スリーピルバーグス『歌唱劇 パラダイスをくちずさむ』観劇レポート

2025.12.27

今年、9月19日(金)からの3日間、兵庫県・豊岡市の竹野浜 特設ステージにて上演された、スリーピルバーグス第3回野外公演inビーチ!『歌唱劇 パラダイスをくちずさむ』(作・演出:福原充則、音楽:益田トッシュ)。本物の野球場で上演され、話題を呼んだ野外劇『リバーサイド名球会』から早1年、スリーピルバーグスが二度目となる豊岡演劇祭2025 ディレクターズプログラムで選んだ場所はシーサイド。読んで字の如く竹野浜の海辺、見渡す限りに広がる空と海の間で繰り広げられる歌唱劇である。
ローチケ演劇宣言!では、そんな3日限りの“パラダイス”な野外劇を記録した映像を期間限定で配信。自然の機微に密着したカメラがとらえた劇的な瞬間や、俳優の豊かな表情を押さえた編集によって実現する臨場感。大自然の中での観劇を追体験できるようなこだわりの映像配信を記念して、本記事ではその千秋楽の公演の様子を一部レポートする。

(※大きなネタバレは含みませんが、気になる方は映像鑑賞後にお読み下さい)

ホテルからレンタカーを走らせること約30分。うねる山道の果てにその海はあった。開演は18時、上演時間は60分。そんな限られた公演に無事立ち会えそうなことにまず胸を撫で下ろす。念願の豊岡演劇祭、念願のスリーピルバーグスである。運転中はどんよりと立ちこめていた雲が徐々に散り、遠くの方がうっすらとオレンジがかっていた。そんなこの上ない美術を背景に『歌唱劇 パラダイスをくちずさむ』は開幕した。

辰巳智秋演じる司会者の竹野浜夕陽に劇世界へと誘われ、オープニングテーマソングがかかると、続々と個性豊かな登場人物たちが現れる。
20年せっせと勤めた石鹸工場がつぶれ、無職となってしまった進藤よしみ(香月彩里)と、そんな“よしみ”と下の名前が同じという“よしみ”で仲良くなったのは堂崎よしみ(佐久間麻由)。彼女の仕事は、健康になるかもしれないっぽいお茶を一人暮らしのお年寄り限定に販売すること。つまり詐欺師である。
そんな凸凹な二人のよしみが旅に出るところから物語始まる。

♪「鞄いっぱいの石鹸が私の退職金でした」
哀切の滲むファクトリーナンバーをくちずむよしみたちの背後に浮かび上がるのは、来る日も来る日も懸命に働く人々の姿だ。労働の辛さ、虚しさを歌詞の至る所に忍ばせながら、それでも人々は右から左へと働く。生きていくために働いているはずが、やがて働くために生きているように感じられる日々。そんな実感は悲しいかな、今を生きる多くの人にも心当たりのある実感かもしれない。そう、彼女たちの存在は決してファンタジーではない。私たちととても身近な市井の人々なのだ。そんな「労働」シーンが冒頭に入ることで、物語や登場人物との距離がグッと近づく。これは、「あなた」や「わたし」のための物語なのかもしれない。

労働を追われ、途方に暮れる二人が次に辿り着いたのは屋台。「働かざる者食うべからず」とは言うけれど、心はすり減り、腹も減る。ラーメンやらおでんやらを食べ、しばらくして二人は思う。
「屋台の人ってどこから来て、どこへ去っていくのだろう?」

そうして屋台の後を追い、辿り着いたのは不思議な場所。そこは夜と朝の継ぎ目、夕暮れと夜の隙間。屋台の人たち(大知・村上航)は語りかけるようにこう歌う。
♪「さみしいひとしかみえない場所さ」
♪「あかるいひとにはみえない場所だよ」

そうして二人は気づいてしまう。鞄いっぱいの石鹸とともに抱えていた、両手いっぱいのさみしさに。あたりを見渡すと、たしかに日没が刻一刻と近づいている。夕暮れのさみしさと美しさに縁取られながら、境界のない舞台と客席がさらにひとつに溶け合っていく。そして、よしみが大きく息を吸い、吐いたそのとき、その瞬間、曲が大きく展開する。
♪「からっぽになってやっと吸い込める」
♪「ハッとするような光が差し込む」

そうして、そこにいるみんなが同じ歌を歌う。
♪「一生一周できない旅にでよう 一生一周できない円を描こう」

私と彼女たちを繋ぐ竹野浜夕陽が再び現れ、時刻表には乗っていない電車がきて、さみしい二人はえいやっとそこに飛び乗った。予定もなければ、プランもない。金も名誉ももちろんない。それでも、「石鹸を売りながら旅をしよう」と。そう、ここからが旅の始まりなのだ。自分の抱えているさみしさに気づいた時から本当の旅は始まるのかも知れない。そんなことを思いながら、その後も二人の足取りを私はどこまでも追いかけた。

しかし、ここから先の二人の道程を、みんなが辿る旅路を、物語の行く末をここで全て詳らかにすることは避けておきたい。できれば、その目で見届けてほしいからだ。追憶をしてほしいからだ。ただ言えることは、彼女たちの姿は砂の上にあった。物語は海の中にもあり、そうして幾重にも重なる歌声は大きな花となって空の上へと登っていった。日没へと向かう3日限りの上演には、ここでしか生まれ得ない瞬間があった。自然という舞台に繰り広げられる愛すべき人間たちの悲喜交々、客席と共有する温度と湿度、海風のにおい、波の音、砂の感触…。その全てを私の身体は経験した。私の心は記憶した。

思わずくちずさみたくなる数々の音楽に身を任せながら、ふと、こんなことを考える。
「私たちが歌を“くちずさむ”時ってどんな時だろう?」
「歌う」ではなく、「くちずさむ」。ここには何か大きな違いがあって、前者が行為であるとしたら、後者は営みに近いのではないかと思う。歌が記憶であるとしたら、それをくちずさむのは追憶であるのではないかとも思う。意思を伴って選ばれ、歌われる歌もいいが、体からふと自然と溢れ出てくる歌が私たちには必要なのではないだろうか。険しい労働と、さみしく、ままならない日々を乗り越えていくためには。新しい歌を一つ、また一つとくちずさむ度に、心を取り戻していくように見えたよしみたちと同じように。

労働の繰り返しの日々にそう簡単に楽園は落ちていない。東京から6時間をかけて辿り着いたこの大自然のパラダイスにもいつまでもはいられない。日々は時にままならなくて、さみしくて、それでも時にすばらしい。そんなどこにでもある人生を生きる人々の姿を、今日から明日へとどうにか生きていくための歌唱とともに描く。それが、『歌唱劇 パラダイスをくちずさむ』という作品の本質ではないだろうか。物語の中に歌があり、歌の中に物語がある。それは人生の中に歌があり、歌の中に人生があるということでもある。
すっかりと耳に馴染んだ劇中歌をくちずさみながら、私は来た道を戻る。1時間で日はどっぷりと暮れ、大自然の夜はすっかりと暗く、その闇を自ら照らしながら歩いていく。よしみたちが砂に足を取られながらも前へ前へと進んだように、同じ砂を蹴って、海に手を振って、ここから明日へと進んでいく。私へと、日々へと還っていく。

文/丘田ミイ子
Photo/igaki photo studio 
Photo courtesy/Toyooka Theater Festival

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12月27日(土)~2026年1月12日(月)まで期間限定配信(アーカイブ日含む)!!

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