
つかこうへいの代表作の一つである『熱海殺人事件』。1973年に文学座に書き下ろされて以降、つかこうへい事務所はもちろん、様々な劇団やカンパニーで上演されてきた。つか自身の作・演出で『売春捜査官』、『熱海殺人事件ザ・ロンゲストスプリング』、など多彩なバージョンが生み出されたが、中でも異彩を放っているのが『熱海殺人事件モンテカルロ・イリュージョン』(以下「モンテ」)だ。
2025年12月の公演では、2024年に引き続き演出・中屋敷法仁、振付・野田裕貴(梅棒)がタッグを組み、木村伝兵衛部長刑事を多和田任益、速水健作刑事を嘉島陸、犯人・大山金太郎を鳥越裕貴、水野朋子婦人警官を木﨑ゆりあが演じる。
2020年の公演からモンテに出演している多和田任益に、意気込みやモンテに対する思いを伺った。
――約1年という短いスパンでの再演ですが、意気込みはいかがでしょう。
1年後にできるということに正直驚きました。前回は4年越し(コロナ禍の影響により2020年は一部公演中止、2021年は中止)に初めて完走できた公演だったんです。無事に千秋楽に辿り着けたという安心も強かったけど、「またやりたい」という思いもキャスト全員にありました。
まさかこんなすぐに叶うとは思っていませんでしたし、今回はモンテ単独。今まではスタンダード公演と並走していたので、初めて独り立ちさせていただけるのも大きな変化だと思います。懸けてくれた期待を超えていけるよう、思い切り暴れたいですね。
――私も昨年のモンテを劇場で観ましたが、舞台上も客席も熱量がすごかったです。ご自身としては手応えなどいかがでしたか?
最後まで走り切ることを一番の目標にしていたところもあったのでとにかく一生懸命でした。「どうにかしてお客さんに最後まで届けたい・もう悲しい思いはしたくない」みたいな思いが、2020年から参加している僕と鳥越裕貴は特に強くて。でも、そんな僕らの気持ち、前回出演予定だった兒玉遥、菊池修司の気持ちまで木﨑ゆりあと嘉島陸は一緒に背負ってくれていたし、関わるスタッフさん方も受け止めて支えてくれた。そして、お客さんの熱量もめちゃくちゃ感じました。カーテンコールの時だけじゃなく、幕が開いてからずっと感じられて。劇場全体でその熱量を引き出してくれるこの作品と出会えて、届けられていることに日々幸せを感じる期間でした。
――本番が中止になってしまった公演も含めると今回が4度目となりますが、モンテの木村伝兵衛を演じる上で大切にしていることはなんですか?
モンテの伝兵衛の核は速水という一人の男を愛する気持ちだと思っています。僕はもともとスタンダードな『熱海』(2017年の『熱海殺人事件 NEW GENERATION』)からスタートしているんです。最初にそっちに触れているので、初めてモンテの台本を読んだ時はスタンダードの伝兵衛との違いに驚きましたが、悲しいけど愛くるしい部分もあって、人間らしさが好きですね。
一見人間離れしているというか、急に歌って踊って「捜査なんだよ!」とか言って、メチャクチャじゃないですか(笑)。情報過多な感じもするけど、その中に人間らしさがあるギャップがいいなと思っています。だからこそ、歌やダンスを利用してテンションを上げる部分はグッと上げて、そこから落ちた時というか、伝兵衛が抱える愛ゆえの闇や歪みをどう表現するかはすごく考えながら演じています。
――『熱海殺人事件』はいろいろなバージョンがありますが、その中でモンテの魅力をあえて一つ挙げるならなんでしょう。
歌とダンスがかなり多いことですね。自分でもよくやっているなと思います(笑)。『熱海殺人事件』は四人ともぶっ続けで喋り続けて体力を使うのに、その間に歌とダンスをぎゅうぎゅうに詰め込んでいる。体力がないとできないし、精神的に一瞬でも怯むと負けてしまうような作品だと思います。
ただ歌って踊っているだけじゃなく、捜査の一環になっていたり、各々の思いに合わせた踊り・歌だったりがすごくハマっている。賑やかで楽しいだけじゃなく、よく見ると繋がっているのが魅力だと思います。
――歌とダンスに関連して、演出の中屋敷さん、振付の野田さんのクリエイターとしての印象もお聞きしたいです。
中屋敷さんが学生の頃からずっと『熱海殺人事件』を好きということはちらほら聞いていましたが、「たわちゃんにモンテの伝兵衛をやってほしい」という熱い思いをぶつけられたのは2019年でした。
『戯曲探訪 つかこうへいを読む 2019春』という、いろいろなバージョンの熱海をミックスして朗読する会で、みんな2種類のバージョンの台本を渡されている中、なぜか僕だけモンテしか渡されなかったんです(笑)。でも、その朗読会を経て、公演としてモンテをやってみたいと思ったことは中屋敷さんに伝えましたし、2020年の公演に向けて稽古する中で、中屋敷さんが僕に任せようと思った理由もなんとなくわかった気がしました。
中屋敷さんは演劇に真摯で、いい意味で変態(笑)。僕はそういうところが好きですし、今現在モンテの演出は中屋敷さん以外考えられないと思っています。中屋敷さんもきっと「モンテといえば多和田」と思ってくれていると思いたいです。
楽曲のチョイスも面白いですよね。例えば、2020年にはなくて追加された「モンテカルロで乾杯」も、追加した意味が感じられるし、曲が入ったことで僕らの熱量がより上がる。そうなるように中屋敷さんの頭の中で完璧に組み立てられているんだろうなと思います。ただそれを伝えてくれる時に頭の回転が早すぎて、たまに口が追いついていないのも中屋敷さんあるあるですが(笑)。
振付は梅棒の先輩・すいーつさん(野田さんの愛称)。中屋敷さんとタイプは違うけど、なんだか似ているんですよね。好きなものに対してまっすぐで、ものすごくストイック。あと、歌謡曲の見せ方が上手くて、すごくフィットするステージングと振付をしてくれます。もともと振付はいなかったんですが、稽古が始まってから中屋敷さんに「振付、すいーつどうかな」と言われて、いいねと盛り上がって入ってもらいました。
彼のモンテに対する愛情も感じますし、すいーつさんも演劇に対して良い意味で変態だと思っているんですが、その良さが出る作品。自身も楽しんで振付してくれているのを、カンパニーみんなが感じています。例えば、去年初めて一緒にやった陸は踊りに苦手意識を持っていたんですが、すいーつさんは陸が映えるようなステージングをしてくれて、前のめりになれるような体制で稽古場にいてくれる。モンテという作品の大きな要素の一つで、きっと別の方が振付をしたらまた全然毛色が違うのものになっていたんだろうなと感じます。
演出・中屋敷、振付・野田はモンテという作品に欠かせない二大巨頭という感じで、絶大な信頼を寄せているお二人です。
――カンパニーの皆さんについてもお聞きしたいです。似ていると言うにはクセが強い登場人物ばかりなので、「ここが役にピッタリ」と感じるポイントはありますか?
速水を演じる陸は超がつくほど真面目。真面目すぎて時々変なゾーンから抜け出せなくなってしまうくらいまっすぐで、お仕事に対しても100%でぶつからないと気が済まないタイプだと思います。速水は相手が部長だろうが構わずに思いをぶつけるし、伝兵衛と一緒に捜査する中で「こうだ」と思っていたのが変化していく。陸もそのタイプで、心の柔らかさとまっすぐさが合っていると思います。
(木﨑)ゆりあは面白いですよね(笑)。もともとスタンダードの水野を演じたことがあって、それからモンテをやっているんですが、「モンテやったらモンテしかできないね」とはっきり言い切れるのがモンテの水野だなと思いました。どの熱海でも、水野は部長への愛があるじゃないですか。でも個人的にはモンテの方がより歪んでいる気がして、その歪み具合と、ゆりあのいい意味で周りを気にしない感じが良い。彼女ならではの水野を作り上げている気がするし、すごくフィットしているとも思います。
鳥ちゃん(鳥越)とは、ずっと一緒にモンテを走ってきたし、モンテをまだ演りたいって思う気持ちが続くのも途絶えるのも同じタイミングな気がしています。僕がいつまでモンテをやらせてもらえるかわからないし、鳥ちゃんがどう思っているかもわからないけど、運命共同体だと思っています。僕の中ではモンテの大山は鳥越裕貴以外考えられませんね。あと、きっといろいろな悔しい経験や思いを重ねてきたからこその人間性と表現力なんだろうなと。泥臭さがありつつ、それを陽のパワーに変えられるのが魅力だと思います。コンプレックスなども全部受け入れて「これが鳥越です」と言えるのも大山に合っていると思いますね。モンテの大山はオリンピック選手の控えで、おまけのような存在ということに対する辛さ、みじめさを抱えているという設定もあるのですが、それを説得力を持って力強く表現できるのは強みだと思います。

――少し『熱海』から離れますが、梅棒19th『クリス、いってきマス!!』の父親役といった役の幅の広がり、新メンバー加入など、梅棒の活動でもいろいろな変化があると思います。その中で感じる自身の成長はありますか?
成長と言うかは分かりませんが、信念を持って「これをやりたい」を言えるようになってきた気がします。
でもそれは、自分には役者と+αで梅棒というホームがあって、そこで学んできたこと、得てきたこと、表現してきたこと、新しく出会ったものなどが全部繋がっていて、自分にプラスに働いていると思います。どの舞台に立っている時もその経験に背中をすごく押してもらえているんです。
だから、「これが大きく変わった」というものはないんですが、梅棒に加入してからのほうが自分を信じられるようになりましたし、「こう表現したい」というものも具体的に出てきたような気がします。
――最後に、楽しみにしている皆さん、昨年の評判を聞いて今年こそはと思っている皆さんへのメッセージをお願いします。
個人的に、今年は勝負のモンテだと思っています。
昨年は完走という一つの大きな山をみんなで越えられたと思っていて、そこに対する積み重ねもあったので、僕らもお客さんも高揚していた部分があった。一旦気持ちに区切りがついた後の今公演だから、冷静に観るお客さんもいるでしょうし、初めて見る方は経緯を知らないでしょうから、ある種真価が問われる公演になると思っています。
でも、キャストもスタッフもモンテ愛が強い座組なので、モンテ愛をより固いものにしてお客さんに届けられれば、自然と「モンテって面白いね」と思ってもらえるはず。
つかさん作品を見たことがない方、『熱海殺人事件』の名前は知っているけど見たことがないという人も、今こそ来てほしいです。モンテは歌やダンスといったエンタメやショーの要素も入っているので、導入としてもすごく見やすいと思いますし、つかさんの戯曲が持つ強さを感じていただけるはず。 期待して来ていただいたら、僕らはその期待を超えていきたいと思っています。劇場でお会いできたら嬉しいです。
取材・文・撮影/吉田沙奈