ミュージカル『生きる』公開舞台稽古&囲み取材レポート

TBS赤坂ACTシアターで上演中のミュージカル『生きる』の最終舞台稽古が10月7日に行われ、報道陣に公開された。
本作は、没後20年を迎えた黒澤明監督の映画「生きる」をミュージカル化したもの。黒澤映画のミュージカル化は世界初となり、演出を担うのは宮本亜門。日本ミュージカル界を牽引してきた市村正親と鹿賀丈史が主人公の渡辺勘治をダブルキャストで演じている。最終舞台稽古は鹿賀の出演で行われた。

 

物語の舞台は戦後間もない日本。定年間近の公務員・渡辺勘治は、無遅刻無欠席でいわゆる“お役所仕事”を黙々と続けてきた男。取り立てて特徴の無い、どこにでもいるような普通の日本人だ。しかし、胃がんに侵されていることを知り、残された命をどのように生きるかを考えるようになる。

自らの命が残り少ないことを知り、仕事を休んで普段は足を踏み入れることのなかった居酒屋で酒をあおる渡辺。大金を下ろしてみるものの、娯楽を知らない渡辺は使い道も思い浮かばなかった。

そこで、居酒屋で出会った小説家の男に金を託し、人生の楽しみを教わろうとする。突飛な申し出だが、渡辺の境遇に興味を持った小説家は、彼を華やかな夜の街へと連れ出していく。

盛り場をハシゴするシーンでは、ダイナミックなダンスと色鮮やかな衣装でまるでレヴューのように魅せる。この場面を牛耳るのは、小説家を演じる新納慎也だ。やや軽薄でユニークな男のキャラクターを見事に演じ、目まぐるしく移ろう繁華街を我が物顔で案内する姿は見ごたえがあった。

これまでの人生への後悔と生きることへの渇望を、確かな歌唱力で切々と歌い上げ、観客を魅了していく鹿賀。絶望の中から希望を見つけていく姿は涙を誘う。特に、1幕のクライマックスとなる「二度目の誕生日」は必聴だ。

そして、渡辺が男手ひとつで育てた一人息子・光男を演じているのは、今回ミュージカル初挑戦となる市原隼人。病を隠す父とうまくコミュニケーションが取れず、苦悩する思いを力強く歌い上げるのだが、そのまっすぐな歌声にきっと驚かされるだろう。光男の妻・一枝には、こちらもミュージカル初出演となる歌手のMay’n。戦後の希望に満ちた若妻を好演。そして、ヒロインの小田切とよを演じるのは、唯月ふうか。唯月は「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役など、ミュージカル界が注目する実力派女優。豊かな表現力で、生きる喜びと楽しさをはつらつと歌い上げ、渡辺に大きな影響を与えていく。歌に次ぐ歌で物語は展開していき、ブロードウェイスタイルでありながら、どこか昭和のなつかしさがこみあげてくる良曲ばかり。作曲・編曲を手掛けたのはブロードウェイ・ミュージカル「ビューティフル」でグラミー賞を受賞したジェイソン・ハウランド。この日は自らタクトを握っていたという。

そして、黒澤明の「生きる」を映画で知っている人ならば、この作品がこれほどエンターテイメント性に富んだミュージカルに仕上がっていることに驚くはずだ。どこにでもいるような男の悲哀を表現しつつ、コミカルさやユーモアなど、エンターテインメントとしての楽しさをしっかりと詰め込まれており、やはり宮本亜門の手腕に感服するしかない。

渡辺が僅かな時間の中で生きる目的を見つけ、やがて“その時”を迎えるまでの道程を描く2幕。映画でも印象的なシーンとなっている雪の中で渡辺がブランコに座るラストシーンは、自然と目頭を熱くさせられる。その感動を、ぜひ会場で味わっていただきたい。

なお、市村正親主演回では、小説家を小西遼生、小田切とよをMay’n、一枝を唯月ふうかが演じる。こちらもどのような仕上がりか期待したい。舞台稽古終了後、キャストによる囲み取材が行われた。

宮本亜門は、黒澤映画のミュージカル化に大きなプレッシャーを感じていたというが、「黒澤さんも天国で『おっ?』と喜んでくれていると思う。映画を超えられた部分もあるはず。全部とは言いません(笑)」と仕上がりに自信をのぞかせる。

鹿賀は「非常に素晴らしい作品になりました。事件や震災、台風などがあり、生きることについて考えている方も多いと思います。舞台をご覧になって、ぜひ生きる力を持ち帰っていただきたい」と願いを込めた。

市村は「以下同文です(笑)。この後プレビュー公演を僕はやるので、エネルギーを使いたくない」と報道陣の笑いを誘った後、「みんなの力が結集して、映画に負けないミュージカルが出来上がったという感じ。昨日、僕も舞台稽古をやりまして、客席でお客さんがたまらなくなって…というお話も聞いている。うまくいっているんだと思います」と手ごたえを感じていた。

ミュージカル初挑戦の市原は「初挑戦がこのカンパニーで本当に良かった。あとはお客さんのためにしっかりと作り上げたい。市村さん、鹿賀さんのたたずまいだけで僕は刺激を受けていますし、どこから芝居でどこからそうでないのかわからないくらい。すごく助けられています。歌も、気持ちを込めて歌っていきます」と謙虚にコメントした。

そんな市原の姿に、市村は「僕と同じタイプ。気持ちで芝居して、気持ちで歌っている。やっぱり親子ですね」と役柄に重ねて語った。鹿賀は「いつも声を出していて、どこにいるかわかる(笑)。本当に熱心でストレートな方ですね」と印象を話し、市原は「うるさくしてすみません」と照れていた。

また、市村と鹿賀にダブルキャストなのでお互いの演技をどのように見ているのかを報道陣から尋ねられ、鹿賀は「実は一度も観ていない。自分が作ったものを大事にしたくてね。観ちゃうと影響をけるわけじゃないけど…僕なりの、いっちゃん(市村)なりの渡辺勘治ができれば」と答えたが、市村は「僕はしょっちゅう見てる。あそこはいいな、ここはこんな風に見えてるんだな、とおいしいところをいっぱい盗ませてもらいました(笑)」と正反対なコメントを残し、笑いを誘った。

 

取材・文/宮崎新之
撮影/引地信彦