期間限定配信!スリーピルバーグス『リバーサイド名球会』│福原充則×八嶋智人 インタビュー

今年の9月に豊岡演劇祭2024のプログラムとして上演されたスリーピルバーグス『リバーサイド名球会』。広大な野球場を舞台に繰り広げられる愛すべき人間たちの悲喜交々、この場でしか叶わない温度と湿度の宿る演出…その濃密な演劇体験に多くの観客が心を奪われた。文字通り野球愛の詰まった本作は、こうのとりスタジアムの駐車場ではじまり、放送室やグラウンドと場所を変え、野球にとどまらない愛と重なり、やがてホームランの如く客席と舞台の境界も横断して一つにつながっていく。
ローチケ LIVE STREAMINGでは、そんな3日限りの“名球”を記録した映像を12/28〜1/4の期間限定で配信。全公演全シーンにもれなく密着したカメラがとらえた劇的な瞬間や、俳優の豊かな表情を押さえた編集によって実現する臨場感。追体験という言葉がふさわしいこだわりの映像配信を前に、作・演出の福原充則とキャストの八嶋智人に公演を振り返ってもらった。

演劇の起こした奇跡? 降ってはないはずの雨が…。

スタジアムの空気、土や緑の匂い、観客の興奮。現地のムードがつぶさに感じられる映像でした。改めて上演を振り返ってみて感じたこと、印象的だったエピソードなどはありますか?

福原 普段は自分が何を作っているのかわからないまま、稽古から上演まで進んでいるようなところがあるんですよ。千穐楽終わってしばらく経ってはじめて「あの作品ってこういうことだったんだ」と気付くような感じで…。でも、今回は本番を見ながら「見たことないものを見ているな」、「いい作品だな」と思えたんですよね。もはや自分が作ったものじゃないように感じたくらい、自分から独立してそこにあるような感覚で。そんな作品は初めてだったので、誰に何を言われようが自分や座組のみんなを褒めてもいいんじゃないかなと。そう思える演劇でした。

八嶋 福ちゃんの作品には、いい意味で俳優をサボらせない緊張感が常にあるんですけど、今回はその恐怖と隣り合わせの興奮の中に福ちゃん自身も一緒に飛び込んでいく状態だったと思うんですよね。長く演劇をやっていても、場所も状況も初めてのことがまだまだある。そういうことをやったら、こんなにバタバタするんだなってことも含めてね(笑)。でも、そのバタバタを経験したくて僕は演劇をやっているし、二つ返事で「やりたい」って言ったんですよ。「俳優人生の中で味わったことのないことをやるんだ」っていう興奮が最初から最後までずっとありました。今振り返ってもそう思います。

福原 稽古は本当に大変でしたね。演劇の稽古はいっぱいしてきたけど、野球場で稽古したことも野球の稽古をしたことも当然ないので、最初はちゃんと「何していいかわかんない!」ってなりましたからね(笑)。

八嶋 野球の練習めちゃくちゃやりましたね〜!僕は息子が野球部で、応援する親としてその大変さも知っていたつもりでしたが、実際やってみると想像以上に大変でした。でも、この作品を通じて息子と色々話もできたし、自分の劇団(カムカムミニキーナ)の公演で物販に立っていたりすると、お客さんから「観ました!」と興奮気味に伝えてもらうこともあって…。参加できて本当によかったと思います。

演劇でこんなことができるのだ、といち視聴者としても興奮しました。まさか車の運転をする俳優の姿が演劇で見られるなんて…とか(笑)。他にも劇場では見られない風景が沢山詰まっていましたね。

八嶋 そうそう。挙げればキリがないくらい、全てがあの場でしかできないことばかりなんですよね。野球はもちろん、車を運転するシーンもそうだし、天候によって風景が変わることもそう。ネタバレになってしまうから全部は言えないのですが、僕の俳優人生史上、いや、もはや演劇史上最もかっこいいかもしれない俳優の登場シーンもあります。あんな状況で登場できるなんてまさか思わなかったなぁ…あの気持ちよさは俺にしかわからないと思うなぁ…詳しくは言えないので、是非映像で目撃してもらえたら…(笑)

福原 いや、たしかにあの登場シーンは他のどこでも見られないですね。

八嶋 でも、どうしても一個だけみんなの意見と解せないところがあって…。大千秋楽の最後、ちょうど僕が退場していく時に「霧雨のような雨が突然降ってきた」ってみんなが言うんですよ。でも、僕にその雨は降り注いでいなかった。つまり、僕の芝居によってそう見せたということなんですよ。

福原 いやあ、本当に降ってたんだけどなあ(笑)。

八嶋 いやいや、降ってないよ。だって俺は濡れてないんだから!雨を作り出したんだから!

福原 あははは!

八嶋 でも、ここからは真剣な話だけど、福原作品にもあの場所にもそういうロマンがあったんですよ。元々福ちゃんには「境目のない世界を言葉にできないから演劇にするんだ」っていう思いがすごくあるし、俳優にとってはそれを体現しなきゃいけない大変さもあるんですけど、そこが大いにロマンチックなところでやりがいでもあるんですよね。だから、最後に雨が降ったように見えたっていうのは、僕じゃなくて福ちゃんがもたらした演劇的現象だったのかも。そんな風に思いますね。

観客と、豊岡の町と、みんなで作った演劇

現場での苦労や難しさ、そして、それが昇華された時にしか得られない体験。 客席の前のめりな反応も含めて、その場その時だから生まれたものを改めて感じました。そういった観客との繋がりやコミュニケーションにおいて感じたことは?

福原 タイトなスケジュールだったので、上演後にお客さんとコミュニケーションをとる時間はなかったんですけど、豊岡市の駅の中心部に宿泊していたのですが、八嶋さんが市民の方々と異常なほど濃い交流をされていたんですよ。スタジアムから帰ってきた八嶋さんを町の人が拍手で迎えてくれてる感じというか…。現実と虚構の境目がない状態で、豊岡の町全体に演劇を送り出していくような感じですごく不思議な体験だったし、芝居が起きている場所以外にもポジティブな空気が驚くほど波及していて感動しましたね。こういう経験はなかなかないですし、そういうことを普段から諦めたくないな、と改めて思いました。

八嶋 豊岡演劇祭というも、の自体が町をあげた取り組みの 成功例として素晴らしいものなんだ、っていうのを感じましたね。普段演劇に携わっていない人たちも祝祭に参加するような感じで一緒の時間を過ごしている。それぞれの生業をそれぞれの時間でやりながら、その期間は 祝祭であるってことをみんなが認識して楽しんでいる空気があったんですよ。僕がスタジアムを出て街を歩いているだけで盛り上がってくれるのもきっとその延長線上にあるんですよね。大学の学生さんたちもボランティアで参加してくれましたし、飲食店の方々にもお世話になったし、それぞれのやり方で盛り上げる活動をしてくれて…。

福原 八嶋さんの現地でのサービス精神も、それをお客さんが純粋に楽しんでいる雰囲気もすごくよかったです。冗談抜きで「これは世界平和に繋がることが起きている」と感じたというか、「境界なんてないからみんなで一回信じてみようよ」というような…。あの時、あの町に流れていたハッピーな空気はそういうものだったと思うんです。

八嶋 佐久間(麻由)ちゃんがホテルのランドリーで衣裳の洗濯をしようとしたら、鉢合わせた宿泊客の方が「良かったら先に洗濯して下さい」って言ってくれて。「今日の芝居面白かったよ」って。その話を聞いた時もすごい胸が熱くなりましたね。この作品は街全体で、みんなで一緒に作っている。そう実感しました。福ちゃんがボランティアスタッフさんを募集するメッセージの中に「一緒に演劇月面に着陸しませんか」って言葉があって、普通に生きていて味わえない時間や見たことない景色を一緒に経験しましょうって意味だったんだけど、それは役者の僕もできた気がします。

福原 もちろん、スタジアムに足を運んでくれた観客の方々にも助けられました。

八嶋 そう!僕は、地元ではちょっとした伝説の野球ができる男という役で、その説得力を持たせなきゃいけないから野球の練習も大変だったんですよ。でも、いざやってみて思ったのは、その場の空気と一体となってお客さんがちゃんと見るところを見て、見ないものは見ないように取捨選択してくれているということだったんですよね。「みんなでいいものを作って、一緒に楽しみ、天に奉納しよう!」みたいな感じというか(笑)。そういう演劇の在り方やある種そこでしか成立しないコミュニケーションをすごく感じました。

福原 天気も含めて、野外劇では予想しないことが起きるわけですからね。

八嶋 そうそう。実際に野球をやるシーンは打つのか打たないのかやってる方もわからないし、そうして芝居と現実を往来しているうちに、いつのまにか混ざり合って面白いことが起きた、という感じで。だから、リアルじゃないかもしれないけど、リアリティはものすごくある。そういうギリギリのところで生まれるエンターテインメントっていうのは、自分から出向いていかないとなかなか生まれない。 劇場で色々見立てることはできても、湿度とか温度とか匂いは出向かなければわからないんです。そういうそのロマンが詰まった時間でしたね。

全員野球&全員演劇の煌めきは配信でも健在!

「体育会系とか文系とか関係ない」といった旨のセリフを聞いた時、舞台と客席の融合や横断に繋がっていく言葉だなと感じました。会場を飛び出し、街に持ち出された演劇が今度は映像配信という形でより多くの方に届きます。それにあたってはどんな思いがありますか?

福原 言葉にするのが少し難しいのですが、普段は自信がないままに作品を作っているところもあって、演劇というメディアが〝楽日には消えていくもの〟ということが救いにもなっているんですよね。もちろん一生懸命作っているからこそなんだけど、「終わったら逃げられる」ということを担保にして本音をさらけ出している節があるんです。でも、今回は「これはもっと多くの人に見てもらいたいな」って思いました。こんな気持ちは初めてなんですよね。普段の観劇では味わえない芝居ができたと思いますし、映像作品としてもなかなか見られないものになったとも思います。難解ではなく、間口も広い作品だと思うので、試聴を通じて豊かな時間を過ごしてもらえたらうれしいですね。

八嶋 ライブを映像に収めることで 粗くなる部分もあるのかもしれないけれど、それこそが配信で一番見るべき風景なのではないか、とも思うんですよね。そこにいるような錯覚が起きやすい作品というか、バタバタ感も含めてリアリティが伝わる感じがすごくするし、あの時の球場の同じ 温度や湿度の場所にいなくても、そういう体感を得られる映像作品だなと思います。

福原 スリーピルバーグスは劇団員が3人で、今回の出演者は5人。そんなミニマムな団体の公演としてはかなりのところまで無茶をしているので、「こういうことできるんだ」っていうことを知ってほしい気持ちもあります。この作品を機に、若い人たちの中で「演劇の常識や形式にとらわれずにちょっと無茶してみようかな」って人がいたら嬉しいです。お客さんの客席への誘導ひとつとっても常識が通用しない野外劇で、スタッフさんの尽力も素晴らしいものでしたし、役者5人では手に負えないことをやり遂げたという自負もありますので、“小さな劇団が辿り着いた無茶苦茶な規模”を面白がりながら見てもらえたら…。

八嶋 昔は映像配信が苦手だったのですが、今はむしろやる側より見る側の人たちの方が配信の見方を心得て楽しんでくれている風潮があって、こちらが励まされるくらい。それは、福ちゃんが重んじている「演劇を通じて境目や境界線をなくしていく」っていうこととも通じていると思います。怪我や病気、他にも様々な事情で会場までは来られない人がいる。だからこそ、どんな方にもあの場にいたような錯覚を感じてもらいたいですし、そういう意味でも配信という届け方はベストなんじゃないかって思っています。

全員野球であり、全員演劇。キャストのみなさんの奔走も素晴らしかったです。最後に、そんな俳優陣の魅力、見どころをお聞かせください。

福原 様々な舞台で活躍している役者さんたちに改めて輝いてもらうことって実はすごく難しくて…。十分に素敵な人たちをいつもの素敵さで終わらせずに、別のところに到達できるか。今回もそういう戦いだったのですが、見事にやり遂げてくださったと思います。久保貫太郎さんが稽古序盤に「いかに役者として野球をやるのか」って目標を掲げてて、その言葉は演出中もずっと胸にあったし、本番で久保さんがそれを掴んだ瞬間を見届けることもできてグッとくるものがありました。

八嶋 なんてったって、彼は裸でヘッドスライディングしましたからね。写真を見た時、もはや野球漫画の一コマみたいで、誰よりもチャーミングだった!

福原 配信でも注目してほしいですよね。永島敬三くんはまっすぐなセリフを結構な時間喋るシーンがあるんですけど、しっかりとお客さん巻き込んでいて、彼の真骨頂を見せてもらえたような気持ちになりました。男性ブランコの平井まさあきさんは、やはり芸人としての経験値を活かした調整が素晴らしいのですが、一方、稽古では 演劇のルールや方法論に則って役と全体のストーリーを組み立てようとしてくれていてすごく頼もしかったんですよね。で、ひとたび舞台に立ったらもう止まらない面白さで…(笑)。

八嶋 「この作品を命がけで体験をしてやろう!」という気持ちのいい人たちの集まりでしたよね。役者としての モチベーションが高く、物語や共演者に対する愛情がちゃんとあって…。シーンによっては一人一人が勝手なことをしているんだけど、それぞれが自身のテーマやキャラクターを持ち合わせているからこその強さがありました。それが一つのチームとしての強さに繋がっていたような気がしますね。

福原 劇団員の佐久間さんは唯一の女性キャストで、喜劇の背景にあった女性の社会的地位におけるメッセージを感じさせながらも、好きなことを全うする姿が印象的でした。女性が野球で食べていこうとする、結構マイノリティな戦いをしている役なのですが、明るさでお客さんを引っ張っていく様子がかっこよかったですね。

八嶋 佐久間ちゃんは、最初はままならなかったフォームもひと夏で見事に体現していましたよね。誰よりも熱心に練習していたと思います。みんなどんどん野球が上手くなって、こっちも一生懸命投げてるのにポンポン打たれるようになって(笑)。

福原 八嶋さんもこのストーリーにおけるスターという設定を全うしてくれました。乗りこなすのがだいぶ大変な設定なのですが、さすがの説得力で。どうしてあんなにスタジアム全体を巻き込めたのかが僕にはまだわからないんですけど、理由がわからない状態になっていることもすごく嬉しいんですよね。稽古して行き着いた場所が、演出家が色々考えて辿り着いた場所ではなく、僕自身も思ってなかったとこに辿り着いたような感覚で…。そう思った時に、改めてすごい俳優たちと作った作品なんだなと思いました。

八嶋 なんてったって降っていない雨まで降らせちゃったんだもんね。

福原 だから、あれは本当に降ってましたから!(笑)

取材・文/丘田ミイ子