ミュージカル『ワイルド・グレイ』根本宗子(演出・上演台本)インタビュー

韓国発のミュージカル『ワイルド・グレイ』が、2025 年1月から2月にかけて根本宗子の演出・上演台本で上演される。

『ワイルド・グレイ』は、イ・ジヒョンが脚本、イ・ボムジェが音楽を手がけ、韓国で2021年に初演、2023年に再演されたミュージカル作品。19世紀末のイギリス・ロンドンを舞台に、オスカー・ワイルド、ロバート・ロス、アルフレッド・ダグラスという実在した3人の物語が描かれる。

日本初演となる本作のキャストは【福士誠治×立石俊樹×後藤大】【平間壮一×廣瀬友祐×福山康平】の2チームとなる。

ミュージカル作品を手がけるのはこれが初となる、演出・上演台本の根本宗子に話を聞いた。

自分が書いたものと同じくらい熱量が出せそうな脚本だった

――根本さんはいつ頃からミュージカルをやりたいと思うようになられたのですか?

「6、7年前です。もともと自分は会話劇を書く作家だと思っていたので、ミュージカルを観るのは好きでしたがやるとは全く思っていなくて。でもそこから音楽のアーティストの方との出会いがあったり、ミュージカルにも出られている役者さんが公演を観に来てくれるようになったり、『ミュージカルをやってみてもおもしろいんじゃないか』という話をしていただくようになって。じゃあ自分にもできるかもしれないという気持ちを持ってミュージカルを観にロンドンへ通うようになり、やってみたいな思うようになりました」

――根本さんはオリジナルの作品をつくってこられましたが、ミュージカルもオリジナルでつくりたいと考えましたか?

「日本でオリジナルミュージカルは少ないので、とにかくオリジナルミュージカルを作りたいとここ5年くらいはずっと声にして音楽劇を積極的につくるようにしていました。チャラン・ポ・ランタンや清竜人さんと音楽劇をつくる時にも『この作品がいつかつくるグランドミュージカルの足がかりとなればいいね』と想像しながらつくってきました。そしたらそれに気付いたプロデューサーの方々が、『グランドミュージカルをつくりたいんだったら、ミュージカルの演出経験があったほうが絶対にいい。やってみないか』と何本かお話をくださいました。だけど20代の頃は自分の新作にこだわっていたので、演出だけをするということに抵抗があって」

――どういうことに抵抗があったのでしょうか?

「まず、レプリカミュージカルも素晴らしいものがたくさんあるけれど、自分が担当する意味みたいなものがつかめなくて。あとは、これは多分自分の作品をそう思っているからなんですけど、作品は生み出した人のものだから、そこに自分がどこまで手を加えていいのかというところに一番引っかかっていました。そのうえ海外の作品となると、言語も違うし作家の方と気軽に話せないのでどうなんだろうなと思っていましたし、そう思っている時点ではやらないほうがいいだろうと思っていました」

――その中でどうして『ワイルド・グレイ』をやろうと思われたのですか?

「『宝飾時計』(’23年)でご一緒したホリプロさんから、『ワイルド・グレイ』だったらどうですか?というお話をいただきました。このミュージカルは楽器の編成が特殊(ピアノ、チェロ、バイオリン)なんですけど、今作でお願いしているピアノの大谷愛さんとバイオリンの磯部舞子さんは音楽劇にも携わってくれているお二人で、楽曲を聴いた時に二人にお願いしたらすごくいいだろうなと思いました。そしてチェロの吉良都さんも『宝飾時計』でのいい出会いだったので、この楽器の編成はとてもいいと思いました。あと脚本が純粋におもしろかったです。ストレートプレイでやってもおもしろいだろうなという骨太な脚本で、そこに素晴らしい楽曲がついていて、さらに(オスカー・ワイルドという)劇作家の話だったということもあり、人が書いたものなんだけれども自分が書いたものと同じくらい情熱を注げそうだなと感じたので、やろうと思いました」

舞台「宝飾時計」(2023)

――男性だけのお芝居というのも珍しいですね。

「男性キャストのみの話は初めてです。今までいただいてきたお話は必ず女性が主人公のミュージカルでした。だから『これがいいと思います』って企画書をいただいた時はすごく新鮮でした。なんでですかって尋ねたら、『脚本が面白いのと、根本さんがどう演出するか未知数なわくわくがある』と。台本を読んで、資料を読み込む中でなるほどという感じでした」

人が演じることを前提として書かれている

――お稽古はまだの段階ですが、企画が動き出してどうですか?

「今回は日本の上演台本として、日本で伝わりやすいように少しだけ手を加えているんですけど、曲の部分、言語を変えて音符にはめるのが本当に難しいです。例えば『私』とか『僕』は韓国語では1文字だったりするんですが、日本語にするとそうはいきません。きちんと作家さんの意図を汲んだうえで、それを音符にどうはめていくのか。訳詞の保科由里子さんはかなり大変だと思うのですが土台をつくっていただいて、私と音楽監督の竹内聡さんも一緒にみんなでどうするのがいいのか考えています。労力で比べるのはおかしいですけど、自分のオリジナルのほうが全然スムーズだと思うくらい大変で時間のかかる作業で日々楽しいです」

――脚本についてはどう思われていますか?

「すごく役者を信じて書かれている感じがいいなと思います。脚本で持っていこうというより、人が演じることを前提として書かれている。役者の味がそれぞれ出せるような脚本なので、2チームある意味も出るんじゃないかなと思います。俳優側もかなりやり甲斐のある本だと思います。たった3人で、曲数も18曲あって、ミュージカルのわりに台詞もがっつりあるし」

――物語の中身にはどんなおもしろさを感じていらっしゃいますか?

「観方によって誰が正義だったかみたいなことがけっこう変わるというか。3人それぞれにちゃんと言い分が描かれているので、そこは俳優さんもやり甲斐があるだろうなと思いますし、観るほうも3人のやりとりは見応えがあると思います。私は最初に読んだ時、ロスという役があまりにも悲しく胸が痛かった。そこで描かれる“愛情があればいいわけじゃない”とか“情熱があれば叶うわけじゃない”みたいなことは自分の作品とも共通しているんですけど、私の場合は、それを超える思いのパワーがなんかよくわからないことを起こす、みたいな方にいきがちなんですよ。でもこの脚本はそういう“演劇の熱量でできる魔法”みたいなものに頼らない。そこで孤独を突き付けられるところは自分が書いてきたものと決定的に違います。でもほんとに、ロスのこのあとが幸せだったらいいなと私は思いながら(笑)、読んでいました」

――劇中にはオスカー・ワイルドが実際に書いた『ドリアン・グレイの肖像』と『サロメ』も出てきますね。

「この2冊を読んで観たほうが絶対おもしろいよってことは言っていくつもりですが、とはいえ『ワイルド・グレイ』を観た後に読もうと思う人のほうが多いんじゃないかと思います」

――きっとそうですよね。韓国ではよく読まれている作品なのですか?

「韓国はこの作品が上演される前に別のカンパニーが『ドリアン・グレイの肖像』のミュージカルを上演して、それがヒットしたそうです。だからミュージカルファンの方はそれを観たうえで『ワイルド・グレイ』を観た方も多かったんじゃないかと思います。だからそこは(同じ下地がないぶん)丁寧につくっていきたいです。もちろん全部が全部わかりやすくすればいいわけでもないので、その匙加減は俳優さん6人がどうこの本を読んでどう感じたのかも聞きつつ、つくりたいです」

――ちなみに登場人物は3人とも実在の人物ですが、史実も反映されているのでしょうか?

「作家のイ・ジヒョンさんとリモートでお話させていただいた時に、史実を調べて各人物の置かれた立場を踏まえて気持ちを想像して書いたとおっしゃっていました。だからそこは大切に引き継がないといけないなと思っています」

今回は全員が未知数

――出演者は全員初めましてだそうですね。

「そうなんです。全員が全員はじめましてっていう座組はいつぶりなんだろう……1回もないかも。全員オーディションの作品でも知ってる俳優さんが来てくれたし。全員初っていうのは演劇では初めてだと思います」

――顔ぶれを見ただけでも、チームによって全然違うだろうなという感じがする6人です。

「この作品は誰が主人公というより“3人の群像劇”という感じなんですけど、ワイルドとロスの印象が各チームでだいぶ違うんじゃないかと思っています。もちろんダグラスも違うんですけど、ダグラスは台本的にやらなきゃいけないことが一番明確に書かれているので、ある程度の道筋は同じでそれぞれのオリジナリティが乗る感じになるんじゃないかと思うんです。だけどワイルドとロスは、演じる役者さんでだいぶ関係性も印象が違うんじゃないかなと思いますね」

――演出は日本版として新たにつくられるそうですね。

「脚本は韓国のチームとやりとりをしているんですけど、演出面に関してはこちらに委ねていただけています。舞台美術や衣裳も新たにつくるので、イチから考えて演出して、役者さんとつくるというところは普段と変わらないと思います。今作を韓国のチームが見た時に、『こういう演出もありだね』とか『この作品にこういう可能性があったね』と思ってもらえれたらいいですよね。自分が逆の立場だったら、全く違う感じでやっているもののほうが観てみたいなと作家としても演出家としても思うので。もちろん(悪い意味で)全然違うというふうにならないようにはしつつも、ちょっとチャレンジングなこともしてみてもいいんじゃないかなというのは、ジヒョンさんとお話しても思いました。そこは楽しめると思っています」

――新国立劇場の小劇場ってどんなふうにでもつくれそうですよね。

「いろんな芝居を観てきた劇場でもあるんですけど、やるのは初めてなんですよ」

――この作品をどんなふうに根本さんが演出されるのか、それぞれのチームがどういう雰囲気を醸し出すのか想像がつかなくて楽しみです。

「今回はけっこう全員が未知数だと思います。普段はなんとなくタイトルとか出演者とかで想像してもらえるところがあるんですけど。うちのファンクラブイベントでも、お客さんが1ミリも掴めてない感じがしました(笑)。とりあえずチケットは取ったけど、なにが観れるのか全く分からない。そんなことに挑戦できるのがとっても嬉しく、今はとにかくオスカー・ワイルドの作品ばかり読む日々です」

取材・文:中川實穗