『ここが海』|橋本淳 インタビュー

当事者と非当事者のあいだに
存在する「壁」に対話を重ねて
理解を深めて挑む

「性別を変更しようと思っている」と告げられた夫。日本各地のホテルなどを転々としながら娘と3人で暮らしていたある家族は、どう変化していくのか。作・演出の加藤拓也が「家族の在り方」に切り込む本作に、橋本淳が挑む。

「例えばシェイクスピアをやるなら中世のことや人種問題について学ばなければなりません。それと同じように、セクシュアリティのことも学んで臨ませていただいています。LGBTQに関する課題や議論は歴史的な経緯も踏まえつつ、今まさに現在進行形で更新されているテーマなので。トランスジェンダー当事者や周囲の方々の経験を伺ったりして、知識を蓄えて繊細に考えなければならないですね」

初稿の完成は2023年春。シスジェンダーとトランスジェンダーのメンバーが対話し、改稿を重ねられた。キャストもセクシュアリティに関するワークショップを経て稽古に臨んでいる。

「今まさに変化しつつあるテーマだからこそ、人によって受け止め方がまったく違うんです。戯曲を当事者の方に読んでいただいた時に、あるシーンについて『共感できないかも』という方も居れば、『すごく共感しました』という方もいて。でも、人それぞれだからこそ特別なことではないのかも、と講習やワークショップの中で感じました。このテーマを十分知らないからこそ、不安だったのかもしれません。」

橋本と加藤は『もはやしずか』以来の3年ぶりのタッグ。橋本は企画から参加し、作品の成り立ちを目の当たりにしてきた。

「企画から参加しているものの、彼のクリエイティブに口を出すことはほぼありません。求められたら、何か言うことはありますけど、それが反映されたり、されなかったり…ただ隣にいるだけの伴侶のようなもので、企画から関わっています、と声を大きくしては言いにくい感じです(笑)。ただ、脚本の変遷も見てきているので、役者としてそれを見られていることはなかなか経験できないことなので、そこはありがたいですね」

性別を変えようとしているパートナーを黒木華、ひとり娘を中田青渚が演じ、3人だけの会話劇が繰り広げられる。

「黒木さんのことは昔から知っているし、彼女なら準備から協力してもらえると確信していました。彼女のお芝居は感情が複雑で、セリフ一文にいろんな感情をこめられる人。そして、演出家からのたったひと言のディレクションでも、その全部を変えることができるんです。その柔軟性と理解力、決断力の速さには全幅の信頼を置いています。心強いですね。中田さんは、作品によって顔がまったく違っていて、そこが素晴らしいんです。まだ掴めていない存在ですが、それが今回の役にも合っているんじゃないかな。舞台の経験は多くないですが、加藤さんの演劇作品と中田さんのお芝居がマッチするんじゃないかと想像しています。」

今まさに活発な議論がなされているテーマだからこそ、恐らく受け止め方も千差万別。観客にも少しだけ、LGBTQへの前知識があったほうが、より作品が楽しめるのではないかと橋本は語る。

「この作品は、知識を入れてもらった方が、物語の解像度が上がると思っています。公演のホームページでは、トランスジェンダー当事者の方やクィア映画の批評を多くしている映画文筆家の方と僕や黒木さん、加藤さんが対談しているイントロダクション用の記事があるので、お読みいただけると、より少しかもしれないけど、理解が深まるはず。きっとその価値観が変わると思うので、ぜひ劇場に足を運んでいただきたいです」

インタビュー・文/宮崎新之

※構成/月刊ローチケ編集部 9月15日号より転載

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【プロフィール】

橋本淳
■ハシモト アツシ
舞台、映画、ドラマと幅広く活躍。秋には、映画「俺ではない炎上」、「盤上の向日葵」、2026年には「恋愛裁判」の公開が控えている。