劇作家/演出家としてはもちろん、音楽家としても八面六臂の活躍を見せるケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)。ケムリ研究室はそのKERAと俳優の緒川たまきが2020年に立ち上げた演劇ユニットで、これまで、再演を含む5作品をコンスタントに上演してきた。そんなケムリ研究室の最新作は、2026年3~4月にシアタートラムで上演される『サボテンの微笑み』。KERA、緒川たまき、そして新作に出演する俳優の瀬戸康史に話を訊いた。
――今回のケムリ研究室の作品は、映像やステージングを使わないと決められているそうですね。これはなぜ?
KERA プロジェクションマッピングのような映像を多用する演劇が、自分の作品のデフォルトになってきているけれど、それが今は自分の中ではあまり新鮮じゃないんですよ。現時点では、これまでやってきた以上の画期的なことができるとも思えないですし、しばらくは映像なしで、できるだけシンプルにやっていこうかなと。今回は外へ外へ広がっていくというよりは、小さな話にしようと。劇中で起こる事件の大きさや破天荒さ、意外性ではなくて、つつましやかな喜びや悲しみや悔しさを見つめるような作品になると思いますね。
緒川 これから先どんな作品をつくっていきたいか、KERAさんと話し合っているんですが、映像やステージングを多様する舞台をこの先ずっとやりませんっていう意味ではないんです。今回は少人数で軽い身支度でできるような演劇にしたいし、身軽さを楽しむということが、この作品ではプラスに働くんじゃないかなと目論んでいるんですよ。それに、人数が少ないからこそ、デリケートなやりとりが伝わるものにできると思います。
――今回、大正から昭和初期という時代設定ですね。
KERA 随分前に岸田國士の戯曲をやった経験が今回筆を動かしてくれるんじゃないかなと思っています。緒川さんと初めての創作になった『犬は鎖につなぐべからず ~岸田國士一幕劇コレクション~』(ナイロン100℃/2007年)と、『パン屋文六の思案~続・岸田國士一幕劇コレクション~』(同/2014年)っていう岸田國士の八編、九編ぐらいの短編のコラージュ作品を作ってるんですけど、あれが活きてくると思う。あの時代の人たちって明るいんですよね。昭和、大正のモダニズムの時代の日本人て。戦争がまだ影を落とす前。当時の記録フィルムとかも見るとみんなが笑顔なんですよ。
緒川 そして陽気ですね。基本的に人のありようは陽気。それに、岸田國士を読んで学んだことですけど、当時の人たちは今を生きる私よりもずっと発想も生き様も自由だった。
KERA 幸せの求め方っていうのががっついていなくて、小さなことに喜びを見いだしてる感じがあるんですよ。何がそんなに嬉しいの? っていうぐらいみんな楽しそうにはしゃいでいる。
緒川 自分でいることに自信を持ってる人たちがいるって感じですよね。
KERA 余計な情報が入ってこなかったからでしょうね、いろんなことに煩わされずに生きてるように感じられた。そんな、平和と言ってもいい時代を背景に、久しぶりに転換なしで一つの部屋を描くつもりです。人物の外側に事件がないから、おのずと、物語は個々の内面と、ごくごく近い人との関係に限られる。もう半年以上前になりますが、この作品の構想メモの最初の一行は「外側の世界を語らぬモノを」とあります。
――若い人の演劇を観ていると、かなりの高頻度でYouTuber、トー横、ジェンダーといったタイムリーなトピックが出てくるんです。でも、KERAさんの今回の群像劇は、そういう今の流行とは無縁の、普遍性のあるものになりそうですね。
KERA 今を書くよりはずっと昭和初期のほうが書きやすいんです。今のことはわからない。いちばんわからないです。書きやすいのは昭和30年代ですね。やっぱり興味があるから筆が進むんでしょうね。
緒川 大正とか昭和の初期っていうのは、私にとってもKERAさんにとっても、好きな時代なので、特別気張ってここにしようっていうよりは自然にそうなったという感じです。あと、今おっしゃられた若い世代の演劇で、等身大の人たちを見ているほうが楽しいという方もたくさんいると思います。そういう人たちにもいいねって思ってもらえる自由な風が吹く作品を目指したいですね。
KERA 時代考証を細かくやろうとは考えてないですね、自分たちが思う大正、昭和初期でいいと思う。もちろん絶対なかったものは出さないようにします。22年に上演した『世界は笑う』も、色紙にマジックでサインするシーンがあったんだけど、あの時代、まだマジックはなかったということに、書いてから気付いた(笑)。
緒川 筆ですよね(笑)。
――人物同士の相関関係はどうなりそうでしょうか?
KERA 今考えているのは、 赤堀雅秋がお兄ちゃんで、緒川さんが妹。赤堀の子供の頃のあだ名がサボテンなんです。『サボテンの微笑み』は、妹にとっての、「お兄ちゃんの微笑み」ですね。今のところ、そんな風にしたいなと。その兄妹を軸に、二人が暮らす家を訪れる人たちを描く物語になりそうです。僕、何でも『男はつらいよ』になぞらえるんですよ。「寅さんみたいに」という演出を何度したかわからない。赤堀にもこれまで何度も「寅さんをイメージしてほしい」と言った。渥美さんが演らなければ寅さんそのものにならないから、いいと思うんですよね。ひとつのプロトタイプとしてあるんだろうね。 自分の中にね。
――赤堀さんもですが、KERAさんは演出家を俳優として起用することも多いですね。
KERA 作・演出家でもある俳優と一緒にやるのが大好きなんですね。マギーとか根本宗子とか宮藤官九郎、木野花さん。作家や演出家をやってる人間が座組にいてくれると、味方がいてくれるみたいな気持ちになって安心なんです。赤堀とももう8本目らしいです。彼はやっぱり上手いしね。存在に説得力があるんですよね。
――清水伸さんはKERA作品は初めてですよね?
KERA そうですね。清水さんは大根仁さんが監督した『地面師たち』に出ていたのを見て、ほとんどしゃべらない役でしたが、抜群に面白かったんです。誰だろうこの人と思って調べてみたら、以前、ニトリのコマーシャルを見て「この人器用じゃない?」って思っていたのが彼だった。すぐに出演をオファーして、そのあと一本舞台を観に行きました。その時もとてもよかった。
――KERAさんの舞台に3作出演されている瀬戸康史さんの演技も楽しみです。しかも、瀬戸さんの妹である瀬戸さおりさんも出演される。珍しいですよね?
KERA ねえ。兄妹で出てもらうっていうのはなかなかに画期的だと思います。瀬戸君が出てくれると決まった時にマネージャーさんから「今度なにかで瀬戸さおりもお願いします」と言ってもらえて、「兄妹で出るっていうのもアリですか?」って聞いてみたら「全然ありです」と。で、緒川さんと「兄妹共演てのは面白いじゃないか」って相談して決まったんですけど、どういう関係性になるかはまだ分からないです。
瀬戸 実の妹と同じ稽古場で同じ作品に携わるっていうのはすごく不思議な感じがしますけど、純粋に嬉しくもありますね。近くで妹を見守れるっていうのは良かったなあって思います。僕は17歳で福岡県から東京に上京したので、さおりに関する記憶が高校生の時のままでとまっていて(笑)、大人になってからそんなガッツリ話したことないんですよ。大人になってのさおりに対しての距離感は、下手したらKERAさんと同じくらいかも。だからどういう人なのか言われても、あまりわからないです。 でも、クール。クールな女性だと思います。
――瀬戸さん、KERAさんの演出や台本に対する期待は?
瀬戸 僕がKERAさんの舞台に出演させてもらったのが、シアターコクーンとかKAATとか、大きな劇場ばかりだったので、今回シアタートラムっていうこれまでより小さめの空間で、少人数の俳優で演じられるのも楽しみです。台本に関しては今回も期待しかないですね。どんな台本がくるのか、中学生の時に『少年ジャンプ』を楽しみに待っていたようにワクワクしています(笑)。
取材・文/土佐有明
Photo/中田智章
