『モンゴル・ハーン』草原ツアー体験 オフィシャルレポート

2025.08.27

東アジア北西に位置する、モンゴル国。7月に天皇皇后両陛下が国賓として訪れ、スポーツの祭典「ナーダム」を観戦されたことも記憶に新しいこの国からこの秋、世界的に話題のエンタテインメントが、初来日を果たします。

演目は『モンゴル・ハーン』。バブー・ルハグヴァスレンの戯曲『印章のない国家』(1998年)をスペクタクルに昇華させたもので、2022年にモンゴルの首都ウランバートルで開幕するなり、大ヒット。何度も公演が延長され、最終的には10万5千人が鑑賞しました。翌年のロンドン公演も4万2千人、さらに昨年のシンガポール公演も3万人を動員し、今秋の日本公演の後には、NY公演も計画されているといいます。

いったい本作の何が、モンゴルにとどまらず、多くの人々を魅了するのでしょうか。ウランバートルで行われた作品世界の一端を体験できる草原ツアー体験レポートを通して、本作の人気の理由に迫ります!


「モンゴルにいらっしゃるなら、もう一泊して草原も体験されてはいかがでしょう」。

今回の『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演取材にあたり、現地の主催者からそんな提案がなされました。

「観劇」「インタビュー」をおこなって即、帰国という“弾丸”取材ツアーがほとんどという中で、“一泊余計に”というサジェスチョンはかなり例外的ですが、本作は紀元前3世紀から紀元1世紀後半まで、モンゴル高原で勢力を持っていた遊牧民族“匈奴(フンヌ)”をモデルとした物語。現代にいたるまで営々と続く遊牧民の暮らしを知ることで、作品理解もより深まるかもしれない…という期待のもと、取材チームは『モンゴル・ハーン』鑑賞の翌日、モンゴルに点在する草原リゾートの一つへと向かいました。

ウランバートルを一望する展望台ザイサン・トルゴイを経由して、西へ55キロ。トゥブ(中央)県アルドラーンにあるリゾート“モンゴル・ノマディック”に降り立つと、色味の薄い草原が広がるなか、数十の白い宿泊者用ゲルが建ち並んでいます。ついさきほど訪れた展望台の足元に、ショッピング・モールやタワーマンション(日本円で各戸1億円以上だとか)がひしめいていたのが嘘のように、ここでは見渡す限りが、平原と低い山並み。『モンゴル・ハーン』の主演女優バイラ・ベラさんがインタビューで語っていた、都会との“スペースの感覚”のギャップが痛感されます。

荷物を置いて集合場所に赴くと、南の方から土煙とともに近づいてくる一群が目に入ります。リゾートの隣(敷地内?)で暮らし、観光客が訪れる度に自らのライフスタイルを紹介してくれる遊牧民たちです。ラクダ、馬、ヤクに乗って横一列に並び、リズミカルに大地を踏みしめながらやってくる彼ら。『モンゴル・ハーン』オープニングで見られた乗馬の振付が、まざまざと思い出されます。

身振り手振りで彼らが乗っていた動物に乗せられ、私たちは数百メートル先の彼らのゲルへ。生まれて初めて跨ったヤクは一歩ごとに大きく動き、背中が大きいこともあって、下手をするとずり落ちかねず、体幹が鍛えられます。

宿泊客用にゆったりと作られたゲルとは違って、案内された遊牧民ゲルは天井が低め。体をかがめるのを忘れて誰かが入口に額をぶつける度に笑い声があがり、ゲル内部には遊牧民含めて、20人ほどの人々が集まります。家畜の匂いやぬくもりが直接伝わってくるような乳茶が出され、一族の長(おさ)と思しき男性は遊牧生活に必要なすべての道具(その多くは動物の骨、革を活用)が揃った室内を説明。そしていよいよ、それぞれに楽器を手にした人々が民謡を披露します。

モンゴル音楽を代表するホーミー(喉歌)を存分に聴かせる男性。羊のくるぶしを数珠つなぎにし、両手で扱いながらリズムを刻む女性。歌われた3曲のうち、二曲目については“私たちに幸せをもたらしてくれる”と自分の楽器を褒め、感謝する歌だという説明がなされます。どの曲でも、馬の頭をかたどった二弦の楽器“馬頭琴”が、『モンゴル・ハーン』でも度々聴かれたように疾走感を演出。曲をおおいに盛りあげています。

羊の骨を使った室内ゲーム「シャガイ」(7月のナーダムで雅子妃が高得点をたたきだしたそう)や馬乳酒作りの様子を見学。ゲルの外では、遊牧民ファミリーは、羊から刈った毛を歌いながら棒でたたいてフェルトを作る過程や、全力疾走の馬から身を乗り出して地面に置かれた帽子をとる遊び、ものの数分で家財道具一式を手際よくらくだに積み上げ、隊列を組んで引っ越すデモンストレーションなどが次々と披露されました。

“定住”や“物質的豊かさ”に慣れてきたビジターたちにとって、長きにわたって自然と共生しながら彼らが生み出してきた“暮らしの流儀”は、新鮮そのもの。スモーク中のビーフジャーキーの美味しそうな香り、実際に着てみると動けないほど重い(しかし零下数十度にもなる冬季には必要不可欠な)毛皮のコート、生まれたばかりでも器用に柵の上に立つ愛らしい子ヤギなど、ゲルの周りでの様々な発見に対して歓声が起こり、しばらくあちこちからスマホのシャッター音が鳴りやみませんでした。

バイラ・ベラさんが「モンゴルに来たらぜひ体験してほしい」と言っていた満天の星空は、残念ながらこの日は現れませんでしたが、それでも雲のヴェールの向こうに、うっすらと無数の星たちの存在が感じられます。どこまでも続く大地と、それを包み込む空の大きさ。『モンゴル・ハーン』では主人公のハーンが天に向かって迷いを叫び、その怒りを恐れる台詞がありますが、モンゴル・シャーマニズム信仰において、最高神に位置するのが天であることが、この途方もない景色を前にすると十分納得できます。

ゲルのポーチにたたずみながら薄闇に包まれ、“この広い世界にぽつりと一人”の感覚を味わった夜。次に『モンゴル・ハーン』を観る時には、また新たな視点からこの人間ドラマを味わうことが出来るかもしれません。

 

文/松島まり乃
撮影/阿久津知宏