
左から)音月桂、伊礼彼方
ロンドンのテムズ川で発見された女性の変死体をきっかけに、二人の刑事が犯人を追ってイギリスからドイツ、さらにはエストニアへと捜査範囲を広げることによって、国際的な人身売買組織の存在が見えてくる……。ミステリーにしてホラー的な怖さ、そして社会派な会話劇の面白さを含みつつも、やがて不条理劇にも思えてくるという、イギリスの鬼才、サイモン・スティーヴンスによる『スリー・キングダムス Three Kingdoms』。この問題作がこの冬、日本初演を果たす。
演出を手がけるのは、数々の骨太な作品に携わり、スケール感のある劇的空間を緻密に起ち上げることで知られる上村聡史だ。キャストは伊礼彼方、音月桂、夏子、伊達暁、浅野雅博ら、華やかさと実力とを兼ね備えた面々が揃うことになった。
その中から主人公のイギリス人刑事、イグネイシアス役の伊礼、彼がドイツで出会う女性シュテファニー役、そして観客と舞台をつなぐミステリアスな存在としても登場することになっている音月、これが記念すべき初顔合わせになる二人に稽古にはまだ間がある9月の段階ではあるが、今作の魅力や注目点などを大いに考察してもらった。

――『スリー・キングダムス』は演出の上村さん自ら「攻めた作品」とコメントされているくらいの戯曲となっていますが、その問題作からオファーが来て、まずどう思われましたか
伊礼 オファーが来た段階では作品のことを詳しくは知らなかったので、問題作かどうかまでわかっていなかったのですが(笑)。でも脚本を読ませてもらった時に「マジ攻めてるな!」と思いました。これを今、日本で取り上げるんだということと、既にこの作家、サイモン・スティーヴンスさんは海外でこれを上演しているわけで、そのマインドに僕はちょっと感動しまして。だって、抹殺されてもおかしくないんじゃないかと思われるような内容ですからね。かなり、踏み込んだ話じゃないですか。でも海外でこういう内容のものが上演できるのであれば、日本でもなんとか上演できるのではないかと。だからすぐに「やります!」って、お受けしました!!
音月 熱量が、一気に沸騰!(笑)
伊礼 僕、攻めた方って好きなんですよ。上村さんもこういう作品をやろうとするということは、この人も攻めてるな、そしてそれを上演する新国立劇場も攻めてるなと(笑)。そんな攻めた作品を僕がやらせていただけるのであれば、もう、いけいけどんどんで乗らせていただいて(笑)。先頭に立ってみんなを引っ張っていきますよ!って気持ちになりました。
音月 でも今の伊礼さんのお話を聞くと、私の場合は守りだったかもしれないです。私はこれを一回読んだだけでは自分の読解力を疑うくらい、まだ理解ができていなくて。これまで私が関わってきた作品は比較的、単純明快で白黒ハッキリしたものが多かったんですよね。でもこの作品はグレーなところが多くあるので、この場面、このセリフはどういう意味があるのだろう?と、何度も行ったり来たりして。現時点では頭の中が曇り状態なんです。でも今日、こうして伊礼さんから直接この熱量を浴びたことで、私もだいぶ沸騰してきました(笑)。確かにお話自体は攻めていますけど、サイモン・スティーヴンス作品ということだけでも演劇ファンはきっと楽しみでワクワクしている方がいっぱいいると思いますしね。特に新国立劇場に演劇をよく観にいらっしゃるお客様には、こういう戯曲が大好きな方が多いと思うので。そういうみなさんの期待もあるでしょうから、ある意味プレッシャーは感じています。本当に読めば読むほど、噛めば噛むほど味の出てくる作品だなということは台本を読んでいて思いましたので、これから上村さんと伊礼さんと他のキャストの方々と、お芝居を作っていく過程がすごく楽しみです。
――具体的な役づくりは、まだこれからだとは思いますが現段階で、お二人はこの作品にどこから取り組まれるのか、演じる役柄についてはどう捉えていらっしゃるかを聞かせてください
伊礼 まずは、僕が演じる主人公のイグネイシアスが刑事役であるという設定がすごく面白いなと思っています。いわゆる守る側の人間が、闇に加担しているのかもしれないという流れになっていくので。しかも、彼の女性遍歴というか、女性との関係性にある共通点があることがわかってくるんです。自分の妻であるキャロラインもそうだし、ドイツで出会うことになる音月さん演じるシュテファニーもそうだし、過去に関わった女性たちもそうで。そのことが、場面場面でイグネイシアスの言葉にキーワードのように含まれてくるんです。それに絡んで「キャロラインと同い年だ」というセリフをイグネイシアスが言うんですが、その瞬間、彼は何を感じてこのセリフを発してるんだろうといろいろ想像してしまって。そこも、面白いと思うんですよ。いわゆる守る側の人間が、裏側の闇に加担しているのかもという、このアンバランスさ。それは現代の日本に暮らす僕らにも通ずるものがあって、僕も今はまともに芝居をやっていますけど(笑)、若い時はそれなりにやんちゃしていた時期もあったりとかして……。
音月 なるほど、そうなんですね(笑)。
伊礼 だけど家族ができると、逆にそこを味わってほしくないからこそ、取り締まる側になるんです。これをすると良くないぞ、これはダメだぞとか言うんですけど、それって過去に全部自分が経験したことを伝えているだけで。そういうことを振り返るようにもなるという、面白みもある。人間誰もがそういう部分ってありますからね。この物語としては非常に国際的な内容ですし、すごく深い闇が描かれていますけど。それも、罪の意識を感じずに多くの人がやってしまっている過ちにもつながるんですよね。でもその共通点に、果たしてどこまで気づいていただけるかという問題はありますけど。

――そこに気づくと、物語がぐっと身近に感じられるようになりますね
伊礼 と、いう気がします。先ほど、音月さんと話していて思ったんですけど、僕この作品だとしたらこれまでだと、伊達暁さんが今回演じられるシュテッフェンの役どころを演じることが多いんですよ。主役ではなく、いわゆるドラマの展開を作り出す、動かす側の人間を担当することが多くて。でも今回は自分が主軸なわけなので、自分がドラマを動かしてもらう側になるんだなという、今はそういう認識でいます。そして音月さんの演じられる役も、すごく大事なポジションで……。
音月 急に、高いハードルが……!(笑)。今日は取材を受けるというよりもちょっと勉強会のような気持ちになってきていて、いろいろなことを聞きながら考えていたんですけど。上村さんとお話しした時にも、男性性と女性性という話になって、つまりこの物語には支配や権力といった男性の力に押されていく女性たちが描かれているとおっしゃっていて。今、伊礼さんのお話を聞いていたら、改めて男性目線だとこういうことを考えているんだ!と気づいたりもして、やはり同じ作品でも男性目線の感じ方と女性目線の感じ方がすごく違うから新鮮です。私、宝塚歌劇で男役をやっていた時にもっとそれを知っておきたかったくらいです(笑)。別にどちらがいいとか悪いとかではないんですが。女性目線でこの物語を見ると、なんて愚かな!とか思ってしまうところもどうしてもあるんです。今回、女性は3人しか出演していませんが、その3人が演じる女性たちがどういうふうに翻弄し、翻弄されていくかを考えていくのはやりがいもありますし、楽しそうだなとも思っています。しかも女性たちは、あまりバックボーンが描かれていないだけにどうにでも味付けができそうですしね。上村さんやみなさまと一緒に稽古をしていく中で、いろいろなことを発見しながら作っていきたいなと思いました。
伊礼 しかし、女性から見たら男性は確かに愚かですよね。ホントどうしようもない(笑)。
音月 いえいえ申し訳ありません、もちろん伊礼さんが愚かだというわけではないですよ!(笑)だけどざっくりと男性女性で考えてみると、考え方がそもそも違うんだなと思えるところも、なんだか面白いじゃないですか。しかもそれは普遍的な問題で、いつの時代も交われそうで交われないところなのかなとも思えますしね。今は女性の時代だとか、多様性がとか言われていても、でもやはりまだ交われない部分はきっとあって。それでもお互いに歩み寄っていける世界になれたらいいですよね。ともかく、稽古場でみんなで語り合えるのが楽しそうです、早く稽古に入りたいなと思いました。
――お二人はこれが初共演となります。これまでのお互いの印象というと?
伊礼 僕は音月さんに、あまりミュージカルの印象を実は持っていなくて。ストレート・プレイ、お芝居を中心にされている印象が強いです。
キャスティングされていると聞いた時、えっ、この人がこの作品に出るんだ?という驚きはなくて、「ああ~、だよね、こっち側の人だよね」ってイメージでした(笑)。やはり、お芝居がお好きなんですね。
音月 大好きです。ミュージカルも嫌いじゃないんですけど、やっぱりお芝居への興味が尽きないですね。
伊礼 宝塚時代から?
音月 宝塚にいた時からですね。宝塚の世界はすごく好きなんですけど、外部の舞台でみなさんが大きく口を開けて笑っていたり、ボロボロ泣いたり、人間のある意味ドロドロな部分をしっかり表現する舞台をされているのをよく観に行っては羨ましく思ったりしていたんです。伊礼さんには、私はミュージカルで歌われている姿とか華やかなイメージを強く持っていたので、実はお芝居がすごく好きだと言われているのを聞いて、もしかしたら自分と同じ匂いの方なのかなとも思いました。
伊礼 そうです、そうです。たぶん、あまり知られていないかもしれませんけど。
音月 不条理とかミステリー小説もお好きだとのことだったので、そういうことも含めていろいろ話をしていたら、それだけでお稽古せずに終わっちゃいそうな勢いですよね。今日もこうやってお話ししてるだけでも楽しいから。でも今回のお芝居は絶対に、座学が必要ですね。
伊礼 それは確実に大事ですね。セリフも相当に多いので、ふだん僕は稽古場でずっと喋っているタイプなんですけど、この先あまり喋らなくなるかもしれない(笑)。
音月 今回、かなり多いですものね。浅野雅博さんとの、刑事同士の掛け合いも楽しそうです。今回、伊礼さんは歌ったりはしないんでしょうか。
伊礼 しないですね(笑)。もしも歌ってくれと言われたら、僕は「やめてくれ」って交渉しますよ(笑)。実は、この作品との出会いにもつながる話ですけど、今、僕はミュージカルへの出演をちょっと控えている時期なんです。映像やお芝居のほうをメインにやっていきたいので、3年後くらいまでお断りしている状態で。それでこの時期、絶妙なタイミングでスケジュールが合ったので、だから僕としてはちょっと奇跡的な出会いでもあったんです。お芝居か映像に出たいがためにスケジュールを空けて待つという、今ちょっと賭けに出ている時期だからこその巡り合わせだったので。
音月 おお~、すごーい。でも私もその気持ち、わかります。
伊礼 わかります?別にミュージカルが嫌いとか、そういうことじゃないんですけどね。新しい挑戦をしたくなるタイミング、ちょうどそういう年齢なのかもしれません。止まることが、一番怖いと僕は思っているし。だって止まることイコール、維持ではなく衰退だと思うので。動き続けるために、ここで一回賭けに出るかということなんです。だから正直に言うと今、とても怖い状態です。だけどワクワクもしています。
音月 ワクワクしているのは、いいことですよ。
伊礼 おかげで、この作品にも出会えましたしね。自分の思想が具現化されていくのは、こういうことなんだ、すごいなって思っています。

――この作品では、イギリス、ドイツ、エストニアという三カ国がそれぞれ舞台になります。初演では言語も三カ国語を駆使して表現されていたようですが
伊礼 今回はすべて日本語で上演すると聞いています。ですが、上村さんが、急に僕に英語とかドイツ語で話してって言ったらどうしようと、ビクビクしていますけど(笑)。たとえば海外に行った時、ちょっとした言葉遣いに変化が出ることってあるじゃないですか。自分が今、勝手にイメージしているのは、そういうちょっとした表現方法を変えてみたいなということなんです。それがうまくいけばイグネイシアスが三カ国を移動していくうちに、本人は気づかないまま裸にされていくきっかけになるかもと思っていて。つまり最初は刑事としてスマートなんだけれど、そのスマートさを演じなきゃいけなくなっていく姿が見せていけたら、というか。一生懸命崩れないようにしようとしていることが、もし2回目にご覧になった時に気づけるくらいの微妙さで表現したいんですよ。
音月 おお~、それはすごいチャレンジですね。
伊礼 2回目に観た時に「アレはここから始まってたんだ!」っていうのがわかるくらいのニュアンスがいい。1回目ですぐにわかっちゃうような大きめな芝居をすると、やりすぎに思えちゃうので。たとえば、僕の中にはアルゼンチンの血、DNAが流れているわけですけど、日本語で話している時はこんな感じなんですが、スペイン語を喋る時はもっと押しの強い、ちょっと違う音色が出るんですよね。そうやって言語が変わると、不思議なもので心もパーッと開けるというか。
音月 それ、面白いですね。
伊礼 その響きの差を日本語だけで表現するのは、非常に難しいんですけど。僕、稽古でその方法をちょっと編み出そうかと思っています。
音月 うわ、それは楽しみ~。早く見たいです!確かにこの作品って繊細な会話劇で、ものすごく個性の強いキャラクターたちが大勢出てくる中、かなりテンポ良く進んでいくもので。しかもそれを今回は新国立劇場の中劇場で、なのでどうやってお客様にその繊細な部分をお届けするかというのも見せどころだと思っています。確かに、せっかく三カ国をお客様と一緒に旅をするのなら、ガラッと匂いが変わるように、その土地の空気もお客様に感じていただきたいなとすごく思いました。私たちはとことん役を突き詰めていくことしかできないですけど、その私たちのお芝居をご覧になった方々が、最後には海外旅行が終わった時の達成感というか、満足して帰国してきたような気持ちになっていただけたらいいですね。土地柄はそれぞれの国で全然違いますから。イギリス、ドイツ、エストニア。それぞれの国同士の力関係とか政治的なこととか、そういうものも物語では描かれてくると思うので……。
伊礼 その点は、僕もまだ勉強不足です。国の力関係とかは、今から学ばないといけない。きっと、この順番で描かれた理由もあるんだろうなと思うしね。
――ちなみにイギリス、ドイツ、エストニアの三カ国で、特に思い入れのある国があったりしますか?
音月 ドイツは、それこそ宝塚にいた時にベルリン公演がありまして。宝塚で5組ある中から選抜されたチームで行ってきたんですけど、衝撃的でした。当時はまだ私も海外旅行とか、そんなに行っていない頃でしたので。ちょうど20歳になる誕生日の日で、日本でお祝いをしてもらって、向こうに着いても時差の関係でまだ誕生日だったから2回お祝いしてもらった思い出があります(笑)。でも、さっき言っていた国の空気感、匂いじゃないですけど、圧倒されました。ヨーロッパ、特にドイツにはさまざまな歴史があって、近代的な建物もあれば古き良き時代の建物もあって、それがいい意味で融合されていて。国民性も日本とは全然違うし。また、あの時と今とでは国のカラーも変わっているでしょうし、今のロンドンもエストニアもどういう風になっているかわからないので、本当だったら三カ国を実際に旅してから、この作品に取り掛かりたかったですけどね。まずは資料をいろいろ調べて、一生懸命思いを馳せて、作り込むしかないなと思っています。
伊礼 ドイツは僕も『エリザベート』に出演する時に行ってみようと思って、現地の公演を観に行く流れで、ウィーンにも寄ったりしながら、ルドルフのお墓に行ったり、いわゆるエリザベートの、ハプスブルクの世界観を味わってきたんですけど。城壁に囲まれた街の作りが独特で、海に囲まれている日本と、大陸にある国との違いをすごく味わいました。色もね、なんだかすべてがセピア色みたいだった。
音月 めちゃめちゃわかります!
伊礼 ただ僕も8歳まではアルデンチンで育ったので、ちょっとその時の匂いも感じたんですよ。南米とヨーロッパでは違うんですが、でも大陸という意味では似たところがあって。アルゼンチンのほうが自然が豊かなイメージでしたけど。あと、意外と英語が通じなくて。
音月 そうかもしれない。
伊礼 びっくりして、じゃあ、スペイン語は?と思ったら、もっと通じなかった(笑)。なんとか一生懸命、ドイツ語を喋ってみた記憶があります。あとね『エリザベート』のドイツバージョンがロックミュージカルで、非常にかっこよかった!
音月 えっ、いいなあ、観てみたい!
伊礼 「あ、やっぱりこれだ!」って思いましたね。それを機に、いろいろ自分の考え方も変わりました。日本の文化と海外の文化との違いや、自分自身の色も日本での立ち位置も見えてきて、より自分がやりたいものが区別できるようになった気がします。あれは、いい経験でした。

――それと、音月さんは物語に登場するシュテファニー役だけでなく、“観客と舞台をつなぐミステリアスな存在”としても出演されるそうですが
音月 そうなんです。でも稽古に入らないと、私もまだ具体的なことが把握できないのですが。やはり舞台というのは、お客様の想像力こそが最終的な味付けになりますからね。私たちはもちろん一生懸命作品に取り組みますけれども、それをどう解釈し、どう受け取って、持ち帰っていただくかはお客様に委ねたいと思うんです。そういう意味では、どういう表現の仕方をするかに関しては、この作品を少し遠くから眺めているような感覚のある役だとも思います。
伊礼 それは、とても面白そうだな。
――歌も歌われるとか?
伊礼 えっ、歌うんだ!
音月 歌うらしいです、楽しみです!
伊礼 すごい!それはうれしいですね。
音月 三カ国を移動する際の橋渡しみたいな役割も担うと聞いています。
――狂言回し的な存在なんですね
音月 上村さんには「音月さんのままでいい」と言われて「こんな感じの私で本当にいいんですか?」って何回も確認したところなんですけど(笑)。「桂ちゃんの、陽の感じで」と。だからこの物語を、私もお客様と一緒に楽しみたいなと今は思っています。
――出演者の中で、唯一違う立場の役でもありますしね
音月 そうですね。『エリザベート』という作品を宝塚で上演した時、私はルキーニ役だったんですが、あの役もそういう感じの楽しみ方をしていたように思うんです。エリザベートの暗殺だったり、それに翻弄されていく人々のこと、舞台上で起こる政治絡みの事柄を、客観的に面白おかしく眺めては笑ったり歌ったりしている役で。演じる側としても、意外と楽しかったんですよ。だから今回の役も、あの時と似た感覚を味わえるのかもしれないな、と。
――イメージが重なるところが、もしかしたらあるかもしれない
音月 ええ。それに男性か女性かわからない中性的な存在だとも言われているので、今回はまた新しい自分を発見できるのではないかと期待もしております。
――特に、好きな場面やセリフはありますか
伊礼 さっき少し言いましたが「キャロラインと同い年だ」というセリフはなんだか意味深で印象的で、とても好きです。やはりどこに思いを馳せて言っているんだろう、過去の自分なのか、キャロラインなのか、未来に待ち受けている何かなのか、母親なのか。それが今の自分にはまだわからないので、見つけたいなと思っているところです。
――あのセリフが気になり始めるといろいろな意味が含まれていそうで、いちいちギョッとしたりゾッとしたりしそうです
音月 確かに!そうですよね。
伊礼 そこなんですよ。

――言い方の匙加減も難しいですよね。あからさまに言いたくないというか
音月 やりすぎても良くないですし。
――けど、気づいてもらえないのもつまらないし(笑)
伊礼 そうそう(笑)。でも、すぐに気づいてもらうための芝居はしたくないし。結果的に、気づいてほしいんです。あと、それぞれ考察することが面白いと思うので、ぜひ終演後には会話してほしいですね。劇場の近くのカフェにでも寄り道して。
音月 いいですね。私の好きな場面は伊礼さん演じるイグネイシアスと浅野さん演じるチャーリーのドイツでのやり取り。明らかに情報が足りていない通訳をするイグネイシアスに、「ちゃんと通訳してくれよ」と突っ込むチャーリー。こんなにえぐってくる内容の物語にしては、そこだけすごく軽やかにトントントンってテンポ良く作られているので「飽きさせないなー、やるなー!」と思いながら読んだんです。また、そこを面白おかしく料理できる方たちが揃っていますから楽しみですね。
――そこは、笑いが生まれそうな気もしています
音月 あの場面はもう、客席から観ていたいくらいです。
伊礼 浅野さんは笑わせるお芝居、すごく上手ですからね。
音月 ああいうメリハリがあると力まず、心がほどけてリラックスしていただけるところでもあるから、楽しんでいただけそうですよね。
――そことのギャップで、怖いところがより怖く感じられるし、どんでん返しも効いてきそうです
音月 ホント、こうやって考察について話しているだけで既にこんなに面白いんですから。あれ?このお芝居、私たちがやるんですよね……って、なんだかすっかり楽しくなっちゃって他人事みたいになってました。
伊礼 そのくらい、本当に面白い作品だってことなんですよ!(笑)
――いろいろなキーワードもあるから、それに気づくかどうかでも違ってきそうです
伊礼 日本人には馴染みのない言葉もあって、そこが翻訳劇の難しいところではあるんですが。だけどね、日本人の工夫とか技というものは本当に素晴らしいから、この作品もきっと乗り越えられると思います。上村さんがうまいことやってくれるはずですよ!
――では最後に、お客様に向けて何か誘い文句をいただけたらと思います
伊礼 まずは音月さんが歌われる、というのが大きな魅力でしょう。
音月 突然、そこ?(笑)でもね、先ほど伊礼さんも2回観に来てほしいとおっしゃっていましたが。やっぱりお芝居を観に来るのって、特に新国立劇場で、上村さんの演出で、この内容でとなるともしかしたらちょっと勇気がいるかもしれませんが、少しリラックスして来ていただいて、感覚で味わってもらえたらうれしいなと思いました。私も、台本を最初に読んだ時にはどうにかして白黒ハッキリさせようとしすぎて難しく感じ、一回本を閉じたくらいでしたけど(笑)。別に正解が出なくても、間違っていてもいいと思うんですよね。誰が、何が、いいとか悪いとかもなく、お客様にはとにかく真っ白に、何も背負わずに観ていただきたい。そこで何を感じるか。悪いと思うかもしれないし、面白くないと思われる方もいるかもしれない、だけどその後にできれば2回目を観に来ていただけたら、「なんだ、ここって実はこういう意味だったんだ」と、角度を変えてもう一段階違うストーリーの面白さが味わえると思うんです。そういう楽しみ方もしていただけたら、うれしいです。
伊礼 そうなんですよ、なにしろミステリーなので。1回目は最後のどんでん返しで、わーって驚いたりはできるんですけどね。だけどそこに至る過程を楽しむには、2回目で全体像が頭の中に入っている状態で観た場合、「このタイミングで、こうやってあの世界に足を踏み入れたんだ」とか「あ、ここからこれが剥がれ落ちていくんだ」とか「ここから謎解きが始まっていたのか」みたいな、輪郭が明確に見えてくるはずで。この芝居に関してはその面白さがあるから、僕らはやりすぎちゃいけないと思うんです。ホラーでもあり、ミステリーでもあって、最終的には不条理劇みたいになっていくし。その過程は2回目の方がより楽しめるんじゃないかなと思うので、ぜひ単純にそういうエンタメとしても試してみてほしいですね。

取材・文/田中里津子
撮影/田中亜紀