石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』| 村井良大インタビュー

9月に下北沢・本多劇場にて上演される、石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』。ミュージカルからストレートプレイまで、これまで数々の舞台に立ち続けてきた村井良大が初めて挑む一人芝居だ。

フィリップ・リドリーによる本作は、主人公の青年・サーシャを中心とした11人のキャラクターが登場し、まるでジェットコースターのような会話劇が繰り広げられていくもの。上演台本と演出は村井雄が担当する。このチャレンジングな企画について、ひとりの俳優としていま新たなスタートラインに立とうとしている村井良大に話を聞いた。


■これまでの自分の経験や俳優としてのキャリアのすべてが詰め込まれることになるはず

――『ザ・ポルターガイスト』の戯曲を拝読し、これは非常にチャレンジングな企画だと感じました。村井さんは本作に初めて触れたとき、どのような印象を抱きましたか?

最初に読んだときにまず思ったのは、ここに記されている物語の世界がいったいどうなっているのかということです。僕が最初に手にした台本にはセリフは書いてあるものの、それらを誰が口にしているのか、役名が記されていなかったんですよ。主人公の青年サーシャを中心とした11人のキャラクターが登場するのですが、どのセリフを誰が言っているのかが指定されていない状態のものだったんです。あれには驚きましたね。ほとんど謎解きでした。

――いただいたものには役名が振ってあったので、それは驚きです。

そうなんですよ。全編をとおして、長い長いモノローグのようでした。でもそこで会話が展開しているのは分かっているので、「これは誰の言葉なんだ?」「誰に向けている言葉なんだ?」というふうに、かなり頭を使いながら読みましたね。しかも原文の英語のものだと「he」とか「she」などの主語があったようなのですが、日本語の会話だと主語はほとんどなかったりするじゃないですか。だから言葉が書き殴られているものだというのが第一印象でしたね。

――物語をたどるだけでも大変ですね。

でもこうして僕が抱いた印象は、初見のお客さんが抱くであろう印象に近いものなのかなとも思いました。舞台上にいるのは僕ひとりだけで、その僕が11人のキャラクターを演じ分けていくわけですが、次から次へと役が切り替わっていきますし、それぞれ役名を名乗るわけではない。だから目の前の展開についていくのが大変だと思うんです。

――ですがそれこそが一人芝居の魅力だったりもしますよね。

まさに。一人芝居の面白いところは、観客のみなさんも高速で頭を回転させ、足りないピースを補っていく作業にあると思うんです。そのいっぽうでどうしても途中でダレてしまうのが難しいところ。目の前にいるのは同じひとりの俳優ですから、端的に言うと、どうしても飽きちゃうと思うんですよね。とくにシーンの転換が少なかったりすると。だからどうやってそこから観客のみなさんの興味を取り戻すか。セリフの意味よりもスピード感やテンポ感を重視して、たびたびお客さんをびっくりさせるような作戦を立てなければならないなと考えています。

――戯曲を読んでいて、どれくらいのスピード感で演じられるのか気になりました。

イギリスで上演された際には、1時間前後だったみたいです。すごい速さですよね。日本語は英語よりも重くなってしまいがちですが、それでも1時間15分くらいに収めることを目標にしていこうと、演出の(村井)雄さんと話しています。すべてのセリフを丁寧に届けるのではなく、この作品の面白い情報だけをうまく届けたいなと考えているんです。

――面白い部分をいかに強調するか。

そうです。面白い部分を抽出していって、そこに力を入れ、濃くするとか。そこで落語が非常に参考になっていて、いま勉強しています。落語は、日本の一人芝居の原点にあたるものだと思うんですよね。いくつものキャラクターを声の変化と最小限の動きで演じ分け、そこにひとつの世界を立ち上げてみせる。これから一人芝居に挑もうという視点で触れると、改めてそのすごさが分かります。

――落語を参考にされていると。村井さんのお話を聞いて、すごく納得感があります。

落語における長ゼリフ的なものは、スピード感やテンポ感が重視されている印象で、流れていくようですよね。でもそれでいて、その噺の重要な言葉や面白い部分は、寄席に集まった人々にしっかり届いている。非常に勉強になります。ひるがえって、一人芝居って奥深いものだなと改めて感じています。このインタビュー時点ではまだ雄さんとは話せていませんが、個人的にはできるだけシンプルなつくりの舞台で、ひとりでやり遂げたいと思っています。シンプルな舞台というのは、美術だけでなく、音響や照明に関してもです。僕がいかに自分のペースを保てるか。どれだけ舞台上でマイペースなままいられるかがカギだと思っています。

――村井さんと観客が対峙し、共闘する時間が生まれるわけですね。演者である村井さんにとっては持久走であり、同時に短距離走でもあるようなイメージを持ったのですが、いかがでしょう?

まさにおっしゃるとおりです。観客のみなさんと対峙する瞬間もあれば、空気感を共有して一緒にシーンをつくらなければならない瞬間もあると思います。お客さんの反応によって僕のパフォーマンスも変わるはずですし。持久走であり短距離走でもあるというのは本当にそのとおりで、自分のすべてを使い果たすことになると思います。いまのところ想像がつかないですね。

――日本語と英語のセリフの印象の違いに関するお話が出ましたが、村井さんの思う海外戯曲の面白さはどのあたりにありますか?

海外の戯曲の面白さは、笑える要素が皮肉的なところだったりしますね。たとえば、ネガティブなことに対して「パーフェクト」と言ってみたり、目の前の状況とは逆の言葉で気持ちを表現したりするじゃないですか。ここが個人的に感じている日本の戯曲と海外の戯曲の大きな違いかなと。日本との文化的な背景の違いも大きく関係していますよね。ウィットに富んでいるというか、ジョークの幅が広いというか。でもこれ、英語だからこそ面白いのであって、日本語に訳すと意味がよく分からないこともあるので、日本で上演する際の難しさのひとつでもありますね。

――翻訳する方のセンスも大きく関係してきそうですね。

そうですね。だから役のキャラクターや物語の文脈的に特定のセリフを口にするのに無理がある場合、そこは実際に演じる俳優として、ご相談させていただきます。もちろん、元の戯曲に最大限のリスペクトを払いつつ。それに日本の戯曲と海外の戯曲だと、そもそものテンション感が違いますよね。日本だと劇場に集まるみんなで共有できる日常の“あるある”な要素を物語に取り入れていることが多く、それがその作品の面白さの軸になっていたりします。でも海外の戯曲は海外の方たちにとっての常識でつくられているので、そういうものがないように感じています。ここにも文化的な背景や国民性の違いが表れていますね。

――本作は11人のキャラクターが登場するうえに、主人公のサーシャに関してはモノローグ(=心の声)もあります。この演じ分けのイメージはすでに湧いていますか?

僕の中ではイメージできていますし、雄さんの演出の方向性もそれなりに固まってきているみたいです。もっとも難しいのはサーシャのダイアローグ(=会話)とモノローグの切り替えですね。11人のキャラクターの切り替えもそうですが、ここはとくに明確に違いが分かるようにしたいと言っていました。とはいえ、作品の序盤のほうは丁寧にやるべきだと思いますが、これはスピード感とテンポ感が重要な作品。しだいにすべてが混ざり合っていくことになるんじゃないかと思っています。

――役の切り替えがシームレスに行われていくようになる。

そうですそうです。状況やキャラクターの心情を丁寧に説明せずとも、やがて観客のみなさんが感覚的にこの作品を掴んでいけるというか。落語をある種の理想形としつつ、その域にまで到達することを目指します。そもそも一人芝居は観る機会がかなりかぎられていて、この『ザ・ポルターガイスト』が初めての体験になる方も多いと思うんです。僕自身も観てきた数は多くないですし、大半の方が観るのに慣れていないと思います。だからできればぜひ2回、観ていただきたいですね。1回目は慣れてきた頃に終わってしまうと思うので、2回目でようやく楽しむ余裕が出てくると思います。これは僕自身の経験談でもあるんです。

――本作は演出の村井雄さんとのまさに二人三脚となりますね。作品をつくるうえで、これまで参加されてきたものとはどういったところが違ってきそうですか?

一度の稽古につき5時間くらいが限界だろうと雄さんは言っていました。スタッフさんをのぞけば、稽古場の中心は僕らふたりだけ。しかも動き回ってセリフを口にし続けるのは僕だけです。精神的にも体力的にも、最大5時間だろうなと。稽古後にはお茶でもして、ある意味ゆったりつくっていこうと話しています。ひとりの俳優とひとりの演出家で密な作品づくりができる。とても贅沢な時間になると思いますね。本当に二人三脚で、手応えを肌で感じながらシーンを積み上げていきたいです。そしてそのために重要になるのは、僕とセリフとの付き合い方になってくるのかなと。この膨大な量のセリフをいかに早く覚えて、自分のものにできるか。それによって稽古場の状況や流れも変わってくると思います。

――村井さんの俳優としてのキャリアはもうすぐで20年ですね。初の一人芝居は大きな挑戦であるのと同時に、ひとつのターニングポイントにもなるのではないでしょうか。

ええ、俳優としての20年近いキャリアにおいて、ひとつの集大成的な作品になると思います。『ザ・ポルターガイスト』には、これまでの自分の経験や俳優としてのキャリアのすべてが詰め込まれることになるはず。幕が上がると、そこには僕ひとりしかいません。これからの稽古や上演をとおして、自分がどういう人間なのかを再確認する時間になるだろうと考えています。僕自身の自分に対する評価も浮かび上がってくるはずですしね。持久走と短距離走を同時に展開しながら、僕自身は意外と冷静でいるかもしれません。雄さんは「この作品を村井くんの代表作にしたい」とおっしゃってくださいました。いまの自分のすべてをさらけ出して、全力で挑んでいくつもりです。

 

取材・文/折田侑駿

 

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