新国立劇場の演劇『焼肉ドラゴン』鄭義信、千葉哲也、コ・スヒ、パク・スヨン、キム・ムンシクによる座談会

撮影:阿部章仁

日韓国交正常化60周年記念公演『焼肉ドラゴン』の制作発表会見が8月29日に東京・新国立劇場中劇場で行われ、作・演出の鄭義信、出演者の千葉哲也、村川絵梨、智順、櫻井章喜、朴勝哲、石原由宇、北野秀気、松永玲子、イ・ヨンソク、コ・スヒ、パク・スヨン、キム・ムンシク、チョン・スヨンが登壇した。

本作は、2008年に新国立劇場が芸術の殿堂(ソウル・アーツ・センター)とのコラボレーション企画として鄭義信に書き下ろしを依頼、制作された作品で、初演時に日韓両国で数々の演劇賞を受賞し、その後2011年、2016年にも上演され、今回が4度目の上演となる。

鄭義信(作・演出) 初演時には4回も公演するとは思っていませんでしたが、皆様の後押しによって実現できることを本当に嬉しく思っております。帰ってきてくれた初演のメンバーもいるので、もう一度初心に戻って新しい『焼肉ドラゴン』を見せたいと思います。

千葉哲也(哲男役) 14年ぶりなので、いくつになった哲男だか分かりませんが、皆様の足を引っ張らないように頑張りたいと思います。

村川絵梨(梨花役) 本作は伝説の作品だと聞いていて、まさかまた上演してくださるとは、そして私をメンバーに入れていただけるとは思っていなかったので、本当に嬉しく身が引き締まる思いです。早速稽古が始まって、稽古場にはもう舞台セットが立っている状態で、初参加チームとしては震える気持ちになりました。とんでもない熱量に負けずに挑んでいきたいと思っています。

智順(静花役) 本作のお話をいただいた時は、嬉しい気持ち以上に、「絶対に嘘や」と信じられない気持ちの方が大きかったです。いざ稽古が始まったら、皆さんのエネルギーがすごすぎて、もうウダウダ言っている暇はないなという気持ちで、とにかく今は一生懸命食らいつこうという思いです。

櫻井章喜(呉信吉役) 9年前に出演したときは大量の涙と汗をだらだら流し、大きな声で騒いで歌って踊って、とにかく大変だったな、と思い出しました。今回、鄭さんをはじめとする大きな家族がどんなチームに育っていくのか、今から楽しみで仕方ありません。日韓の素晴らしい俳優・スタッフが集まって、語り継がれる舞台になっていくと思います。

朴勝哲(阿部良樹役) 『焼肉ドラゴン』への出演は、これまで映画も含めて皆勤賞ですが、会見に出るのは初めてです。僕は「焼肉ドラゴン」というお店の中にずっといる常連客なので、そこで見れる景色、初演の時の懐かしいメンバーと、新しいメンバーが生み出すものを楽しみにしています。僕もその中で生きられるように、楽しんでやっていきたいと思います。

石原由宇(長谷川豊役) 僕はデビューが鄭さんの書き下ろしの作品でした。また鄭さんのセリフを言えることが本当に嬉しいです。ただ、僕は東京人で関西弁のお芝居は初めてなので、全く関西弁のアドリブがきかない状態です。千秋楽までには何とか関西弁のアドリブができるように頑張りたいと思います。

北野秀気(時生役) オーディションに受かったという連絡をもらったのは公園でボーっとしていた時で、とりあえず滑り台を3回滑りました。それぐらい嬉しかったです。最年少ですが、誠心誠意、精一杯やらせていただきたいと思っています。

松永玲子(高原美根子・寿美子役) 初演はテレビの舞台中継で見ました。再演と再々演は客席で見ました。雷に打たれたような衝撃を受けました。終演後しばらく立ち上がれなかったことを覚えています。そして今回、まさかの出演依頼がやってきました。このタイミングで“ええ感じのおばはん”になれていた自分を褒めたいと思っています。

イ・ヨンソク(ヨンギル役) この作品に参加することが決まった時、周りの演劇関係者や友人に羨ましがられました。それぐらい、この作品は韓国でも伝説的な作品として知れ渡っています。この舞台では、韓国語と日本語、両方の言語が入り混じって進行しますが、そのことに意味があるのではないかと思っています。父親役として、どういう気持ちでどう表現していくか、これから悩んで、作品に貢献していきたいと思います。

コ・スヒ(ヨンスン役) ようやく、コ・スヒがヨンスン役を演じる『焼肉ドラゴン』が帰って来ました。『焼肉ドラゴン』の幕が再び開く日をきっと皆さん待ち望んでくださっていたと思います。期待に応えられるよう、努力を積み重ねて準備していこうと思います。本日ここに集まってくださった皆様、そして本作の上演に向けて尽力してくださった新国立劇場と芸術の殿堂の皆様に感謝申し上げます。

パク・スヨン(ユン・テス役) 初演は30代でした。再演は40代で、今回は50代で臨みます。ドキドキワクワクする場をくださったことに感謝しています。(劇中での)マッコリ(の飲み比べ)に関しては、年々飲む量が減ってきていますが、頑張ってしっかり飲めるように練習しています。だから、毎晩マッコリを飲む練習をしています。

キム・ムンシク(オ・イルベク役) 長い時間が流れて、この作品に再び参加することができるということは想像もしていませんでした。ドキドキワクワクの気持ちをちゃんと伝えられるように舞台を作り上げたいと思います。

チョン・スヨン(美花役) 美花はベストを尽くす人、そして夢見る人だと思っています。彼女のキラキラと輝く姿を作れるように頑張っていきたいと思います。皆さんどうぞ見守ってください。

──今回、脚本や演出は変わるのか

鄭義信 基本的に、脚本・演出は変えていないつもりですが、キャストが違うので、当然そこで生み出されるものが変わるんじゃないかなと思います。このチームで一丸となって家族として、ゼロから作り上げたいと思っています。

──韓国キャストの皆さんは、日本滞在中にしてみたいこと、楽しみにしていることはあるか

イ・ヨンソク 日本に来る前は「あれもこれも楽しもう」と考えていたが、実際に来てみたら全然それどころでなくて、この作品についていくだけで手一杯になっています。今楽しんでいることは、宿に帰って、おにぎりを食べるかラーメンを食べることぐらいですね(笑)。

コ・スヒ 初演に参加してから17年間毎年日本に来ているので、特別何かを、ということは特にありません。ただ、麻布台ヒルズには行ってみたいと思っています(笑)。

パク・スヨン 来る前は行ってみたいところがいくつかあったのですが、実際に日本に来てみたら、毎晩マッコリを飲む練習をしなければならないので、今はそれに専念しています(笑)。

キム・ムンシク まずは何よりも稽古と公演に専念することが大事ですが、初めて日本に来た時はラーメンが苦手で食べられなくて、でも今は好きになって週に3回は食べに行っています(笑)。

チョン・スヨン 一番行きたいのは温泉です。それともう一つ、韓国で父が焼肉店を経営しているので、日本の焼肉とどう違うのか食べに行ってみたいのですが、昨日鄭さんから追加で2曲歌ってほしいと注文を受けたので、多分その練習をするのが最優先になると思います。

──作品の魅力をどのように感じているか

イ・ヨンソク この作品を通して、人とは何なのか、特に家族に関する悩みが議論されていると感じています。家族は一番近くにいて、一番わかり合えているはずだと思いきや、もしかするとよくわかっていないことがあったり、むしろ他人のほうが理解してくれることがあったりするという、そうした家族に対する探求という部分も多く含まれていると感じています。

──現在、多様性を否定するような言説や、排外主義的な考え方というものが世界中で多く見られるようになってきていますが、そういう中でこの作品を上演する意味をどのように考えているか

鄭義信 この作品は、オーストラリアとアメリカでリーディング作品として上演されたことがあります。僕が描いたのは、日本の中の小さな在日コリアンの家族の話だと思っていたのですが、海外では移民の話として受け取られたことに驚きました。世界中に戦争などの影響で国を離れざるを得ない人たちがいる中で、この作品を観て、それでもやっぱり人は生きていかなくちゃならないんだ、というメッセージ、希望というものを感じてもらえればありがたいです。

***

会見後、作・演出の鄭と、初演にも出演している千葉哲也、コ・スヒ、パク・スヨン、キム・ムンシクによる座談会が行われた。

──こうして初演にもご出演のメンバーにお集まりいただきましたが、久しぶりに集結してみた雰囲気はいかがですか

鄭 あまり久しぶりな感じがしないというか、ずっとやってきた仲間と「また『焼肉ドラゴン』をやるから集まろうよ」という雰囲気ですね。4回目の公演で、もしかしたらこれが最後の上演になるかもしれないということで、じゃあもう1回一緒にやりたいな、と声をかけました。スヒは、初演時は30代だったんですが、今回オファーしたときに「私、ちょうどいい年齢になっているよ」と言われました。もう少し上手にお母さん役をやれるんじゃないか、ということですね。千葉ちゃんにも「出てよ」と言ったら、「じゃあやるか」みたいな、お互い軽いノリで(笑)。

千葉 最初、アボジ(お父さん)の役だと思っていたんですけど、鄭さんに「何を言っているんだ、哲男だよ」と笑われました。僕は再演が好きではなかったんですけど、今年は16年ぶりに再演した『ハイ・ライフ』という作品にも出演をしました。時間が空いて再演をすると、人間年取った分ちょっと成長しているじゃないですか(笑)。そうすると新たなアイディアも浮かんでくるので、再演っていいな、と思い始めています。

コ・スヒ もう皆さんと会えないかと思っていたので、また会えてとても夢みたいです。初演メンバーが全員揃ったわけではないので、その点に関しては少し残念だなという気持ちもありますが、新しいメンバーもいらっしゃって、ドキドキしながら楽しみにしているという感じです。

コ・スヒ

パク・スヨン 今回、稽古場に到着して最初に会ったのが千葉さん。トイレでバッタリお会いしたんです(笑)。そうしたら、昨日一緒にお酒を飲んで次の日にまた会ったというくらい、長いこと会っていなかった感じがしなくて、とても親しみを感じました。

キム・ムンシク 日本での公演は、やるたびに何か新しい印象もありますし、慣れ親しんだ空気感もありますし、そういう雰囲気の中でやっています。

──初演時の印象に残っているエピソードがあれば教えてください

千葉 前回のソウル公演に行ったとき、光化門というのは、その昔日本軍が移築してしまって、それを元の場所に戻して復元したんだ、ということを教えてもらいました。初演から14年も経っているけれど、日本の罪の重さというのがどんどん増えてきているように僕は感じています。『焼肉ドラゴン』は外側はすごくコメディみたいな作品だし、家族を描いた話なんだけど、結局社会が彼らを追い詰めてしまった…。日本はそういう歴史を知ることからずっと逃げてきたんじゃないだろうか、と思うんです。

鄭 今、日本ではK-POPなどの韓国文化を中心に韓国ブームがありますが、いつも在日コリアンを飛び越したところで話題にされていて、在日は置き去りにされているなと感じています。日本では、外国人とか第三国人というものは“見えない人間”にしようとしていると感じる部分があります。だからこの作品を見ることによって、在日コリアンのことや、他にも日本で暮らす様々な国から来ている外国人の状況を、ほんの少しでも考えてもらえたらと思います。この作品に登場する家族を愛してくれる人もいれば、この家族を排斥しようとする人もいる。でも、愛してくれる人が増えれば、また状況は変わってくるかもしれない。そういう意味で、多くの人に見てもらいたいなという気持ちがあります。

鄭義信

千葉 この作品で描かれているのは「居場所探し」だな、という感じがするんですよ。みんな居場所を探していて、半島から日本に来た彼らが、あそこから今度はまたどこへ行くのか、という。そういう要素をギュッと詰め込んで、笑いのオブラートで包んでいるんですよね。お父さんのセリフで「明日はきっとえぇ日になる」ってあるじゃないですか。あの人たちの明日って、今の僕たちの明日と全然違うんですよ。彼らは、明日生きているかどうかも分からないじゃないですか。希望は持つけど、現実は別。だからしがみつくというか。

鄭 でも、人は生きていかなきゃいけないからね。

千葉 だから、大声を出して酒をバカバカ飲んで、ゲラゲラ笑っているんですよ。

千葉哲也

──今回の上演でも韓国公演がありますが、今の韓国社会にこの作品がどのように響くと考えますか

パク・スヨン 実は、昨年まで韓国はかなり状況が良くなくて、今は正常化の過程をたどっていると私は考えていて、家族に関しても、新しい姿を探していく過程にあるのではないかと思っています。それは在日コリアンの方々が何かを探しながら、いろいろなものに耐えていくという過程と似ているのではないかと思います。

鄭 韓国は以前よりも家族関係というのが崩れてきたよね。だから、日本では『焼肉ドラゴン』は割とノスタルジックな作品としてとらえられたんですけど、韓国では今現実に自分たちの家族が崩壊しようとしていて、だから若い人たちが見に来て、崩れていく家族の姿に共感していて、そこのとらえ方の違いを日本と韓国の間に感じました。

パク・スヨン 韓国に関しては本当におっしゃる通りで、家族関係は以前と比べてもっと崩壊が進んでいますし、関係自体が希薄になっているという面があります。

パク・スヨン

──他に日本の観客と韓国の観客で、反応の違いを感じた部分はありましたか

千葉 前回のソウル公演で、「俺は北へ行く」というセリフを言ったら大爆笑になったんですよ。

鄭 うんうん、そこがね、そうなんですよ。

コ・スヒ それについては、韓国の人たちは在日コリアンの方たちを北朝鮮に送るという北朝鮮の帰国事業があったことをあまり知らないので、ちょっと荒唐無稽に聞こえて笑いが起こったんだよ、という説明を千葉さんにしました。韓国と日本の観客の違いですが、韓国の観客は、俳優と一緒に息を合わせているところがあって、自分も舞台にいるようなつもりで劇を見ていることが多いので、反応も早かったり、大きかったりするように思います。日本の観客は、作られた物語を追いかけながら見ている、という雰囲気があるように思います。

パク・スヨン スヒさんがおっしゃった通りだと思います。韓国の観客というのは「即反応」「即表現」みたいなところがあると思います。日本の観客は、舞台上の人たちに配慮してくれているのか、ちょっと控えめな反応なのかなと思います。それは多分、国民性の違いみたいなものがあるのかもしれません。

キム・ムンシク 日本と韓国では「観劇の姿勢」に違いがあって、韓国の観客は一緒にたくさん笑って楽しむ、日本はじっくり鑑賞する、という印象を持っています。ですが、韓国の観客と日本の観客が感じるものは同じだと思っています。

キム・ムンシク

──最後に一言メッセージをお願いします

鄭 初演メンバーと新しいメンバーが集まって、エネルギーがぶつかり合って、化学反応で新しい面白いものができるんじゃないかと思って期待しています。

千葉 再演って難しいんですよ、期待値は上がるし。だけど今回、初演メンバーと新しいメンバーの混成チームなので、今までの『焼肉ドラゴン』よりもさらに上に行きたいです。

コ・スヒ 帰ってきました!

パク・スヨン 初演の時は30代、再演の時は40代で、今は50代です。50にもなった人がこんなに苦労して皆さんを楽しませようとしているので、「かわいそうだな」と思いながら楽しんでください(笑)。

キム・ムンシク 騒がしくて楽しい演劇をぜひ見に来てください!

取材・文/久田絢子
撮影/阿部章仁