『シッダールタ』杉野遥亮インタビュー

国境も年代も超越して愛されている作家、ヘルマン・ヘッセの最高傑作として今もなお読み継がれている『シッダールタ』が、長田育恵の劇作、白井晃の演出、三宅純の音楽で舞台化される。古代インドを舞台に、仏教の始祖ブッダと同じ名を持つ青年、シッダールタが自我を探求しながら悟りの境地に至るまでが描かれる物語だ。

主人公のシッダールタを、白井とはこれが3作目のタッグとなる草彅剛が演じるほか、杉野遥亮瀧内公美、さらには鈴木仁中沢元紀松澤一之有川マコトノゾエ征爾ら、演技派キャストがズラリと揃うことも大きな話題となっている。

その中で、シッダールタの生涯の友であるゴーヴィンダ役を演じることになったのが、杉野遥亮だ。草彅とはドラマ『罠の戦争』(2023年)で共演、白井とはこれが初顔合わせとなる。この挑みがいのある壮大な物語にいかに取り組むのか、杉野に今作への想いなどを語ってもらった。

――今回、舞台は4年ぶり2回目の挑戦となりますが。オファーが来た時は、どんなお気持ちでしたか。

最初は自分がどんな役かもわからず、ただ、舞台のオファーだということと、演出が白井晃さんで草彅さんが主演されるということ、そして『シッダールタ』というタイトルだけを聞きました。でももう、その時点で「やろう!」という気持ちになっていましたね。

――即決でお返事されたというのは、何が決め手になったんでしょう。

草彅さんと、また一緒にお芝居がしたいなという気持ちがまずありました。ドラマ『罠の戦争』での共演時に草彅さんの姿をすぐそばで見て感じたことで、自分自身とても吸収できるものがあったんです。今回上演する『シッダールタ』は自我を探求し思索を深める男をめぐる話ですが、そういった人の人生が描かれている作品だということにもとても興味があったので、すぐお引き受けしました。

――引き受けてから、物語の詳しい内容を知っていったということですね。

そうです。台本を読んで、知っていく感じでした。

――草彅さんからは、ドラマで共演されていた時に「次は舞台で共演できたらいいね」と声をかけられていたとか。

はい、そうなんです。でもまさか本当にそれが実現できるとは思っていなかったので、とても嬉しいです。

――ところで、草彅さんはなぜ「舞台でご一緒したい」と言ってくれたんでしょうね。

なんででしょうか。 僕が聞きたいくらいです(笑)。だけど、やはり舞台の場合は長い時間をかけて共に作品づくりができるからですかね。声をかけていただいた時には正直ピンと来ていなかったんですが、最近稽古をしているうちに改めて「すごくありがたいことだったんだな」と思うようになりました。

――やはり共演した方から「また一緒にやりたい」なんて言っていただけたら。

もちろん、嬉しかったです。「良かった!」というか「ありがたい!」という気持ちになりました。

――白井さんの演出を受けるのは今回が初めてですね。

そうなんです。白井さんのことは本当に素敵な方だなあと思いながら見ていますし、実際に演出をつけてくださる時も言葉がとてもよく伝わってくるというか。「なるほど!」と思うことがとても多いんです。これは感覚的な話かもしれないですけど、僕としては大変助かっています。

――白井さんから言われて、特に印象深かったのはどんな言葉でしたか。

言われるのは、根本的なことが多いんですけど。たとえば「下から、下から、下から」って、僕はよく言われています。

――「下から」というのはどういうことでしょうか?

ドラマの撮影の時みたいに、つい上半身だけで表現しようとしてしまう癖がどうやら僕にはあるのかもしれなくて。それで「もっと下から、身体の下のほうから」とおっしゃっているんだと思います。それで意識してやり直すと「そうそう、そうすればもっと響くようになるから」と、そんなことを僕の場合はよく言われますね。

――今回の台本を読んで、特に魅力を感じたポイントは。

とにかく非常に素敵な言葉がたくさん散りばめられている戯曲だと思っていますし、物語の流れであったり、シッダールタが行き着く先だったり、そういうところから僕は読んでいて勇気をもらいました。だからポイントというより、全体を通して魅力を感じている感覚があります。

――その中で、杉野さんが演じるのは、主人公シッダールタの友人でもあるゴーヴィンダという役です。現時点では、どう演じようと思われていますか。

僕は自分でどういう風に演じよう、と思うことってあまりないんです。この作品自体がどういうものなんだろうということをまず知りたいと思って臨んでいて、自分としては何かもっとできることがある気がしてしまうというか、演じながら自分自身を探求している感じがあるんです。ですから今回演じるゴーヴィンダに関しても、結果的についてくるものなのではないかと思いながら今は稽古しています。

――役は、後からついてくる。

このゴーヴィンダという人が、その場ではどういう気持ちでいるかということも、それまでの積み重ね次第なのかなと思っているので。頭からこの人はこういう人だと決めつけてしまうのは、もったいないような気がするんです。

――では、何も決めずにその場面、その場面で対応していけば、いずれ役柄やその表現が見えて来る、と。

はい、そう思いますね。

――そして今回は二度目の舞台出演ではありますが、前回『夜への長い旅路』(2021年)で初舞台を踏んだ時の印象や、何か得られたものなどがあれば教えていただけますか。

今思うと、その時は一生懸命だったし、その時点で自分ができることをやったつもりではいましたけが、公演が終わったあとに「いや、もっとできたはずだ」と思ったんです。初めて舞台というものを経験できた、ということがすべてだった気がします。あの時は演出のフィリップ・ブリーンさんも日本に来られなくてリモートで演出をやっていましたし。

――ああ、ちょうどコロナ禍の時期でしたね。

しかも初めての舞台で、すごく少人数で、ものすごく分厚い台本で。それと比べると今回はとても覚えやすいですし、やりやすいところが多い気がします。

――生身で直接、演出をつけてもらえますし。

それもありますし、稽古が本格的に始まる直前にプレ稽古として白井さんが一緒に本読みなどをしてくださったんです。その時間が自分にとってはとても有意義だったように思います。

――マンツーマンで、本読みをやってもらったんですか。

そうです。それに対して、『夜への長い旅路』の時は稽古の直前まで他の作品の撮影をやっていて、初舞台なのにあまり台本を読みこむ時間がないまま、稽古に突入してしまったんです。そういう意味でも、今回は余裕があるというかスムーズにできているなと思います。

――やはり台本をじっくり読みこんでおくのは、とても大切なことなんですね。

そう思います。でも今回の僕の場合は、白井さんと二人でプレ稽古ができたことがとても大きかったですね。

――事前にできたことで。

共有できるものが見つけられたりしますから、その分スムーズに進められたり、自分の中で理解できる部分が増えたり、頭の中に入れやすかったりするので。

――その時間があったから、稽古での白井さんの言葉もより伝わりやすいのかもしれないですね。

そうかもしれないですし、事前にその人となりを知れたことも大きかったかもしれません。白井さんがどんな人なのか、その一面は少し見えた気がします。

――では最後にお客様に向けて、お誘いのメッセージをいただけますか。

この舞台は難しいと捉えたら難しいのかもしれませんが、ストレートな物語でもあります。作品から伝わるものとしては、細かいニュアンスはわからなかったとしてもそこには何かは確実にあるように僕は感じるんです。きっと観ていただいた方が勇気をもらえるような、自分の人生においてのヒントになるようなことがいろいろ隠されているようにも思えるので、是非その何かを見つけていただけたら嬉しいです。そして自分自身としては、より良い表現を最後まで求め続けていけたらいいなと思っています。

取材・文 田中里津子