パルコ・プロデュース2026「メアリー・ステュアート」│ 宮沢りえインタビュー

撮影:福岡諒祠

宮沢りえが、演出家・栗山民也との再タッグで挑む舞台『メアリー・ステュアート』。ドイツの劇作家フリードリッヒ・シラーの戯曲を原作に、イギリスの演出家ロバート・アイクによる翻案を小田島則子が翻訳した話題作だ。16世紀、対立する二人の女王が織り成す、愛と憎悪、権力と運命の揺らぎ――そのヒリつくような緊張と火花を、鮮やかに立ち上げていく。宮沢が演じるのは幽閉されたスコットランド女王メアリー・ステュアート。対するイングランド女王エリザベス1世を、宮沢とは初共演となる若村麻由美が務める。重厚な歴史と複雑な心理を抱えながら、宮沢はいかにこの役へ向き合うのか。話を聞いた。

 

――まずはご出演への率直なお気持ちをお聞かせください。

昨日、私のところに台本が届いたばかりなんです。かなり早めにいただいていると思うんですが、やっぱり量がとても多いからだろうなと想像しています。それくらい、準備が大変な作品なんだな、と改めて感じているところです。『オーランド』(2024)で初めて栗山民也さんとご一緒したのですが、次にPARCO劇場でやる作品として、『メアリー・ステュアート』はいかがでしょうかと、お声掛けいただいたんです。タイトルを聞いた瞬間、思わず「うわっ」と声が出てしまいました(笑)。嬉しさと、責任の重さと…いろいろな気持ちが一気に押し寄せてきましたね。

『オーランド』は私の人生のポイントになるような作品に出会わせていただいた実感がありました。そんな栗山さんが次に何を提案して下さるのか、という興味も強かったんです。『メアリー・ステュアート』は、私の印象としては…例えば『人形の家』ですとか、男性俳優にとっての『リア王』のような位置にある作品です。これまで何度も上演されていて、歴代の公演をご覧になってきたお客様の眼差しも意識するし、緊張感もあります。二人の女王の権力、政治、生と死、そして心理戦と、物語もとても深く複雑で、演じるには相当なエネルギーが必要だと予感しています。


――『オーランド』での体験は、非常に大きなものだったんですね。

本当に大きかったです。舞台美術も照明も音響も全部が緻密でした。そして、400年を生きる人物を演じる体験は稀有でしたし、ジェンダーも時間も超える存在として舞台上に立つことは、私自身の演劇観を変えるほどの経験でした。そして何より、照明のタイミングひとつ、音の入り方ひとつまで、すべてが計算されていて、全員のパワーが集まってひとつの世界を形づくっている舞台でした。

ただ、そうした栗山さんとの作品づくりの経験があったからこそ、今回の作品にも「怖いけども飛び込める」感覚です。台本を読んだときの不安や戸惑いを、稽古期間で全部なくしてくださる方だという信頼が栗山さんにあるので、大きな挑戦ですが楽しみでもあります。


――栗山さんの演出のどのようなところが特徴的だと感じましたか。

『オーランド』の稽古で、栗山さんからいただいた言葉を台本に書き込んでいったら、余白がまったく無くなるほどの量でした。本当に細かく演出してくださるんです。呼吸の深さひとつまで、本当に丁寧に見てくださいました。このセリフはここまで歩いて言う、ここで座る、このタイミングで立つ、ここで去る――あらかじめ骨組みをしっかりと作ってくださるんです。そのうえで、密に埋めていくという稽古の流れなので、役者としてはとても集中できます。

そうやって目指すところを明確に示してくださるし、そこに向かうための道筋がすでに提示されているので、みんなが同じ方向に向かって一気に深めていける。その濃密さが、私はとても好きです。

例えば、初日の立ち稽古の段階って、役者同士が空間をどう使っていくか、水面下で探るような時間が必要になったりするんですけど、栗山さんの現場ではそれがほとんどありません。すでに骨組みがあるので、そこに全員が同じ位置から入っていけるんですよね。経験値や性格による遠慮とか、役ではない人間としての気遣いみたいなものも入りこまないんです。役者全員がフラットな状態でスタートできる。それが、とても心地いい現場を作っている気がします。


――細かな指示としっかりとした道筋があるからこそ、栗山さんの作品ならではの”過不足のない舞台空間”が立ち上がってくるんですね。

でも、すごく細かく積み上げていったうえで、ある瞬間に「ここは自由に動いていいよ」と言われることもあるんです。それがまたとても面白くて。稽古を重ねる中で、役者一人ひとりの個性を見たうえで、自由を渡す場所を判断されているんだと思います。そんな”急に広がる自由”があるからこそ、栗山さんの演出は魔法のように感じられるんじゃないでしょうか。

撮影:福岡諒祠


――今回はイギリス人演出家、ロバート・アイク翻案のバージョンで上演されます。初演時は大きな話題となったバージョンですが、どのような印象ですか。

私自身は観に行けなかったんですが、評判の高さは強く感じていました。アイクさんがどうしてこの作品を新たに書こうと思ったのか、そこにはとても惹かれています。世界中にたくさん舞台作品がある中で、なぜ今また『メアリー・ステュアート』なのか。その謎や動機みたいなものは、役者としてすごく知りたいところです。さらに、その台本を栗山さんが“今”演出されたいと思った理由にも興味がありますね。


――歴史上の人物を演じるにあたって、どのようにアプローチをされるのか、とても興味があります。

今回のように16世紀の物語で、しかも国境も時代も越えて舞台上でその人物として生きるとなると、まずはやはり時代背景や、その人が生きた環境、どんな価値観や常識の中にいたのかなど、土台となる部分を徹底的に調べます。今日も、取材があるとお聞きしていたので、いろいろと検索をしたりして調べたんですよ。台本に書かれていない部分にもすごく興味が湧くので、知り得る限りの情報を集めるんです。

今日、読んだ資料の中に、メアリーが暗号で書いた手紙がある図書館で見つかったという記事があったんです。当初は誰が書いたものか分からなかったんですが、読み解いていく中でメアリーの陰謀を含んだ計画が書かれた手紙だったと判明していました。それを読んだ時、ものすごくワクワクしたんです。何百年も経って、そんな史料が新たに見つかるなんて、本当にすごいことですよね。こういう歴史に触れられる瞬間が私は大好きなんです。

“想像の自由”のためには、むしろ土台となる知識や情報が多い方がいい。ゼロの状態より、歴史や背景を踏まえたうえで、役として自由に動けるほうが、私は想像力が広がると感じています。

そして、栗山さんが持っていらっしゃる玉手箱のような引き出しから、稽古中にさまざまな言葉をいただいて、それらを蓄積していくこと。その積み重ねが、最終的に舞台の上でリアリティを持って生きられるかどうかが決まってくる気がしています。


――翻訳の台本を読まれてみた感想もお聞かせください。

物語の基になった史実は何百年も前のできごとなのに、それが“今ここで起きている”と観客に感じさせる――まさに、舞台の醍醐味ですよね。観客の方に「今、目撃している」と体験してもらえるような瞬間が、この作品にはたくさんあると思いました。


――メアリーという人物をどのように捉えていらっしゃいますか。

すごく魅力を感じています。メアリーだけでなく、エリザベスにも惹かれています。メアリーを演じるには、エリザベスを知ることが不可欠だと感じています。台本を読んでいても、メアリーを追いながら、同時にエリザベスの心情にも意識が行く。不思議な二重構造というか、もう片方が気になって仕方ない。

メアリーとエリザベスは、鏡を挟んで向き合っているような関係に思えるんです。敵対しているようで、実は一番近いところにいる。この二人の関係性が舞台上で立体的に浮かび上がる瞬間は、きっと観客の胸に迫るだろうと思います。

実は今、別の作品をやっているところなんですが、台本が届いてしまうと、どうしてもふとした瞬間にメアリーのことを考えてしまいますね。みなさんの期待値がとても高いことも感じていますし、その期待をいい意味で裏切れるよう、誰も見たことのない『メアリー・ステュアート』を届けたいです。


――本作に挑むうえで、芯になる言葉を選ぶとするならば、どのような言葉になりそうでしょうか。

……「滾(たぎ)る」でしょうか。根本に“滾り”を持っていれば、静かに立っているだけでも物語を背負える気がします。それはどの作品でも同じことなのですが、回数を重ねても鮮度を失わずに、常に心がうごめいている状態を保ちたい。ただ舞台に立っているだけで、その人の人生が見えるような…そういう存在でありたいと思っています。


――最後に、公演を楽しみにしているみなさまにメッセージをお願いします。

板の上だけでなく、劇場全体の空気を使って、観に来てくださるみなさんにも物語の住人になっていただきたい。そんな体験になるといいなと思っています。

今、映像で舞台作品を配信する流れも増えていて、それもとても素敵なことですけど、私はやっぱり“劇場でしか感じられないもの”があると思うんです。音や空気、役者の呼吸――同じ空間にいなければ絶対に感じられない周波数のようなものがある。映像で広がっていくのも嬉しいけれど、それとはまた別物なんですよね。

もし、初めて観る舞台として『メアリー・ステュアート』を選んでくださった方がいらしたら、「次は何を観ようかな」と思えるような作品にしたいです。若い世代の方にもこの作品に触れてほしいですね。どれだけの方が、生涯で何本の『メアリー・ステュアート』を観るのかは分からないけれど、その中でも心に残る一本になれたら……。頑張ります。

 

取材・文:宮崎新之
ヘアメイク:・森野 友香子 (Perle management)
スタイリスト:斉藤くみ