2025年3月、アルフレッド・テスニン原作の物語詩『イノック・アーデン』が、東京・新国立劇場 小劇場にて上演されることが決まった。
イギリスの桂冠詩人(英国ロイヤルが与える最高の称号)としてワーズワースやトライデンなどと並び称されるアルフレッド・テニスンが1864年に書いた物語詩『イノック・アーデン』。本作は、ひたすら愛する人を待ち続けた妻と、その期待に応えるべく努力を重ねた男、そして夫を待つ女性を深く愛しているが故に友情と愛情の狭間で揺れ動く幼なじみの男。3人の登場人物が描く、不変かつ普遍である「愛」をテーマにした哀しくもロマンチックな物語だ。
この作品を夏目漱石は「ここに人間がある。活きた人間がある。感覚のある情緒のある人間がある」と絶賛。リヒャルト・シュトラウスはこの詩の音楽的韻律美にインスパイアされ、作曲。今回はそのリヒャルト・シュトラウスの紡いだオリジナル楽曲に、シュトラウスの別楽曲を加え、俳優、バレエダンサー、ピアニストで織りなす珠玉の舞台を上演する。
本作を演出・振付するのは、英国ロイヤルバレエ出身でオリヴィエ賞受賞のウィル・タケット。バレエからオペラ、演劇と様々なジャンルの演出を手がける彼は日本国内での演出・振付作品も多く、渡辺謙主演の『ピサロ』や寛一郎主演の『カスパー』、アダム・クーパー主演の『兵士の物語』、そして天海祐希主演の『レイディマクベス』など話題作を次々と手掛けている。
そして出演は、テノールの美声を活かして数多くのミュージカルに出演している田代万里生。国民的ドラマ『北の国から』をはじめとした、多くの映画・ドラマ・舞台作品に出演している中嶋朋子。そして東京バレエ団から 秋山瑛、生方隆之介、南江祐生の3名のダンサーと、ピアニストの櫻澤弘子が久々に日本で舞台に立つ。シュトラウスの美しい音楽とテニスンの豊かな言葉を忠実に再現しながら、俳優がイノック・アーデンの人生を語り、バレエダンサーが3人の登場人物を身体的に表現。そしてアンダースコア(言葉の背景に流れる音楽)をバレエのために追加し、ジャンルの垣根を縦横無尽に飛び越えた、作品に新たな息吹を与える創作に挑戦する。
この上演決定に際し、演出・振付を手掛けるウィル・タケットと、本作に出演する田代万里生と中嶋朋子と東京バレエ団のメンバーからコメントが届いた。
ウィル・タケット(演祝・振付) コメント
この作品はシュトラウスの音楽とテニスンの詩を合わせた作品です。
今回の上演に際しては別のシュトラウスの楽曲をいくつかアンダースコアとして追加しています。
このようなスタイルの作品をつくることはもともと好きですし、「物語」を語る方法としてとても好きです。なぜなら、それはダンスが好きなバレエファンだけの為でも、演劇好きな人たちだけの為でも、音楽好きな人たちだけの為でもないからです。そのような人たちすべてにとっての何かがあり、さまざまな力が合わさって、とても興味深い異なったハイブリッドな作品になっていると思います。この作品のテーマが何であるか、一言で説明することはできないと思いますが、この作品には3人の主人公がいて、このトライアングルには3つのテーマがあると思います。それは愛についてであり、また忠誠心についてであり、さらにそこには互いに対する責任(義務)、誰かの子供に対する責任、神に対する責任……、それらすべてに対する責任(義務)もあると思います。
そのトライアングルは、時には愛が損なわれると義務や忠誠心が引きずられ、また愛が戻ってくると、義務は存在しなくなり、しかし忠誠心に引きずられたり・・・。この絶え間ない緊張と三角関係(愛、忠誠心、義務)が密接に関わり、繋がっています。しかし、実はそれぞれが非常に異なってもいます。このテーマは時代を越え、私たちの人生で常に与えられているタイムレスなテーマであると思っています。
田代万里生 コメント
これは、イノック・アーデンという男の『愛の物語』です。
今回の翻訳・原田宗典さんによる一般発売中の書籍『イノック・アーデン』を手に取ってみたところ、あまりに共感する物語と登場人物たち。そして美しい日本語による詩的な世界観に、すぐに夢中になって最後まで一気に読んでしまいました。
尊敬する中嶋朋子さんとの再共演、そして個人的には初めて本格的に向き合う、東京バレエ団とのコラボレーションや、櫻澤弘子さんのピアノの調べによるリヒャルト・シュトラウスの音楽。そして、ウィル・タケットさんの演出、アンディ、マッセイさんの音楽監修・編曲・追加曲作曲、ニナ・ダンさんの美術・映像など、グローバルなクリエイター陣との出会いも楽しみにしております。
さらに、新国立劇場 小劇場のステージに立つのも初めて。
様々な化学反応で一体どんな作品に仕上がるのか、どんな自分と出会えるのか、とても楽しみにしております。劇場でお待ちしております。
中嶋朋子 コメント
「言葉」が言葉を超え、
情感が言葉と成り得るか――。
朗読というコンテンツには、魔物がいます。
立ち向かうべき大きな二つの魔物は、物語を「すべて語り尽くしたい」という演者の欲求と、物語は「すでに書き留められている」という観る側の受動性に潜んでいます。
「言葉」を介して物語を享受する――というクリエイションは、無尽蔵に存在する、私たちの「想像力」その源に、作り手、観客の双方が、自在に身を解き放つ必要があるからです。
語られるべき、受けとめられるべき「言葉」が、想像という大いなる海を内包し、劇場という空間に満ちた時、「物語」は、物語られるものから、私たち自身の命を紡ぐものへと姿をかえるのです。
本公演は、作り手、観客双方にとって、そんな、大いなる想像の海に漕ぎだす、またとない機会であるに違いないのです。
秋山瑛 コメント
バレエはふだん言葉を使わない舞台芸術なのですが、『言葉が旋律に、音と身体が言葉となり語る一つの世界を紡ぐ舞台』という新たなクリエーションに挑戦できることが楽しみです。
ウィル・タケットさんの演出によって創り出されるイノック・アーデンの物語の中で生きられることを今から心待ちにしています。
生方隆之介 コメント
学生の頃からお名前を知っている、ウィル・タケットさんの演出・振付を受けられることに、とても驚きを感じています。
またこのような機会を頂いてとても感謝しています。
物語の内容を読んで、フィリップという役が自分の感情や性格に似ているような気がしました。また作品の内容も家庭や友情、愛や孤独についてとても考えされられました。
作品を踊っていく中で物語に寄り添い、そういった感情を大事にしていきたいと思っています。そして、ウィルさんの期待に応えられるように頑張りたいです。
朗読劇という形も初めての体験なのでどのようなものになるのか楽しみです。
南江祐生 コメント
原作を読み終えて、イノックの絶望とも言える状況の中でも、物事を受容していく大きな愛に、寂しくも深く温かな気持ちを感じました。そんな彼の人生の歩みを体現できることを、楽しみにしています。
※南江祐生の「祐」の字は、示(しめすへん)に右が正式表記