フライングシアター自由劇場『西に黄色のラプソディ』稽古場レポート

2025.10.08

アイルランド出身の劇作家で詩人、小説家でもあるジョン・ミリントン・シングの戯曲『The Playboy of the Western World』を原作に、串田和美(以下、串田)が潤色し、演出、美術を手がけるフライングシアター自由劇場の最新作『西に黄色のラプソディ』。串田はこの作品を、オンシアター自由劇場時代の1975年、1977年、1981年、そしてまつもと市民芸術館芸術監督時代の2009年、2021年と、過去5回にわたり創ってきたが、6回目の上演となる今回は串田作品初参加の那須凜内田健司,、そして2021年版で今回と同じクリスティ役を務め舞台デビューを果たしていた串田十二夜(以下、十二夜)、元オンシアター自由劇場のメンバーである大森博史真那胡敬二、串田とは32年ぶりの共演となる銀粉蝶、さらには劇団はえぎわメンバーの井内ミワク竹口龍茶らも加わり、フレッシュな顔合わせが実現することになった。果たして今回はどんな作品になるのか、そのヒントを探るため、10/20(月)の初日開幕を目指して着々と芝居作りが行われている稽古場を訪ねた。その模様をレポートする。

訪問したのは稽古開始から約1カ月が過ぎ、初日まではあと3週間弱となったあたり。最初は1週間ほどかけてじっくりと本読みを重ね、その後立ち稽古に入り、場面を何度も繰り返しながらようやく台本も2周目に入ったところだという。とはいえ、串田は「本番までにはまだ時間がある。これだけが正解だと思わずに、まだまだいろいろ試していこう」と力強く皆に声をかけていた。さまざまな方向に広がる可能性を残しつつ、目の前の芝居を楽しみつつ、各自が確実に手応えを感じながら、稽古は進んで行く。

この『西に黄色のラプソディ』は全三景の作品で、物語は主にアイルランドの荒涼とした海岸沿いの村にある、とある酒場にて進行する。
看板娘のペギーン(那須)が父と二人で切り盛りしている、ふだんは常連の村人ばかりが集まるこの酒場に、ある夜「父親を殺してしまった」と告白する謎の青年・クリスティ(十二夜)が現れる。一人暮らしの後家・クイーン(銀)ら常連客達はその話に食いつき、なぜかクリスティは英雄視されてすっかり人気者に。ペギーンも、ショーン(内田)という許嫁がいるにも関わらずクリスティが気になり、彼をボーイとして雇うことにするが……。

稽古は、そんな物語の流れを経ての第二景の冒頭部分、店で一晩を過ごしたクリスティが目を覚ますところからのスタートとなった。
稽古場にあるのは大きなテーブルと椅子、棚とカウンター、暖炉、そして出入り口のドアなど。これらは場面によって動かせるようになっている。この場面では、落ち込んでいたはずが希望の見える新生活が始まってウキウキするクリスティの心持ちに合わせ、酒瓶の並ぶ棚が動き出す。串田は「クリスティの頭の中で動いているような感じ」と説明し、棚の動線を指示。大森や真那胡、反町鬼郎らベテラン勢もスタッフが動かす棚がスムーズに移動できるようにテーブルや椅子の位置をずらしたりしつつ、「これがミュージカルだったら、瓶の被り物とかして踊り出す場面だったかもね!」「昔、金貨の被り物をしたことがあって、あれは大変だったなあ!」などと懐かしいエピソードを語ったりしていて、稽古中も実に楽しげだ。

十二夜演じるクリスティが目覚めると、ここでかかる音楽として『マギー若き日の歌を』が流れて来た。カントリー調で明るさを感じさせるそのメロディに合わせ、クリスティが箒を手にしつつ、ゆらりと移動してくる棚に合わせながら歩き回り、棚に並ぶ酒瓶を数えたりするファンタジー色のあるこの場面。串田からの「ここは役者たちもみんなで一緒になって場面を作るので、自分たちからも動きを考えてみてほしい」との言葉を聞き、早速、クリスティが数える酒瓶を近くにいた大森や真那胡らが手に持って浮かせたりしていると、銀がスッと通りすがりに場面に参加して瓶を「ハイ、これ!」とばかりに十二夜の目の前に差し出し、その絶妙な間に笑いが巻き起こった。さらに十二夜の「靴もピカピカだ!」のセリフに合わせる形で那須がスニーカーを手にニッコリする姿も、場を彩っている。こうして俳優たちが嬉々として舞台装置や小道具を動かす姿は微笑ましく、それと同時にカンパニーの持つポテンシャルを感じさせられた。

次の場面で登場してくるのは、“オシャマ”な娘(竹口)、“恥ずかしがり”な娘(さとうこうじ)、“ちょっと男の子っぽい”娘(井内)。クリスティの噂を聞きつけて見物気分で押しかけて来た、この村娘三人はドアを開けた途端ニュッとトーテムポールのように顔を縦に並べて突き出し、そのインパクトの強さにあちこちからクスクス笑いが漏れる。竹口とさとうは小花模様のワンピースをはおり、井内はぶっきらぼうながらもクリスティへの好意がだだ漏れ。いずれも妙に可愛く、味わいがある。この三人娘がクリスティを前に大はしゃぎしているところに、クセ強めの後家・クイーンを演じる銀がスーッと店に入ってくる際のリアクションが、少し目つきを変えるだけなのだがキュートかつ怪しげで目が釘付けになった。そしてここから、クリスティの父殺しの詳細が明らかになっていくのだが、聞き手の四人がキャーキャー反応することもあり、どんどん語り口に熱が入っている。串田から「最初はオドオドしているのに周囲の反応に煽られてつい調子にのってしまうように、感情の“駆け引き”がほしい」と注文があり、十二夜はオドオドから徐々に自信をつけていくグラデーションの効いた表現に、三人娘の反応はただの大はしゃぎではなく少しずつ盛り上げていく方向性にと微調整が加わったことで、現実味をより感じさせるやりとりにと変化していく。

そうやって、すっかりいい気になっていたクリスティのもとにペギーンが帰宅し、ここからは十二夜と那須がそれぞれに揺れる感情を表出させる。ペギーンにイライラをぶつけられ、浮かれていたクリスティが落ち込むところでは、串田から「そこでおでこをテーブルにくっつけてみて」と提案された十二夜がセリフを言いながらおでこをトン!とテーブルにぶつけると、那須が「お前は変な人だわ!」とペギーンのセリフを重ねてきて、そのタイミングの良さにここでも周囲は大笑い。那須は怒りをぶつける時の迫力に凄味があるだけでなく、気持ちが変わった直後の声色の変化など微妙なニュアンスに役の感情をしっかりのせている。

またクリスティというキャラクターは浮かれるにしても落ち込むにしても魅力を感じさせなければならない役どころなのだが、十二夜はその愛すべきキャラクターを早くも掴もうとしている様子だった。

続く場面にはペギーンと結婚するはずだったのにクリスティの出現に焦りを感じている許嫁、ショーンが登場。ここでは「ちょっと大げさに」と串田から身振り手振り付きでリクエストされ、ショーンを演じる内田はドアから片足だけ店内に入るという不思議な身体のひねり具合で対応。そうしてうまいことペギーンを外出させると、またまた現れたクイーンと一緒になってクリスティの追い出し作戦に入る。つまりは悪だくみをしているはずの二人なのだが、やたらと気弱なショーンが必死にクリスティを言いくるめようとしたり、クイーンに泣きついて「どうしよう!!」と嘆くさまはいかにも切実で、そこにつけこむクイーンのしたたかさとのギャップも楽しく、息の合ったいいコンビに見えて来るところも面白い。

と、いうように場面ごとに出たり入ったりするキャラクターたちが全員、魅力と個性に満ちていて、意外な展開や見せ場も満載。先が読めずに「どうなるの?」と、自分も村人の一員になった気分でハラハラできること請け合いの舞台になっている。また今回は、衣裳がファッションブランドKAPITALとのコラボレーションだというのも、牧歌的なこの作品にいかにも似合っていて、そこも注目どころだ。

何故か親を殺すことを英雄視する村人たちの姿には平凡な毎日に飽きた大衆心理の危うさが透けて見えてヒヤリとしたりもするが、串田によると「今回はこれまでの上演とは違う作り方をしている」とのこと。「キーワードは“ノスタルジア”で、初めて見る景色かもしれないのにどこか懐かしいと思えたり、こんなことが昔あったような気がすると思えるような、ノスタルジーを感じさせるようなものにしたい」とも語っていた。

また、やはり“出演者全員が参加して芝居を一緒に作る姿勢”への強い想い、そしてナマの演劇が生み出す熱こそがフライングシアター自由劇場の舞台から滲み出る大きな魅力のひとつ、でもある。西の外れの村での、たった1日の出来事の中で、どんな黄色い狂騒曲(ラプソディ)が生まれるのか……? 劇空間でしか味わえない楽しさを、ぜひともこの作品で体験してほしい。

取材・文 田中里津子