GORCH BROTHERS PRESENTS『極めてやわらかい道』│川名幸宏(潤色・演出)・鳥越裕貴 インタビュー

鳥越裕貴(稽古場写真より)

とある木造アパートの一室――その部屋は、向かいに見える部屋に住む“姫”を守る兵士たちの国。兵士たちは十年もの間、姫を見守り続けていたが、来訪者をきっかけにして国は崩壊し始めていく…。
2011年に松居大悟の作・演出で上演された『極めてやわらかい道』が、川名幸宏の潤色・演出で上演される。主演を務めるのは、鳥越裕貴。

本作は2018年公開の映画『君が君で君だ』の原作で、同年には舞台でリブート作品として『君が君で君で君を君を君を』としても上演されており、松居にとっては渾身の一作。今回は松居の演出助手として信頼の厚い川名の手によって、純粋でありながらも狂気がにじむ松居独自の世界観を積み上げていく。
どのような想いで本作に臨むのか、川名と鳥越の2人に話を聞いた。

――今回、川名さんはどのような経緯で本作を演出したいと思われたのでしょうか?

川名 まず、僕が松居大悟さんに会ったのが2016年。松居さんが演出で、僕が演出助手という立場でした。それまではあまり同世代の演出家についたことはなく、松居さんが初めて同世代で、すごく良くしてくださったし、シンパシーを感じました。助手として松居さんを知るためにDVDをいただいて、その中に『極めてやわらかい道』があって…衝撃を受けました。
内向的な心情、プライベートな想いや葛藤が、苦しくなるくらい詰められていたんです。あとで聞いたんですが、上演された2011年当時のこの公演に、松居さんは精神的にも、肉体的にも、経済的にも、もうすべてを詰め込んで――“壊れた”作品だと聞きました。その時の衝撃はものすごく覚えているんですけど、あれから10年近く立って、ゴーチ・ブラザーズの公演という文脈もあって、自分自身が劇場で演出できるとなった時に松居さんのこの作品をやりたいと思ったんです。

――自分の中で特別に感じていた作品を敢えてやりたくなったのはなぜでしょうか

川名 日頃、演出をしていく中で、なんだか少し大人になってきたんですよね。と言うか、自分がそれを仕事として生活することだったり、いろんな人と関わって演劇を作るという社会のコミュニティとしてだったり、いろんな側面から大人にならざるを得なかった。それは正義であるし、そういう体に自分がなってきたように思うんです。
じゃあ自分の芯にあるものってなんだろう、って、30代半ばにしてやっと見つめなおしてみました(笑)。その芯がブレる瞬間だってあるじゃないですか。ものづくりをしていく上で、そこの原点みたいなところに1回立ち返らなければいけないのかな、と。
演劇ってしんどいものなんです。つくる方も1~2カ月稽古してその準備もめんどくさいものだし、観る方も、わざわざ劇場に来て1~2時間もイスに座らされて…。もちろん、あらゆる芸術がそうだと思いますが、そのめんどくささを捌くのがどんどんうまくなっちゃって。もちろん、うまくなるために頑張っているんですけど、演劇をつくるというしんどくてめんどくさい作業に立ち返りたくなったのかもしれないです。
言い出した時は本能的なところでこれがいい、と言ったんですけど。なぜこの作品を選んだか、と考えたら、1回原点を見つめたいという今のタイミングだったからかもしれません。

――そんな想いがこもった作品で主演を務めることになりましたが、お話が来た時はどんなお気持ちになりましたか?

鳥越 僕自身、昨年からゴーチ・ブラザーズに入ったばかりで、その中で鳥越を主演に、とお話を頂いて。しかも松居さんの作品で、川名さんの演出ということで、プレッシャーは感じました。松居さんの作品は映画なども見ていましたし、一筋縄ではいかない作品だろうと思いましたから。
松居さんの作品って、いつもの風景のような感じなんですけど、その中にうごめいているものがあって、いろんな世界があると見せてくれるような感じなんですよね。松居さんもきっと、いわゆる陽キャではないんだろうな、と。でも、グループの中では陽のほうではあって、その中の世界を表現している人なのかな?って思いますね。
それに、この仕事をやっているとタイミングってすごく重要な気がしているんです。その中でも僕はすごく運がいい方で、いいタイミングで然るべきものが来ている気がしているんです。今回もそんなターニングポイントになる作品なんじゃないかと思うんですよ。もちろん、どの作品も大事なんですが、特に残るものがあるんじゃないかという予感がしています。

――ちなみに、お互いの印象はいかがですか?

鳥越 めちゃくちゃありがたい存在と言うか…あんまりワークショップとかをやって来なかった人間なので、序盤にワークショップや本読みの時間をしっかりとやってもらって、すごく勉強になったんです。否定をせずに、出てきたものをやわらかくキャッチしてくれて、その上でどうしていくか、みたいな感じで進めてくださって。優しすぎるくらいです。何て言うか、すごく時代に合ってるんですよね。

川名 僕は舞台上でお見かけしたことはあったんですけど、お会いするのは稽古が初めてで、すごくドキドキしていました。勝手なイメージで、もうギラギラした人が来るんじゃないかと思っていたんですけど(笑)、初日でそれは払拭されました。すごくお芝居に誠実で、ギラギラしているのはお芝居に対してストイックな部分。すごく気持ちがいいんですよ。そして、今みたいにこの芝居に対して真摯で誠実な状態になるまでに、きっといろんな葛藤があったんだろうということも見えてくる。本当に、いい年齢の重ね方をしている演劇人だと感じます。

――鳥越さんは、物語の印象についてファーストインプレッションはどのようなものでしたか?

鳥越 初見は「なんだこれは」ですね(笑)。そこから、みんなの声も聞きつつ突き詰めていって、稽古序盤ではありますけどようやく、この中の感覚がわかってきたように思います。
『極めてやわらかい道』というタイトルですが、ほんとにやわらかいのか?とか、やわらかくもあり繊細でもあるんじゃないか?とか…。松居さんが、大事に大事に、本当にすべてを注いで作りあげたものなので、1個でもズレてしまうと何かが違ってしまうような感覚があって。それが良い方向に行くのかもしれないけど、違和感になってしまうような気もして、すごくセンシティブなものになっていますね。
何て言うか、一般的な考えとして、こうなったらこう、っていう思考じゃないんですよね。2、3個は屈折してて、変化球がめちゃくちゃある。すごく繊細でいろいろ考えていて…それは過去の経験からでもあるし、それを固めていって“国”を作っちゃっているので。俺にはない概念、思考回路を通れた時に、ちょっと掴めたような気がしました。

――川名さんは稽古を進めていく上で、お話を理解していくという部分でディスカッションなど意識していることはありますか?

川名 なんだろう?大事にしているのは、意識しすぎないことかもしれないです。僕自身は一応、一般人だと思っているんで、普通に生活をしているんですけど、この話には普通の思考回路じゃない人たちが山ほど出てくるんですよ。それを自分で繋げていく作業をしても、結局自分が持っている思考回路だけを意識してしまうから、きっとあんまりおもしろくないんじゃないかな。この作品は特に、稽古場のグルーヴ感で作っていく作品だと思っているので、なるべく脳を柔軟にして、意識することに固執しないで反射を大事にしている感じはありますね。

――役どころに関して、演じる上での芯になる部分はありますか?

鳥越 演じている尾崎について、まだ分かり切ってはいないんですけど、男女って交わりを重ねていくごとに他人になるみたいな場合もあったりして、複雑な感情があるんですね。でも、守りたいものは確実にある。独立したいろんな感情がぐちゃっと混ざり合っていて、それが想像しないような思考回路に至るような感覚です。芯になるものは確実にあるんだけど、そこにいろいろなものがまとわりついていて、ぐちゃっとしていますね。

川名 松居さんが“言葉にできない感情”っていう表現をよく使っていたイメージがあって、まさにそういう感じですよね。言葉にしようとしても、どういう言葉で表せばいいのかわからない。何かがここに渦巻いているんだと思うし、言葉にできないだけで、言葉にしないわけでもない。何とか言葉にしようとした結果、いろいろ突き詰めまくってこの物語になっていますから。
だから、いまの感情や想いを何とかしてみんなで表現し合っている状態って、この作品にはとてもいいんじゃないかっていう気がしています。もしかしたら本番まで分からないかもしれないけど、それでも前のめりでやり続けなきゃいけないんじゃないかと思いますね。

――言葉にできるからこそ、納得して諦めたり別の道を選んだりできるわけですが、言葉にできないから想像外のところに突き進んでいってしまうんですね。そういう意味では、できないことへのチャレンジをし続けるような作品で、大変な稽古かと思いますが、稽古場の雰囲気はいかがですか?

鳥越 稽古しててすごくいいなと思った瞬間があって。(長友)郁真くんが「これで地方へ出れたらな~」って言ったんですよ。序盤からそういう雰囲気になれているのが、本当にすごくいい現場なんだなって思うんですね。この人たちと地方回って、お酒も飲んで…みたいなことができるメンバーなんです。そこは川名さんがすごく引っ張ってくれています。いい空気感を作ってくださっているのでやりやすいし、その中でこの作品の難しさにトライしている感覚もある。
そして、みんながそれぞれ“欲”みたいなものを排除しているんですよね。嫌な我欲みたいなものが一切なくて、この“国”を作るために会議しているような感じ。これだけバラバラな人が集まっているのに、変な気を遣うこともないし、ちゃんと思い合ってやっている感覚になれるのがすごくいいなって思ってます。

川名 僕としては、普通にやっているだけなんですけどね(笑)。何か無理しているとかもまったくない。だから、この雰囲気は集まってくださっているみなさんのおかげだと思ってました。今回、本当に同世代が多いんですよ。
振り返ってみると、2016年の『イヌの日』の現場も同世代が多くて、そういう現場は初めてだったように思います。だから、今回の同世代が集まっている感じも、どこか懐かしい感覚もあるんですよね。

――多くの現場は、年齢に幅がありますもんね

川名 もちろん、それもすごく勉強になるし、先輩方に教えてもらうことや、若い人たちに刺激を受けることもありますから。でも、この同世代という稀有な空間だからこそ、大事にしたい気持ちもあるんです。不思議なことに、同世代だからといって学校みたいな雰囲気になっているわけでもないんですよ。ちゃんと仕事をしに来ているような感覚だし、お互いのリスペクトがあって信頼し合っている状態になっているんです。

鳥越 そうなんですよね。本当に良い現場だと思います。各々がいいバランスで、変に誰かが引っ張っていくような感じでもないし。

川名 全員で盛り上がれている感じはあるよね。そういう意味では、いわゆる関係づくりみたいな時間もなく、いるのが当たり前みたいな状態から始められたのは良かったように思います。

――本作では登場人物が、ある種一方的な愛情を注ぐようなお話になっていますが、お2人が現在、例え一方通行でも愛を注いでしまうものはありますか?

鳥越 なんだろう?自分の身体かな。時の流れもあって健康管理はすごく大事にしているし、もう無茶はできない体になってきたというか(笑)。自分が元気でいることによって成り立つことがたくさんあるから、ちゃんと自分を大事にしようと思うようになりました。
昔は割とムチャなこともしていたんですけどね。お酒も好きなので、めちゃくちゃ飲んでましたし…。記憶を飛ばしちゃうくらいでしたから(笑)。そういう時間もすっごい楽しかったんですけど、今はもっといろんな作品を観たり、本を読んだり、その時間をいろんなことに費やせるな、とシフトチェンジした感じですね。もっと本気にならなきゃ、と思い始めました。…すごく楽しかったのは間違いないんですけど、何だったんだろう?とも思ってます(笑)。

川名 僕が愛を捧げてるのは…演劇です!(笑)。まぁでも、本当にまだまだわからないことだらけですね。

――それこそ、松居さんと出会った頃は演劇を続けるのかどうか、という気持ちでいらっしゃったとお聞きしました。そんな時間を経て、今も演劇を続けていらっしゃると言うのは、無償の愛が無いとできないことかもしれないですね

川名 そうですね。でも逆に言えば、当時は演劇への愛が深すぎたのかもしれません。演劇に対する自分の理想があって、だからこそ自分はこうでなければならない、っていう愛が強すぎたように思いますね。今となっては、何か人生そのものを楽しまねば、ということを考えられるようになりました。だからこそ、今回みたいな稽古場を作れるようにもなったわけですしね。まだまだ道半ばですが…。

――初めて演劇の魅力にハマった瞬間は覚えていらっしゃいますか?

川名 学生の時に、世田谷パブリックシアターでイタリア・ミラノのピッコロ座の公演が上演されていたことがあったんです。『アルレッキーノ――二人の主人を一度にもつと』という演目で、主役はかなりご年配の方でした。主人が2人いるのであっちもこっちもと右往左往するコメディなんですが、もう、劇場が揺れたんです。彼の長年積んできた技でもあるし、人格もあるだろうし、すべてがそこに集約されているようでした。本当に、奇跡みたいでした。イタリア語で上演していて字幕なんですけど、箱がグンと揺れるくらいの笑いが起こって…あの光景は、演劇の原風景として自分の中に残っていますね。

鳥越 僕の場合は、つかこうへいさんの『飛龍伝』ですね。つかさんが病院から演出をされていて、先輩が出ていたので見に行ったんですが…役者を始めてすぐの頃だったので、その時は正直、なんのこっちゃわからなかったです。その次に『熱海殺人事件』を観に行ったときに、クラっと来ました。初めて“この役をやってみたい”と思いました。そんなことはそれまでなかったので、初めて役者としての“欲”が出てきたのを感じましたね。

――そろそろお時間になってしまいました。最後に、本作を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします!

川名 この物語の舞台は作品が上演された2011年で、今から15年くらい前になりますが、全然色あせない。それは、この作品の核の部分がとっても繊細で、でも骨太で、松居さんが全身全霊をかけたものが原石としてあるから。シェイクスピアをやるとか、チェーホフをやるとかじゃないですけど、今の時代にもこの作品が絶対に伝わると思っています。
こういうインタビューを受けると、すっごく真面目な舞台なのかと思われてしまいそうですが、遠くから見るとめちゃくちゃポップで映える感じの作品なんですよ。でも近くで見ると繊細なガラス細工で出来ていた、みたいな感じですね。
そういう感じのエンタメ作品なので、お客さんも気負わずに観に来ていただければと思います。やっぱり演劇ですから、劇場で観ていただくことが一番響くスタイルだと思うので、ぜひ客席に座っていただきたいです。

鳥越 本当にバカバカしい作品ではあるので、気負わずに1回来てください(笑)。ウワッと拒絶しちゃう人も居るかもしれないけど、どこかからスッと入っていけるタイミングがきっとあると思っていて、いつの間にかこの世界観に入ってしまっていた、ってなるんじゃないかな。
そうして確実に、何かを持ち帰っていただけるような作品になっています。何回観ても、そうなるようなものが散りばめられているので。
そういう作品が、本多劇場という場所でやれる面白さがあるはず。なんだこの気持ちは?ってなるかもしれません。いろんな方に観ていただきたいです。

取材・文/宮崎新之