神奈川県横浜市にある「KAAT 神奈川芸術劇場」と、長野県松本市にある「まつもと市民芸術館」による共同プロデュース『Mann ist Mann マン イスト マン』が、1/26(土)から2/27(水)まで、神奈川県及び長野県の4都市で上演される。ドイツの劇作家・演出家として名高いベルトルト・ブレヒトによる喜劇『マン イスト マン(男は男だ)』を原作に、串田和美が脚色・演出を担当。出演は、安蘭けい、串田和美、オーディションを通じて集った若手俳優たちなど、その新鮮な組み合わせに期待が募る。人間のアイデンティティを問う喜劇に歌やダンスを織り交ぜた「冬のカーニバルシリーズ」。串田和美と安蘭けいに、近況や展望を訊ねた。
――まずは稽古に関する雑感を教えて下さい。
安蘭「一歩ずつ着実に進んでいるけれど、若干私の中では『ハテナ?』が飛んでいる場面もあり……」
串田「それは私にもありますよ」
安蘭「串田さんにもあります?」
串田「ハテナは貴女よりたくさん飛んでいるかもしれない」
安蘭「(笑)。今回の座組は、みんなでハテナを感じて、それを確実に消していき『ビックリマーク!』を増やしていこうと、そんな感じです。一人ではなく全員で取り組めるのが串田さんの公演で、少し懐かしい気持ちになりました」
串田「見本や完成図がある作品ではないからね。「一体どんなものになるのだろう?」とみんなで探りながらの稽古。図面通りに組み立てたら完成しました、という作り方とは全く異なります」
――座組全体の雰囲気はいかがですか?
串田「我々という、ちょっと大人が二人いて、後は若手中心です。ベテラン若手関係なく、みんなでああだこうだ言いながら稽古をしています。出演者の4人は普段からまつもと(市民芸術館)で一緒にやっている人たちで、残りの8人は初めて出演してもらう人たちがほとんどなので、それぞれの資質とか、これからの伸び代とか、色々なことを試しつつ」
安蘭「たまに「劇団に客演しているみたい」と錯覚することがあります。長く一緒にやっているような雰囲気が」
串田「ジャグリングの練習をやったりして、それがまた仲良くなった要因かもしれないね。安蘭さんは年末まで(シアター)コクーンで本番があり、遅れて合流したのだけれど、安蘭さんが来てくれたら急に現場の雰囲気が変わった。とても良い意味で全然違う」
安蘭「本当ですか!? やった!」
串田「安蘭さんの存在、意気込み、楽しみ方が、みんなをキュッと引き締めた。そういうことってすごく大事」
安蘭「いったん出来上がった座組に後から合流するので、様子を見ながら隙を狙ってシュシュッと入りました」
串田「稽古に遅れるとそういうことあるよね。『みんなは知っているのに自分だけ知らない!』みたいな」
安蘭「そうそうそう」
串田「3日遅れただけでもドキドキするもの」
安蘭「ようやくカンパニーの一員になれた気がします(笑)」
――この作品で、お二人の共演シーンは?
安蘭「共演シーンはあります」
――ネタバレしない範囲で、どのようなシーンか教えて頂けますか?
串田「大人の欲情シーン(笑)」
――ええっ!?
串田「僕の役はいわゆる鬼軍曹でね。普段は厳格な男なのに、何故か雨が降った途端に人間的になってしまい、自分の欲情が抑えられなくなる。だから『雨よ降るな』と思っているのだけれど、でも降ってきちゃう」
安蘭「私は酒場の女将役です」
串田「その女将からモーションをかけられて『……いや、ダメだ!』みたいな。それが主の物語ではないけれど、そういうシーンもあります。それから、冒頭はコックや給仕が出てきて料理を運んだりするのですが、劇場の支配人夫婦なのか、コンビなのか、とにかく二人でお客さんに挨拶をするシーンも」
――複数のシーンで共演されるのですね。共演するにあたり、いま楽しみにしていることは?
安蘭「串田さんの、何をしでかすか分からない怖さ(笑)」
串田「アハハハ。『ひょうたん島(※二人が共演した、シアターコクーン・オンレパートリー 2015-2016+こまつ座 漂流劇 ひょっこりひょうたん島)』の時はあまり絡めなかったよね」
安蘭「そうなんです」
串田「稽古もまだそれほど重ねてないけれど、(安蘭と正対して)こうやって目があったりすると、嬉しいし、楽しいよね。今回みたいなシーンは初めてだし」
安蘭「やったことなかったです」
串田「初めてのことって、やはり面白いよね」
――今作は、S席が食事付きのテーブル席、A席が会場内で購入したドリンクを飲みながら観劇できる「キャバレースタイル」になります。このスタイルを楽しみにしている方も多いと思いますし、これに関するお話を。
串田「ブレヒトという人は、日本では『政治的で難解な人物』という印象を持たれているけれど、若い頃はとても前衛的で、やんちゃなパンク兄ちゃんだったらしい。当時のキャバレーというのは色々な出し物があり、漫談も政治的なアジテーションもサーカスの真似事も、何でもやる。そこでブレヒトがギター片手に出て行き過激な歌をわめいたとか、様々なエピソードが沢山残っています。そういう資料を読んだ時、もし彼が亡命する必要のない平和な時代に生まれていたら、きっとこういう作品を手掛けるのでは? ということに挑んでみたくなった。それから、僕が演劇を始めた60年代と比べて、最近はお芝居が決まりきった形に収まっている印象があります。権威的というか、堅苦しくなっちゃって、これは世の中全般がそうですが。演劇は昨今ものすごく栄えたけれど、それと同時に忘れてしまったものがある。例えば、咳をするのもはばかられる静かな演奏も、みんなで手を叩いて盛り上がる演奏も、どちらも立派な音楽じゃないですか。だったら演劇だって色々な形があっていい。更に言えば、娯楽的だから浅いとかそういうことではなく、むしろ深くなるんじゃないかと。食べながら飲みながらワイワイ観ることで、色んな感受性が動いて想像力がより働くとか、そういうこともあるんじゃないかな」
――歌あり、踊りあり、演奏あり、賑やかな演劇になりそうですね。
串田「コックや給仕がお皿を投げる要領でジャグリングも練習したけれど、本番ではどこまでやるか分からない。お客さんに当たったら大変だから。他にも幾つか練習しています。ちょっとしたやり取りも、漫才風にもシリアスにもなる。とにかく色々盛り上げます」
安蘭「あと、ブーイング笛とか」
串田「ブーイング笛とブラボーバトンね。飲み物を片手に持ちながら、片手でパチパチできる棒」
――これは珍しい試みだと思います。ブラボーバトンとブーイング笛は劇中の全シーンで使っていい?
串田「そこはお任せで。でも、場違いだと思ったら『そこじゃねぇだろ』みたいな感じでこっちも突っ込むかも(笑)」
――出演する立場として、安蘭さんはどうですか? 急なホイッスルにびっくりしたりしません?
安蘭「でも、お客さんはためらうんじゃないかと思っていて」
串田「うん、そうだよね。勇気がいるだろうから、最初の方に練習を入れたい。僕がバカなこと言うと、安蘭さんが『ほら! こういうところでブーイングするのよ!』とか。あと、僕が出ないシーンは客席に回って煽ろうかな。俳優が一番やりにくいパターンだよね。演出家が壊しにかかる」
安蘭「『ちょっと串田さん! いま真剣なんですけど!!』みたいなことですね(笑)」
串田「そんなことを仕掛けながらも、この公演を観たお客さんが『要素が盛り沢山でガヤガヤしているけれど、何故か感覚が動いたなぁ』と思ってくれたら嬉しいです」
――最後に。公演初日が1月26日ということで、新春のメッセージ…例えば今年の抱負などを一言頂きつつ、今の意気込みを語って下さい。
安蘭「今年の抱負ですね……。串田さん何かあります?」
串田「今年も、元気でいたい」
安蘭「(笑)。そうですねぇ。今年最初の出演がこの作品で、私としても今までやったことのない異色の公演だと思います。出来る限り構えず、自然体で舞台にいられたら。ブーイングが飛んできても柔軟に対応したいし、ある意味でお客様を巧みに誘うと言うか、そういう余裕を心掛けたいです。串田さんの元でなら、そういうこともできるだろうし、私が少しヘマをしても串田さんなら何とかして下さるし、そういう信頼は揺るがないので、思いきってやります!」
串田「僕も今年最初の舞台を安蘭さんとご一緒できて嬉しいし、気に入ってもらえて『またやろうね』と思ってもらえるよう頑張ります。役者というのは、職人に仕事を依頼するように『じゃあ、これをやって』という訳にもいかず、顔を合わせて、距離感を合わせて、そこで初めてできることも沢山ある。安蘭さんは僕に何かを教えようと思っていなくても、僕が勝手に教わってしまうこともある。それはお互い様で、そういうものなんです。役者の中には、構えて、固めて、『これ以上入ってこないで!』みたいな人もいるけれど、人間は所詮生き物だから、顔を合わせているうちに、自分でも気付けなかった『何か』になれるかもしれない。このお芝居で安蘭さんと共演するけれど、頭の中で立てた計画はきっと成り立たないし、そもそも本番ではもっと面白いことが起こる。ただ、演劇を長くやってきた身として考えることは、演劇にとって大切なものが失われつつあるという危機感と、それを取り戻すことには困難が伴うけれど、せっかくここまで演劇を続けてきたのだから、諦めずに挑戦します。そういう演劇を作りたい。それが新春の決意です」
取材・文/園田喬し