
これはホラーか、コメディか?全編に”気味悪さ”をまとった、異色の家族劇
A24製作により映画化もされたスティーヴン・キャラムのヒット作、待望の日本初演!
作品について
感謝祭の日、マンハッタンのアパートに集まったある家族の一夜の物語。
彼らの抱える“不安”と、その不安を増長する数々の“怪奇現象”──
観るものの予想を裏切り続ける、「家族ドラマ」という枠にはまらない傑作!
家族が織り成す様々な風景から、今日の社会の姿を照らし出し、未来を見つめるシリーズ「光景─ここから先へと─」の第2弾は、劇作家・脚本家として活躍するスティーヴン・キャラムのヒット作、『ザ・ヒューマンズ─人間たち』。
マンハッタンの老朽化したアパートを舞台に、感謝祭を祝うために集まったある家族の会話から、貧困、老い、病気、愛の喪失への不安、宗教をめぐる対立などが浮かびあがる一夜の物語。だんだんと吐露されていく彼らが感じている様々な不安。人間の抱える人生の大きな不安を描くこの物語の世界は、現在のアメリカの縮図であり、それは私たち日本の現在とも重なる。
2014年アメリカン・シアター・カンパニー製作によりシカゴで初演され、15年ラウンドアバウト・シアター・カンパニー製作によりニューヨーク、オフ・ブロードウェイで上演、16年にはキャラムのブロードウェイ・デビュー作となり、再びピュリッツァー賞演劇部門最終候補、トニー賞、ニューヨーク演劇批評家協会賞の最優秀プレイ、オビー賞劇作賞を受賞した。
続いて21年、キャラム自身が監督を務め、映画化も果たした。製作・配給を手がけたのは、「ムーンライト」「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」などアカデミー賞受賞作を連発している「A24(エートゥエンティフォー)」。リチャード・ジェンキンス、エイミー・シューマー、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・ユァンらが出演し、高い評価を得ている。
そしてこの度、演出に、22年に上演した『ロビー・ヒーロー』の記憶も新しい、劇団 KAKUTA主宰の桑原裕子を再び迎え、新国立劇場にて日本初演される。
キャスティングには、観客が自分自身を重ねることができる当事者性を重要視したという桑原。ブレイク家の長女で、ガールフレンドと別れたばかりの弁護士エイミーには山崎静代。作曲家を目指す次女のブリジットには、オーディションを経て出演が決定した青山美郷、その恋人・リチャードには細川 岳、認知症により車椅子生活をおくる祖母モモには稲川実代子、母ディアドラには増子倭文江、そして悪夢にうなされ不眠が続く父エリックを平田 満という多彩なキャストが揃った。
家族ドラマというジャンルに、気味悪さ、恐怖という予想外の要素を混ぜ込んだ異色作。「こういう展開、こういう作品だろう」という、観客の予想を超え続ける緊張感のある展開に加え、家族間の一筋縄ではいかない関係性、ユーモア、そして深い愛が描かれている。乞うご期待。
あらすじ
──だって現実に起きていることだけで十分気味が悪いんだから
眠れぬ夜を過ごしているエリック(平田 満)は、感謝祭の日、フィラデルフィア郊外から、妻ディアドラ(増子倭文江)と認知症の母モモ(稲川実代子)を連れ、次女のブリジット(青山美郷)とそのボーイフレンド、リチャード(細川岳)が住むマンハッタンのアパートを訪れる。そこに長女エイミー(山崎静代)も合流し、皆で夕食を共にする。雑多なチャイナタウンにある老朽化したアパートでは、階上の住人の奇怪な物音や、階下のランドリールームの轟音がして、祝日だというのに落ち着かない。そんな中始まった食事会では、次第にそれぞれがいま抱える人生の不安や悩みを語り出し、だんだんと陰鬱な雰囲気を帯びてくる。その時、部屋の照明が消え、不気味な出来事が次々起こり……。
メッセージ
翻訳 広田敦郎
とても定義しがたい作品です。一見サイエンス・フィクションかと思わせるタイトルでもあるようですが、どんなお芝居かは想像しにくいでしょう。
一家が集まる感謝祭のディナー、夜更けとともに浮かび上がる不都合な真実、と、いかにも〈アメリカの家族劇〉らしくまとめることもできますが、それではあまりにも新しくないし……何も特別なところのない、ごく普通の家族の営みにほっこりしながら、そこはかとない不安にさいなまれ、「いま何を見せられたの?」と若干もやっとしながら劇場を後にする感じの、怪談じみたお芝居、でしょうか。
『ハミルトン』がトニー賞ベスト・ミュージカルとピュリッツァー賞に選ばれた2016年、トニー賞ベスト・プレイに選ばれ、ピュリッツァー賞ファイナリストまで残ったお芝居です。バラク・オバマ政権が終わりに近づくころ、そしてまもなくドナルド・トランプが大統領に選ばれることを大勢が予想していなかった(あるいは予想していたでしょうか?)ころ、初演されたお芝居です。
19世紀から20世紀の変わり目、チェーホフの新作劇を観た人々と同じような気持ちを味わえるお芝居、かもしれません。
ニューヨーク、マンハッタンの片隅で感謝祭のディナーに集まった家族の抱える不安は、ポストコロナ時代の日本で生活するわたしたちにとっても他人事ではありません。劇場でひとよの不安を分かち合い、他者との緩やかな繋がりを感じることが、この酷い時代、酷い世界を生き抜くための支えになればと思っています。
演出 桑原裕子
人が、不安を抱くのはどんなときだろう、と考えていました。
幼い頃は、そこにないはずの物がある、見えない者が見える、聞こえてはいけない音が……という、いわばゴーストのような未知なる存在に恐れ、何もない暗闇の奥に目をこらしていたものです。
けれどいつからか、不安はその逆にある、と感じるようになりました。
あるはずのものがない。見えていたことを見失う。信じていたものが失われてゆく。それは、信頼であるとか関係だとか絆だとか記憶だとか愛だとか、自分自身であるとか。あるいは文化だとか、社会だとか。私たちの暮らしている世界は、永遠に進化していくものだと思い込んでいたけれど、そうではなかったのだなと、ここ10年ほどの間で急速に感じるようにもなりました。以来ずっと、足下に不安が漂っています。
失われていく予感こそが、不安の正体なのかもしれません。
『ザ・ヒューマンズ―人間たち』は、ひとつの家族の、ほんの僅かな時間を切り取った作品です。あなたも私もよく知るような……けれど、我々が平気な顔をして日々を営みながらひた隠しにしてきた恐ろしい何か、が、不気味な軋みをあげて満ちてゆく恐怖劇でもあります。家族という小さな社会で蠢く人間たちを、私も足をすくませながら見届けます。