
生きるのに必要なリハビリみたいな時間になれば
末原拓馬と佐藤拓也の出会いは、2020年。ひとりしばい『ラルスコット・ギグの動物園』で初めてタッグを組んだ。
佐藤 普段は台本片手にマイクの前で台詞を言っている僕にとって、台本を離して台詞を覚えた状態で芝居をすること自体、大きな挑戦でした。あの経験がなかったら、今、自分がどうなっていたかわからない。一人の役者として成人の儀式みたいな舞台でした。
その後も朗読劇で再タッグ。末原にとって今や“友達”である佐藤を、自らの劇団公演の客演として招いた。それが、今回の『ラルスコット・ギグの動物園』だ。
末原 劇団でゼロから物語をつくっていく時に、俺は『物語をこんなふうに育てていこう』という会話ができる人を求めていて。拓也くんはそれができる人だった。物語を愛してくれる力を持った人であることが、今回一緒にやりたいと思った一番の理由かな。
佐藤 オファーをもらった後、一度おぼんろの劇団公演を観させてもらったんです。劇場に足を運んだ瞬間から彼らの世界に引きずり込まれて。乱暴だけど優しい公園に遊びに行ったら、そこにいた知らない子どもたちの“ごっこ遊び”に混ぜられたみたいだった。おぼんろの皆さんは、どうやって大人として社会生活を営んでいるんだろうと思うくらい、純真無垢な瞳のまま生きている。この人たちのことをもっと知りたいと思って参加を決めました。
タイトルは2020年に上演した一人芝居と同一だが、内容は一新。主人公ギグを末原が、親友ラルスコットを佐藤が演じる。
末原 拓也くんは俺が作品に込めた魂をちゃんと受け取って、役におろして演じてくれる人。そういう相手でないと親友役はできないと思っていて。あと、俺の亡くなった父にも生前会っていて。今、俺らの根幹にある喪失の痛みを共有してくれる人でもあった。この話の構想を練っている段階から、親友役は拓也くんだなって俺の中では決まっていました。
本作に横たわるテーマは、命。簡単に他者の命を傷つけ踏みにじることに慣れたこの時代に、改めて命の重みを問いかける。
佐藤 たぶんみんな寂しいんだと思います。その寂しさを埋める代償行為として、人を傷つけてしまうんじゃないかな。でもそれってあまりにも辛いこと。物語は、そんな寂しさを抱えた人のためにあって。物語にふれることで大切な誰かに想いを馳せることができる。その瞬間、人は独りじゃなくなる。特におぼんろの公演は、参加者もみんな物語の一部だから。あの高尚で雑多な“ごっこ遊び”に巻き込まれることで、誰もがひとかたまりになれる。きっと現代社会を生きていくのに必要なリハビリみたいな時間になるんじゃないかと思います。
末原 俺はずっと物語は世界を変えると言い続けて演劇をやってきたけれど、視点を変えれば物語じゃ世界は変わらないとも思っていて。物語が変えることができるのは、人。ある物語にふれたことで、その人の内面が変わる。そして、その人が変わることで周りの人たちもちょっとずつ変わっていく。それを繰り返していくことで、何百年後かに世界は変わっているかもしれない。俺のやっていることは、めちゃくちゃ長い時間をかけた美しい革命なんだよね。ウイルス性の幸せを俺たちは振りまいていて。その感染力は、うちの劇団はわりと強いほうだと思うの。ほんの数時間、ケタケタ笑えたじゃなくて、もっと深いところで『生きてていいよね』と思えるような、幸せの病原体でいられたらいいなって思ってる。
インタビュー・文/横川良明
【プチ質問】Q:手土産を選ぶポイントは?
A:
佐藤 公演の後に食べてもらえるものを選びます。全部終わって一息ついて、「そういえばこれ、佐藤からもらったんだったな」ということから、大変だったり、楽しかったりした、劇空間のことを思い出す一つのツールになればいいなと思っています。
※構成/月刊ローチケ編集部 8月15日号より転載
※写真は誌面と異なります

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【プロフィール】
末原拓馬
■スエハラ タクマ
おぼんろ主宰。主な外部作品に、剣劇『三國志演技~孫呉』(脚本・演出)、『氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉-』(脚本)など。
佐藤拓也
■サトウ タクヤ
声優。主な作品に、『アイドリッシュセブン』(十龍之介役)、『ジョジョの奇妙な冒険』(シーザー・アントニオ・ツェペリ役)など。