「いまの自分にできるアーニャを」ミュージカル『アナスタシア』葵わかな×木下晴香

2020年3月に日本初演されたミュージカル『アナスタシア』が再び上演される。
初演時は新型コロナウィルスの影響でほとんどの公演が中止になった本作について、引き続き主演のアーニャ役をWキャストで務める葵わかなと木下晴香に話を聞いた。

本作は、殺害されたはずのロシア帝国皇帝ニコライ2世の末娘・アナスタシア皇女が実は生きていたのではないか、という“アナスタシア伝説”をモチーフにした同名アニメ映画に着想を得て制作されたミュージカル。ブロードウェイ公演は2017年から2019年までのロングラン上演となり、今回は日本初演から引き続き本国のクリエイティブスタッフと日本公演キャストでの上演となる。

この3年間で変化したこと

――前回は惜しくもほとんどの公演が中止となりましたが、それから3年経ち、世の中の状況も大きく変わり、おふたりもさまざまな経験をして、再び『アナスタシア』をやることにどんな思いでいらっしゃいますか?

葵 純粋にうれしいです。前回は日本初演だったこともあり、すごく熱量の高い稽古場で。私たちキャストもそうですし、スタッフのみなさん、海外から来日してくださったみなさんも、すごいやる気だったんです。「なんとしてもこの日本初演、アジア初演を成功させよう!」っていうような。そうやってすごく燃えていたぶん、その熱を放出しきれないまま公演が終わってしまって、ある意味忘れられない作品になっています。それをこうして再び上演できることはすごく嬉しいし、この縁に恵まれて感謝です。3年経ち、自分自身が成長したことも、役に良い影響を与えられるのかなと思うので。21歳の自分が演じたアーニャと、25歳の自分が演じるアーニャを違う魅力で表現できたらいいなと思っています。

木下 再演が決まって、またアーニャとして舞台に立てるんだということが本当にうれしかったです。初演は当時、精一杯取り組んだことは確かですが、同時に自分の足りない部分がたくさん見えて、実力的に悔しい思いもすごくありました。だから今回はイチから、今の自分の感覚をしっかり通して、向き合ってつくっていきたいなと思います。

――この3年の間にご自身の中でどんなところが変わったと思いますか?

木下 どこが境目かはハッキリしていないのですが、前回の『アナスタシア』くらいの頃までは、“自分じゃない誰か”になることで自信を持って舞台に立てる、みたいな感覚が強くありました。舞台メイクとか、衣裳とかも含めてだんだん違う自分になっていって、役として立つから人前でも怖くない、みたいなところがすごくあったんですけど。この3年で、やっぱり演じるのって自分でしかないから、その“自分”を見せることがだんだん怖くなくなってきているように思います。それをしないと、わかなちゃんみたいないい芝居ができないなって思うし。

葵 いやいや!

木下 ううん、本当に。「感情はお腹から」と言ったりしますが、そういう感覚になれるというか。そういうふうに少しずつ変わっていってるのかなと思っています。

葵 私は俳優としては、作品を経験して、いろいろな役柄に挑戦させていただくことで、引き出しが増えていてほしいという自分の願望はありますし、前よりはそうなっているのではと思っています。人間的な変化は、ポジティブになったと思います。コロナ禍も影響しているかもしれないですが、「その時そのタイミングではどうにもならないこと」があったとき、20代前半は、そういうことに対して躍起になっていた気がするんです。でも、「一旦横に置いておいても、時間が経ってまた挑戦できることもある」と思うようになりました。人生は繋がっていて、今できないことが一生できないことなわけじゃない。ちょっとだけ自分の人生を長く捉えることができるようになったし、それによって肩の力が抜けた感じがします。自分自身が柔軟になってきたような気がしていますし、役への没入感も以前よりも高まっていると思います。今はすごくいい時間を過ごしているのかなと思います。

傷も痛みも分け合った仲間

――メインキャストは前回とほとんど同じメンバーが揃いましたが、前回の印象ではどんなカンパニーでしたか?

葵 仲良しだと思います。

木下 コロナ禍もリモート飲みしたくらい。

葵 そうだったね!

木下 傷も痛みも分け合った仲間、という感覚は強いかもしれないです。みなさんやさしくて、いつも寄り添ってくださる方ばかりなんですよ。

葵 リトルアナスタシアをのぞくと私たちが最年少だったので(※葵と木下は同学年)、主人公ですが、みなさんに頼っていました。私たちはなりふりかまわず自分のことに専念できるくらい、助けていただきました。素敵なチームです。

――アーニャと一緒に過ごす時間が長いのはディミトリとヴラドですが、ディミトリは海宝直人さん、相葉裕樹さん、内海啓貴さん、ヴラドは大澄賢也さん、石川禅さんが続投されます。

 トリプルキャスト、Wキャストの方々がつくりあげるキャラクターがぜんっぜん違っていて。同じ役なのに、同じ台詞なのに、こんなに受け止め方や発し方が違うものなんだなと思いました。(人が変われば)べつものになる感じがおもしろかったです。

木下 組み合わせの違いを、演じる私たちも楽しんでいましたね。

――たしかに。観る側もですが、演じる側としての新鮮さも生まれますね。

葵 それゆえに油断できない感じもありました。例えば海宝さんとばっちさん(相葉裕樹)のテンポ感は違いますし。

木下 お芝居の相手が3~4回連続でばっちさんが続いて、その次が内海くんだったんですよ。そしたら「全然こっち見てくれないからびっくりした!」って言われたりしました。

葵 それぞれの空気ができるもんね。人によって全然違う空気になるから、それってすごくドキドキする。

木下 ね。ちゃんと目の前の瞬間を生きていけます。

――そしてアナスタシアにとって大切な存在であるマリア皇太后を演じるのは、引き続き麻実れいさんです。前回、共演していかがでしたか?

葵 マリア皇太后とのシーンはラストくらいなんですけど、「もっとやりたかったな」と思う時間でした。アーニャが「人生を取り戻したい」と思って走り続けた先にいらっしゃるマリア皇太后、というのはすごい存在感ですし、麻実さんが纏っていらっしゃる雰囲気、みなさんご存知だと思いますが、言葉では表せないあの麻実さんの存在はすごく大きかったです。とてもやさしい方なので、アーニャもですが、この作品も麻実さんに支えられていた部分がたくさんありました。今回またご一緒できるので、あのとき過ごしきれなかった時間もぜひたくさん過ごしたいなと思います。また一緒にできるのが本当にうれしいです。

木下 初めて麻実さんにお会いしたとき、「マリア皇太后だ」と思ったんです。その説得力というか、麻実さんの存在感に圧倒されましたし、佇まいに感動して。今回もしっかりとぶつかって、最後のシーンに向き合っていきたいです。改めて、一度中止になってしまった作品が、こんなに同じキャストが集って再演できることは少ないですし。この機会をしあわせに思います。

――海外クリエイターのみなさんとのものづくりはいかがでしたか?

 すごく丁寧に向き合ってくださったなと思います。

木下 そうだよね。前回、Wキャスト、トリプルキャストが初めてだとおっしゃっていて、どうしても一人あたりの稽古時間が短くなっちゃう中でも、一人ひとりに丁寧に向き合ってくださいました。稽古は毎回読み合わせから入って、「どう感じる?」からつくっていってたんですよ。

――お芝居ではどんなことが印象的でしたか?

葵 日本との感覚の違いみたいなものはひしひしと感じました。キャラクターの行動に不思議に思うことがあったりするんですけど、それは日本人だから不思議に感じるのだということを知れたのはおもしろかったです。

――そういうときは現地のほうに合わせるんですか?

 そうですね。この作品はブロードウェイで上演されたものから動きを変えたりできなかったので。

木下 だから、その動機づけを私たちががんばる、みたいな感じでした。

 それは私たちの闘いだったね。(と、ガッツポーズ)

木下 うん。(ガッツポーズで応える)

好きだったシーンは?

――作品の中で、おふたりが好きだったシーンはありますか?

葵 「Learn To Do It(やればできるさ)」です。

木下 一緒だ!ディミトリとヴラドが、アーニャにアナスタシアの歴史を教え込んで、プリンセスに仕立て上げようみたいな歌なんですけど、3人でいろんなことをするんですよ。3人のハモリもありますし。

 歌の中で時間経過もあって、曲の最初と最後で3人が変わっているんです。

木下 アーニャもだんだん乗り気になるし、3人の仲も深まる、みたいな。

 動きもかわいいし、やっていて楽しかったし、お客さんにも楽しんでもらえるかなと思います。

木下 あ、でもひとつ最後のほうに早口の台詞があって、そこだけちょっと心配だった(笑)。

葵 ああ!(笑)

木下 それまで出てきたすべての単語をバババッと並べて、「できた!」って終わるんです。

葵 そもそもナンバーも激しめで、走るわ、踊るわ、飛び跳ねるわ、みたいな感じで、そのとどめで台詞を一気に言うから。しかもリアルに早口で言わないと(曲に)入らないんです。

木下 そうそう!

葵 でも楽しいよね。できると達成感あるし。

木下 もうひとつ挙げるとすれば、一幕ラストの楽曲「Journey To The Past (過去への旅)」です。アーニャとしてこの曲を歌いきって一幕が終わるのは、プレッシャーでもありますが、やっぱりすごくやり甲斐を感じました。

 うん、そうだね。

――改めてこの作品は、アナスタシアという人物が魅力的であるからこそ成立する作品だと思います。そんな役どころにもう一度挑まれるおふたりの、作品への意気込みを最後にお聞かせください。

葵 まず作品がすごく素敵で、自分が子供の頃に憧れていたようなおとぎ話でもありますし、今の自分が共感できる一人の女性のサクセスストーリーでもある。しかもそれを自分の手で切り拓いていく、すごく力強いヒロインだなと思うんですけど。そんなアーニャだからこそ、観る方の一番近くに寄り添えるキャラクターかもしれないし、憧れてもらえるような、背中を押せるようなキャラクターかもしれないし。いろんな可能性もいろんな魅力もあるキャラクターだと思います。3年が経ってまたこの役を演じるというのは、きっとなにか巡り巡ったものがあってのことかなとも思うので、今の自分にできる誠実な向き合い方をして、前回よりも素敵なアーニャにしたいなと思います。

木下 マリア皇太后さまの好きな台詞で「まずは自分で自分を認めない限り、何者にもなれませんよ」というものがあって、コロナ禍で、「私に何ができるんだろう」「私ってなんだろう」みたいなことを考えた日々にその台詞が改めてすごく響きました。アーニャが「自分は何者なんだろう」と思って、彼女が人間としての生き方を取り戻していく姿は、観てくださる方にも通じるものを感じてもらえるのかなと思います。彼女ががむしゃらにもがいている姿をしっかりと全力で生きて、お芝居もしっかりパワーアップした姿でこの作品をお届けできるように精一杯がんばりたいです。

取材・文:中川實穗