『唐版 風の又三郎』観劇レポート

2019.02.25

窪田正孝&柚希礼音が誘う、唐十郎の魔術的劇世界!

 

舞台「唐版 風の又三郎」が3月8日、大阪で開幕する。演出は蜷川幸雄、唐十郎に薫陶を受けた劇団新宿梁山泊主宰の金守珍。窪田正孝&柚希礼音がダブル主演を務める。

リリン、リリリーン。「風はいらんかねー」。時津風から男女のすきま風まで、あらゆる風を品揃える風の商人が客席を闊歩すると、舞台上では砂煙の中から風の又三郎が姿を現す。きゅるきゅると記憶を巻き戻すような切ない弦楽器の調べに乗り、記憶の中の光景にも似た光の中を、ふわふわと浮遊する。やがて満月が血色に染まる夜、地上に降り立つ又三郎。ガラスのマントを翻し、魔術的な劇世界の幕が開くーー。
悪魔的な風の精を主人公に、子供時代特有の社会を描いた、宮沢賢治原作の短編小説「風の又三郎」。本書を唐十郎が読み解くと、又三郎は愛する男の“肉片”を探す女エリカ(柚希礼音)となり、物語は精神病院を抜け出た青年・織部(窪田正孝)との幻想的な逃避行に様変わる。目の前に現れたエリカに、「風の又三郎では?」と詰め寄る織部。「僕は読者です!」と岩波文庫を突き上げたのが合図か、ぐにゃりと時空が歪む。以降は夢と現実、記憶と妄想が5分おきに入れ替わるような展開に。言葉遊びに満ちた台詞や歌詞、エリカの薔薇の入れ墨、織部の耳にこだまするプロペラ機のエンジン音……。それらすべてが意味深だけど、意味なんかお構い無しと言わんばかりのスピード感で場面が疾走する。登場人物も特異なキャラクターのオンパレード。物珍しさに首を伸ばせば、ユーモアの影に暗い現実が身をもたげ、魑魅魍魎がおどけた仕草で舌を出す。まるで見世物小屋にでも迷い込んだかのような求心力で観客の視線を釘付けにしつつ、イマジネーションの翼をどこまでも羽ばたかせる。押し寄せるイメージの洪水、内側から解放されるような高揚感。こんな興奮きっとほかでは味わえない。
風間杜夫、六平直政、石井愃一、金守珍らレジェンド勢が率先して狂言回しに徹する姿も愉快痛快。必要とあらばお尻の“菊の御紋”らしきものを観客に晒すことさえ厭わない。それでいて、つかこうへい戯曲で鳴らした風間杜夫や山崎銀之丞は、シャンソンから歌謡曲まで、場面ごとに切り替わる多彩なBGMにも消えない明朗快活な台詞回しで、詩的な台詞を客席に届ける。そして、主演のふたりだ。幻想に生きる織部のピュアさと重なる、窪田正孝の得難い透明感。美しくも切なくも映る表情が、唐戯曲との相性の良さを伺わせる。また、元宝塚歌劇星組トップスターにして、伝説的な人気を誇ったカリスマ柚希礼音。本作で更なる境地へと可能性を押し広げている。中でも、エリカが男の肉片を“◯◯する”後半。いよいよ興に乗った柚希エリカが魔術的な台詞に命を宿し、思いの丈をぶちまける。躍動する言葉と肉体。真っ赤な照明を全身に浴び、勝ち気に瞳を輝かせるその姿。泣けるほどに格好よく可愛く美しくて、見事にハマり役だ。その他、北村有起哉、丸山智己、江口のりこら魅力的なキャストが脇を固め、45年前の紅テントの興奮を現代に蘇らせる。本作を名作たらしめる極めつけのラストシーンまで、終始説明のつかない興奮と感動に包まれる全3幕、約3時間。大阪公演でもきっと、劇場の隅々にまで演劇の情熱を届けてくれるはずだ。

取材・文/石橋法子
撮影/細野晋司