ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲を才気溢れる演出家たちが異なる味わいで新たに創り上げる連続上演シリーズ・KERA CROSS。KERA自らによる作・演出の第五弾『骨と軽蔑』(2024)で一旦幕を閉じたこのシリーズが再開。第六弾として上演されるのは名作の呼び声高い『消失』。2004年初演、2015年再演を果たし、韓国版含めさまざまなカンパニーで上演され続けている今作を手掛けるのは、第三弾『カメレオンズ・リップ』(2021)でも演出を担当したした河原雅彦。たった6人で濃密に紡がれるこの会話劇に挑む河原に話を聞いた。
──今回河原さんが挑む『消失』に対する印象は?
河原 いやもう、救いも何もあったもんじゃない。そういう作品が好きなんです。シェイクスピアをはじめ、古典と呼ばれるものは繰り返し上演されていますよね。でも古いものだけじゃなく、いまを生きる作家さんのいい作品もどんどん上演されたほうがいいと思うんです。だって、シェイクスピアの新作はもう観られないけど、『消失』で初めてKERA作品を知った人がいたとしたら、これからKERAさんの新作を観ることができるんですよ? この作品は普遍性を備えたものだと思うので、KERAさんがやらないなら、代わりに頑張ってやってみますという気持ちです。
──河原さんはKERA CROSS 第三弾で『カメレオンズ・リップ』(2021)を、そして2022年には同じくKERAさんの『室温〜夜の音楽〜』(2022)を上演していますね。
河原 『カメレオンズ・リップ』も『室温〜夜の音楽〜』も、初演の段階からプロデュース公演として外部の役者さんも呼んで上演されたものです。それに比べて『消失』は劇団公演である分、信頼している、阿吽の呼吸の俳優さんだけで濃密なものを作れるから、KERAさんがかなり容赦なく書いている作品なんですよね。しかも、KERAさんは皆さんご存知のように特異な劇作家で、稽古をしながら脚本を書かれる方で、作品にはやはり稽古中の俳優さんの様子も落とし込まれていると思うんです。だから、預かる側としては上級というか、一筋縄ではいかない。これまで二作KERAさんの作品を手掛けたから、やっと手を出せるものという感じはしますね。
──今回、演出面ではどのように違いを出す予定ですか?
河原 例えば『室温〜夜の音楽〜』なら、たまさんの楽曲を使ったお芝居だったものを僕は在日ファンクに、とバンドごと変えるアプローチをしました。ただ、『消失』は密度の高い会話劇なので、わかりやすい演出上の変化はあまりないかもしれない。でも、やっぱり演出家が変われば、そして演じる人間が変われば作品は変わります。今回は難しい分、僕にとってのアベンジャーズが必要だと思って6人の役者さんにお声がけしました。
──そんな「アベンジャーズ」が集った稽古の様子について教えてください。
河原 『消失』は救いのない作品ではあるけれど、笑えるようにはなっているんですよ。ただその笑いも単純ではなくて、文字で読んでいたときにはイメージできないところが面白くなったりする。それをみんなで1つずつ確認しながらやっています。だから、稽古も3〜4行おきに止まるんです。それくらい繊細な作品。この本は全員が重たい何かを抱えていて、それを見せないようにしているから、そこを探らなくてはならない。作品の髄をみんなで捉えつつ、その場その場で変化する空気感を共有して進めている。こういう作業を一ヶ月間できるのはすごく新鮮ですね。でも、全員でギューッと考える場面はありつつ、稽古に入るまではみんなカラッとしていて、稽古場の雰囲気自体は決して重苦しくない。この人たちでよかったなとすごく思います。
──重さのある作品でありながら、稽古場の雰囲気は明るい。いいですね。
河原 僕は稽古を通して、それぞれの新しい面が見えたらいいなと思っています。たとえば、藤井くんはすごくネアカな人らしくて、大倉(孝二)くんに「なんでこの作品を引き受けちゃったの(笑)」と言われるくらいなんですって。でも、すごく気遣いのある、毎日ニコニコしている藤井くんから、僕はどこか狂気性を感じている。そこが舞台上でも見えたら彼にとっても新鮮で、同じ役をやった大倉くんとはまた違う部分が見えるんじゃないかと楽しみにしています。それから岡本圭人くんは、これまでは風を起こす役が多かったけれど、今回は全く起こす必要がない。その分、受けの芝居が大事になるんです。これまでとアプローチが真逆になるわけです。だからか、稽古をしていても圭人くんってすごく目が合うんです。「僕どうですか、大丈夫ですか?」みたいな(笑)。稽古に対してすごく貪欲で、毎日最後まで残ってる。本当にのめり込んで取り組んでくれているので、圭人くんにとってもこの作品がいい契機になるといいなと思います
──最後に、この作品に興味を持った人へのメッセージをお願いします。
河原 この作品は、音楽でいったら裏打ちを楽しむみたいな深さ、面白さのある作品だと思います。KERAさんのファンの方はもちろんのこと、初めての人にも触れてもらいたい。劇場を出たら全部忘れちゃう、というカラっとしたお芝居もいっぱいあるし、それもいいと思うんですが、僕は劇場を出てからもガーンと衝撃が残るものとか、まとわりつくような感覚のものが好きで。いつもそういうもの、うまく言葉にできないようなものを作りたいと思っているんです。いま、チケット代が上がっちゃったりしてたいへんですけど、この作品を通じて、劇場でしか体感できない演劇独特の醍醐味を知ってもらいたいですね。
取材・文:釣木文恵