『陽気な幽霊』|田中圭インタビュー

20世紀の英国を代表する劇作家 ノエル・カワードの傑作コメディ『陽気な幽霊』が、田中圭主演、熊林弘高演出で上演される。2014年『Tries トライブス』、2015年『夜への長い航路』、2016年『かもめ』に続き、9年ぶり4作目のタッグとなる。田中に作品の印象や、熊林への思い、熊林演出の特徴などを聞いた。

熊林さんらしくない戯曲なので印象が変わりそう

ーー戯曲の印象をお聞かせください。演じる上での魅力や難しさなど、どんなことを感じていますか?

80年ぐらい前に書かれたものですが、今読んでも共感できる、普遍的な男と女の嫉妬と、プライドと、夫婦のマウントの取り合い、「何か面白そうだな」という印象です。 ただ、熊林さんが演出することによって、本当にいろんな表現方法や何かが足されて、僕が読んだ印象通りには行かないんだろうなと思っています。最初に読んだときは、熊林さんらしくないのではと思いましたが、取材に向けてもう一度読み返したら、特に女性同士の嫉妬や、いがみ合いが、意外と熊林さんの得意分野ではないかと。全体も、チャールズという役を含めて、印象が全く変わるだろうなと思いました。この作品を知っている方も、もしかしたら全く違う印象を受けるかもしれませんし、 今回のビジュアルも、僕の知っている熊林さんのイメージとは少し違うので、いろいろと楽しみです。

ーー 例えば考えさせられる作品や、娯楽性の高い作品など、舞台も様々ですが、『陽気な幽霊』はどちらかといえばエンターテインメント性が高い作品です。そういう楽しそうなものを演じるというのはいかがですか?

基本的には楽しいものをやりたいと思うのが普通だと思うんです。舞台に関しては難解なものが好きで、どちらかというとそちらを好んでやってきました。ザ・エンタメの舞台にはおそらくほとんど出演したことがありません。今回、台本はシンプルなわかりやすいものではあるのですが、人間の愚かさを楽しむというような何か絶妙な楽しさを追求する舞台になるのかなと思っています。

ーーご自身が演じるチャールズという役柄はどういう人物だと考えていますか?

今の時点だと、奥さんに対しての言葉選びや、ぶつける言葉、 揚げ足を取ろうとしたり、都合が悪くなると話を逸らしたり、女性が嫌がる男だろうなと感じています。最後にチャールズが喋っているところも、「最低!」と思いました(笑)。そういうわかりやすい人物だなと思っています。

ーーそういうのは演じるのは面白いですか?

僕はとにかく面白いとは思わずに、チャールズを悲劇の主人公だと思って演じさせていただきます。

ーーでも、熊林さんの手にかかるとそれだけじゃない面が引き出されるのかなと

おそらくそうです(笑)。僕らに演出をつけるときの言葉や表現など、よく思い浮かぶなというくらいに独特なイメージがあります。感性の切り口といいますか、言葉だけを取ると「どういう意味なのだろう?」と思うのですが、感覚だけはちゃんと伝わってくるんです。今回もきっとそうなるだろうと思いますし、僕が読んだときの印象とは絶対にガラリと変わるだろうなと。そして、9年ぶりにご一緒する熊林さんの感覚がより強くなっているのか、マイルドになっているのか、そういうところも楽しみです。

舞台はやらなければいけない感覚がある

ーー舞台に定期的に取り組んでいらっしゃいますが、映像もすごくお忙しい中で取り組もうと思われるモチベーションや魅力はどういうところでしょうか?

舞台はやらなければという思いが若いころからあるので、今までも2年以上は空いていないかと思います。今もやらなければいけない感覚はずっとあります。実は、とにかく稽古が嫌いという気持ちがありました。でも、最近、もしかしたら稽古嫌いがなくなったのかもしれないなと。多分若いころと比べて、感じ方や見え方などが変わっているのだなと、 それはすごく嬉しい発見だったので、今回は初めての感情で稽古に入らせていただきます。

ーー稽古が嫌いじゃなくなってから初めての熊林さんということですね。またそれも感覚が違うかもしれないですね

違うと思います。本当に楽しみです。熊林さんの稽古で嫌いになることはないですから。

ーー今までは稽古が始まる前、憂鬱な感じになっていましたか?

本番は舞台に出る5分前ぐらいまではずっと嫌だなと。 日々基本ベースでそうなんです。「今日は仕事だ!やるぞ!」みたいな日はない。 でも、「ヨーイ、スタート!」がかかれば、もう嫌なことは全部忘れる。それで何とか日々生きてきました。仕事中は「役」ですが、カットがかかったら、「田中圭」に戻ってしまう。役ならば余計なことを考えなくていい。嫌いな理由は特にないですが、「受験勉強をしなければ」とか「今日期末テストだ」というような感覚です。

ーー熊林さんだと嫌いになることはないのはなぜですか?

一番大きな理由は、稽古がそんなに長くないからです(笑)。

ーーどんな稽古をされるんでしょうか?

9年前の記憶で言うと、熊林さんはピアノを弾きます。朝稽古場に行くとピアノを弾いていました。すごくこだわっているシーンは、もちろん何度もやったりしますが、決まったことを繰り返しする稽古では全くありません。1回やったら次に言われることもちゃんと難解で、こういうことかなと考えて稽古していく 。難しい作業だからこそ、時間が過ぎるのがあっという間というか。

ーー田中さんは難解なことについて考えるのがお好きなんですか?

考えるのは好きです。学生のときは普通に数独をやって、3日間同じ問題を考え続けて、知恵熱を出して倒れたりしていました。でも、最近はなぞなぞやクイズを出されても、やっぱり頭の回転が圧倒的に遅くなっているから、今までだったら「答え言わないで!」となっていましたが、「え、わからない。何?」と、考えることをやめているところは正直あります。

ーー熊林さんの難解な言葉や感覚で演出されたら、これまでに上演されたものとは違う『陽気な幽霊』が生まれる可能性が高いですよね。

それはあると思います。今までも、熊林さんの作品ではそういう経験をされているお客様もたくさんいらっしゃると思いますので、今回もどういうふうになるのかは「熊林さんのみぞ知る」。このキャストで、熊林さんで、絶対に面白いなという確信は持っています。ぜひ劇場にお越しいただいて、その目でご覧いただきたいです。

個性豊かで安心感もある、お芝居に集中できる環境

ーーキャストの皆さんの印象はいかがですか?

すごく個性豊かで、安心感もあって、思いっきりお芝居に集中できる環境なんだろうなと思います。

ーーふたりの奥さん役の若村麻由美さんと門脇麦さんの印象をお聞かせください

麻由美さんは事務所が一緒なので、事務所でお会いしたり、ご挨拶はしているのですが、がっつりお芝居をするのは初めてです。すごく真面目なストイックな印象があります。門脇さんは共演も多いですし、先日たまたま食事する機会があったのですが、この舞台をすごく楽しみにしていると言っていました。すごく楽しみなおふたりですね。

ーーご自身がチャールズになったら、この三角関係をどう乗り切りますか?

幽霊ですもんね。怖いですよね。難しいです。チャールズは結果そうしなかったですけど、幽霊が物を触っていろいろ動かしてくれたりするじゃないですか。僕だったら、手足のように動いて欲しいとお願いするかも…。

ーーシアタークリエでの上演ですが、劇場のイメージや楽しみなことはありますか?

シアタークリエは『幻蝶』(2012年)以来です。僕の感覚的な話になってしまうので実際はわからないのですが、シアタークリエは「奥」というイメージがあります。『幻蝶』のときにすごく演じやすかったので、いい劇場だなと、僕の中でのシアタークリエの好感度が高いです。周りに食べ物屋さんもたくさんありますし、よかったなと思っています。

ーー幽霊にまつわるエピソードや、不思議な体験をされたことありますか?

あります。幽霊に襲われたこともありますし、幽霊を見たこともあります。2回だけですが、詳細をお話しするとすごく長ってしまうので。

ーーそうすると、この作品の世界観はなくはないかもと?

なんと言えばいいでしょうか。幽霊を見た感覚が衝撃で残っているかというとそんなことはないですし、普段から信じているわけでもないです。霊感があるわけでもないです。でも、幽霊を見える方を全否定もしていないですし、見えるんだろうなぐらいの感覚です。例えば「何かが憑いたからお祓いしてもらわなきゃ」ともならないけれど、「なにか憑いてるから祓っとくよ」と言われたら、「本当ですか、お願いします」ぐらいにはなる。本当に否定も肯定も特にしていないから、この世界も「チャールズが幽霊が見えると言っている意味がわからない」ということはないです。 感覚的に実際に幽霊が見えたらこうなんだろうし、きっとこのぐらい怖いことなのだろうな、驚くのだろうなとは何となくわかる。かといって自分の中の感覚にはないので、ゼロからではないとはいえ、一から作らなければいけないので、それはなかなか大変な作業だなと思います。

9年ぶりにまた素敵なものをもらう時期なのだろうなと

ーー今回の舞台に向けての目標や、何かやりたいと思っていることはありますか?

皆さんと仲良くできればいいですね。目標とは違いますが、熊林さんとは9年ぶりなので、お互いにいろいろな経験値を積んで、もう一回再集合できるのがこの仕事のいいところだと思うので、やっぱり9年前より成長しているところは、熊林さんにも見せたいなと思います。

ーーご自身では9年の間に、どんなところが変わったと思いますか?

何から何までだいぶ違っていて、同じところは何もないのではないでしょうか。 30代にお芝居の仕事以外にもいろんなことをやらせていただいて、いろんな経験を積んできました。駆け抜けたなと思うところもありますし、公私ともに10年間でいろいろありました。忙しかったからこそ、お芝居と役のことだけは絶対にぶれちゃいけないというか、絶対に間違えないように考え続けてきて10年経ちましたから、成長していなかったら大変ですね。熊林さんから「あまり変わってないですね」と言われたら、「ええ〜!!」ってなります(笑)。チャールズの年齢も40歳ぐらいで、ちょうどいいタイミングとご縁で、 素敵な演出と、素敵なキャストと、面白そうな役に出会えたなと思っています。

ーー20代の終わりから30代初めにかけて、3年連続で熊林さんの演出を受けられましたが、自分の中での変化や成長は、どんなものが考えられますか?

映像の作品でももちろんあるのですが、舞台は自分の中に蓄積されるものが大きい感覚があります。その中でも、演出家さんからもらうものはすごく大きくて。熊林さんとは何度かご一緒していますが、毎回違ったものをもらう感覚があるので、あの時にご一緒できてよかったなと思いますし、今このタイミングで9年ぶりにやることになったからには、今回もまた素敵なものをもらう時期なんだろうなと思っています。

取材・文・写真/岩村美佳