「生涯忘れないであろう感情の値が高い」物語をオムニバスで味わえる
劇団おぼんろ主宰の末原拓馬による舞台『末原拓馬奇譚庫』の待望の第2弾となる『末原拓馬奇譚庫-其之弐-』が2025年12月17日(水)からMixalive TOKYO B2F Hall Mixaにて上演される。今回、稽古場を訪れ、その様子をレポートするとともに、初日に向けて稽古を重ねるキャストたちに現在の手応えや見どころを聞いた。
レポート
本作は、末原がこれまで書き溜めた短編作品を自ら脚本・演出し、オムニバス形式で上演。前作は不思議な訪問者が奇譚庫を訪れるところから始まる複数の物語を、おぼんろとは一線を画す末原拓馬ならではの世界観を存分に味わえる作品に仕上げた。今回も、観客の記憶に深く刻まれるような9つの物語を上演する。出演は、末原に加え、猪野広樹、宇野結也、坪倉康晴、藤井としもり(※五十音順)。
稽古場を訪れたこの日は、まだまだ稽古も序盤。1話ずつ、セリフとミザンスを確認する作業が行われていた。宇野を始め、キャストたちは皆、フランクに末原に質問をし、疑問点を解決していく。それに対し、末原も演出の意図やその役柄の心情などを丁寧に伝える。それと同時に「そこは自由に動いて」と、キャストたちの芝居に任せる部分も多くあり、キャストによる色の違いが作品の面白さに繋がりそうだ。
稽古は、まず「黄色い扉向こうのソウスケ」からスタート。宇野による口上から始まるこの物語は、ケン(末原)が不思議な夢の中に迷い込むお話。宇野の口上に、「あたかも有益な情報をもたらしているかのように言ってほしい」と末原は演出をつけながら、実演して見せる。宇野は、表現の仕方の違いを見て「なるほどね」とすぐさま芝居を変える。友人役の藤井はアドリブを入れつつ、芝居を確認していく姿が見られた。
続いて、「ネギが文房具屋を訪れた」の稽古へ。この物語は、ネギ役の坪倉と鴨役の宇野の掛け合いがキーとなる。坪倉はネギをまっすぐで熱い想いに溢れたキャラクターとして作り上げる。一方の鴨役の宇野は、そんな鴨を受け止める“お兄ちゃん”的なキャラクターに見える。物語が進むにつれ、その2人の胸の内が明らかになっていく。
末原は2人にセリフのイメージを一つひとつ丁寧に伝えていく。ここではどう感情が動いているのか。誰に向かって、どんな意識で何を伝えるのか。時にキャストたちに「ここはどんな気持ちだったの?」と問いかけ、ディスカッションをしながら、声の調子や細かな芝居を決めていく。演出された箇所を意識して再度、芝居を頭から通すと、よりスムーズに観客の心に流れる芝居に。「ちょっとだけ掴めた気がする」と宇野。末原からは「完成が見えてきた」という言葉も聞かれた。少しずつ作品が積み重なっていくのを感じられる稽古だった。
その後、「夢枕」の稽古が行われたが、この物語はすでに稽古を何度か行ったそうで、この日に「完成まで持っていきたい」と末原は話していた。猪野と宇野の掛け合いから始まる物語だが、猪野は芝居に入ると一気にその世界観に入り込み、見ているものを引き込んだ。末原からも「始まり方が素晴らしい」という言葉が上がっていた。
キャストたちはみんな、末原の演出を瞬時に理解し、柔軟に芝居を変え、役をより深めていく。たった数時間の稽古場見学だったが、あっという間に物語が広がりを見せていくのを感じた。これは高い芝居力と末原の明確なビジョンがあってこそ。初日までにどれほど深みを増した物語が作り上げられるのか。期待が高まる。
キャスト&演出・末原に稽古場ミニインタビュー
【脚本・演出 末原拓馬】

――お稽古の進み具合や、今の手応えはいかがですか?
手応えはあります。物語への自信はもちろんありますし、俳優さんたちは落語家さんが噺を入れていくように各自が頑張るものだと思うので、最終的にみんな、しっかりと仕上げるのだろうと思っています。普遍的な短編を作りたいという思いから始めた舞台公演で、自分の中にはすべてのお話に明確なイメージがあるんです。書いた時点で、演じる形は自分の中で決まっているのですが、あえてみんなに任せている。みんなが何をしたいかをまず、出してもらいたい。ここに食材があるから、さあ、これをどうしようと。なので、まだ全然完成はしていない段階ですが、焦らずにやっています。
――本作のどんなところに注目していただきたいですか?
長編と違って、全ての物語が一点突破で、テーマがはっきりしています。人間ではないものが出てきたり、童話として書いているけれども、鮮烈なものがストーンと15分くらいの短い時間に入っているので、生涯忘れないであろう感情の値が高いと思います。常にピークの切羽詰まっているところを描いているので、「奇譚」と言ってはいるけれども、そこに描き出されるのは人間の心の真実や社会の歪みに対する憤りや危惧といった感情。そして、人生観や生命観がそれぞれに散りばめられています。長編では、2時間かけて1つのことしか語れませんが、今回はいろいろなことを語れるので、僕としては楽しいです。
――個人的には、「兄と弟と宝物」がすごく印象的でした。
あれは、結構前に書いたお話なんですよ。書いたまま置いてあったもので、昨年、やろうと思ったのですが、上演時間的に難しくて。それで今回、上演することにしました。最初は自分で演じようかなと思っていたのですが、今年の春先に(猪野)広樹の芝居を観たら、やっぱりうまいなって。この作品を演じてもらいたいというイメージが沸いてお願いしました。一人芝居を渡すのは緊張するんですよ。僕自身が確固たるやり方を持っているから。でも、広樹だったら観たことがないものに繋がるかもしれないと思っています。
――宇野さん、坪倉さん、藤井さんへの期待も聞かせてください。
結也は今回、初めてなんですが、めちゃくちゃ良かったです。やっぱり初めてだとドキドキがあるんです。芝居力も人間性も分からないから、どんな人なのかなって。でも、最初に会ったときから相性が良いと感じましたし、きちんと対等に話ができて、すぐにチームの一員になってくれた感じがします。
康晴は、ついこの間、僕が演出を担当した作品で主演をしていたんですよ。そういう意味でも共通言語を持っているので、安心感があります。内側のエネルギーが強いし、忠実に演劇としての体ができているから、一緒にやっていて楽しいんですよ。非常に任せやすいところがあります。
としもりさんは、僕にとっては幼馴染のようなものなので、いて当たり前という関係です。友達でもあるし、相談相手でもあるし、心の支えですね。俳優としては、昔からその佇まいも声も非常に色気を持っているし、演劇の知識もたくさんあるので頼っています。
4人とも本当に素敵で、良い仲間を得たなと感じています。
【猪野広樹】

――お稽古をしていて今、感じていることや手応えは?
今回、生まれて初めての一人芝居があります。一人でセリフを話し続けるので、今、セリフに溺れています。これをどうやって消化していけば良いのだろうという気持ちはありますが、すごく良い物語ばかりなので、お客さんにこの物語をイメージしてもらいつつ、こちらから全てを提示していかなくてもいいのかなと今は考えています。お客さんがいて完成するものだと考えるのであれば、最後の答えをお客さんに持っておいていただく作品が多いのかなと思います。
――今回の公演の見どころと、公演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
個人的には2025年最後の舞台になるので、2025年を締めくくるという意味でもしっかりとそれぞれの作品に向き合って、2026年に繋がるものになればいいなと思います。(俳優という職業に)ゴールはないので、基本的には僕はすべて通過点だと思っています。その通過点の1つとして、セーブポイントとしてお客さんに観て楽しんでいただけたらと思います。
【宇野結也】

――お稽古をしていて今、感じていることや手応えは?
どんな本を読んでも「どういう気持ちで書いたんだろう」と想像するのが楽しいものですが、今回は特に「末原さんが描きたいテーマは、いろいろなものに置き換えられて描かれていて、それはとても普遍的なことなんだな」と感じて、考えながら読む楽しさを存分に味わっています。会話の中で空気感を作り上げ、役者として言葉を吐くときに思い描く世界があり、受け取り手がどう受け取るのかを想像する楽しさに溢れています。でも、それは決めつけではなく、余白を作りながらお芝居を作っていくこの時間が楽しいです。最初はセリフに溺れていましたが、今は少しずつ泳げるようになってきた感覚があります。ネギが登場人物として出てくる台本や軍鶏が出てくる舞台はあまりないけれど、これら登場人物から与えられるエネルギーがすごく強い、力のある作品になるのではないかなと思います。それから、としもりさんがこれだけお芝居を作りながらワクワクされている姿を見て、1人の役者としてすごくありがたいことだなと思います。なので、気合いを入れて、納得いくものにしてお届けしたいです。
――今回の公演の見どころと、公演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
短編集ではありますが、1演目を演じた後の心の充実感や心の喪失感は、一つの長編舞台をやったときくらい感じています。今回、9本の物語を上演する予定です。俳優が追い込まれて、もがき苦しみながらも楽しんでいる姿を膨大な情報量とともに感じていただけると思います。役者それぞれがいろいろな役を演じるので、それも見どころになるのではないかと思います。
【坪倉康晴】

――お稽古をしていて今、感じていることや手応えは?
拓馬さんとはつい2カ月ほど前にもご一緒させていただいていて、そこで拓馬さんの作る世界観を初めて体験したのですが、本当に唯一無二だなと感じました。どこの劇団とも作品とも違う物語が広がっています。今回は、オムニバス形式でいろいろな物語があるので、また違った緊張感やバクバク感があって。今、稽古で徐々に感覚をつかんでいっているので、それぞれの個性を生かしたお芝居ができれば、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。それから、『25時』という演目は、唯一、舞台に立つのは自分だけなので、どうなるんだろうと不安もあり、楽しみでもあります。
――今回の公演の見どころと、公演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
シリアスな作品からわしゃわしゃしている作品まで、幅広い演目があります。一つひとつの物語に拓馬さんの描く深いテーマがあって、現代に置き換えて作られていきます。それぞれの作品のメッセージを感じ取っていただきたいですし、僕自身も稽古をしながらどんな意味があるのか、どんなメッセージが込められているのかを考えるのが今、とても楽しいです。それぞれの作品で全く違う役を演じているというのも見どころだと思うので、ぜひ楽しんでご覧いただければと思います。
【藤井としもり】

――お稽古をしていて今、感じていることや手応えは?
今回ほとんど全員、初めましての皆さんで、今はワクワクしています。俳優としての経歴が長いので、稽古をしていてワクワクすることってあまりないんですよ。俳優は、台本に書かれた芝居をしっかりと務めることが仕事だと思うので、その自分の仕事に集中するだけだと思っていますが、今回は、舞台上で目を合わせるのが楽しいし、皆さんが出してくるものが面白い。僕も言葉を返したいと感じていますし、素晴らしい人たちとお芝居ができているなと思っています。
――今回の公演の見どころと、公演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
僕は普段、(共演者の)皆さんがどういう畑でお芝居をされているのかも全く分からないですが、稽古場で一緒にお芝居を作っていく中で、皆さんの素敵なところがたくさん出ていると思います。観て後悔することはない作品になると思います。
インタビュー・取材・文/嶋田真己
