたときに、スピルバーグ監督が『2023年の今の私たちこそ観るべき作品だ』とおっしゃっていました。そういう思いが込められているのだと思うと、現代を生きる私たちにも大事なものを与えてくれるんじゃないかなと思っています」
――今を生きる宮野さんには、この作品のどんなところが心に刺さりますか?
「今ってみんなどこかで生きづらさを感じていると思うんですけど、それは、便利になったら解消されることではなかったんだなと思うんです。つまり、やっぱり自分の生き方は自分で見つけていかなきゃいけない。自分がどうにかしなければ変わらないということですよね。だからこの作品の冒頭でトニーが示す“踏み出す勇気”みたいなものは、今を生きる私たちにもフィットするんじゃないかなと思います。この作品の中ではそれによって悲劇が起きてしまいますが、最後にはみんながなにかを発見する。その発見が、(舞台を観る)みなさんにとってどういうものになるか、だと思っています。華やかで、音楽がすばらしくて、演出がすばらしくて、ダンスがかっこいいので、エンタメとして存分に楽しんでいただける作品です。だけどこの記事を読んでくださったみなさんには、こういった思いもどこかで感じてもらえると、『ウエスト・サイド・ストーリー』をより楽しめるんじゃないかなと思います」
取材・文:中川實穗